りそなアセットマネジメント執行役員責任投資部担当に聞く

企業と投資家の建設的な対話は “ありたい姿”の共有がスタート地点になる

  • 成田 美由喜

    サステナビリティ本部 次長 成田 美由喜

投資家との対話・エンゲージメントという言葉が頻繁に聞かれるようになった。これから対話やエンゲージメントに取り組んでいきたいと考える企業の中には、対話とエンゲージメントでは何が違うのかと疑問に思う向きもあるだろう。また「建設的な対話」という言葉も聞くが、この“建設的”という表現を目にしてハードルが上がり、二の足を踏むケースもあるに違いない。企業が建設的な対話を促進するにはどういった点を意識すればいいのか、投資家はどのような姿勢で臨んでいるのか、これまで多くの対話・エンゲージメントを経験してきた、りそなアセットマネジメント 執行役員責任投資部担当の松原稔氏と、QUICK ESG研究所チーフアナリストの山本高嗣氏、同研究所リサーチヘッドの中塚一徳氏が語り合った。

【投資家との対話・エンゲージメント 特別対談】りそなアセットマネジメント 執行役員 責任投資部担当
松原 稔氏
株式会社QUICK ESG研究所
山本 高嗣氏
中塚 一徳氏
文=斎藤 俊明

投資家と企業の「対話」と「エンゲージメント」の違い

山本 貴社(りそなアセットマネジメント)の「スチュワードシップレポート2021/2022」を拝見すると、至るところに「エンゲージメント」という言葉が登場するうえ、「対話」と「エンゲージメント」は分けて扱われています。「対話」と「エンゲージメント」にはどのような違いがあるのでしょうか。

松原 稔氏

りそなアセットマネジメント
執行役員
責任投資部担当
松原 稔氏

松原 まず「対話」は、企業と投資家が双方向のコミュニケーションを通じて相互理解を促進することです。一方の「エンゲージメント」はすなわち「建設的な対話」のことで、解決すべき課題を設定して課題解決に向けた議論を行い、結果を出していくことと定義しています。要するに、対話というのは意見交換の場。対してエンゲージメントはお互いが目的を持ち、課題解決を進めていくことです。私たちは企業との対話を通じて、自分たちがその企業の船に乗れるのか、乗ってもいいのかを判断します。

そして、エンゲージメントは企業の活動を投資家としてサポートするという立場で船に乗ることを意味します。もちろん船の目的地は企業が決めることですが、その道のりで「ここは波が荒い」「ここには浅瀬があるから気をつけよう」といった外部の視点でサポートさせていただき、目的地に向かって着実に進むための役割を実現していくのが、当社の役目であると考えています。

山本 とすると、船自体を動かしていくのはあくまでも企業ということですね。企業が船を運航するにあたって最も重要なことは何でしょうか。

松原 目的を設定することです。目的とは何かというと、企業のありたい姿や目指す社会、あるいは存在意義=パーパスです。それらが明確であること、そしてそれらに向かって船を漕ぎ出していこうという意思があること。さらには、目的に向かって船を漕ぎ出していくうえで、第三者にも役割を与えることが重要です。企業にとって、外部者にも役割を与えることは重要なことですが、そのためにも対話が重要な意味を持つと考えます。

山本 一方、船に一緒に乗ろうと決断する側にとっては、本当に乗っていいのかどうかを判断するため、対面で話をして企業の意思を確認するということでしょうか。

松原 統合報告書等の企業開示は当然ながら重要ですが、それだけではわからないところもあります。そこでまずは対話が始まります。対話の場で、当社(アセットマネージャー)に何を期待し、どのような役割を期待していると考えているか、それに対して私たちは企業の期待に応えることができるのだろうか等を確認します。

投資家にもパーパスが必要

山本 対話は最初のきっかけであり、最も重要なのは、企業のパーパスや成し遂げたい志を投資家と共有できるかどうか、ということですね。企業が対話やエンゲージメントを進めていく上では、最初にその点をしっかり語るべきだと。

松原 そうです。そのためには、投資家も語らなければならないと感じています。私は、投資家にもパーパスや目指すべき社会像が必要だと思っています。ですから当社では対話を始める大前提として、まず、山本さんにご覧いただいた当社のレポートを紹介しています。

