チェンジメーカーに聞く 『次の一手』 第2回 ヘルスケア編(後半)
藤田康人氏 商品設計は“斜めずらし”で
さまざまな分野で成功を収めてきた経営者やマーケッターたちは、次に何を仕掛けようとしているのでしょうか。最初に登場していただくのは、株式会社インテグレートの藤田康人代表取締役CEO。素材メーカー在職中に日本のキシリトール・ブームを仕掛けた気鋭のマーケッターに、ヘルスケア市場の見方について伺います。
少子高齢化と人口減少が進む日本では、「高齢者」というマスが顕在化しているがゆえに、企業は商品やサービス開発のターゲットを見誤りがちです。第1回では、その理由とともに、藤田氏が注目する「プレシニア市場」について伺いました。第2回では、ヘルスケア市場の先進国である海外の潮流と、藤田氏自身が注力しようとしているヘルスケア製品やサービスについて語ります。
米国で30代がサプリを買う理由
山本 前回は日本のヘルスケア市場について伺いました。市民の健康リテラシーの高い米国はどういった状況にあるのでしょうか。
藤田 日本と米国では、サプリメントを買う世代が全く異なります。米国では、ITやベンチャー企業で起業したり、要職についたりするのは30代が多く、彼らが買うのは、ブレインヘルスといわれる脳機能を活性化させるサプリメント。ビジネスパフォーマンスに直結する集中力や頭のキレなど、生産性を向上させる効果が期待できるとされています。値段はそれなりにしますが、彼らは健康に対する意識が非常に高い上に、お金を持っています。30代のうちからサプリを飲み始め、40代になるとまたその世代に合わせたものを選んで摂るため、そこに壮大なマーケットが存在しているのです。
美魔女ブームの仕掛け人 カリスマ編集者
山本 由樹氏
山本 米国は日本に比べて医療費が高いこともヘルスケア市場が大きくなる要因の一つかもしれませんね。日本の可能性はどうですか。
藤田 日本の20代、30代はあまりお金を使わないので、ターゲットはやはりプレシニア世代になりますよね。逆にいえば、プレシニアの健康マーケットが全く整っていないところが、日本のヘルスケア市場が大きな可能性を秘めているという捉え方もできます。
山本 「ヘルスケア=シニア向け」という間違ったステレオタイプを早く捨てて、企業がきちんとプレシニアへの啓発をすべきですね。
「斜めずらし」の商品設計
藤田 そしてもう一つ、日本企業は米国に比べて新商品の開発力が圧倒的に弱いんです。今の65歳は、ぎりぎりインターネットが使える世代です。一昔前はテレビCMや新聞広告のみが情報源でしたが、今の高齢者は比較検討ができる分、簡単には物を買いません。そのため、買いたくなるようなコンセプトの設計が非常に重要です。しかし多くの企業は、新しい市場を創造するのではなく、今ある枠の中で無意味な消耗戦をしているように感じます。類似商品同士の85点対90点のわずかな差なんて、消費者にはあまり関係ないのです。
山本 なぜそういった無意味な戦いが起きるのでしょう。
藤田 結局、日本にはこの領域の経験が豊富で優秀なプロのマーケッターが少ない。技術畑の研究員たちが「こっちのデータの方がこう優れている」などと言って商品を出しても、「それでは売れない」と明確に指摘するマーケッターがいない。結果として各社が似たような商品を出し、タレントを起用した広告を展開したりしていますが、消費者の興味はあまりそそられません。
山本 売り方を変えれば売れるようになるのでしょうか。
藤田 商品設計のアプローチを変える必要があります。僕はこれを「斜めずらし」と言っています。例えば山本さんは、睡眠用のサプリメントに何を期待しますか。
山本 2つあります。早く眠れるか、深く眠れるか。
藤田 そうですよね。そこでわれわれがお手伝いしたあるプロジェクトで考えたのは、「スッキリ目覚める」市場です。早く、ぐっすり眠りたいのは、朝、スッキリと目覚めたいから。そういった効果のある製品を作ったところ、予想を大きく上回るヒットになりました。85点対90点の戦いではなく、その横にあるものを切り取る。眠りではなく目覚めに焦点を当てた。つまり、消費者のインサイトですね。どのスイッチをどう押せば、「新しい」と感じ、欲しいと思ってくれるか。
パラダイムシフトを起こすチェンジメーカーとは、そういった新しい市場や価値を作る人であり、そんな存在が今すごく求められているのだと思います。
インテグレート代表取締役CEO
藤田 康人氏
山本 お話はよく分かりますが、僕は割と健康意識が高くて、日常的にサプリメントを摂ったり情報を調べたりするんです。そうすると、このサプリメントはどういう意図で設計されていて、どのくらい効くかとかがすごく気になるんですよ。その機能性表示食品でスッキリ目覚められると聞くと、僕はロジックをもっと深く知りたくなってしまう。なんとなくのイメージだけでなく、実際にどう効くのかまでもきちんと伝える必要があると個人的には思います。
藤田 データや数値はもちろん大事です。以前私はキシリトールの普及に携わったことがあり、結果的にそれは一大ブームになりました。なぜ人々がキシリトールガムを噛んでくれたかというと、効果を可視化させたからなんです。虫歯予防は目に見えませんが、虫歯菌の数は定量化して提示できます。虫歯菌の減少を実感させてあげる。ヘルスケアを続けるためのモチベーションにおいては、数値やデータが特に重要になってきます。
山本 自分の健康状態を定量的に把握できると安心するし、意識も高まりますよね。
薬膳で切り込む「未病」市場
山本 最後に、藤田さんが今注目しているヘルスケア市場について伺ってもいいですか。
