間違いだらけの統合報告書

統合報告書では自社の企業価値を伝えよう!

  • 山内 由紀夫

    サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント 山内 由紀夫

統合報告書では自社の企業価値を伝えよう!
2021年、発行企業数が700社を超えた日本の統合報告書。先進企業とそうでない企業の間では質的な格差が広がりつつあるようです。多くの企業にとって、統合報告書についての「間違った考え方」に気づき、軌道修正をしていく時期が来ています。

「統合報告ウオッシュ」に対する危機感

多くの日本企業が統合報告書に取り組みはじめてから10年以上になります。

CSRレポートとアニュアルレポートを合本する試みから始まった日本企業の統合報告書は、この10年ほどで長足の進歩を遂げており、統合報告先進企業の近年のレポートを見るにつけ、感慨深いものを感じます。先進企業のレポートには、これまで自社の長期的、継続的な企業価値増大と真摯に向き合い、ステークホルダーとの建設的な対話を繰り返しながら、事業を変え、経営を変え、開示のあり方を変えてきたことが随所に示されており、ワクワクしながら読み進めることができます。

ただし、こうしたワクワクする統合報告書を発行する企業はほんの一握りにすぎないのではないでしょうか。700社を超える企業が統合報告書を発行するようになったと聞きますが、こうした「真の統合報告書」を発行できている企業は、実は50社にも満たないかもしれません。

一方で、よく目にするのが、他社とあまり変わらない「価値創造プロセス図」や、経営者の頭の中にある統合思考が十分に理解できていない事務局が書き起こしたであろうトップメッセージ、決算短信を転載したような短期志向の財務役員メッセージを載せ、事業現場ではあまり意識されていないE(環境)とS(社会)とG(ガバナンス)に関する情報を脈絡なく開示し、ESG、SDGs経営にしっかり取り組んでいますと言わんばかりの、いうなれば、ストーリーやユニークネスがない「なんちゃって統合報告書」です。最近はよくESGウオッシュという言葉を耳にしますが、統合思考をもって経営していることをうたいつつ、実態が読み取れない「統合報告書」を発行する「統合報告ウオッシュ」企業が世の中にまん延しているのではと危惧しています。こうしたレポートの多くは、それなりのページ数で展開されているものの、すべてを読み終えても、響くものがなかったりします。

このような背景の本質には、自身の統合思考、外向けの統合報告に対する経営トップの意識の低さがあるのではないでしょうか。中期経営計画や足元の進捗について、自身の言葉で熱く語れるトップが、企業価値や資本コスト、サステナビリティ、マテリアリティに関する質問に対しては事務局がつくった手元資料を読み始めることもあるようです。

統合報告書を発行する企業数はうなぎ登りで、それ自体は企業にとっても、また日本の資本市場にとっても良いことだと思いますが、質の伴わないレポートがまん延していること、しかも多くの企業がそのことに危機意識を持っていないことに、筆者自身は強い危機感を覚えています。

次の章からは、企業が本来、目指すべき統合報告書のあり方について考えていきたいと思います。

サステナビリティ開示の共通言語化とサステナビリティ・トランスフォーメーションの動き

グローバルではサステナビリティ開示の共通言語化が進んでいます。欧州ではカーボンニュートラルの達成に向け、環境的に持続可能な経済活動の基準となるEUタクソノミーが整備され、サステナビリティ開示全体に関しても、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)によるスタンダードの作成も進められています。

国内に目を向けても、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化を経営レベルで進めていく「サステナビリティ・トランスフォーメーション (SX)」についての議論が深まっています。経済産業省は2022年8月に「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」を公表し、SX実現に向けた経営強化、効果的な情報開示や建設的・実質的な対話を行うためのフレームワークとしての「価値協創ガイダンス2.0」を打ち出しました。環境・社会の動きが今後の企業価値にどのような影響を及ぼすのか、あるいは企業活動が環境・社会に対してどのような影響(インパクト)を与えているのかという点についての説明を、共通の枠組みを使って行っていくことが始まろうとしています。

一方で2018年ごろから、株主中心で短期的な利益追求を重視したこれまでの資本主義ではなく、顧客、従業員、取引先、コミュニティー、株主を含むすべてのステークホルダーの利益を追求する「ステークホルダー資本主義」が注目を集め、世界中の多くの企業経営者の共感を呼んでいます。岸田政権下の日本においても成長と分配の好循環を目指す「新しい資本主義」のもと、未来への投資としての「人への分配」が強調され、「すべての人が生きがいを感じられる社会の実現」が叫ばれています。

