2030年を先取りする企業の全方位コミュニケーション②

「統合報告」の意味と、投資家を納得させる「統合報告書作成」のポイント

  • 金縄

    マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部 金縄 洋右

「統合報告」という言葉は、いうまでもなく「統合報告書」を構成する言葉として耳にする。しかし、その意味について深く考えたことはあるだろうか。サステナビリティ経営に関して企業を支援する株式会社ESGシフトの代表取締役・本田健司氏は、多くの人は統合報告の意味を誤解していると指摘する。統合報告とは、そして統合報告書とは何か。本田氏の解説のもと、その本質に迫る。

2022年11月30日開催
「NBPCキックオフカンファレンス2023」
特別講演②:「企業が社会と共生して成長するための統合報告」より

文=斉藤 俊明
写真=海老名 進
構成=金縄 洋右

「統合報告」の意義と、求められる背景とは

統合報告書はいまや国内で700社を超える企業が発行している。この名称については、アニュアルレポートとCSR報告書を統合したもの、あるいは財務情報と非財務情報を統合したものだと考えている人が多いと、本田氏はまず指摘する。
その上で、国際統合報告協議会(IIRC)のフレームワークに記載されている定義として、統合報告とは「統合思考を基礎とし、組織の、長期にわたる価値創造、保全または毀損に関する定期的な統合報告書と、これに関連する価値の創造、保全と毀損の側面についてのコミュニケーションにつながるプロセス」だと解説。統合報告書の“統合”とは「統合思考」からきていることを紹介する。

では、「統合思考」とは何なのか。本田氏は再びIIRCのフレームワークを引き合いに出し、「組織がその事業単位および機能単位と組織が利用し影響を与える資本との関係について、能動的に考えること」と説明する。そして、統合報告が近年求められるようになった背景に、気候変動や貧困、人権問題をはじめ数々の社会課題が世界レベルで深刻化していることを挙げ、「SDGsやパリ協定といった国際的合意が生まれ、資本市場でも社会課題解決に向けた枠組みや原則の整備が進みました。加えてCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)、パーパスといった新しい経営論が出現したことで、ESG経営への期待と関心が高まっています」とその意義を説明する。

(資料提供:ESGシフト)

さらに、競争力の源泉としての無形資産の重要性が高まっていることも、統合報告が求められる背景として考えられると指摘する。「企業がイノベーションを生み出し、企業価値を上げるには、人的資本や技術、知的資本、さらにブランドといった無形資産に投資を行うことが重要になっています。無形資産はバランスシートに計上されないため、非財務情報を提供する統合報告書が求められるようになりました」と説明する。

本田 健司 氏

株式会社ESGシフト
代表取締役 本田 健司 氏

そしてもう一つ、企業が人材獲得・育成や研究開発、ブランド構築などのため、長期的な戦略投資を行わなければならない状況になってきたことも背景に考えられるとした。
サステナビリティ経営においては、外部不経済の内部化が重要だと本田氏。外部性とはある経済主体の活動が市場取引を通さずに他の経済主体の状況へ及ぼす影響であり、その影響が受け手から見て望ましい場合を外部経済(正の外部性)、望ましくない場合を外部不経済(負の外部性)という。

(資料提供:ESGシフト)

本田氏は「外部不経済の内部化とは、外部不経済を発生させている経済活動が社会に負わせている費用を、その発生者に負担させるべきだという考え方です」と語り、外部不経済を内部化している事例をいくつか紹介した。

まずユニリーバは、製品の原材料となるパーム油を生産するアブラヤシ農園での現代奴隷(児童労働、強制労働)や農園を作るための違法な森林破壊が外部不経済となり得る。これに対して同社は国際NPOと協力して認証制度を作り、同認証を取得した農園からパーム油を調達することで外部不経済を内部化している。

またアップルは、製品に必要な金属資源の枯渇、紛争鉱物の購入による現代奴隷の助長、製造に伴うエネルギー利用による温室効果ガス(GHG)排出が外部不経済となり得る。同社はサプライチェーン全拠点での使用エネルギー再エネ化や、使用済み製品を回収し原材料として確保するサーキュラーエコノミー施策によって、外部不経済の内部化に取り組んでいる。

(資料提供:ESGシフト)

