「ワクワク」と「ならでは」がカギ

SDGsを企業理念や中期経営計画に組み込む

  • 古塚副本部長2020

    サステナビリティ本部 本部長 古塚 浩一

SDGsが企業理念と戦略の自分ごと化を促す
今、企業は経営理念やビジョン、ミッションなどの再定義、あるいは中期経営計画の策定に際して、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を盛り込むことを社会から求められている。そもそもどのような背景のもとでSDGsが求められているのか、また実際に盛り込む際は具体的にどういった点に留意し、どういったステップを踏んでいけばいいのか。様々な企業の社外取締役を務め、SDGsを活用したブランディングのサポートも手がけている一橋大学大学院経営管理研究科客員教授の名和高司氏に話を聞いた。 聞き手=古塚浩一 / 文=斉藤俊明

SDGsの17の目標を自社独自の言葉に置き換えよう

いま企業はなぜ、中期経営計画や経営理念、ビジョン等にSDGsを盛り込むことを求められているのでしょうか。

名和 そもそも前提として、ESGに取り組んでいない企業はもはや投資対象となりえません。ESGは資本市場からの切羽詰まった要求であり、今や企業活動に不可欠となったのです。
その上で、世界共通のゴールとして合意されたSDGsは、IRだけでなく企業の価値創造と成長戦略にきわめて利用しやすいものです。加えて、従業員向け、あるいは将来の従業員候補である学生向けにも重要なメッセージとなります。ミレニアル世代、その後に続くゼット世代は、社会課題の解決につながるSDGsに共感しているといわれます。つまり、SDGsに関する取り組みが不十分な企業は人材を誘致できません。売り手市場で学生をしっかり引きつけるにはSDGsを活用したブランディングが不可欠です。こうした観点から、SDGsは上場企業だけでなく、非上場企業にとっても重要なテーマだといえます。

SDGsを盛り込む際、具体的にどう取り組めばいいでしょうか。

名和 社会にとっての重要性と自社にとっての重要性を縦横の軸に用いたマテリアリティ分析は多くの企業で行われていますが、どの企業も右上の象限、つまり社会が関心を持っている部分を重視しています。これは大切な要素ですが、言い換えればどの企業もやらなければならない、いわば規定演技にすぎません。私が重要と考えるのは右下の象限、つまり、企業はこだわっているが社会はまだ重要性を認めていないテーマで、これは自由演技と呼ばれます。

古塚 浩一氏

私は「ワクワク」と「ならでは」という言葉をよく使います。右上の象限ではどこも同じ言葉を使うので新鮮味がありませんし、顧客も従業員も消費者もそれを聞いて「ワクワク」しません。その企業「ならでは」の価値を打ち出すことで、社会にも社内にも「ワクワク」を生み出せるのです。
ですから一般的な表現ではなく、SDGsの17の目標を自社独自の言葉で置き換え、作り直す必要があります。そうでないとありきたりの内容となり、社名を隠したらどの企業かわからなくなってしまうでしょう。花王の「きれい」や三菱ケミカルの「KAITEKI」という表現はSDGsには存在しませんが、日本語でも世界に強く訴えていける「ワクワク」「ならでは」を持ったこだわりの言葉だと言えます。

「18個目の目標」で全社を巻き込む

「ワクワク」「ならでは」を作っていくためのヒントを教えてください。

名和 私はよく、SDGsにはない18個目の目標を作ってくださいと言っています。独自の目標を打ち出すことが、自社らしさを伝えるメッセージにもなります。例えば前述の2社がそうですし、資生堂もESGにC=Cultureを加えた「ESCG」を打ち出しています。これは日本や世界の文化にこだわり続けてきた資生堂らしさをうまく表現している言葉でしょう。
世の中にあるマクロトレンドに引きずられるのではなく、企業のPurpose、そもそも何を目指しているのかという思いを伝えるために、自社ならではの言葉で言い切ることが大事です。

そうした言葉を実際に決め、中計等に盛り込むとき、また社内に浸透させるとき、どの範囲までの社員を巻き込めばいいのでしょうか。

名和 少なくとも、経営者層、次世代の経営を担う中堅層、そして従来とはまったく異なるカルチャーを持ったダイバーシティ豊かな社員、この3層が必要です。3層に分けると各層それぞれに異なる反応が見られ、議論も活発になります。
ただ、参加者が自由に発言できる場を設けるだけでは話題が収斂せず、まとまった言葉が生まれにくい傾向があります。できれば事務局や委員会を立ち上げ、議論を進めつつきちんと絞り込んでいくことが必要です。

そのためにはファシリテーションが重要になると思います。この役割は社内の人間が担うべきでしょうか、それとも外部の力を借りるべきでしょうか。

名和 理想をいえば、知見や経験を持った外部の人間が入るほうが進めやすいでしょう。
進め方としては、最初にマクロトレンドの見直しから入り、自社の言葉に直していくのですが、私がお手伝いをする場合はマクロトレンドを見る際に、2030年ではなく2050年を見てもらっています。

