この危機を乗り越える

経営企画・サステナビリティ責任者がSDGs推進のために取り組むべき3つのこと

  • 古塚副本部長2020

    サステナビリティ本部 本部長 古塚 浩一

コロナが蔓延する社会における、SDGsへの取り組みはどうあるべきか
グローバル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)に加えて、予期せぬ社会課題が吹き出した今、世界は大きな変革期を迎えている。このような時代だからこそ、企業は常に様々なリスクを管理し、持続可能性を追求しなければならず、改めてSDGs(持続可能な開発目標)の真価が問われている。変革の時代にSDGs経営を継続し、加速させることの意義、さらには経営企画・サステナビリティ部門がSDGs経営をどのように推進すればいいのかについて、千葉商科大学 基盤教育機構 教授で、日経BPコンサルティング SDGs デザインセンター シニアコンサルタントとしても幅広く活躍する笹谷秀光氏に話を伺った。 聞き手=古塚浩一 / 文=斉藤俊明

企業がSDGs経営に取り組むメリットとして、これまでどちらかというと、社会課題の解決に新たなビジネスの機会が潜んでいる、といった文脈でチャンスの面が強調されることも多かったと思います。ただ今回の新型コロナウイルスの世界的流行によって、SDGsがリスク管理においても機能することが、いち早くSDGs経営に取り組んできた企業において再認識されています。
予期せぬ危機が世界で起きる変革の時代に、SDGsが果たす機能を改めてどのように分析されていますか。

笹谷 もともと、SDGsは、2030年に向けて地球規模の変化、危機をどう乗り越えるかという発想から生まれました。つまり、危機感がそもそもの根っこにあるわけです。さらに現在は新型コロナウイルスのパンデミックの危機への対応も加わり、強烈な変革への対応が求められています。

変わりゆく社会情勢は、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4軸を表す「PEST分析」の手法で分析するとわかりやすい。まずPは、世界的なコンセンサスの崩壊やナショナリズムの台頭により、困難な時代を迎えています。EはPの影響を受け、新たなビジネスモデルが生まれてはすぐ消えるという、創造的破壊の繰り返しです。そのために業界間の境界線が弱まっています。PとEに影響されたSも強烈に変化し、特に日本では少子高齢化や人口減の課題があります。誰もが情報を受発信できるようになるICTなど、TがP、E、Sに大きな変化をもたらしていることも明白ですね。

こうした激しい変化の只中で、今回のパンデミック対応が加わったのです。この荒波を乗り越え企業を経営していくにはグローバル視点の羅針盤が不可欠。その羅針盤にうってつけなのがSDGsです。環境、社会、経済をバランスよく発展させようという考え方が根底にあり、2030年を目標とした未来像を社会全体で共有できます。

SDGsはチャンスにもリスクにも効く

世界がこのような予期せぬ危機に囲まれている状況の中で、SDGsの価値はいっそう高まっているといえるのでしょうか。

笹谷 はい。企業にとってSDGsはチャンスリストであると同時に、リスクの洗い出しにも役立ちます。これまでは環境、人権、法令、労働が主なリスクでしたが、今は健康リスクと世界の情勢リスクも加わりました。自然災害対策などの対応であるBCPの手法に加え、より深いリスク管理が求められていて、そこにSDGsが機能すると考えます。

例えばサプライチェーンに関するリスクの見直し。中堅中小や非上場企業はこのリスク管理への意識がまだ薄いところもあるかもしれませんが、どの企業も必ずどこかのサプライチェーンに属しています。企業はすべからく、自社がサプライチェーンのどこに位置し、問題が起きた際にどのような影響があるかを把握すべきです。その見直しにもSDGsが有効です。SDGsを経営マターとして戦略にビルトインし、羅針盤として活用しつつ、経営の舵取りと社内の意識改革を推進することができます。

ここ最近、私がお付き合いしている企業のサステナビリティ担当者とウェブ会議をしていると、在宅勤務によって、SDGsに関する情報発信や社内啓発が難しくなっているという話を聞くこともあります。
目の前に危機がある今だからこそ、SDGsの歩みを減速させてはいけない、ということなのでしょうか。

笹谷 2030年を見据えた中長期の視点で、会社をしっかり持続させるには、継続的な対策と、SDGsの成果の蓄積と熟成が不可欠です。ですから、従来の取り組みをSDGsに照らし合わせて分析し、成熟度を上げなければなりません。そのためには、分析や学びといったインプットも重要です。今回の危機はちょうど新入社員を迎える局面の危機で、入社式もできなかった企業も多いです。テレワーク化の流れの中で、改めて社内共通認識の醸成も重要で、新入社員教育や人事異動で部署が変わった社員教育にeラーニングを活用して、経営マターを幅広くカバーするSDGsの浸透を行えば、有効にSDGsに関する継続的施策を展開できるでしょう。

