巻き込む!オウンドメディアの作り方 第9回

TOKYO VOICE創刊の突破力①

2017.09.15

コンテンツマーケティング

  • 山本 由樹

    株式会社「編」代表取締役社長 山本 由樹

前回は、顧客のベネフィットを考えて既成概念をつき抜け、成功した企業事例を考察しました。今回は応用編として、メディアづくりそのものの常識を破るための発想についてお話しましょう。私が創刊した商業メディアを例に述べますが、企業のオウンドメディアにとってのヒントも潜んでいます。

突き抜ける力=突破力について前回は語りました。
そして次のような法則を提示しました。

突破力=顧客の最大ベネフィット × 時代とのフュージョン

カスタマーを観察して得られる気づき(顧客の最大ベネフィット)に、いかに今の時代の共感(時代とのフュージョン)を掛け合わせるか。
それが突き抜ける力を生み出したという話でした。

7月30日に「TOKYO VOICE」というフリーマガジンを創刊しました。
私が編集長として、コンセプトから編集・取材までクリエイティブしたものです。「人の声が、明日を変える」をコンセプトに、東京で今を生きる人々の多様な声をシンプルで力強いビジュアルで構成するという、かなりそぎ落とした、挑戦的な内容です。例えば実用的な情報は一切掲載しませんし、有名人も無名の人も差を付けずに、名前はクレジット表記しかしません。

詳しくはTOKYO VOICEのウェブサイト(tokyo-voice.jp)で、配布先を探して取りに行っていただかないといけないんですが、創刊号はおかげさまで増刷が決まり、現在5万5千部の発行となっています。
今回はTOKYO VOICE創刊のコンセプトを語りながら、その突破力についてご説明したいと思います。
ここから先はあまりロジカルな話ではありません。
でもロジカルに導き出されないコンセプトに、突破力の秘密があります。

TOKYO VOICE創刊号TOKYO VOICE創刊号

TOKYO VOICEを手にとっていただくと、ほぼすべての方が「大きいですね」とおっしゃいます。タブロイド判でA3サイズくらいの大きさです。
そして次に「これ本当にタダなんですか?」と質問なさいます。
創刊号は40ページありましたから、厚さもそれなりにあります。
「ターゲットは誰ですか?」とも聞かれます。
若者たちに手にとって欲しいと思っていますが、そのためのターゲット設定はしていません。そもそも商業誌のターゲット設定は、広告主へのプレゼンテーションのために行われるもので、収入や職業やライフスタイルなどについて細かく決めていきますが、外面的なものばかりです。
TOKYO VOICEはある意味マーケティングを無視した作り方をしています。

サイズ / タブロイド判
価格 / フリー(無料)
ターゲット設定 / なし
配布先 / カフェやアパレルショップ

流通ルートから見直した理由

TOKYO VOICEは書店の流通を使っていません。
ここでちょっと出版の流通について説明しておきましょう。
通常の書店売りの雑誌を創刊するとします。
その場合、日本出版販売やトーハンなどの出版取次に行って取り扱いをお願いします。
出版取次とは全国の書店ネットワークの流通業で、7割以上の書店は日本出版販売かトーハンのルートで配本をされています。配布先と配布数は出版取次によってほぼ決定されますから、ある意味出版社も書店も取次の支配下にあると言っても過言ではありません。再販制によって守られている書店は、仕入れのリスクはない代わりに売れ残ったら返品できます。反面、独自の仕入れを行えずに、配本された本や雑誌を並べるだけという書店も少なくありません。
出版不況はこの20年続いていて、業界全体の売り上げはずっと右肩下がりです。書店の数は20年間でおよそ1万店が減り2017年では12,500店となり、コンビニチェーン3位のローソンの店舗数と同等となりました。
斜陽の出版業を復活させるための動きは様々にありますが、どれも効果を発揮しているとは言えません。

ある週刊誌の編集長が言っていました。「実倍率5割に達していない雑誌ばかりです。配本した半分以上が戻ってくるんです」。
【出版社→取次→書店】という流通プラットフォームの厳しい現状を言い表した、痛切な現場の声でしょう。

私は長年、女性月刊誌の編集長をしていたのですが、年々雑誌を売ることの難しさを実感していました。それは書店流通に対するある種の絶望感を抱くことにつながっていました。そのため、TOKYO VOICEは当初から「書店流通を使わない」ことを考えていました。流通ルートは自社で開発することが前提としていたのです。

共感を得るための「フリーマガジン」

もうひとつのコンセプトは「フリーマガジン」でした。
情報ゼロ円の時代に価格を付けてしまうだけで「届きにくく」なります。

より多くの人たちに届ける前提として「無料」は譲れない条件でした。
また「フリー」という価値に今の時代の共感性があるとも思っていました。
例えば500円という価格を付けたとします。その場合、この雑誌は500円のものにしかなりえません。でも「フリー」であれば、この雑誌に付ける価値は受け取った読者次第で高くも低くもなります。TOKYO VOICEはそんな「フリーという価値への挑戦」でもあるのです。

つまりTOKYO VOICEはそもそもの前提として、「書店売りはしない、フリーマガジン」というコンセプトで企画を立ち上げたのです。
その前提でビジネスを考えれば「広告をもらって稼ぐ」媒体に結論は落ちるのですが、「フリーという時代の共感性」を引き出すためには、「広告なんだ」と思われては終わりです。
そのために「突き抜ける」編集方針が必要となってくるのです。

TOKYO VOICEの編集コンセプトに関しては、企業のオウンドメディアへの応用を考えながら、次回で語りたいと思います。

TOKYO VOICEのコンセプトムービー

TOKYO VOICEのコンセプトムービー

TOKYO VOICEのコンセプトムービー

TOKYO VOICEのコンセプトムービー
山本 由樹

株式会社「編」代表取締役社長 山本 由樹

1986年光文社に入社。週刊女性自身で16年、その後「STORY」創刊メンバーとなる。2005年~2011年同誌編集長。2008年には「美STORY(現美ST)」を創刊し、「国民的美魔女コンテスト」を開催。美魔女ブームを仕掛ける。2013年9月に株式会社giftを設立するとともに、自立したアラフォー女性をターゲットとした月刊誌「DRESS」を創刊。読者のコミュニティDRESS部活は30以上の部活数、3万人以上の部員が集っている。編集長退任後は「編」にてメディアの枠を超えたコンテンツ・プロデュースをしている。2017年9月まで日本テレビ『スッキリ』でレギュラーコメンテーターを務める。 著書/「『欲望』のマーケティング」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「会社を辞めても辞めなくてもどこでも稼げる仕事術」(共著・SBクリエイティブ)

※肩書きは記事公開時点のものです。