ウィズコロナ時代の統合報告書

統合報告書で「経営のマテリアリティ」を熱く語れ

  • 山内 由紀夫

    SDGsデザインセンター シニアコンサルタント 山内 由紀夫

統合報告書で「経営のマテリアリティ」を熱く語れ

コロナショックが企業や社会にもたらす影響には、計り知れないものがあります。経済活動の停滞による業績不振もさることながら、経営者の価値判断にも大きな影響を及ぼし始めています。
ウィズコロナの時代、企業はさまざまなステークホルダーとどう向き合い、何を伝えていけばよいのでしょうか?
日本では、企業の真の価値、持続可能性を伝える「統合報告書」を発行する企業が右肩上がりで増え続け、その数は既に500社を超えているといわれます。今回は、ウィズコロナ時代の企業が発行する統合報告書では、どこに着目し、何を伝えるべきかについて考えてみました。


企業のあり方、企業に対する人々の考え方を一変させた「コロナショック」

コロナショックを受けて、それぞれの企業が持つ基本的な考え方や打ち手の違いが浮き彫りになりました。とにかく自社の業績への影響を最小限に抑えるべく手を尽くす企業、世の中が大きく変わるなかで、むしろ変化の中にこそ新たなビジネスチャンスがあると捉え、それを見いだそうとする企業、自社の社会的責任をあらためて自覚し、目先の利益を度外視して社員の健康や社会の利益を第一に考え貢献しようとする企業など、その対応はさまざまです。コロナショックをきっかけに、それぞれの経営者が持つ価値観の違いや企業風土の違いが如実に表れたのです。

一方で、投資家が企業を見る目にも変化が見られています。直近では、直面する業績悪化をカバーするための手持ち現金を潤沢に持つ企業を評価する向きもあります。なかには、この15年ほどで徐々に高まってきた世界的な「ESG投資」の流れが、この非常事態を受けて止まってしまうのではという声も聞かれましたが、ウィズコロナの時代を迎え、特にS(社会)に対する意識がこれまで以上に高まることで長期的にはむしろ加速するのではないかという見方が強まっているようです。

生活者が企業を見る目も大きく変わりつつあります。この半年、「人の命と経済活動を回すことのどちらが大切なのか」といった議論が繰り返されるなかで、目先の利益を度外視して社会に尽くそうとする企業の誠実な姿勢や、これまでの蓄えを切り蓄えを崩してまで雇用を必死に守ろうとする、強い責任感を持って行動する個人経営者の方々の姿勢が人々の共感を呼びました。そのすべてがコロナショックに端を発するわけではないものの、こうした企業や経営者に共感し、その気持ちを消費行動で示そうとする生活者の割合は、ウィズコロナの世界でさらに増えるのではないかとの見方もあります。「エシカル消費」といわれる、人や社会・環境に配慮した消費行動のさらなる高まりも、そうした動きの一つです。

こうした大変革の時代を迎え、企業のサステナビリティをしっかり見極めようとしはじめたステークホルダーに対し、今、顕在化したリスクに自社がどう立ち向かっているのか、限られた経営リソースを何に振り向けようとしているのか、どうやって生き残りを図ろうとしているのかといった点は、ニューノーマル時代の統合報告書で説明すべき大きなテーマのように思われます。

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新しい世界で生き残るために、その企業が「どのような価値判断の下、この非常時にどう行動したのか」「限られたリソースの中で、これから何を優先し、何を優先しないのか」という問いかけに対する経営者の答えが今、求められているのです。

どのような価値判断の下、どう行動したのか?