SDGs経営を減速させず継続してきた企業の現時点の注目すべき事例を教えてください。

笹谷 2020年を迎えた時点では、一部上場企業では自社の事業についてSDGsの17目標だけでなく、その下の169のターゲットに当てはめる段階に突入しています。例えばトヨタ自動車は2050年に向けた環境ビジョンを打ち出し、CO2ゼロチャレンジなど6つのチャレンジで、車からモビリティへとライフスタイルを変革する思想を明確化していました。昨年、この取り組みのすべてにSDGsのターゲットレベルを当てはめました。例えば、「ライフサイクルCO2チャレンジ」ではSDGs目標12「つくる責任 つかう責任」のターゲット12.8、持続可能なライフスタイルの変革に貢献すると表明しています。

大手の製造業のみならず、大手の金融・保険や建設、運輸、流通、ICTなど多くのプラットフォーマーが、ターゲットレベルまで深める取り組みを進めています。企業はそろそろ、SDGsのターゲットレベルまで深める段階に入りました。

例えば、今回のパンデミックは、SDGsで言えば、経済・社会・環境のすべてのターゲットに絡み極めて複雑な展開になっています。目標3「健康」のうちターゲット3.3に「感染症への対処」が明記されています。このターゲットの対応に、そのほかの目標やターゲットがどのように絡むかという、リンケージを考えていかねばなりません。

笹谷秀光氏の写真その1

SDGsのこうした取り組みは中堅企業にも広がるのでしょうか。

笹谷 サプライチェーンに属している以上、中堅企業にもさらに広がっていきます。中堅企業はSDGs経営に取り組むにあたって、多くの世界的課題と、自社の活動がいかに深くつながっているかを知ることから始めましょう。そして、チャンスが訪れたら本業で培った力を使い、危機が訪れたらSDGsを使ってリスクを見直しましょう。中堅企業は、経営者が決断さえすれば素早く動けます。ですので大企業に比べて、より一層、トップの参加と決断力が問われるでしょう。

今、経営企画・サステナビリティ責任者に求められること

企業の中で、これからは誰が中心となってSDGsを推進していけばいいのでしょうか。

笹谷 SDGsは投資家、取引先、消費者、人事・働き方改革・採用、地域、メディアなど、幅広い分野をカバーしており、経営マターそのものです。これに組織一丸となって推進するためには、経営企画やサステナビリティといった社内のストラテジーセクションが中心になってシンクタンク的な部門も参加するべきです。トップに情報をインプットし、トップイニシアティブのもとで社内のリソースを最大限集結することで、結束力を高めましょう。また、1社ではできないことも多いので、政府、業界全体、関係者、地域社会、金融など幅広いセクターを超えたステークホルダーとのパブリックリレーションズを構築し、自社の強み・弱みを把握すべきです。

パブリックリレーションズで特に重要なのがメディアです。変化の速い時代には、投資家をはじめとする外部、そして内側の社員の双方に対して、スピーディーに、わかりやすく働きかけなければいけません。メディアが持つ豊富な情報力や表現力をうまく利用して、コミュニケーション全体を設計し、外にも内にも伝えていくデザイン思考が必要です。その際にも世界の共通言語であるSDGsは役立つでしょう。

企業の経営企画・サステナビリティ責任者は、これからどういったことに取り組むべきですか。

笹谷秀光氏の写真その2

笹谷 これまで述べてきた内容につながりますが、「情報受発信の推進」「トップへのインプットと全社員教育」「ステークホルダーとの連携」の3つでしょう。

「情報受発信の推進」については、今は正確な情報の「受信」の方が重要です。情報を的確に速度感をもって収集し、企業が置かれている状況についてSDGsをプロットした体系図に当てはめ、羅針盤のどこに関係するかを把握することです。私が提唱する「ESG/SDGsマトリクス」は、左側にISO26000の社会的責任に関する7つの中核主題(組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画およびコミュニティの発展)をESGと関連付けて並べ、それぞれがSDGsのどの目標に関連するかを整理していきます。この機会に改めてマトリックスを精査すべきでしょう。