名和 高司氏

2030年はSDGsの目標年次ですが、2019年の今からでは近すぎます。AIが人間をしのぐシンギュラリティの到来が2045年だと予測されており、その2045年も超えた2050年に焦点を当てれば、様々な要素が現在とは非連続のものとして見えてくるはずです。
とはいえ、ただでさえ不透明な時代ですから、30年以上先の未来を見据えるのは難しいかもしれません。私はよく、アイザック・アシモフの『われはロボット』などのSF小説を読むように勧めています。未来の人間はどうあるべきかが見えてくるでしょう。もちろんこれはあくまで一つのヒントですが、人間の本来あるべき姿を議論することで、2050年の予測が見えてきます。特に若い世代にとっては、2050年は自分たちが軸となって活躍する時代ですから、一番の関心事と捉えられるのではないでしょうか。

自社らしさは過去と未来の往復で決める

そうしたマクロトレンドを把握した上で、次のステップはどうなりますか。

名和 企業が本当にやりたいことは何か、つまりPurposeの話に進めます。Purposeを決める方法はいくつかありますが、一つはやはり自社の原点、そもそもの成り立ちとこれまでのストーリーをしっかり学ぶことです。過去を振り返れば、自社が大きく変わった節目がいくつかあるはずです。そのとき、何がきっかけでどう変わったのかを調べる。環境変化で成長した場合もあれば、苦境から立ち直ったケースもあるでしょうが、何にこだわって変化したのかをひもとく作業を行います。

それを踏まえて、「今後自分たちは何をしたいのか」というストーリーを、2050年を見据えて未来志向で議論する。過去と未来をセットで考えることが大事です。この作業を終えてようやく、自社がこだわる言葉作りに入ります。
「ワクワク」と「ならでは」が両立した言葉を作るために、まずは同業他社のホームページやブランドステートメントをチェックしましょう。食品メーカーであれば当然のように「おいしい」といった言葉が出てくるはずです。他社で使われている一般的な表現は避け、本当に自分たちがこだわる「らしさ」を追求していきます。そしてキーワード候補を3つ程度に絞り、そこに合致する信念を作ってください。
その際、言葉だけでなく体験が気づきをもたらすこともあります。InstagramやYouTubeといったツールを活用し、画像や映像から言葉へのイメージを高めてもらうのも効果的です。

従業員が企業の夢を自分ごと化する

そして決まったキーワードを中計等に落とし込んでいきますが、一方でその言葉を社内に浸透させるにはどうすればいいでしょうか。

名和 各従業員がキーワードを“自分ごと化”していくプロセスが重要です。武田薬品工業は、行動規範の一つである「不屈」という日本語を世界中に知らしめるため、「不屈」のシーンを社員が写真に撮ってInstagramに半年かけてアップしていきました。社員全員が半年間、様々な場面で「不屈とは何か」を見つけようとしたプロセスそのものが、キーワードを浸透させる重要な期間でした。

一方、私は三菱ケミカルで「KAITEKI」という言葉を浸透させるお手伝いをしています。その一つとして、世界各拠点のコアとなる500人の事業部長と1年半かけてワークショップを開き、四つのステップで出席者に質問しています。まずは「WHAT=自分たちの本当に達成したい姿は何か」と「WHY=なぜそうなのか」。夢でもいいので各自が究極に達成したい姿と、その理由を書いてもらいます。実現したい夢を思い出させたあと、次に「WHY NOT YET=なぜ達成していないのか」を尋ねます。ここでは技術面の問題やコスト、規制など、様々な制約が現れます。

ここまでのステップで、「壁は自分の内側にある、だからこそイノベーションを起こさなければならない」という話に導きます。最後に「HOW=どうやって乗り越えるのか」を尋ねて、「KAITEKI」を“自分ごと化”させるのです。四つのステップで最も重要なのは、最初の「WHAT」で答える夢。この夢は企業の長期ビジョンそのものなので、まずはそこから“自分ごと化”してもらう必要があります。

こうした取り組みのほか、社内アワードを開催して様々なアイデアを集めたり、事例を紹介したりすることも非常に効果的です。実際にネスレや味の素が、社内アワードの開催をきっかけに“自分ごと化”を進めています。

今後、SDGsは普遍的な要素として、企業の中計や経営理念に取り込まれていくのでしょうか。

名和 そう思います。SDGsの17の目標そのままの形ではないにせよ、サステナビリティという考え方自体は普遍的概念ですので、その流れは変わらないでしょう。

一橋大学大学院経営管理研究科客員教授
名和 高司 氏

1980年東京大学法学部卒業後、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事の機械グループ(東京、ニューヨーク)に約10年間勤めた後、マッキンゼーのディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年6月より現職。

※肩書きは記事公開時点のものです。

古塚 浩一

デジタル本部副本部長 兼 SDGsデザインセンター長
古塚 浩一

カスタムメディアのプロデューサー、ディレクターとして主にBtoB領域の企業コミュニケーションを支援。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞(三井物産)、日経電子版広告賞BtoBタイアップ広告部門賞(三菱商事)等受賞。

日経BPコンサルティング通信

配信リストへの登録(無料)

日経BPコンサルティングが編集・発行している月2回刊(毎月第2週、第4週)の無料メールマガジンです。企業・団体のコミュニケーション戦略に関わる方々へ向け、新規オープンしたCCL. とも連動して、当社独自の取材記事や調査データをいち早くお届けします。

メルマガ配信お申し込みフォーム

まずはご相談ください

日経BPグループの知見を備えたスペシャリストが
企業広報とマーケティングの課題を解決します。

お問い合わせはこちら