長期視点の投資家などがウィズコロナ時代の生き残り企業を見極めるポイントには、おおむね以下の5つがあるように思われます。

ウィズコロナ時代の生き残り企業を見極める「5つのポイント」

  • ① 「企業理念」「企業風土」にウソがないこと
  • ② 「ヒトへのリスペクト」にウソがないこと
  • ③ 「経営者の価値判断能力と行動力」にウソがないこと
  • ④ 「サステナビリティ経営」にウソがないこと
  • ⑤ 「社会的な存在意義」にウソがないこと

①「企業理念」「企業風土」にウソがないこと

多くの企業は自社のウェブサイトなどで「企業理念」を大きく掲げており、その説明として、自分たちはそれを大切にしていることをうたっています。そもそもそこにウソがないかを、あえて疑いの目をもって見ていくと、見えてくるものがあります。

まず、「社名を変えればどこの会社でも通用するような一般的な言葉」で企業理念がつづられている企業には、それを本当に経営がよりどころにしているのか、また従業員の価値判断や行動レベルにまで落とし込んでいるのかを疑いたくなります。一方、基本的な企業理念に加えて、従業員が日々、よりどころにしやすい形で表現されている「行動指針」が統合報告書などで示されている企業には好感が持てます。その企業理念が社員の一人ひとりの行動にまで落とし込まれていることが想像できるからです。情報の受け手にとってさらに腹落ち感があるのは、「企業理念」と「行動指針」が見事に連動している会社です。逆にその連動性が感じられない企業、または「行動指針」自体を開示していない企業は、企業理念自体が単なる「お題目」なのではないかと疑いたくなります。

企業のコロナ対応では、例えばホテルチェーンによる軽症者や無症状の方の受け入れや、電機メーカーによるマスクの製造・販売などに対して多くの人々が共感しました。事業環境の変化を素早く察知したうえで、社会の全体最適を見据え、柔軟かつタイムリーな対応をする企業であるという社会的評価を受けたのです。このような「変化をいち早く感じとり、行動する企業文化」の存在が読み取れると、その企業の未来も明るく感じられます。

②「ヒトへのリスペクト」にウソがないこと

ウィズコロナの時代を迎え、新しいルールや価値観の中で自らを奮い立たせて職務を全うしようとする社員を尊重する姿勢が読み取れる企業に好感が持たれているように思います。自社の人財が持つ価値を統合報告書などで真摯に伝えている企業からは、自社の優れた人財を活用することで打開策を見いだし、企業価値を高めようとする強い意志が感じられます。

コロナショックを受けて多くの企業が働き方改革を加速していますが、その必要性がコロナショックの前からしっかり論じられ、進められてきた取り組みかどうかという点は、社員に対する意識の高さを見極める際の、一つの大きなポイントのように思います。常日頃から社員の働きやすさ、生産性の向上、危機管理にしっかりと向き合い、主体的に取り組んできた企業であれば、働き方改革に関する統合報告書などでの説明も「これまでの成果が実を結び、この非常事態にも適切に対応できた」という文脈で語られているはずです。

ダイバーシティについても、障がい者雇用やLGBT(性的少数者)対応を含めた労働環境の整備、女性の活躍や女性管理職の増加といった個々の取り組みに対する具体的な説明にとどまらず、自社のダイバーシティへの取り組みが、従業員の生産性向上やイノベーションの創出に結びつくことを説得力のある形でしっかりと語っていれば、地に足の着いたサステナブルな企業であると感じます。

また、社員の健康・安全の維持や社会生活にかかる権利に加え、取引先やその先の生産者の人権にまで配慮し、改善に努めていることが示され、さらにそのことが自社にとっての「不都合な真実」を含めて真摯に説明されていれば、その企業に対する信頼は格段に高まります。

③「経営者の価値判断能力と行動力」にウソがないこと

企業の進む道を決めるのは言うまでもなく経営トップです。持続的な成長のできる企業かどうかを判断するために、経営のトップに「統合思考」が備わっていることを見極める必要があります。統合思考とは、財務的な価値のみならず、価値ある社員の存在やお客様からの信頼、イノベーションを引き起こす力といった「財務情報として表れない価値」を含めて高めていこうとする経営者の考え方を指します。

