SDGs経営を推進するために
今、トップが果たすべき役割とは何か
文=後藤 かおり
写真=木村 輝
SDGsが企業経営の方向を示す羅針盤に
『Q&A SDGs経営』の最新版を2022年10月に日本経済新聞出版社から出版されました。2019年の第1版出版以降、トップあるいは経営層にとってSDGsの重要性はどのように変わったでしょうか。
笹谷 約3年の間に、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック、カーボンニュートラルの本格化、ロシアのウクライナ侵攻という、それまでとは質的に大きく異なる出来事が相次いで起こりました。1つ目の新型コロナのパンデミックは、人と人とを分断するという前代未聞の事象を引き起こし、その流れの中で人々の価値観や働き方が大きく変わりました。2つ目のカーボンニュートラルについては、2015年のパリ協定により世界は脱炭素社会へと踏み出しましたが、まだ本格稼働はしていませんでした。2021年11月にイギリスで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)での「グラスゴー気候合意」採択により、カーボンニュートラルが本格的に世界の潮流となり、実行段階に入りました。3つ目のウクライナ情勢は、世界の安全保障を激変させ、経済においてはサプライチェーンの寸断という深刻な問題をもたらしました。
笹谷 秀光 ESG/SDGsコンサルタント
これら3つの出来事は、企業経営の4要素(人・モノ・カネ・情報)すべてに多大な影響を及ぼしているため、企業は非常に厳しい経営環境に置かれています。荒波に翻弄される経営の舵を取らなければならない経営トップにとって、正しく進むための羅針盤は不可欠。その機能を発揮するのがSDGsです。
予測できない事態が次々と起こる時代だからこそ、トップあるいは経営層にとってSDGsは拠りどころとなり、重要性はより高まっているということですね。
笹谷 はい。今、私はPwC Japanグループの顧問を務めていますが、世界的な視野を持つこのプロフェッショナル・サービス・ファームでは様々な調査を行っています。なかでも興味深い調査をご紹介しましょう。世界105カ国・地域の4410名のCEOから、世界経済の動向や、経営上のリスクと対策などについての認識を聞いた「第26回世界CEO意識調査」(実施期間:2022年10月~11月)です。ここから日本企業のCEO176名の回答を抽出すると、その65%が「今後12カ月間において、世界の経済成長(GDP)は減速する」と推測しています。しかし、「今後12カ月間の売上成長見通しについて、どの程度自信があるか」との質問に対しては、「極めて強い/非常に自信がある」は25%、「ある程度自信がある」は51%となり、足元の自社業績への認識は底堅いことがわかりました。一方、「現在のビジネスのやり方を継続した場合、10年後に自社が経済的に存続できない」と考える日本のCEOは72%(世界全体では39%)に達し、将来に対する危機感の強さが浮き彫りになりました。
未来を見通すことができない中、日本企業のトップが認識すべきことは、日本が「X(トランスフォーメーション)の時代」に突入したということです。DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)に加え、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)や人的資本の変革もあり、総合してSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)が重要になっています。こうした「変革」のためにこそ、17のゴールと169のターゲットで構成されるSDGsが羅針盤として役立ちます。なぜなら、SDGsを盛り込んだ国連合意文書のタイトル「我々の世界を変革する(Transforming our world):持続可能な開発のための2030アジェンダ」とある通り、SDGsは変革志向で設計されているからです。
イニシアチブを取るのは経営トップ
SDGsを進めるために、トップあるいは経営層はどのような役割を果たすべきでしょうか。
笹谷 SDGsを経営の4要素すべての面において活用する経営、それがSDGs経営です。経営主導でいち早くSDGsを推進する組織を立ち上げ、SDGsを本業に組み込む企業が増えています。一方、投資家を中心にESG、すなわち環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への要請が世界的に高まっています。ESG投資家は、投資におけるE、S、Gの判断にあたり、企業のSDGs対応を指標としますから、ESGとSDGsは緊密に結びついているといえます。他のステークホルダーもSDGsを重視するため、今やSDGsは株価水準、企業ブランディング、人材確保などすべてに関係し、経営マターとなっています。
例えば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)では推奨する気候変動に関する開示事項を「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」としており、最初に「ガバナンス」を掲げています。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)も同様の情報開示フレームワークを公表しています。つまり、SDGs経営は経営トップがイニシアチブを取るべきものであり、それゆえ経営トップにはSDGsへの見識と認識が求められるのです。
SDGs経営の推進にあたり、トップあるいは経営層が特に取り組むべきこととして「気候変動対策」「人的資本経営」「サプライチェーン」を挙げています。そのポイントをお聞かせください。
笹谷 それを読み解くヒントは、企業の財務情報と非財務情報をまとめた報告(統合報告)のフレームワークを開発しているIIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)が示した「6つの資本」にあります。これは、同団体が2013年に発行した「国際統合報告フレームワーク」で示したもので、企業の価値創造は、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本といった「6つの資本」で形成されると整理しました。経営トップはこの「6つの資本」に即して、課題を整理してみるといいでしょう。