藤田 私が今注目しているのは、「未病(みびょう)」市場です。未病とは、病気には至らないけど軽い症状の兆しがある状態のこと。そこでキーになるのが、漢方、薬膳です。漢方、薬膳には、「気血水(きけつすい)」と呼ばれる概念があります。気(エネルギー)、血(血液)、水(リンパ液や汗など)のバランスとめぐりをマネジメントしようという考えです。3つのバランスを円滑にすることによって未病状態が改善され、西洋医学とは違うところで体調を管理することができるとされています。薬膳やハーブなど、ナチュラルなものを摂ることで未病をコントロールしてゆく。ここに、新しい巨大なマーケットが存在すると踏んでいます。
山本 特別な努力なしに、飲んだり食べたりすることで健康になれるならいいですね。そういった「なんとなくの不調」を抱えているのは、やはりプレシニア世代ですから、大きな可能性がありそうですね。
藤田 その通り! ところで中国本土のどこにも専門の薬膳レストランはないってご存じでしたか。中国料理そのものが薬膳という概念で生み出されているので、ことさら薬膳とは言いません。逆に、薬膳料理店が多いのは台湾なんです。蒋介石が台湾に渡った時に、優秀な漢方医をたくさん連れて行きました。そこで中医学の考えを元に生み出されたのが台湾の薬膳火鍋や薬膳レストランです。私は今後、この台湾の薬膳食を、体系ごと日本に持ち込もうと考えています。
山本 日本ではすでに火鍋や薬膳料理が親しまれているし、日本人に馴染みやすいアプローチだと思います。漢方と薬膳はどのように違うのでしょう。
藤田 使っている生薬は、生姜やウコンなどの天然に存在する薬効を持つ産物なので、どちらも同じです。明確に違うのは、漢方は薬だということ。何かあったときに処方されて症状を改善するものです。一方の薬膳は、病気にならないように毎日摂るもの。今回の話でいうと、漢方は65歳以上の人が症状緩和のために摂るべきもの、薬膳は若い頃から毎日摂って病気を防ぐものです。漢方、薬膳の両方を組み合わせて、ナチュラルに未病をコントロールしていく。これが、今後私が手がけたいと考えていることです。
山本 まさに今世界的に流行している新型コロナウイルスをきっかけに、免疫力に対する意識がぐんと高まってきそうですね。治療はもちろん大事ですが、まず体を守る力をつけることがなによりも大切だと感じました。藤田さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
<対談を終えて>
藤田さんが注目するプレシニア世代のヘルスケア市場を開拓するキーワードとしての「未病」と「薬膳」。同じプレシニア世代としてとても大きな可能性を感じます。薬膳レストランに行かなくても、日常食に取り入れられる薬膳が商品化されたら、大きなマーケットが生まれそうです。キシリトールを流行させた藤田さんですから、その先にまたひとひねりもふたひねりもある「斜めずらし」の手法も駆使されるんでしょうね。実に楽しみです。(山本由樹)
インテグレート代表取締役 CEO
藤田 康人氏
慶應義塾大学卒業後、味の素に入社。1992年、ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)をフィンランド人社長と設立。1997年にキシリトールを日本に初めて導入し、キシリトール・ブームを仕掛けた。結果、ガムを中心とするキシリトール市場は、ゼロから2000億円規模へと成長。2007年、IMC(統合型マーケティング)プランニングを実践するマーケティングエージェンシー、インテグレートを設立。主な著書は『カスタマーセントリック思考』『THE REAL MARKETING』(ともに宣伝会議刊)。
※肩書きは記事公開時点のものです。
株式会社「編」代表取締役社長 山本 由樹
1986年光文社に入社。週刊女性自身で16年、その後「STORY」創刊メンバーとなる。2005年~2011年同誌編集長。2008年には「美STORY(現美ST)」を創刊し、「国民的美魔女コンテスト」を開催。美魔女ブームを仕掛ける。2013年9月に株式会社giftを設立するとともに、自立したアラフォー女性をターゲットとした月刊誌「DRESS」を創刊。読者のコミュニティDRESS部活は30以上の部活数、3万人以上の部員が集っている。編集長退任後は「編」にてメディアの枠を超えたコンテンツ・プロデュースをしている。2017年9月まで日本テレビ『スッキリ』でレギュラーコメンテーターを務める。 著書/「『欲望』のマーケティング」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「会社を辞めても辞めなくてもどこでも稼げる仕事術」(共著・SBクリエイティブ)
※肩書きは記事公開時点のものです。
連載:カリスマ編集者 山本由樹が考察
巻き込む!オウンドメディアの作り方
- PART-1 ターゲット設定の重要性と編集者の必要性
- PART-2 企画力を身につけよう
- PART-3 企画をロジカルに生むための思考法
- PART-4 企画力を身につけよう PPAPに学ぶフュージョン(融合)思考法
- PART-5 企画力を身につけよう ファッションはフュージョンでモードになる
- PART-6 ディスプレイスで商品の価値を変えてみる(前編)
- PART-7 ディスプレイスで商品の価値を変えてみる(後編)
- PART-8 非常識を現実にする「突破力」
- PART-9 TOKYO VOICE創刊の突破力①
- PART-10 TOKYO VOICE創刊の突破力②
- PART-11 スティーブ・ジョブズのプレゼンに学ぶ、真の価値を伝える方法
- PART-12 原点を振り返るというオウンドメディアの役割
- PART-13 原点をどう伝えれば届くのか
- PART-14 共感の時代の伝え方