人的資本理論の実証化研究会 勉強会リポート 第2回
企業の人的資本投資に投資家が注目する理由と開示で得た情報の活用方法
「運用結果を高めるのは投資先企業」との考え方から、投資と人事のつながりを考える
岩永泰典氏は、欧州最大級の運用会社アムンディ(仏)のグループ会社であるアムンディ・ジャパンで、チーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサーを務めている。もともとは日本の銀行に勤務し、25年ほど前から運用の世界に参画。2014年にアムンディ・ジャパンへ入社した経歴を持つ。
冒頭、岩永氏は、この日の聴講者は人事・人材開発部門の担当者が多く、投資の世界にはなじみが薄いことも考えられるとして、まずは「人事の話がどうして投資につながるのか」にフォーカスして話し始めた。
「投資とはどういったことをしているのか。実は投資は地味な商売で、企業や個人の顧客の資金を預かり、資産形成のお手伝いをする仕事です。顧客の将来的な資産増加をどう実現していくか考えたとき、ここに人事と投資のつながりが出てきます。なぜかと言えば、運用結果のリターンを上げるのは投資元の私たちではなく、投資先の会社だからです」
岩永氏の説明によれば、運用会社が投資した資金を元に企業が設備投資、あるいは研究会がテーマとする人的資本投資などを行った結果、事業成長や新たな価値創造を実現し、その対価としてキャッシュフローを増やすことができる。よって、「私たちが投資する企業にキャッシュフローを増やしていただくことをお願いするのが、投資の究極の姿です。その観点で、要になるのは人材であることから人事と投資はつながっています」と語る。
そのうえで、伊藤邦雄・一橋大学教授(当時)が座長を務めた経済産業省の研究会の最終報告書、いわゆる「伊藤レポート」(14年公表)に投資する側とされる側を意識した言葉として登場した「インベストメントチェーン」を引き合いに出し、「調達した資本を効率的に使っていくために、インベストメントチェーンは必要です。伊藤レポート以降、私たちも投資する側として、投資を受ける側との間で対話を進めるようになってきました」と話した。
「開示」と「対話」から得る情報で投資家が見るポイントとは
では、投資家はいったいどのような点に興味を持って企業との対話を行うのか。
岩永氏は、近年重要性が指摘される「開示」について、“私なりの解釈”と前置きして次のように語った。
「投資する側は、教えていただかないと、その企業の取り組みはわかりません。それも、いわゆる“ここだけの話”というのはインサイダー取引になるので、企業の取り組み内容を公に教えてほしい。もちろん財務諸表がありますし、最近は統合報告書を発行する企業も多く、『開示している』と言われるのですが、企業の無形資産が増えている中、財務諸表だけではすべてをカバーできません。企業価値の多くは無形資産からきていますし、その源が何かと言えば、やはり“人”です」
日本市場では人材に関する情報開示がようやく始まったばかりで、それも開示を迫られることで背中を押された形であるとの認識を示した。そのうえで「私たちは、それぞれの企業がどういった形で事業を進めていくのか、そのためにどのような仕組みをつくり、ひいてはそれがどのように価値創造へつながっていくのか、中心にある“人”がどういった形で価値創造プロセスに加わっていくのかを知りたいと思っています」と話した。
その“価値”については、株主にとっての価値はもちろんのこと、「最近は重要なステークホルダーである従業員に対する価値は何なのかを考えることが必要になってきました。人的資本の見地から言うと、その会社に固有の能力(企業特殊的人的資本)だけではなく、社会的な要請が変わりゆく中でもパフォーマンスを発揮し続けられる一般的な能力(一般的人的資本)を身につけさせることも価値創造の一つですし、投資家はそこを見ようとしています」と語った。
経営が目指す姿の実現に重要な人材戦略と、その取り組みに関する情報開示
投資家は制度的な開示に加えて、前述のように投資先企業との対話、いわゆるエンゲージメントを行い、情報を得ていると岩永氏。そうした開示の取り組みで得た情報を、投資家はどのように活用しているのか解説する。
「運用のポートフォリオに関して、“卵は1つのバスケットに入れるな”という話がよく言われます。私たちは投資先を選ぶ際、アクティブ運用として絞り込むこともあれば、幅広く分散投資を行うこともありますが、それぞれにおいて開示された情報を必要としています。得た情報を投資において活用する際の使い方としては、絶対評価と相対評価の二つがあると考えています」
投資先企業の取り組みについては、定量的なデータに加えて、経営者の価値創造やビジネス展開の考え方といった定性的なものもしっかり理解したいと岩永氏。そして、財務データなど開示されている情報および対話で得た情報を通じ、投資に対する確信を高める目的で行っているのが絶対評価であり、そのために企業が人的資本をどう捉え、どう育てようとしているかという情報も必要になるのだと言う。
ただ、“卵は1つのバスケットに入れるな”を実践するうえでは、同じ業種などの企業を相互比較する必要も出てくる。その比較により相対評価を行う前提として、情報が標準化されていなければならない。制度開示は標準化の取り組みの一つであり、それによって無形資産である人的資本など非財務の情報も比較できるようになった。加えて、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)による開示原則が出てきたが、今後は人的資本についてもカバーされることでより深い相互比較が可能になり、より絞り込んだ投資を実現できると岩永氏は話した。
「まずはいわゆる規定演技的な形で開示を始めるケースがほとんどだと思いますが、やはり中身が伴ってこその開示です。価値創造プロセスに人材戦略を位置づけていく思考を取り入れ、開示を実行していくことが必要になると考えています」
最後に岩永氏は、人事と投資のポートフォリオ・マネジメントという観点から、次のように語った。
「“as is” “to be”という言葉をよく聞きます。経営戦略で描いた“to be”を実現していくため、人材ポートフォリオを動的に動かすという考え方は、私たちが投資先企業を選び、ポートフォリオにどの程度の割合で組み入れるか考えることと非常に近しいものを感じます。私たちは財務データや市場に関するデータを使い、定性・定量を組み合わせてポートフォリオを運営しているわけですが、人事にも同じようなものが必要になってくると思います」
経営戦略を運営していくうえで、人材にどういったスキルすなわち人的資本が求められるのか。これは経営の中心にくるテーマになるとして、岩永氏は、人的資本への投資強化に向け組織のメンバーが持つスキルを可視化していく必要があると指摘した。
まずは“as is”つまり人材をめぐる現状を把握したうえで、人的資本投資のKPIを定める。そして、その経過を見ていくためにもやはりデータが必要になってくると岩永氏。「私たちは、そうした取り組みを進める企業に、しっかりとリターンを出していただくことを期待しています」と話した。
人的資本理論の実証化研究会 勉強会リポート
- 第1回 経営戦略と結びつき、企業価値向上につながる人的資本投資の考え方とは
- 第2回 企業の人的資本投資に投資家が注目する理由と開示で得た情報の活用方法
アムンディ・ジャパン株式会社
チーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサー
岩永 泰典 氏
2014年アムンディ・ジャパン入社以来CIO兼運用本部長を務めたのち、2020年7月にチーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサーに就任。日本において責任投資を推進するとともにスチュワードシップ活動を統括。前職のブラックロック・ジャパンではグローバル・資産戦略運用部長、取締役CIOを歴任。ペンシルバニア大学ウォートン・スクールにてMBA、EDHECリスク・インスティチュートよりPhDを取得。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト。
※肩書は記事公開時点のものです。