これだけは押さえたい。統合報告書制作で意識すべき「2つの背景」

統合報告書 何のためにつくる?

  • 山内 由紀夫

    サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント 山内 由紀夫

統合報告書 何のためにつくる?
近年、「統合報告書」を発行する企業が多く見られるようになりました。2011年に国際統合報告評議会(IIRC)が統合報告に関するディスカッション・ペーパーを公表し、その頃から日本でも、時価総額上位のグローバル企業を中心に、統合報告に関する議論が活発化しました。統合報告書を発行する企業は年々増え続けており、既に400社を超えているとの調査もあるようです。近年では非上場企業、大学などにも広がり、まさに百花繚乱です。
さてこの統合報告書。一体何のために発行するのか?  誰に向けて、どのような情報を発信すれば良いのか? 今回はその辺について、少し考えてみたいと思います。

企業が果たすべき「役割」の変化

民間企業に対して統合報告書の発行が求められるようになった理由は、2つあると考えられます。

1つめは「民間企業の果たすべき役割」自体が大きく変わったためです。
企業はこれまで、自社ビジネスの拡大を通じて利益をあげ、得た利益を新たな戦略的案件に再投資したり、株主や従業員、国などに還元したりして、事業を拡大させてきました。企業は、経済価値の創出とその適正配分に軸足を置いていたのです。

一方で、こうした「経済至上主義」とも言える企業活動が様々な弊害を生み、問題視されつつあります。気候変動や環境汚染などの環境課題、格差の拡大、エネルギー問題、食糧問題といった地球規模の課題の多くは、経済至上主義がもたらした「負の遺産」であるとの指摘もあります。

これら世界規模の課題は、全ての人々にとって大きな関心事です。その解決には、莫大な資金、新しいアイデアや技術革新、強い行動力が必要で、国連などの国際組織、個々の国や自治体などの力だけでは到底まかないきれません。
そこで注目されるのが「民間企業のチカラ」です。民間企業の持つ資金、技術革新やアイデア、行動力に期待が寄せられているのです。

今後の企業活動に求められる役割

1)「地球規模の課題解決」に貢献できる事業体となる
2)課題解決のため、従来の「経済価値拡大型のビジネスモデル」を「社会課題解決型のビジネスモデル」に変える

これが、企業がこれから生き残る条件になると思われます。
それに伴い、企業の説明責任の範囲も変わるでしょう。「重要な社会課題の解決に貢献するチカラと意志を持つ企業だということを、多くの人々にわかりやすく説得する」必要があります。その役割を担うツールが統合報告書というわけです。

企業価値の「見えない化」

もう1つの理由が、企業価値の「見えない化」の進展です。ビジネスの複雑化、グローバル化、デジタル化が進むなかで、企業の本質的価値に占める「非財務の価値」の割合が高まっていると言われています。

これまで上場企業の多くは、自社の事業や企業価値を社外に示すため、決算短信などのタイムリー・ディスクロージャーや、アニュアルレポート、株主通信、IRサイト上の決算情報などを通じて、主に自社の財務的な価値についての説明責任はしっかり果たしてきました。しかし、企業の本質的な価値がそうした「財務上の価値」だけでは説明できなくなったため、「投資家を対象にした、財務、非財務を含む『企業価値の全体像』の提示」が、長期志向の投資家などから求められはじめました。そうした説明ニーズに応えるためのツールが統合報告書なのです。

もちろん、全ての投資家が「長期的な価値」を拠り所にしているわけではありません。長期志向の投資家はごく一部に過ぎず、目先の業績予想などで判断するショートターミズム(短期志向)の投資家は大勢います。しかし、企業が統合報告書を通じて、「企業の長期的な価値に基づく投資判断の重要性」を積極的かつ広範囲に発信していけば、短期志向に傾注していた投資家の姿勢も徐々に変わるでしょう。

これら2つの背景を踏まえると、どんな要素を統合報告書に盛り込むべきかが、少し見えてくるかもしれません。

「統合報告書」には何を掲載すべき?