例えば、社会の動き(地域社会が抱える問題や、最近であればコロナ影響を含む)が自社にどのような影響を及ぼそうとしているのか(ビジネスチャンスとなるのか、あるいはリスク要因なのか)についての説明や、社会の中での自社の立ち位置、ビジネスの特徴や競争優位性についての説明が統合報告書などで十分になされていることは重要です。さらにそれが「経営者自身、もしくは自社のビジネスを中心に据えるポジティブな文脈」で語られていれば、「統合思考」が経営トップに根付いていることを強く感じます。

逆に、「世の中でESGやSDGsが注目されているから、あるいは行政からの要請があるから、それを受けて自社もがんばって取り組んでいる」とか「こういう社会課題が深刻化しているので、それを受けて自社もがんばってそれに取り組んでいる」といった、「社会の動きを中心に据える、受け身の文脈」で語られている経営トップのメッセージからは、社会課題解決に対する「やらされ感」(統合思考に対する経営者の意識の低さ)を感じてしまいます。

④「サステナビリティ経営」にウソがないこと

企業がESG / SDGsに力を入れようとする理由には、「積極的な理由」と「消極的な理由」があるように思います。「積極的な理由」は、自社の持続可能性を説得するために、「外部から見えにくい魅力」をESG / SDGsへの取り組みを通じて説明しようとするもので、一方の「消極的な理由」としては、(かなり言葉は悪いですが)主に自社の競争力の後退、業績の不振から人々の目をそらす目的で「財務面以外の価値」を強調しようとするものです。

後者の理由でESG / SDGsに取り組む企業の統合報告書などでは、多くの場合、短期業績の悪化がなぜ起こったのかという点の合理的な説明や、それが中長期の成長シナリオにどのような影響を及ぼすのかという点の説明が、明確な形でなされていません。そのような企業に対しては、短期業績の悪化ばかりに目を奪われ「中長期的な視点からの経営」がなおざりにされているのではないかと疑ってしまいます。短期的な業績悪化、収益性の低下が見られるのであれば、その理由と中長期の成長シナリオに及ぼす影響について真摯に説明すべきです。そうした姿勢が読み取れる企業であれば、今後、仮に何らかの理由で短期業績が悪化するようなことがあっても、企業経営への信頼は揺るぎにくいものだと思います。

また前者の企業であっても、ESG / SDGs の取り組みの説明のみに過度に偏ることなく、自社の中長期の成長シナリオをしっかり示し、そのシナリオを阻むリスクの存在をひっくるめて説明していれば、その企業のサステナビリティ経営への信頼度はさらに高まります。

⑤「社会的な存在意義」にウソがないこと

「長い目で見て、社会や環境のためになるビジネス」「社会や環境の将来を真剣に考え、自社が社会や環境に与えるネガティブなインパクトを抑制する取り組み」を実のある形で展開している企業であれば、その企業の将来には期待が持てます。ただ、そのことを企業の外側から見て判断するのは容易ではありません。

例えば、医療サービスを提供する企業や社会インフラを担う企業であれば、社会に役立つ企業であることは一目瞭然なのですが、商社や素材メーカーのように、事業内容やビジネスモデルを深く理解しないと、社会にどのような価値をもたらしているかが分からない会社も数多く存在します。こうした会社も最近では自社のESG経営を熱く語っていたり、SDGsの諸目標と自社の事業とを紐づけた説明をしっかりとしていたりします。ESG経営やSDGsと事業の紐づけが腹落ちするレベルで開示されていて、かつそのビジネスに将来性のあることが読み取れるのであれば、持続可能な事業を展開している会社だと感じます。

また、お酒やタバコの会社や石油メジャー、プラスチックのメーカーのような、社会や環境にネガティブなインパクトを与える印象を与えがちな企業も多く存在します。こうした企業であっても、自社の事業が持つネガティブな要素を将来に向けて改善・解消していこうとしている、あるいは別次元で社会・環境に大きく貢献し、社会に及ぼすネガティブなインパクトをオフセット(相殺)しようとしている企業もたくさんあります。自社のネガティブ要因に対して真摯に向き合い、自社の存在意義に対する理解を得ようとしていることが統合報告書などから読み取れる企業は、持続可能な企業である可能性が高いと感じます。

