統合報告書に託した大学の想い

全方位のステークホルダーへ大学の価値を伝えるために

千葉商科大学

  • コンテンツ本部 編集3部 藤本 淳也

統合報告書は、財務情報と非財務情報を有機的に結びつけ、大学の持つ教育や研究などの無形の価値を顕在化するとともに、未来に向けた価値創造のプロセスを分かりやすく表現する重要なコミュニケーションツールとなり得ます。実際に大学版統合報告書にどんな想いを託し、制作を行っていったか、千葉商科大学経営企画部長・経営企画室長の柏木暢子氏、統合報告書プロジェクト2021リーダーの小林博子氏にお話を伺いました。

社会からの信頼を得るために、千葉商科大学としての解を示す

数ある私立大学の中でも、貴学はいち早く大学版統合報告書を発行されました。本プロジェクトはどのようにスタートが切られたのでしょうか。

柏木 本学の法人である千葉学園は、2028年に迎える創立100周年への将来構想として大学のあるべき姿を「CUC Vision100」として策定しています。本学は、このVisionの実現をめざして中期経営計画を策定していますが、現在は2019年度から2023年度までの第2期中期経営計画の段階です。この第2期中期経営計画では、本学が「社会から必要とされる大学」であり続けるために、教育・研究体制、財務を含む経営基盤の改革のために、大学の事業活動の基軸として「Information(情報)」「Sustainability(持続可能性)」「Trust(信頼)」から成る「IST戦略」の改革プランを策定しています。この三本柱の「Trust」の部分、つまり「社会からの信頼を得る」という目標こそが最初のきっかけでした。コロナ禍も含めて社会の環境が大きく変化する中で、「千葉商科大学はどうやって事業を営んでいるか」という社会からの問いに対して、本学が社会に生み出している価値や、社会的責任をどのように果たしているかを明確に伝え、解を示す。そこが統合報告書制作のスタート地点です。

統合報告書制作の初年度で、しかもゼロベースからのスタートということでしたが、まずはどのような座組で、どういったことから着手されたのかを教えてください。

小林 知見を深めるという目的で若手・中堅職員が中心となってプロジェクトを編成し、私がリーダーとして着任しました。ただ、プロジェクトの開始とコロナ拡大の時期が重なり、統合報告書の知見がない状態もあって、実際にどのように進めるかを検討するところから始まりました。

まずは、プロジェクトメンバー全員で統合報告書に関する勉強を、時間をかけて行いました。統合報告書を発行している大学や企業ではどういった切り口で作っているのか、可能な限りインターネットで調べつつ、コンタクトが取れた大学には直接ヒアリングもしました。また、統合報告書制作のコンサルティング業務を行っている企業の方にも、統合報告書の制作の考え方やフレームワーク等に関するレクチャーをしていただきました。

制作の過程に入り、メンバーを2チームに分け、1つのチームでは広報部署にノウハウを教わりながら、制作の委託会社候補の選出、コンペに向けたオリエンテーション、コンペ開催・運営を行いました。もう1つのチームでは統合報告書に何を掲載するかの検討・情報収集をしました。単に情報を積み重ねていくだけでなく、説得力を持たせるために理事長・学長によるトップがめざすメッセージを掲載するという点など、骨子や仕立てについて議論を進めました。同時に、統合報告書は大学を代表して発行するものとして、上層部へ定期的に進捗報告を行い、学内における合意形成を進めました。

(左)小林博子氏 (右)柏木暢子氏

千葉商科大学 統合報告書プロジェクト2021リーダー 小林博子氏(左)、
千葉商科大学 経営企画部長・経営企画室長 柏木暢子氏(右)

「誰に対してどんな共感を得たいのか」「そのために何を掲載するのか」

肝心なスタート期で苦労されたことを教えてください。

小林 そもそも「統合報告書とは何か」を関係各所に説明しながら作業を進めていったところです。プロジェクトメンバーもそれ以外の人も理解度は同じという前提に立ち、丁寧に説明しながら説得し、合意形成をしていきました。そのときに使用したのが価値創造プロセスの考え方で、我々の活動や財産とは何か、それがどう世の中に影響するのかをまとめたいと伝えたのです。ここは協力を要請する上で非常に大きいところでした。

統合報告書を届けたいステークホルダーをどのように決定し、どういった編集方針を立てられましたか。

柏木 大学は企業のように投資家の存在はいませんが、本学を取り巻くステークホルダーとの関係性をまずは全方位で考えて、それぞれがどう期待してくれているのかを検討しました。裏を返せば、我々がやっていることを誰からみても分かるようにしたいという意志があったのです。例えば本学は「自然エネルギー100%大学」という取り組みをしていますけれど、「この大学がやっている事業は信頼性があるのか」をきちんと説明できるようにしなければなりません。そのためにもトップがめざすメッセージは重要な編集方針にもなりました。もちろん、制作が進むにつれて、「誰に対してどんな共感を得たいのか」「そのために何を掲載するのか」と具体化していきました。