りそなアセットマネジメントの「 スチュワードシップレポート2021/2022」。
冒頭で「将来世代に対しても豊かさ、幸せを提供」というパーパスを紹介している。

山本 まさに、りそなアセットマネジメントのスチュワードシップレポートでは、冒頭で「将来世代に対しても豊かさ、幸せを提供」というパーパスを掲げ、長期的目線で臨むことを示していますね。

松原 はい。航海の例えでいうなら、私たち大海原に出るので、長旅になりますよね。だからこそ、その企業が目指す目的が私たちの向かっている方向にあるのかが重要なポイントになります。

山本 最初の確認でお互いのパーパスが決定的に違っていた場合は、投資はしないと判断するのでしょうか、それとも企業にパーパスを再考するように語りかけるのでしょうか。

松原 私たちはパッシブ運用を有する長期の投資家なので、前提として長期のバイアンドホールド投資家です。パーパスが異なっているなら、お互いのパーパスが重なる時が来るのを待つか、あるいは対話に至らないかの選択になります。前者の「時を待つ」というのは、長期投資家であり、時間を味方にできるからこそ可能な選択肢です。短期投資家だと状況によっては時間を味方にできない局面があるかもしれませんからね。

山本 高嗣氏

株式会社QUICK ESG研究所
チーフアナリスト
山本 高嗣氏

山本 もう一つの選択肢である「対話に至らない」ですが、対話をしないことで投資家が知りたい情報が生で仕入れられなくなると、その企業に関するリスクが大きくなると判断するのでしょうか?

松原 企業の開示と企業との対話は、多くの場合は一致します。ただ、一部の企業は一致しない場合もあり、そういった企業に対して、私たちは機を熟すのを待ちます。対話の機会は私たちが求めても、企業にとってその必要がなければ実現しません。そういう意味で時を待つことも重要であると考えます。

山本 企業と対話・エンゲージメントするとき、その相手は例えばESG担当部署なのか、経営企画室や財務部門なのか、あるいは役員クラスなのか、この辺りはいかがでしょう。

松原 対話の相手のレイヤーはとくに意識していません。社長との対話なら大局的な意見を聞けるのでありがたいですし、経営企画やサステナビリティの方たちもそれぞれのお立場から話を聞けるので、やはり有益です。要は、鳥の目と虫の目、両方の世界があってその企業のことを網羅的に理解できるので、私たちとしてはさまざまなレイヤーの方々との対話を希望しています。ですから、レイヤーを私たちが規定することは基本的にはないですね。

パッシブ投資家の存在意義は20~30年スパンで企業価値の向上を支援すること

中塚 ここまでお話を伺っていると、企業が対話というものをしっかり理解していることが極めて重要だと思います。私が企業と話をしていると、「評価する側と評価される側で立場が対等ではない」といわれることがあります。松原さんは、パッシブ投資家の存在意義をどのように考えていますか。

松原 対話は手段であって、目的はあくまでも企業価値の向上です。資本市場では企業価値を時価総額で表しますが、これは企業価値のすべてを表すものではありません。企業は自分の会社がなくなったら困るという度合いを企業価値として捉えることもあります。ですから、企業側が感じている企業価値と、資本市場が捉えている企業価値の間には、多くの場合ギャップが生じることになります。

その後、ギャップはなぜ生じているのか、仮に企業はそのギャップを縮小したいと考えるのであれば、どう対応するのか等の話に展開していきます。将来あるべき企業像といまの企業が果たしている役割があり、このギャップをどう埋めていくのか、そして、そのギャップを埋めていく過程で当社はどのような役割を果たせるのか。そういった観点を持つことでエンゲージメントへと昇華していくものと考えています。

山本 企業が目的地をきちんと設定し、現在とのギャップを長い目で見て縮めたいと考えているなら、投資家と建設的な対話ができるということですね。

松原 反対に、ギャップを短期目線で今すぐにでも解消したいといわれると、それは私たちがサポートできる限界があるなという感覚になります。

中塚 一徳氏

株式会社QUICK ESG研究所
リサーチヘッド
中塚 一徳氏

中塚 その「将来」というのは、時間軸として概ねどれ位の長さなのでしょうか。

松原 企業が具体的な時間軸に言及しない場合は、一般的に20年、30年といったイメージでしょうね。

山本 そうすると、ESGやSDGsの目標よりもっと先の未来です。企業がその長い時間軸で将来ありたい姿を意識できるかどうか。その姿が描けていない企業とは、そもそもエンゲージメントできないということですか?

