巻き込む!オウンドメディアの作り方 第11回
スティーブ・ジョブズのプレゼンに学ぶ、真の価値を伝える方法
ここからは本来のオウンドメディアの話に戻していきましょう。
オウンドメディアといっても紙メディアからWeb、SNSなどコミュニケーションのツールは多様化しています。その媒体に合わせた伝え方が重要になってきますが、それについては次回にしましょう。まず最も大切なのは、伝える内容が受け手側に価値を与えることができるのか? まずはそのことを問いかけてみてください。
例えば新製品ができたという情報を伝えようとします。伝える側にとっては価値ある情報ですが、受け手側にとってはいかがでしょう? いかに性能が上がって便利になったとしても、それが伝わっているでしょうか? もっと言うと、その便利さはユーザーにとって本当に必要なものでしょうか?
スティーブ・ジョブズが初めてiPhoneを発表した時のことです。その歴史的なプレゼンテーションはYou Tubeにもありますから、ぜひ見てください。その動画を見た時に、私の心に一番残ったのはこの場面です。
(c)Kaku Kurita/amanaimages
ここで会場は爆笑します。
Who wants a stylus?(誰がスタイラスを欲しがる?)
そしてジョブズはスタイラスを憎々しげに捨てる仕草をしなからこう言います。
Nobody wants a stylus!(誰もスタイラスなんか欲しくない!)
So let’s not use a stylus!(スタイラスはやめておこう!)
We’re gonna use the best pointing device in the world.
(私たちは世界で最も優れたポインティングデバイスを使います)
そのポインティングデバイスは「指」だというプレゼンテーションです。
不満を解決してくれる情報が重要
iPhoneはジョブズのプレゼンの冒頭に語られているように、「iPod」と「電話」と「インターネットコミュニケーションデバイス」を合わせて発明されたものです。この発明はもちろん革命的ですが、その説明だけではすぐに心に届くものではありません。
私の心を打ったのは、「誰もスタイラスなんか欲しくない!」というひと言です。さすがにジョブズは観衆の心を打つ言葉を知っています。
そもそもiPhoneに先行していたスマートフォンはBlackBerryのように「キーボード付きのPDA」でした。タッチパネルを操作するのは「スタイラス」というインクのないボールペンのようなツールです。これは使いにくく、なくしやすいものでした。そのことにずっと不満を持っていた私は、スタイラスを捨てる仕草をしたジョブズに大きな共感をしたのでした。
そもそもiPhoneの最も革新的だった部分は、「キーボードをなくした」ことと「スタイラスを使わない」こと、そして「すべて指で操作する」ことです。あくまでユーザーの利便性を追求した「UI(ユーザーインターフェイス)」にあります。ジョブズはエンジニアではありません。一切の妥協を許さない、極めてわがままなユーザーとして革命的な商品を生み出してきました。そのこだわりが「指」を使うUIに結実したのだと思います。
ユーザーにとって真に価値ある情報とは「不満」に根ざすものです。そしてそれを「解決」してくれる情報に「共感」します。ジョブズはユーザーとして自社製品に対しても常に「不満」を抱いていたのでしょう。私のような常人であればスタイラスに不満を抱いていても、「しょうがないな」で終わってしまいます。ないしは無意識下で思っていて、顕在意識にまだ上がってきていない場合がほとんどでしょう。ジョブズのプレゼンは、その「不満」を鷲づかみにします。
情報発信する際は、消費者の感覚を忘れずに
自社で伝えようとしている情報に、果たして本当に価値があるのか? そのことを常に自問自答してください。その時に最も大切なのは自分の視点が「ユーザーの不満」に根ざしているのか? 「不満」ではすくいきれないとしたら、「欲求」と言い換えても構いません。その「不満」や「欲求」に気づくことができるのは、マーケッター以前に自分自身が消費者であるという観点です。ジョブズが自社の論理の中で発想していたら、iPhoneはきっとこの世界に生まれていなかったでしょう。
iPhoneが誕生してから11年。ジョブズが他界してから今年で7年を迎えます。ジョブズが最後に生み出したといわれるiPhone 4Sから、現在のiPhone Xまでバージョンアップを繰り返してきましたが、スペックは上がっていってもiPhone自体の魅力はどんどん薄れていっているように感じます。iPhone Xと同時に売り出されたiPhone 8は大苦戦をしていると伝えられていますし、ジョブズなきアップルはまるで消費者の「不満」に気づけていないようです。折しも「スタイラス」復活の兆しもあります。サムスンのGalaxy Noteは「進化したスタイラス」が売りになっていますし、iPhoneにもスタイラスが使えるものがあるようです。スタイラス、恐るべし!
iPhoneがどこに行くのか? 一人のファンとして注目していきたいと思います。
次回は企業発信の情報に新たな価値をもたらす「STORY」について語ります。
連載:カリスマ編集者 山本由樹が考察
巻き込む!オウンドメディアの作り方
- PART-1 ターゲット設定の重要性と編集者の必要性
- PART-2 企画力を身につけよう
- PART-3 企画をロジカルに生むための思考法
- PART-4 企画力を身につけよう PPAPに学ぶフュージョン(融合)思考法
- PART-5 企画力を身につけよう ファッションはフュージョンでモードになる
- PART-6 ディスプレイスで商品の価値を変えてみる(前編)
- PART-7 ディスプレイスで商品の価値を変えてみる(後編)
- PART-8 非常識を現実にする「突破力」
- PART-9 TOKYO VOICE創刊の突破力①
- PART-10 TOKYO VOICE創刊の突破力②
- PART-11 スティーブ・ジョブズのプレゼンに学ぶ、真の価値を伝える方法
- PART-12 原点を振り返るというオウンドメディアの役割
- PART-13 原点をどう伝えれば届くのか
- PART-14 共感の時代の伝え方
株式会社「編」代表取締役社長 山本 由樹
1986年光文社に入社。週刊女性自身で16年、その後「STORY」創刊メンバーとなる。2005年~2011年同誌編集長。2008年には「美STORY(現美ST)」を創刊し、「国民的美魔女コンテスト」を開催。美魔女ブームを仕掛ける。2013年9月に株式会社giftを設立するとともに、自立したアラフォー女性をターゲットとした月刊誌「DRESS」を創刊。読者のコミュニティDRESS部活は30以上の部活数、3万人以上の部員が集っている。編集長退任後は「編」にてメディアの枠を超えたコンテンツ・プロデュースをしている。2017年9月まで日本テレビ『スッキリ』でレギュラーコメンテーターを務める。 著書/「『欲望』のマーケティング」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「会社を辞めても辞めなくてもどこでも稼げる仕事術」(共著・SBクリエイティブ)
※肩書きは記事公開時点のものです。