SDGsを羅針盤に据え、大学も教育と研究でグレート・リセットを

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    マーケティング本部 コンサルティング部 中藤 宏平

SDGsを羅針盤に据え、大学も教育と研究でグレート・リセットを
2015年9月に国際連合で採択された、17のゴールと169のターゲットからなる「SDGs(持続可能な開発目標)」。2030年の目標年に向けて注目度は高まる一方ですが、この1年半はコロナ禍の影響で、企業も大学も本来の活動さえ難しい状況が続いています。これから大学はいかにしてSDGsの活動を推進し、情報を発信していけばよいのでしょうか。CSR/SDGsコンサルタントで、千葉商科大学基盤教育機構教授の笹谷秀光氏にお話を伺いました。 聞き手=日経BPコンサルティング 中藤 宏平/文=林 愛子

今なお収束が見えないコロナ禍のなか、企業も大学も持続可能性について再検討せざるを得ない状況に置かれているのではないでしょうか。

笹谷 今、想像以上に強烈な社会変革が起きていると思います。2021年のダボス会議のテーマ「グレート・リセット」はそのインパクトの大きさを表現していると言えるでしょう。

コロナ禍では「ニューノーマル(新しい生活様式)」という表現が用いられていますが、今までの常識が常識ではなくなるのですから、もっと重い意味合いです。実際、日常生活も働き方も変わり、人々は自分にとって何が大切かを考える機会を得ました。これまではワーク・ライフ・バランスでしたが、今はライフを第一に重視するライフ・ワーク・バランスへとパラダイムシフトが起こり始めていると言ってよいでしょう。

企業では経営に必須のヒト・モノ・カネ・情報の全てに影響が及び、大学は教育も研究も厳しい状況です。全てにおいて変化への対応を迫られていますが、先行きが見えずに誰もが困っています。こんな状況だからこそ世界に通用する羅針盤が必要で、SDGsはその羅針盤たり得るものとして、注目されているのだと思います。

最近は大学でもSDGs関連の情報発信が増えています。企業が発行しているような統合報告書の発行事例も出始めました。SDGsによって社会とのコミュニケーションの在り方が変わってきているのでしょうか。また企業と大学の取り組みの違いは、どのあたりでしょうか。

笹谷 SDGsの目標は「持続可能な発展」なので、基本的には企業も大学も変わりませんが、力点の置き場所が少し違います。情報発信に関してはSDGsだけでなく、2010年発行のISO26000の国際規格の影響があると考えられます。そもそもの議論は企業の社会的責任とは何かを規定するCSR、すなわち企業の社会的責任から始まりましたが、社会や環境への責任はあらゆる組織が有するとの観点から対象が拡大し、ISO26000は「組織」の社会的責任の手引きとして策定され、大学の社会的責任や、病院の社会的責任なども含まれることになりました。

大学はISO26000に則って社会的責任の遂行を推進し、関係者に向けて情報を発信しています。情報発信という意味ではSDGsも同じですが、SDGsは自主的な取り組みが推奨され、できる人ができるところからやっていくのが基本スタンスです。岡山大学や金沢工業大学は先駆的に取り組み、第1回ジャパンSDGsアワードにも輝きましたが、今や各大学で取り組み状況には温度差があります。

今後は少子化で学生数が減少し、さらなる競争激化が予想されます。情報発信は一層重要になりますし、財源の確保も考えていかなければなりません。この課題にいち早く対応したのが東京大学です。財務と非財務の関係性を整理する統合報告書を3年前から作成しているほか、大学債を発行し、直接的な財務基盤の強化にも取り組んでいます。

笹谷秀光氏の写真その2

千葉商科大学でもさまざまな活動に熱心に取り組んでおられますね。

笹谷 原科幸彦学長はSDGsや気候変動問題に関心が高く、千葉県野田市に大学が所有するメガソーラー発電所などの太陽光パネルを、さらに増設するとともに、照明をLEDに交換するなどの省エネ対策に取り組み、日本初の「RE100大学」を達成しました。さらに、キャンパス内で使うエネルギーを全て自然エネルギー由来に置き換える「自然エネルギー100%大学」を目指して活動しています。

