統合報告書に託した大学の想い

地域への大学価値を見える化する新たな試み

宇都宮大学

  • コンテンツ本部 ソリューション3部 兼 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 廣田 亮平

従来の財務レポートにアクションプラン成果報告を組み合わせる形で、2018年から「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」を発行してきた宇都宮大学。2021年版では新たな試みとして、地域経済への波及効果を試算して記載。ステークホルダーとの対話を重視した取り組みも始めています。大学の価値を見える化するツールといえる統合報告書のねらいと今後について、宇都宮大学戦略企画室 室長の大島透氏、篠原和弘氏にお話を伺いました。聞き手=大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 廣田 亮平


アクションプラン成果報告に財務情報をプラス

2018年から「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」を発行しています。統合報告書の制作はどのような経緯で着手したのでしょうか。

篠原 2016年より国立大学の第3期中期目標・中期計画がスタートするにあたり、宇都宮大学では重点的に取り組む戦略をアクションプランとしてまとめていました。そのアクションプランの成果報告書を2017年から発行しており、大学の非財務の情報である教育・研究・社会貢献などの活動状況を毎年発信していました。一方で、以前から財務レポートは毎年発行しており、この2つを組み合わせることで、大学の実態をより深く理解してもらえるのではないかと考え、統合報告書としてまとめることにしたのです。

大島 文部科学省も国立大学法人の戦略的な経営体を実現するための検討結果を公表しています。その中には、国立大学により一層自律的な経営を求める項目がまとめられており、例えば、国立大学法人と国の自律的契約関係については、中期目標・中期計画の在り方、評価の在り方、エンゲージメントの在り方、内部統制に係る組織の在り方などの見直しが提言されています。それと同時にステークホルダーへの徹底した情報公開を通じた資金循環にも期待が寄せられています。他の国立大学の動きと同じくする部分もありますが、このような背景で大学の経営ビジョンを分かりやすく伝えるツールとして統合報告書を導入しました。

読者ターゲットの設定と大学の既存の広報媒体とのすみ分けはどのように考えていますか。

大島 2018年に「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」を発行するまでは、財務レポートとアクションプラン成果報告書はそれぞれ誰に向けた冊子なのかあいまいな部分もあったと思います。財務レポートは地域の産業界や経済界などに送付しており、アクションプラン成果報告書も同じく財界に送付しつつ、在学生や保護者にも配布していました。大学にはほかにもメインのターゲットである受験生向けの大学案内をはじめ、大学概要、学部・研究科ごとの案内パンフレット、無料配布の広報誌があります。そのような中で、「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」については、受験生以外のステークホルダーをターゲットとするという分け方にしています。

大学執行部との密接な連携で迅速な意思決定

統合報告書の制作体制や進め方を教えてください。

篠原 戦略企画室では、大島室長と私の2名体制で統合報告書を制作しています。戦略企画室は、大学の運営組織の中でも、アクションプランの進捗管理の総括や、IR総括、大学広報などを担当する総括理事・副学長(企画・評価担当)と密接に連携しているので、掲載項目や構成の検討もスピード感を持って行うことができています。また、私が以前に財務課に所属していた際に財務レポートの発行に携わっていたことも統合報告書の制作をスムーズに始められた要因の一つだと思っています。

大島 宇都宮大学の運営組織は、役員として学長、理事5名及び監事2名を置き、大学運営の重要事項を議決する機関として役員会が設けられています。運営側の大学執行部と戦略企画室との距離が近く、小規模で情報のやりとりがしやすい組織風土も統合報告書を制作するうえでメリットだと考えています。特にワーキンググループなどもつくっていません。

構成内容の決定も学内の合意に時間がかかることなく進みましたか。

大島 構成内容の項目の選定については、アクションプランに沿った戦略に対する実績を柱として考えています。それを確実に踏まえたうえで、関連する項目を追加していきます。そこにブレはないので学内でも何を取り上げるかであまり悩んだり議論が進まなかったりすることはないと思います。

篠原 掲載すべき内容はすべて戦略に対する実績というつくりにしています。現在は第3期中期目標・中期計画からの成果がたまってきているので、今後どのように振り分けていくかを検討する必要があります。また、構成がかたまってからの原稿作成や掲載する写真や図版の選定は主に戦略企画室の2名で行っています。執行部との内容確認も距離が近いことから比較的早いのではないでしょうか。

地域への貢献度を数値で算出して大学の価値を見える化

2021年版では、経済波及効果として具体的な数値を掲載しています。このねらいはどのようなところにありますか。

篠原 大学が地域にもたらす価値の見える化を目的に、(株)あしぎん総合研究所との共同研究で経済波及効果を算出しました。宇都宮大学の卒業生の生涯賃金増加にともなう消費増加や民間企業との共同研究効果、学会や入試などイベント開催による効果、学生・教職員の消費活動など、6つの区分で調べたところ、2019年度に宇都宮大学が栃木県にもたらした経済波及効果は343億2千万円だということが分かりました。栃木県の総生産額に占める宇都宮大学の経済波及効果の分析では、宇都宮大学の付加価値額は 213億4千万円となり、栃木県の県内総生産額(2018年)の0.23%に相当することも明らかになりました。

大島 この調査は、宇都宮大学としても栃木県内の大学としても初の試みになります。栃木県の経済へのさらなる貢献を果たすために、県内高校生の入学者の増加、県内企業とのマッチング強化による共同研究の促進、大学運営費の安定的確保や研究予算の獲得などを宇都宮大学として、今後より一層推進させていきたいと考えています。

宇都宮大学の立地による地域経済への波及効果 「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」より

ステークホルダーとの対話を重視した「ステークホルダー会議」も新たに始めていますね。

大島 宇都宮大学が地域に開かれた大学として、広く意見を聞くことができるよう2020年度に設置しました。様々なステークホルダーと多様なテーマについてディスカッションや意見聴取をするため、検討するテーマによってメンバーを決定するフレキシブルな会議体として運営しています。例えば、中期目標・中期計画をテーマにした場合は地方自治体や産業界、価値向上をテーマにした場合は卒業生と対話するという方法です。これ以外にも、学生、保護者、卒業生、地域など個別のステークホルダーごとに対話の場も設けています。このような場でも配布用に統合報告書を活用しています。

篠原 栃木県を始めとした自治体、産業界、経済界と大学が恒常的に対話する場を設けて情報を把握・共有し、地域課題の解決に向けた連携協力体制を構築することが必要です。そのためにも大学にできること、創造する価値を示すために統合報告書は一つのツールとして重要な役割を担っていると思います。今後は、成果報告重視の掲載内容から、未来志向の内容にシフトしていく必要もあると考えています。

ステークホルダーとの対話 「ACTION PLAN&FINANCIAL 統合報告書」より

連載:統合報告書に託した大学の想い

コンテンツ本部 ソリューション3部 兼
大学ブランド・デザインセンター コンサルタント
廣田 亮平

大学のブランド戦略・広報活動をワンストップで支援する大学ブランド・デザインセンターのコンサルタント。広報誌やWebサイトの企画立案、コンテンツ制作を通じて組織におけるコミュニケーション課題の解決に取り組む。

※肩書きは記事公開時点のものです。

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