また近年はマテリアリティに関する議論も盛んに行われ、考え方の整理が進んでいます。国際統合報告フレームワークやSASBスタンダードのような、財務マテリアリティ(環境・社会が企業価値に重大な影響を及ぼすサステナビリティ課題)に関する説明を求める動きや、これに加えてGRIスタンダードなど、環境・社会マテリアリティ(企業活動が環境・社会に重大な影響を及ぼすサステナビリティ課題)までを含む、ダブル・マテリアリティについての説明を求める動きもあります。

このように、サステナビリティを巡るさまざまな動きが加速する中で、企業のサステナビリティ開示や統合報告書はどのような進化を遂げるべきなのでしょうか? 社会が必要とするすべてのサステナビリティ情報を取り込んだ「メタボな統合報告書」を、はたして私たちは目指すべきなのでしょうか?

そもそも統合報告書を通じて何を伝えるべきなのか

企業が統合報告書をつくる背景には2つのことがあります。1つはビジネスのグローバル化、複雑化に伴う企業の「見えない化」の進展。もう1つは地球規模の社会課題の深刻化に伴う企業の役割の変化です(拙稿「統合報告書 何のためにつくる?」ご参照)。この2つの点を踏まえて、「自社の存在意義(パーパス)」⇒「パーパスを踏まえた現在のビジネスモデルと競争優位性」⇒「パーパスを実現させるための確かな成長戦略(ビジネスモデルの進化、事業ポートフォリオの最適化)」⇒「成長戦略を絵にかいた餅にしないためのサステナビリティ経営(リスク管理、持続的成長のための仕組みづくり)」を一連のストーリーとして「わかりやすく」示すことが、統合報告書に課せられたミッションです(拙稿『パーパス起点の価値創造ストーリーの描き方』ご参照)。

こうした考え方に立てば、統合報告書を通じて開示すべき内容、長期投資家を中心とする読者に対する説得ロジック、裏を返せば統合報告書の中で必ずしも論じる必要のない情報というものは、おのずと明確になっていくはずです。

先ほどのEUタクソノミーやISSBのスタンダードといった、サステナビリティ開示の共通言語化の進展を受けて、企業のサステナビリティ開示は飛躍的に情報の整理が進み、パッシブ志向の長期投資家やESG評価機関などによって分析・検証され、評価方法も定まっていくことでしょう。つまり「規定演技」的なサステナビリティ情報については、あたかも財務諸表のごとく、詳細な開示ルールのもとで比較可能性が高まっていくものと思われます。ただし、先ほど申し上げた「価値創造ストーリー」を主軸に据える統合報告書においては、こうした「規定演技」のサステナビリティ情報は必ずしも必須のパーツではありません。掲載の要否は、あくまでも自社が描く「ストーリー次第」ということになります。

サステナビリティ開示の共通言語化が進む一方で、やはり懸念されるのが「自由演技」の情報開示、つまり任意の情報開示に関する日本企業の過度な「横並び意識」の存在です。とりわけ同セクター同士の企業の情報開示が極めて似通う傾向にあります。多くの日本企業はこれまで、申し合わせたかのようにポジティブな情報に偏重した開示を統合報告書のなかで展開してきたように思います。気持ちはわかるのですが、リスク情報、ネガティブ情報に対する真摯な開示がなされないことで、投資家による健全な投資判断や効率的なポートフォリオ運用を困難なものにしてきたことがあるように感じます。

また当然のことながら、サステナビリティに関する立派な取り組みだけで企業価値を高めることはできません。「他社と明らかに違う自社の強み」を明示し、それが理解されない限り、長期志向のアクティブ投資家の琴線に触れることはありません。その意味で、統合報告書では価値創造ストーリーをベースとした、心に響く「自由演技」により、自社の魅力をわかりやすく伝える必要があります。

既に申し上げたとおり、「伊藤レポート3.0」や「価値協創ガイダンス2.0」で論じられるSXのポイントは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの「同期化」、つまり両者がどのように連携しているかという点の説得にあります。この「同期化」メカニズムをストーリーに組み込んで語ることは統合報告書の本質であると言えます。例えば社会のサステナビリティの実現に深く関わる事業活動については、それが社会のためになる「善行」であるような文脈で語るのではなく、サステナブルな社会への移行という流れの中に存在するビジネスチャンスを、自社の企業価値の向上にどのように取り込んでいこうとしているのかを伝える文脈で表現することが重要です。企業価値とのつながりを明確に示したサステナビリティ情報は、未来社会での繁栄が期待できる投資先を探そうとするアクティブ志向の長期投資家にとって重要な情報であるほか、サステナビリティ経営が機能していることを説得できるという意味で、パッシブ志向の長期投資家にとっても重要な情報です。