SDGs推進の方向性はいろいろあると思いますが、大学の使命は教育と研究です。教育はSDGsの目標4が主軸で、ターゲット4.7には「2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする」とあります。つまり、持続可能な社会づくりを考える若手の育成が必要だということ。ネイティブスピーカーのように、当たり前にSDGsを語り行動できる「SDGsネイティブ」を育てなければなりません。これは企業でも研修ができますが、やはり大学に求められる役割です。

また、研究は目標1~17の全てに必要なものです。これは企業におけるSDGsとはやや異なる観点ではないでしょうか。さらに大学自体も組織としてガバナンスやルールの順守、公平性や公正性の維持、ダイバーシティ推進や働き方改革といったことにも取り組んでいかなければなりません。

最後に大学がブランド価値を高め、競争を生き抜くためにSDGsをどう生かすべきか、教えてください。

笹谷 SDGsと大学における社会的責任の遂行に加えて、国連のアナン元事務総長が投資に重要な観点として2006年に提唱したESG(環境=Environment、社会=Social、ガバナンス=Governance)も重要なキーワードで、今や投資家以外の関係者も注目しています。そこで、これら概念に紐づく情報を整理し、ESGとSDGsの関連性も分かりやすく訴求する必要があります。おすすめはマトリックスを活用した情報整理。そもそもは企業向けに私が考案したものですが、マトリックスにすることで全体像がつかめますから、大学でもぜひ活用してほしいです。

マトリックスによる情報整理の一例

SDGsは世界がなすべきことを網羅しているもので、1つの大学だけで成し得るものではありません。だからこそ、それぞれが意欲ある目標を立てて挑戦する意気込みが大切ですし、同時に失敗を叩くことなく、助け合うカルチャーやSDGs目標17の「パートナーシップ」がますます重要であると思っています。

笹谷 秀光

ESG/SDGsコンサルタント
笹谷 秀光 (ささや ひでみつ)

日経BPコンサルティング・シニアコンサルタント、千葉商科大学 基盤教育機構 教授・サステナビリティ研究所長、博士(政策研究)、PwC Japan グループ顧問、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事。

1976年東京大学法学部を卒業、77年農林省(現農林水産省)に入省、81年~83年人事院研修でフランス留学、外務省出向(在米国大使館、一等書記官)。農林水産省にて中山間地域活性化推進室長、市場課長、国際経済課長等を歴任。2003年環境省大臣官房政策評価広報課長、05年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、08年退官。同年伊藤園に入社、取締役等を経て19年退職。20年4月より千葉商科大学 基盤教育機構 教授。

著書に『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022年)『3ステップで学ぶ 自治体SDGs 全3巻セット』(ぎょうせい・2020年)、『環境新聞ブックレットシリーズ14 経営に生かすSDGs講座』(環境新聞社・2018年)など。監修に『まんがでわかるSDGs経営』(ウェッジ社・2022年)、『基礎知識とビジネスチャンスにつなげた成功事例が丸わかり! SDGs見るだけノート』(宝島社・2020年)、『大人も知らない!? SDGsなぜなにクイズ図鑑』(宝島社・2021年)など。笹谷秀光公式サイト

※肩書きは記事公開時点のものです。

中藤 宏平

マーケティング本部 コンサルティング部
中藤 宏平(なかとう・こうへい)

企業広報、制作ディレクターとして、数多くのPR業務を担当し、企業のコミュニケーションプランの企画・実行に従事。 2019年5月、日経BPコンサルティング入社。

 

『Q&A  SDGs経営』(笹谷秀光著、日経BP 日本経済新聞出版本部刊)

楽天常務執行役員 CMO マーケティングディビジョングループ マネージンクグエグゼクティブオフィサー、河野奈保氏

SDGsへの対応はなぜ必要なのか。ビジネスの常識として、SDGsが世界的に浸透・定着した経緯とは。東京五輪、大阪・関西万博によって、SDGs経営の拡大が予想される未来にどう備え、どのような経営戦略を持つべきか。日本と世界の潮流を踏まえつつ、それらの疑問に経営視点からわかりやすく答えます。

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