松原 そうですね。そういう企業にとって、私たちの果たす役割は限られてきますね。ステークホルダー資本主義で企業は、「Don't」すなわち“何をしてはいけないか”ではなく、「Want」であり「Wish」、つまり“何をしたいのか”“どうありたいのか”。という観点が重要になってきています。だからこそ、企業が目指す目的地が重要になるわけです。

とはいいながら、その目的地に向かう意思やエンジンが備わっていなければ難しいので、裏づけとなるものを企業がどう戦略構築していくのかについては、もちろんしっかりと話を聞きます。その上で、私たちはその企業にサポートできることを模索するのです。

山本 パーパスがどれだけ明確であるかというのは、対話でどのように確認するのですか。

企業の志を大事にする

松原 私たちは、企業の志をとても大事にしています。記憶に残るメッセージの一つに孫正義さんのメッセージがあります。「夢と志の違いは、夢は自分がやりたいことを叶えていくのに対して、志とは人の夢を叶えていくことだ」と。人の夢というのは社会の人々の夢ということ。それを叶えていくのが志であるならば、ありたい社会をどのように実現していくかを語れる企業こそが、志のある企業だと考えます。

中塚 その志を実現するために、こうした点ではリスクを小さくしておかなければ難しい、といったことを伝えるのもエンゲージメントですか?

松原 そうですね。投資家の目線から、企業が目的地を目指す航海の中、座礁地点がここにありそうといったことがアドバイスできればと思っています。

山本 今でいえば、気候変動や人権問題などサステナビリティにきちんと目配りしていなければ、目的地にはたどり着けないと。サステナビリティというと、一部ではESGのリスクを最小化することが目的になっているイメージもありますが、そうではなく、志を実現するためにリスクを小さくしなければいけないわけですね。

松原 はい。取り組みを進める上では順位を後ろにおいたほうがいいマテリアリティもあり、私たちはその選定についてもサポートできればと考えています。

山本 マテリアリティに関する対話で重要なのは納得感ですか?

松原 納得感と、世の中の要請です。社会の流れを見て、潮目が変われば変えなければいけないものは出てきます。反対に、時流の潮目に乗っているのであればそこを徹底的に追求していかなければなりません。ただ、その潮目が目的地に近づいていくものであるかどうかは判断する必要があると思います。

資本コストへの言及がまだまだ足りない日本企業

山本 「建設的な対話」というと、投資家の要求に企業が応えることだと勘違いされることが多いと思います。今の話を聞くと、投資家は企業の志やパーパスに共感し、サポートしながら並走していく。一方で企業からすると、投資家の力を借り、リスクを最小化したり不要なマテリアリティを切ったりしながら目的地にたどり着くというイメージですね。

松原 はい。重い荷物を持ち続けていると、船は進まなくなってきます。その意味では、資本コストも荷物かもしれません。だからこそもっと軽くしようという話にもなるわけです。

山本 その資本コストに関連して、対話するときのギャップとして資本コストや資本生産性への言及が日本企業は足りないという意見が聞かれます。これについてはいかがでしょう。

松原 企業が意識していないケースは多いですね。まずは上場とは何かを振り返る必要があると思います。とりわけ、プライム上場の企業にとって、その意義がより強く求められます。資本市場との対話や向き合い方はますます重要なテーマになっていくものと思いますので、投資家にどう伝えるか、どう伝わるか、は重要さが増してくるものと思います。

それから、かつては上場を目的にする企業が多かったので、それ自体は全く否定していないのですが、上場が目的だという企業にとって投資家との対話はその意義を見い出しにくくなるのではないでしょうか。一方で上場はきっかけだと考えている企業には、投資家との対話が必要であるとお感じになられていると考えます。

統合報告書はエンゲージメントの重要なツール

山本 統合報告書がエンゲージメントの重要なツールであることは間違いないですか?