さらに、自動車製造業における事例も説明した。
「自動車製造業がもたらす可能性の高い外部不経済には、まずガソリン車やディーゼル車によるGHG排出があり、電気自動車であっても製造時にはエネルギー使用に伴うGHG排出があります。これらを抑えるには技術革新が必要で、つまり外部不経済の内部化を実現するにはイノベーションが不可欠だといえます」

その上で本田氏は、外部不経済を意識した統合報告の考え方を示す。
「統合思考は社会価値と経済価値を両立させるための思考といわれます。つまり、企業が短・中・長期的に外部不経済を内部化し、利益を出し続ける方法を考えることが、統合思考になるわけです」

では、その統合思考に基づいて作る統合報告書は誰に対し、何を伝えるためのものなのか。

(資料提供:ESGシフト)

「IIRCの定義には、統合報告書の主な目的は財務資本の提供者に対し、組織がどのように長期にわたり価値を創造、保全又は毀損するかを説明することだと書いてあります。これを見ると、統合報告書は財務資本の提供者、つまり投資家向けということになります。そして、長期にわたり価値を創造、保全または毀損するという部分は、価値創造プロセスと呼ばれるものです。よって統合報告書とは一般的に、統合思考に基づき、主に中・長期の機関投資家に対して、短・中・長期にわたる価値創造プロセスを価値創造ストーリーとして伝える報告書であるといえます」

投資家に説明すべきは価値創造プロセス、言い換えればその企業にしかできないビジネスモデルだが、ビジネスモデルだけを示しても説得力がないと本田氏。価値創造プロセスに正当性を持たせるには、企業の歴史や経営理念、経営資源、事業戦略、ビジョン、ESGの取り組みなど、投資家に理解と納得感を促すストーリーが必要だと指摘する。先の読めないVUCAの時代だからこそ統合報告書の重要性は高まり、投資家に長期投資をしてもらうためにも価値創造ストーリーが必要だと、本田氏は再度強調した。

その上で、統合報告書を作るにはIIRCのフレームワークにある7つの指導原則と8つの内容要素、および経済産業省が発行した「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス2.0」が参考になるとし、統合報告書に求められるポイントを解説している。
まず、投資家はトップのコミットメントを重視するため、価値創造ストーリーの全体像を社長メッセージの中で語れると投資家には読みやすいと指摘。企業理念・パーパスも価値創造ストーリーの中で記し、歴史・沿革は企業の価値観やビジネスモデル構築のバックグラウンドを示すものとして記すことを勧めた。
そして統合報告書の肝となる価値創造プロセスは、外部不経済の内部化を意識し、ビジネスモデルが単なる事業概要や儲けの構造を示すものではなく、企業の価値観を事業化する設計図でなければならないと語った。

「NBPCキックオフカンファレンス2023」
2030年を先取りする企業の全方位コミュニケーション

特別講演① :
「企業が社会と共生して成長するための統合報告」
アーカイブ動画公開中

動画のダウンロードはこちらから

連載:2030年を先取りする企業の全方位コミュニケーション

本田 健司 氏

株式会社ESGシフト
代表取締役
本田 健司(ほんだ・けんじ) 氏

㈱野村総合研究所にてシステムエンジニアとして企業のシステム開発に携わる。1985年~94年証券・公共などのシステム開発に従事、1995年~98年香港駐在、1999年~2012年コンビニ企業のネット通販や携帯・スマホのカーナビアプリ開発等、新規事業の立上げに従事、2013年本社に異動、14年サステナビリティ推進体制の立上げに携わり、16年10月~ 22年3月サステナビリティ推進室長として従事。2022年6月に野村総合研究所を退職後、株式会社ESGシフトを設立。

※肩書は記事公開時点のものです。

金縄 洋右

マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部
金縄 洋右

企業コミュニケーション領域(ブランドコミュニケーション、デジタルコミュニケーション、コンテンツコミュニケーション、サスティナビリティ)の営業、デジタルマーケティング、販促施策などを担当。福岡県福岡市出身。

日経BPコンサルティング通信

配信リストへの登録(無料)

日経BPコンサルティングが編集・発行している月2回刊(毎月第2週、第4週)の無料メールマガジンです。企業・団体のコミュニケーション戦略に関わる方々へ向け、新規オープンしたCCL. とも連動して、当社独自の取材記事や調査データをいち早くお届けします。

メルマガ配信お申し込みフォーム

まずはご相談ください

日経BPグループの知見を備えたスペシャリストが
企業広報とマーケティングの課題を解決します。

お問い合わせはこちら