「トップへのインプットと全社員教育」については、経営トップとすり合わせて、社員への浸透を的確に行うこと。今は新入社員の研修を控える企業も多いでしょうが、それでは企業の志(パーパス)が伝わらず、組織の継続性にとってリスクとなります。そのためにも、テレワークに向くeラーニングによる社員研修を導入してはいかがでしょうか。SDGsはこれからのビジネスパーソンの常識であり、理解すればビジネスにおけるグローバルなコミュニケーションを可能にします。また、社員あっての企業で、このような時こそ社員一人一人が的確な羅針盤を持つことが重要です。今は「SDGsネイティブ」、つまり、SDGsを「自分事」として使いこなす人材の育成が必要です。

そして「ステークホルダーとの連携」。自社のビジネスが、多様なステークホルダーと相互に深く関係しながら、動いていることをSDGs的視点で認識しましょう。これまでSDGsをうまく使っていた企業は、パートナーシップをSDGsの視点で見直し、減速させることなく粛々と取り組みを続けていくべきだと思います。

最近、テレワークやウェブ会議方式のツールが進化していますので、様々な企業の責任者とやり取りしますが、対面とあまり変わらない対話ができますね。テレワークは対話後じっくりと学ぶ時間が取れる面もあります。私としても専門家として最新の情報やベンチマークになりうる事例のご紹介に努め、自分も学んでいます。SDGsは「進化するプロセス」(evolving process)だとしみじみ思います。

企業のサステナビリティを考えるべきセクションこそ、自社の持続可能性に関する事項を体系的に整理し、的確にブレイクダウンして、内外に向け体系的に発信し続けることが、この危機においても大事なのです。

こういう状況だからこそ、トップが中心となり中長期の視点でこれまで通りSDGs経営を推進すること、さらにチャンスとリスクの両面を整理し、社員や社外のステークホルダーに向けて発信していくことが重要であることを改めてよく理解できました。

企業の経営企画・サステナビリティ責任者や広報責任者のみなさまから、「4月から年度が替わり、一方でテレワークが進むこのような状況が踏まえて、何から手を付けるべきか」というご相談を毎日のようにいただきます。本業とSDGsの紐づけやSDGs起点のトップメッセージの発信、SDGs eラーニングをはじめとした社内啓発など、SDGs経営を減速させないための支援をSDGsデザインセンターとして引き続き担わせていただきたいと思っています。センターでご一緒している笹谷さんが、経営マターに焦点を当てSDGsの導入方法と事例を示した著書「Q&A SDGs経営」は一問一答でどこからでも読めて参照しやすいと好評です。あわせてご活用ください。
本日はありがとうございました。

笹谷 秀光

ESG/SDGsコンサルタント
笹谷 秀光 (ささや ひでみつ)

日経BPコンサルティング・シニアコンサルタント、千葉商科大学 基盤教育機構 教授・サステナビリティ研究所長、博士(政策研究)、PwC Japan グループ顧問、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事。

1976年東京大学法学部を卒業、77年農林省(現農林水産省)に入省、81年~83年人事院研修でフランス留学、外務省出向(在米国大使館、一等書記官)。農林水産省にて中山間地域活性化推進室長、市場課長、国際経済課長等を歴任。2003年環境省大臣官房政策評価広報課長、05年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、08年退官。同年伊藤園に入社、取締役等を経て19年退職。20年4月より千葉商科大学 基盤教育機構 教授。

著書に『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022年)『3ステップで学ぶ 自治体SDGs 全3巻セット』(ぎょうせい・2020年)、『環境新聞ブックレットシリーズ14 経営に生かすSDGs講座』(環境新聞社・2018年)など。監修に『まんがでわかるSDGs経営』(ウェッジ社・2022年)、『基礎知識とビジネスチャンスにつなげた成功事例が丸わかり! SDGs見るだけノート』(宝島社・2020年)、『大人も知らない!? SDGsなぜなにクイズ図鑑』(宝島社・2021年)など。笹谷秀光公式サイト

※肩書きは記事公開時点のものです。

古塚 浩一

デジタル本部副本部長 兼 SDGsデザインセンター長
古塚 浩一

カスタムメディアのプロデューサー、ディレクターとして主にBtoB領域の企業コミュニケーションを支援。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞(三井物産)、日経電子版広告賞BtoBタイアップ広告部門賞(三菱商事)等受賞。

『Q&A  SDGs経営』(笹谷秀光著、日経BP 日本経済新聞出版本部刊)

楽天常務執行役員 CMO マーケティングディビジョングループ マネージンクグエグゼクティブオフィサー、河野奈保氏

SDGsへの対応はなぜ必要なのか。ビジネスの常識として、SDGsが世界的に浸透・定着した経緯とは。東京五輪、大阪・関西万博によって、SDGs経営の拡大が予想される未来にどう備え、どのような経営戦略を持つべきか。日本と世界の潮流を踏まえつつ、それらの疑問に経営視点からわかりやすく答えます。

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