松原 それは間違いないですね。

山本 統合報告書を作ったことを投資家に連絡すれば、エンゲージメントを受けてもらえるものなのでしょうか。

松原 原則お引き受けします。長期投資家中心に署名しているスチュワードシップ・コードの2本柱は投資家の開示原則と対話原則であるからです。ただ、最近は統合報告書の発行社数も増えているので、正直、当社が物理的に対応できる範囲に限界があるとも感じています。企業への責任をどう果たしていくか、企業からの負託にどこまで応えていくかはとても大事な課題です。

中塚 アクティブのエンゲージメント、パッシブのエンゲージメントでは、質問内容は分けているのですか?

松原 結果は分かれてしまいます。

アクティブとパッシブでは、時間軸の違いや運用スタイルの違いがあります。パッシブの私たちは基本的に長期保有が前提ですが、アクティブの投資家は、資金配分機能と価格発見機能を有しています。

また、パッシブの投資家の時間軸は一般的にアクティブより長いとされており、より長期の企業価値に注目します。これまでの航海で例えるなら、将来の目的地へ向かうため、その船が正しく運航されているかに注視するわけですし、船長や航海士を選任議案として投票行動(議決権行使)を行うわけです。

企業は、対話相手の生態を認識し、さらに多様なステークホルダーと対話すべき

山本 企業としては、投資家もアクティブとパッシブで異なりますし、スタンスもさまざまだということをまず理解しないと、そもそも成り立たないということですね。

松原 はい。だから企業には投資家の生態系を見て、どの投資家と対話したいかを考えてほしいと言っています。明日の株価を注視するデイトレーダー、長期の株価形成に注目しているアクティブ、そして長期の企業価値を見ているパッシブ、という感覚でしょうか。

山本 それぞれでストーリーが全く変わってくるのですね。

松原 変わります。ただ、もう一つ大事なのは、資本市場は多様性が市場を厚く、豊かにすることを理解して欲しいですね。市場の流動性供給を担っている短期投資家も資本市場にとって重要な投資家で、決して不要な存在ではありません。彼らがいなければ資本市場が成立しないのです。また、長期投資家がいなければ、市場は短期で株価形成が行われるので、市場の発展が限定的になるでしょう。

山本 アクティブにもパッシブにもそれぞれの役割があり、それらをすべて含むのが市場だという感覚を持たないといけないと。

松原 その通り。資本市場の多様性は重要です。

中塚 サステナビリティのエコシステムの話をすると、私たちQUCK ESG研究所は企業のサステナビリティのアドバイザーとしてビジネスを展開しています。運用会社はサステナビリティを推進すればするほどコストがかかっていくのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

松原 そうですね。その意味では、運用会社のサステナビリティは議論すべき時期にありますね。ただ、私たちも忘れてはならないのはこれらの推進は運用会社の責任でもあり、社会を構成する一員として一段上の志も忘れてはいないのです。

もちろん志だけでは運用会社は持続しません。ビジネス的にもサステナビリティを追求する顧客が増えてきており、サステナビリティはビジネスとつながり始めています。また、長期的にみると、次世代はサステナビリティを後押しするという期待感はあります。だからこそ、みな頑張れるのです。次世代への負託を果たす上でも、長期の資産運用ビジネスを盛り上げていく上でもしっかりとサステナビリティを推進する必要があると思います。

中塚 そう考えると、企業がサステナビリティを進めていく中で投資家を味方につけたほうがいいのは確かですが、投資家だけを味方につけようとするのは危険ということですね。

松原 その通りです。投資家の声だけを聞いて船が浅瀬に乗り上げてしまったら、元も子もないですから。だからこそ企業は、投資家だけでなく地域、NPO、行政、そして従業員といった多様なステークホルダーとの対話をバランスよく行うべきでしょうね。多くの仲間を引きこんだ方がよりよい未来への確度を高めますからね。

松原 稔氏

りそなアセットマネジメント 執行役員 責任投資部担当
松原 稔(まつばら・みのる)氏

1991年にりそな銀行入行。投資開発室及び公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部で運用管理、企画を担当。2009年より信託財産運用部企画・モニタリンググループ グループリーダー、2017年よりアセットマネジメント部責任投資グループ グループリーダー、2020年1月より現職。
2000年 年金資金運用研究センター客員研究員 / 2005年 年金総合研究センター客員研究員。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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