統合報告書に託した大学の想い

産業界に向けて大学の情報発信力を強化する

東京工業大学

  • コンテンツ本部 ソリューション3部 兼 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 廣田 亮平

2021年に初めて統合報告書を発行した東京工業大学では、学長直轄のアドバンスメントオフィス(TTA : Tokyo Tech Advancement)と総括理事傘下の戦略的経営オフィス(SMO : Strategic Management Office)のメンバーを主体とするワーキンググループを軸に議論を重ね、コンテンツや誌面構成にもこだわって統合報告書を作り上げた。そのプロセスではどのような課題があり、そこから得られたものは何か、統合報告書制作において中心的役割を果たした、TTAオフィス長補佐の松下伸広氏とSMO特任専門員(現企画本部戦略的経営室)の植草茂樹氏に話を聞いた。
聞き手=大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 廣田 亮平/文=牛島 美笛

財務レポートから統合報告書へスムーズに移行

東京工業大学として初めての統合報告書発行に向けた準備は、2021年2月の統合報告書2021ワーキンググループ(WG)発足から正式にスタートした。WGメンバーは、TTAとSMOのメンバーに大学広報関係者を加えた計8名がコアメンバーとなっている。そこに各コンテンツ作成に参画する事務系スタッフと教員を加えて教員と職員がフラットな立ち位置で議論する“教職協働”の体制で進められた。

統合報告書WGの発足は2021年だが、その前年から統合報告書発行を視野に入れ、着々と体制づくりが進められていた。統合報告書の必要性を感じていた大学執行部は、2020年度に発行された財務レポートに統合報告書的な要素を盛り込み、その後統合報告書WGメンバーとなる教員もそこに関わる組織作りを始めていたという。その頃発足されたTTAのオフィス長補佐に任命された松下伸広氏は「財務レポート2020の制作に関わることで、統合報告書とは何であるかを学びつつ、一部のコンテンツ制作を経験させてもらいました」と、当時を振り返る。

「従来の財務レポートは財務部が中心となって制作していましたが、2020年度はSMOの植草氏や江端氏(総括理事特別補佐、内閣府上席フェロー)も参加しており、実質的に統合報告書と呼べる内容で作られていました。そのようにベースとなる体制はある程度できていましたので、これを参考にしつつ統合報告書2021を作っていきました」(松下氏)

「対話」をメインテーマとする誌面構成

統合報告書2021の制作を本格的に始めるにあたって、WGは「世界最高峰の理工系総合大学 ―科学技術の再定義と経営/ガバナンスの好循環実現―」をコンテンツ共通の目標に据え、企画立案を進めた。大学には、産業界、行政、地域、学生、保護者、卒業生など多種多様なステークホルダーが存在するが、東京工業大学は統合報告書2021のメインターゲットを産業界とすることを決めた。そのねらいとして、「企業にとって取締役にあたる本学の理事の顔が見えるコンテンツを中心に、本学のトップが社会に向けて積極的に情報発信する構成を考えました」と松下氏は語る。

様々な対談を収録した『東京工業大学 統合報告書2021』

SMO特任専門員の植草茂樹氏も、「ステークホルダーを誰に設定して、誰に何を伝えたいかを決めないと、中身が固まってこないと思います」と説明する。その考えのもと、メインターゲットと定めた企業が興味を抱くと考えられるコンテンツにしていった。

コンテンツをターゲットごとに整理

「私は前年度の財務レポートの編集にも関わりましたが、大学の価値を対話形式で伝えることを重視し、財務情報はコンパクトに伝えることとしました。今回は最初からページ数の上限を設けていた中で財務・非財務の情報のバランスを考えることに苦慮しました」(植草氏)

統合報告書2021では、「対話(ダイアローグ)」をメインテーマとして、学長と5名の理事・副学長による対談や鼎談を掲載。東工大の教育革新、産学連携、田町キャンパス再開発、女性リーダー人材育成といったテーマで話し合うことで、東工大のありたい未来に向けた経営戦略を伝える構成とした。さらに、特集ページには、同大学を代表する研究者である上田紀行 リベラルアーツ研究教育院長(現副学長(文理共創戦略担当))、細野秀雄 元素戦略研究センター長、阪口啓 超スマート社会卓越教育院長による鼎談も実施するなど、読み応えのある内容となっている。

「これだけの対談、鼎談を行うとなると、参加者のスケジュール調整などがかなり困難で、発行時期にも影響するほどでした。しかし、教職員そして執行部のそれぞれの立場からの意見を真剣に交わすことで、本学の多様な教育・研究環境を示すことができました。例えば、女性リーダー人材育成に関する鼎談では、本学初めての女性理事である川端理事を含む立場の異なる学内の3人の女性に登場してもらいましたが、鼎談本番ではそれぞれの思いが溢れる活発な議論となり、最終的にとても前向きな意見にまとめられています。この記事については、後に外部の方から『かなり踏み込んだ内容になっていますね』という意見を頂きましたが、それこそがこの企画の狙いでしたから、私にとっても嬉しい評価でした」(松下氏)