企業価値向上のために、何を優先するのか

上場企業が発行する「統合報告書」は年々進化を遂げています。長期視点の投資家を主要な読者として想定し、自社が持つ真の価値や持続可能な経営を読み取ってもらえるように「分かりやすいストーリー」に仕立て、その構成要素から表現方法、デザインに至るまで、さまざまな工夫を凝らす企業が増えています。

では、ウィズコロナの時代を迎え、企業に対して上述のような見極め方をする投資家やステークホルダーが「適度な情報量」(適度なページ数)で端的に理解できるようにするために、企業の統合報告書ではどのような整理の仕方をすべきなのでしょうか?

国際統合報告評議会(IIRC)が提唱する「国際統合報告フレームワーク」には、統合報告書に盛り込むべき内容が丁寧に示されています。「指導原則」というセクションでは報告書の「簡潔性」が必要であるとし、「重要性の高い課題」(マテリアリティ)についての説明を求めています。具体的には「組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報」を開示することが求められています。

ただ、この「マテリアリティ」という言葉の意味するところを理解するには、実は少し注意が必要です。多くの場合、前述の「マテリアリティ」とは少し別の意味で使われているからです。サステナビリティ報告書のガイドラインであるGRI スタンダード(GRI:グローバル・レポーティング・イニシアティブ)では、「企業活動による経済、環境、社会へのインパクト」の大きい事象、ステークホルダーの評価や意思決定に実質的な影響を及ぼす事象がマテリアル(重要課題)だとしています。

多くの日本企業が、この言葉が意味するものの違いをあまり気にせずに、統合報告書などでマテリアリティを論じているフシがあります。もちろんGRIのマテリアリティも、企業のサステナビリティを判断するために極めて重要です。しかし新しい時代に生き残る企業であることを、とりわけ投資家に対し、統合報告書などで説得するのであれば、そこで論じるべきマテリアリティは、どちらかというとIIRCの視点によるマテリアリティ、すなわち「持続的な企業価値向上」に軸足を置く「経営のマテリアリティ」ではないかと考えます。

「経営のマテリアリティ」を特定するには、まず自社の経営・事業を、企業価値の主要な構成要素である「事業を通じてこれから生み出されるキャッシュフロー」に実質的な影響を与えるネガティブな事象、ポジティブな事象(リスクと機会)を「短期」「中期」「長期」に分けて整理することが必要になります。統合報告書でマテリアリティについて説明をしている多くの企業が、この点をあまり意識していないように感じます。

繰り返しになりますが、ウィズコロナの時代における投資家やその他のステークホルダーの関心は、新しい時代で生き残るために、その企業が「どのような価値判断の下、この非常時にどう行動したのか」「限られたリソースの中で、これから何を優先し、何を優先しないのか」という点にあります。先の「5つの見極めポイント」を踏まえ、経営が打つべき手、すなわち「マテリアルな経営課題とその対応」を、統合報告書を通じて分かりやすく端的に伝えることに力を注ぐことで、自社らしい、読み応えのある「新しい時代の統合報告書」に仕上げることができるのではないでしょうか?

ニューノーマルの時代を迎えた今、世に氾濫する膨大なフレームワークに必要以上にとらわれずに本質を見つめ、新しい時代の統合報告書にぜひチャレンジしていただけたらと思います。

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SDGsデザインセンター シニアコンサルタント
山内 由紀夫(やまうち・ゆきお)

都内信用金庫の証券運用部門、経営企画部門を経て、IR支援会社で上場企業の調査分析、アニュアルレポート・統合報告書・CSRレポートの編集および企画を担当。 日経BPコンサルティングでは、財務、非財務の両面からバランスの取れた価値創造ストーリーの構築を支援。

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