また、SXへの取り組み自体が実態を伴ったものであることを説得するためには、それがトップダウンで進められていることを説得すべきです。統合報告書においては、経営者自身の統合思考(経営資源の適正配分についての自身の考え方)、SXへの取り組みをトップメッセージのなかで熱く語っていただきたいと思います。

「伊藤レポート3.0」の中でも明記されているとおり、企業のSXは、その企業だけの努力だけでは成し得ません。インベストメントチェーン上の多様なプレーヤーとの建設的・実質的な対話を行い、それを磨き上げていくことが必要不可欠です。元来、統合報告書は対話のベースとなるための重要なツールとして捉えるべきであり、このことは統合報告書の編集に際しても十分留意すべき点であると言えます。

統合報告書では自社の企業価値をわかりやすく伝えよう

前章において、統合報告書を通じて開示すべき内容、長期投資家を中心とする読者に対する説得ロジックについて論じましたが、一言で言えば「統合報告書では企業価値を増大させていく道筋とその根拠をしっかり伝えることが必要」だということです。それと関わりのない情報は、統合報告書の文脈の中では不要です。以下では筆者が考える、統合報告書を進化させていくうえで欠かせない「4つのポイント」を示します。

(ポイント1)
将来キャッシュ・フローの拡大シナリオと資本コストの低減シナリオの明示

統合報告書では、将来キャッシュ・フローの持続的な拡大と資本とコストの低減に向けたシナリオとその管理、その進捗、すなわち企業価値をどう向上させるかについての説明に主軸を置くべきです。特に重要なのがリスクに対する認識とその管理です。時間軸と重要度の軸をもってリスクの所在を示し、そのうえでリスクに対する対応方針と組織的な運用について、しっかり説明していただきたいと思います。

(ポイント2) パーパス起点の価値創造ストーリー

「なぜ今のビジネスモデル、事業ポートフォリオなのか?」「今のビジネスモデル、事業ポートフォリオをどう変えていくのか? またそれはなぜか?」「なぜ自社にその変革ができるのか?」 を説得するうえでは、自社の存在意義(パーパス)と絡めて説明することが効果的です。パーパス起点の自社ならではの創造ストーリーをぜひ、統合報告書の中で語っていただきたいと思います。既にストーリーを描いている企業であっても、経営環境が激変する時代にあっては調整が必要となるはずです。

(ポイント3) いらない情報の除外

統合報告書は自社の価値創造ストーリー(企業価値の増大シナリオ)を伝えるための唯一無二のコミュニケーション・ツールです。従って、自社の価値創造ストーリーと関わりの低い情報は統合報告書の価値創造ストーリーの文脈とは切り離して編集することをお勧めします。ステークホルダーに配慮したサステナビリティ経営を実践していること自体は価値創造ストーリーに組み込んで論ずるべきですが、マルチステークホルダーに向けた詳細情報自体は、統合報告書の必須要素ではないことを理解すべきです。こうした情報が増えると、ストーリーがむしろ読み取りづらくなるためです。

(ポイント4) 情報のタイムリーなアップデート

統合報告書は必ずしも印刷媒体である必要はありません。冊子の触感が伝わる情報もあり一概には言えないものの、要は限られたページ数の中に、無理に情報を押し込む必要もないように思います。また、経営環境が激変する時代にあって、年1回だけのアップデートでは「今の考え」を伝えきれないこともあるはずです。経営環境、事業環境の変化を受けて、掲載内容をタイムリーに、ダイナミックにアップデートしていく、ウェブコンテンツを中心とした「アップデート型のレポート」になれば、自社の企業価値をタイムリーに伝えることができ、統合報告書の有用性もさらに高まるのではないでしょうか?

自社のSXのため、また長期投資家の健全な投資判断と資本市場のさらなる発展のためにも、統合報告書に対する意識を見つめ直し、統合報告書を通じて、自社の企業価値の存在を雄弁に語っていただきたいと思います。

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サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント
山内 由紀夫(やまうち・ゆきお)

都内信用金庫のシステム部門、証券運用部門、経営企画部門を経て、IR支援会社において企業分析、アニュアルレポート・統合報告書・CSRレポートの企画・編集コンサルティングに携わる。
日経BPコンサルティングでは、統合報告書の企画・コンサルティング、企業価値の持続的向上に向けた価値創造ストーリーの構築を支援。

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