QRコードでWEBに誘導してコンパクトな誌面に

これだけ充実した内容ながら、全体で40ページ弱のページ数で仕上がっている。統合報告書としては、経営戦略とその進捗、前年度まで財務レポートとして発行していた財務・非財務の報告も盛り込まなければならない。さらに、附属科学技術高等学校を含む10の部局等(学院、研究院、教育院など)の現状報告や将来ビジョンを掲載するとなると、このページ数で収めるのは容易ではない。しかし、WGは「忙しい企業経営者が手に取りやすく、気軽に読めるようなページ数に」というコンセプトを徹底した。

そのために各部局の紹介ページは、1/2ページという上限を設けた。そのほかの対談・鼎談、特集ページもそうだが、それぞれの記事にQRコードを掲載し、誌面で収まりきらない分についてはWEBに誘導して全文を読めるようにした。これならば読む側も興味ある部分だけを選んで読むことができる。

「前年の財務レポートでは部局ごとに1ページ割り当てられていたので、半減となったことに部局では不満もあったかもしれません。しかし、どうしても1/2ページにまとめなければならなくなり、理解してもらいました。各部局が独自に作っているパンフレットなどもあることから、それらのQRコードの掲載により、統合報告書を入口として各部局のホームページやパンフレットのページに誘導できる様な配慮をしました」(松下氏)

ステークホルダーにメッセージを伝えるツールとして活用

紆余曲折を経て発行された東京工業大学の統合報告書2021は、大学が各ステークホルダーに向けて“直接”アピールするツールとして活用された。その第一弾は、学内の教職員に対して行われた説明会だった。この会で、統合報告書の発刊を全教職員に周知させるとともに、その活用方法などを学長自らが語った。

「発行した統合報告書をもとに複数回の説明会をすべきではというところもWGでは議論していました。そして学長自ら話すことになれば、やはり聞く側の受け止め方も違います」(植草氏)

その後も、「学長トップが語る東工大の戦略」と題して産業界向けのオンライン説明会を行ったところ、宣伝が十分とは言えない状況ながら約350人が参加した。また、学位授与式や入学式では卒業生・修了生とその家族に向けて、同窓会では同窓生に向けて、というようにステークホルダーごとに統合報告書をベースとした説明会を開催した。特筆すべきは、この説明会すべてにおいて学長自ら説明の重責を担ったことである。

「説明会初日の午前中に行ったのが教職員向けの説明会で、産業界向けのオンライン説明会はその日の夕方の開催となりましたが、事前に一度開催していたおかげで極めてスムーズに進められました。企業からも好評で質疑応答も大変盛り上がりました。説明の方法としては一同に介してシンポジウムを開催する方法もあるでしょうが、それよりもステークホルダー別に機会を設け、説明内容も検討して行った方が良いと学長ご本人以下TTAで考えたからです。入学式後の説明会は特にご家族の関心が高く、800名を超える方にご参加頂きました」(松下氏)

統合報告書を発行したことで見えた大学の強み

第2弾となる統合報告書2022については、2021年度版の「対話」から発展させた「成長」をメインテーマに制作することを計画している。細かなコンテンツについては検討中とのことだが、新型コロナウイルス感染症の流行が大学に与えた影響などを盛り込みたいという。いずれは財務レポートと同じように、環境報告書などの各種レポートと連携するなど、今回の経験をもとにさらにバージョンアップした報告書が期待できる。

東京工業大学のケースは、教員も主体的なメンバーとして加わったWGメンバーが取り纏めつつ、真の意味での教職協働による編集作業を実現した上で、学長自らが説明する説明会を何度も開催するなど、全学一丸となって制作していた印象が強い。「本学は組織がコンパクトで、風通しが良いので、フットワークも良くいざという時に機動力が高いというメリットが生きたと思う」と松下氏。

「部局ごと、教員ごとに考え方は違うので、色々と意見を交える場面はありましたが、『絶対こうでなければならない』ともなりませんでした。WGに参画した教員には制作過程を通じて、事務職員の皆さんの能力の高さを改めて知る機会にもなりました。2022年度版も教職協働の強力な体制で臨みます。ページ数を絞ったことが好評だったこともあり、2022年版もコンパクトながらも2021年度版を上回るようなユニークな構成を検討しています」(松下氏)

連載:統合報告書に託した大学の想い

松下 伸広(まつした・ のぶひろ) 氏

東京工業大学副学長(成長戦略担当)
学長特別補佐兼アドバンスメントオフィス長補佐
松下 伸広(まつした・ のぶひろ) 氏

 

※肩書きは記事公開時点のものです。

植草 茂樹(うえくさ・しげき) 氏

公認会計士
東京工業大学企画本部戦略的経営室・財務部特任専門員
東京農業大学客員教授
(独)国立青少年教育振興機構監事
植草 茂樹(うえくさ・しげき) 氏

内閣府PEAKS(大学支援フォーラム)会計・資産活用WG主査、文部科学省国立大学法人会計基準等検討会委員、大学教育質保証・評価センター評議員

※肩書きは記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 ソリューション3部 兼
大学ブランド・デザインセンター コンサルタント
廣田 亮平

大学のブランド戦略・広報活動をワンストップで支援する大学ブランド・デザインセンターのコンサルタント。広報誌やWebサイトの企画立案、コンテンツ制作を通じて組織におけるコミュニケーション課題の解決に取り組む。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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