一方で、本学の教職員にも伝えたいという意志も大きいところだったかもしれません。現在進めている中期経営計画では全学で動いているアクションプランが5年間で200を超えています。推進意欲を高め続けるためには、トップの強い意思、熱意を学内に浸透させていくことが重要になると思います。そのため、統合報告書には、トップの強い意思を通じて、学内者の理解と共感を高めていくことも考えました。大学が目指す姿を体現していくのは我々教職員です。トップのめざす方向性が浸透することによって行動や意識の変容があり、新しい価値が生み出されていきます。そのようなことから、インナーコミュニケーションツールとしての副次的な活用も考えました。

制作フェーズ全般で、プロジェクトメンバーとして大事にしてきたことは何ですか?

小林 統合報告書を冊子として制作するという目標の一方で、この活動のモチベーションを”学内、学外、そして、自分自身にも気づきがあること”として設定して進行したことです。ただ、プロジェクトメンバーは様々な部署から集まって結成されているので、意識のベクトルを統一する難しさはありました。他にも、千葉葉商科大学の「商」の力を、統合報告書に散りばめて表現することで、どこを読んでも「商」の力が伝わるようにしたいという意志は、一貫して持ち続けていました。ただし、実際に情報収集や合意形成など経ながらの作業を進めていく中で、想定していた通りには進めることができないことが、チャレンジングな部分ではありましたが、結果的には自分自身としても、またメンバーにとっても力や知識になったと思います。

各コンテンツを制作するうえで苦心されたことを教えてください。

小林 掲載選定の基準です。統合報告書に載せるべき情報は何か、メンバー内でもいろいろな視点があり、どのようにカテゴリ分けをすればいいのかは非常に悩みました。そこで、統合報告書の軸である価値創造プロセスのアウトプット・アウトカムにかかる「社会に価値を創造していること」に基準を設けました。この「価値を創造すること」を、「社会に影響を与えると第三者視点で評価されている」と位置づけ、メディアで取り上げられた活動のほか、本学らしさや特長があるものを選定することにしました。同時に「これなら読みたい」という視点を大事にして、仕様も「40ページを目安に」というリミットを設けて、その中でどう伝えるかを思案しました。

柏木 価値創造プロセスからの一連の流れにはこだわりました。学内の有識者にアドバイスをいただきながら、社会的責任の遂行とSDGsの取り組みについて、いかに体系化して掲載するかというところに注力しましたね。2021年は、千葉商科大学としてSDGsの取り組みをしっかり伝えたいという意志がありましたから。

統合報告書プロジェクトを通じて、学内外にビジョンを共有する

発行後の反響として、どのような声がありましたか?

柏木 大学の上層部が率先して各所に配布してくれて、手に取った方々からは一様に「わかりやすい」という声をいただきました。大学の公式サイトにもたくさんの情報を掲載していますが、統合報告書としてまとまっていることで本学がめざす将来像やそのために何をどのように行っているかといった活動実績がわかりやすかったのだと思います。

小林 さらには海外協定校に英語版をお送りして、大学の存在意義を伝えました。「わかりやすい」という感想とともに、各大学で「統合報告書とは何か」を考えるきっかけにもなったようです。

すでに本年度の統合報告書プロジェクトが始動しているとのことですが、どのような方針で進められているのでしょうか。

柏木 今回のプロジェクトも若手職員で結成しています。どのステークホルダーに何を伝えるか、を改めて検討しているところです。全方位的に伝える方針はもっていたいものの、バランスを見ながら大学版統合報告書として見せ方を工夫したいですね。

小林 価値創造プロセスについても、社会環境の変化や大学の方針に応じて変化していきます。2021年度版でも、学内では様々な意見とイメージのギャップがありました。それでも、話を聞いてみるとそれぞれの想いがあり、本学について改めて考えるきっかけにもなったようです。統合報告書プロジェクトを通じて、千葉商科大学のビジョンを、学内・学外問わず、しっかりと共有していきたいと思います。

連載:統合報告書に託した大学の想い

コンテンツ本部 編集3部
藤本 淳也(ふじもと・じゅんや)

都留文科大学文学部国文学科(近世文学専攻)卒業。インターナルコミュニケーションや教育、HR、音楽などの領域で、企画編集/ストーリーメイキング/プロダクトマネジメントなどに従事し現職。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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