では、統合報告書には何を掲載すべきなのでしょうか? IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)の「国際統合報告フレームワーク」や経済産業省の「価値協創ガイダンス」など、参考にすべき様々なフレームワークが存在し、そこには「必要な要素」が体系的に示されています。

誤解を恐れずにざっくりと言えば、統合報告書に必要なのは「『 “稼ぐ力”が持続的に高まっていくこと(中長期的な成長戦略)の説得 』と『中長期的な成長を阻むリスクの認識と適切なマネジメント力(ESG経営の力)の説得』に関する情報」だと思います。そして、「必要な要素」ついて丁寧に言及すれば、「評価機関などから推奨される報告書」に近づいていきます。ただし、それだけで「万人に腹落ちする自社ならではの統合報告書」になるとは限りません。

「自社ならではの価値創造ストーリー」をつくる

「自社ならではの統合報告書」をつくるには、何をすべきでしょうか。その答えはズバリ「自社ならではの価値創造ストーリーを展開すること」に尽きます。自社のビジネスの特徴、経営の考え方などを踏まえた価値創造ストーリーの構築に、是非とも力を注いでほしいと思います。「従来型の社会貢献活動、CSR活動」は統合報告書に組み込むべきでないという意見もよく耳にしますが、その活動が自社にとって重要な取り組みであれば、そこもうまく企業価値向上に紐づけて説明する「ストーリー」となるよう、工夫すべきではないでしょうか。

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「財務情報とESG情報を掲載することイコール統合報告書」と捉える人もよく見かけます。ESG情報の丁寧な説明はもちろん重要ですが、環境、社会、ガバナンスの取り組みを淡々と紹介するだけでは「ストーリー」をつくることは出来ません。必要なことは「だれもが腹落ちする文脈」と「デザイン的な工夫」です。(『自社ならではの『価値創造ストーリー』をつくろう!!』 参照)

突き詰めて言うと、統合報告書は「価値創造ストーリー」さえしっかり描けていれば、情報として必要十分です。ストーリーの本質から遠い情報は、むしろ統合報告書から切り離すべきかもしれません。

シンプル・イズ・ベスト

では、「万人が腹落ちするストーリー」を成立させるポイントとはなんでしょうか。それは「シンプルに示すこと」です。シンプルであればあるほど、メッセージ性は強まり、多くの人の心に残ります。とはいえ、加えていくよりも、削ぎ落していく方が難しいものです。自社に詳しい社内の人と、他社に詳しい社外の人が意見を出し合い、「合わせ技」で攻めていく必要があります。

シンプルさを支えるのは「デザイン」です。デザイン性を高め、わかりやすく視覚に訴えるビジュアルを用意しましょう。Webサイト上で動画を駆使したものに仕上げれば、その説得力は格段に高まります。

一方で、「これまで発行してきたアニュアルレポートとCSRレポートを一緒にして統合報告書にしたい」とか「統合報告書を会社案内がわりに営業ツールとしても使いたい」「株主通信を統合報告書に進化させたい」「冊子ではなくWebでのみ開示したい」といった合理化ニーズも多いはずです。統合報告書の発行には、これまでのコミュニケーションツールとの兼ね合い、使い方など、それぞれの企業でいろいろな事情を引きずりがちだからです。

こうした「マルチステークホルダー向けを強く意識した統合報告書」というのもアリでしょう。会社にとって「使い勝手の良いツール」「説明しやすいツール」にするという視点もまた重要です。ただ、どのような「出口」を選択するにせよ、「『統合報告書としての本質的な情報 (つまり価値創造ストーリーの部分)』がどこに書かれているかを明確にすること」だけは守っていただきたいと思います。会社案内のなかの「統合報告セクション」という建て付けでも良いと思います。

「良い統合報告書」は企業ブランドの向上にも役立つ

統合報告書を通じて「万人が腹落ちする自社らしい価値創造ストーリー」をしっかり描き、そのストーリーを伝えるべき人々に伝達できれば、企業ブランド力の向上、さらには競争優位なビジネス展開にもつながるはずです。その意味では、統合報告書の企画過程においては経営企画部門、IR部門、CSR部門などに加え、企業ブランドや商品ブランドを統括する部門の方が議論に加わることも検討すべきです。また、完成後にそれを社内外にどう発信していくかという点も、しっかり議論してほしいと思います。

あなたの会社は、何のために統合報告書をつくりますか?

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山内由紀夫

サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント
山内 由紀夫(やまうち・ゆきお)

都内信用金庫のシステム部門、証券運用部門、経営企画部門を経て、IR支援会社において企業分析、アニュアルレポート・統合報告書・CSRレポートの企画・編集コンサルティングに携わる。
日経BPコンサルティングでは、統合報告書の企画・コンサルティング、企業価値の持続的向上に向けた価値創造ストーリーの構築を支援。

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