例えば、「気候変動対策」は、財務資本、製造資本、知的資本、自然資本とシンクロします。人材を資本として捉え、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」は、人的資本に関わっています。そして、「サプライチェーン」は、すべての資本に関係するため、総合的に考える必要があります。コロナ禍により原材料の調達難に陥ったり、ウクライナ問題で資源高となって自社のビジネスがまわらなくなったり、サプライチェーン内に人権問題が起こったりと様々なところで難しさが生じます。経営トップが常に世界の課題に目を光らせていなければ、トラブルだけでなく、レピュテーション(評判)リスクの発生にもつながります。
SDGsとESGのマトリックスで整理する
非上場企業を含めて、これからSDGs経営に取り組む企業のトップあるいは経営層は、どこからどう手を付けるべきでしょうか。
笹谷 SDGsを経営に実装するには、まずSDGsの17の目標、169のターゲットに自社の活動を当てはめていくことから始めます。その際に、先ほど述べた通り投資家はESGの判断の指標として企業のSDGs対応を見るため、SDGsとESGを関連づけて示すことが重要ですが、これらの関係は難しく混乱しがちです。そこで、私が2017年から提唱しているのが、SDGsとESGのマトリックス整理です。
まずは、ESGのE、S、G各項目で「やるべきことリスト」の洗い出しを進めますが、このときにISO(国際標準化機構)が2010年に発行した組織の社会的責任に関する国際規格、ISO26000を活用します。
図表のように、E、S、GをISO26000の7つの中核主題(組織統治、公正な事業慣行、人権、労働慣行、消費者課題、コミュニティ課題、環境)に則して整理した項目を縦軸にし、「やるべきことリスト」を作ります。続いて、SDGsの17目標を横軸にして、どこに関連するかをマッピングし、マトリックスを作ります。これにより、ESGの項目がSDGsのどの目標に貢献するかを見える化できるとともに、自社の特性も把握でき、マテリアリティ(重要課題)を特定するときのヒントになります。また、「サプライチェーンと人権」や「人的資本経営」といった新しい課題についても、わかりやすく整理できます。
そして、ESGの項目に合わせて担当部署を記し、どの部署が何に取り組むのかを明確にします。こうした概括的なマトリックスを作成したら、次は169のターゲットまで当てはめを行います。すると、担当部署が部レベルから課レベルへと細分化され、「自分ごと化」が進むようになります。
SDGs導入時のコツがあれば教えてください。
笹谷 SDGsの導入手順を大まかにいうと、マトリックス作成後、マテリアリティを特定し、価値創造ストーリーとして全体の流れを作り、それを経営トップが語るというステップになります。これらの導入作業をスムーズに行うためには、経営全体を見わたせる人を責任者とし、社内の横断的なチームを作ることがポイントです。加えてSDGsは競争戦略ですから、一刻も早く取り組まないとどんどん陳腐化していきます。スピードを上げるためには専門的な知見も必要ですから、SDGs経営の専門家に相談することもコツのひとつです。
海外、および国内のSDGs経営の先進事例を教えてください。
笹谷 イギリスに本拠を置く世界有数の一般消費剤メーカーであるユニリーバは、ビジネスモデルそのものがSDGsであるというアプローチをしています。特に、目標17の「パートナーシップ」をフラッグシップ(旗印)として、他企業や各種機関に協力を呼びかけることからスタートし、現在ではサーキュラーエコノミー(循環経済)の輪を広げる取り組みへと発展させています。
米国では、グーグルが2018年に国連環境計画(UNEP)と連携し、自然環境保護分野で国際パートナーシップを結びました。グーグルが保持するビッグデータや分析などにより、地球の環境データを提供するという本業を生かしたダイナミックな協力をしています。
国内では、SOMPOホールディングスがSDGs経営を打ち出し、パーパスと連動させて、マトリックスを活用しています。この時点で、SDGsの17目標だけでなく、169のターゲットレベルまで当てはめを完了させています。
モスフードサービス、熊谷組、NECネッツエスアイなど様々な企業でも169のターゲットの当てはめを終え、マトリックスを完成させました。その結果、17目標では足りない部分を発見し、例えば、モスフードサービスは補完するために「心のやすらぎ」「ほのぼのとした暖かさ」という独自の目標を掲げるなど、先進的な取り組みを行っています。
「SDGsネイティブ」の増加を実感
大学で教壇に立っておられますが、SDGsに対する学生の意識についてどのように感じていますか。
笹谷 Z世代はSDGsに対して興味を持つ人の割合が高いですね。2019年から小中高の学習指導要領にSDGsが取り入れられているため、理解が進んでいるのでしょう。SDGsを自在に使いこなす若者を私は「SDGsネイティブ」と呼んでいますが、そのような学生が増えていることを大学の現場で実感しています。
私が教授をしている千葉商科大学自体もSDGsにしっかりと取り組んでおり、2019年に自然エネルギー100%を実現し、日本初の「RE100大学」を達成しました。また、この度、当大学にサステナビリティ研究所が新設され、私は所長を拝命しました。幅広いテーマでSDGsを研究するとともに、サステナビリティの専門家などのプラットフォームにしていきたいと考えています。
2030年を目標に据えるSDGsの意義は、今後どう変化していくとお考えですか。
笹谷 2015年にできたSDGsは4年ごとに見直しが行われていますが、その3回目となる2027年あたりにポストSDGsの議論が起こると見ています。しかし、非常によくできた仕組みですので、基本構造は踏襲され、そこに改造や上乗せがなされて継続していくことが予想されます。
変化という意味では、これまでSDGsに取り組む多くの企業と接してきた経験から、SDGs経営の進化の過程が見えてきました(SDGs経営 ステップアップモデル図参照)。SDGs1.0では、SDGsマトリックスを169ターゲットレベルまでまとめることで、社内外への見える化が進みます。SDGs2.0では、行動変容が起こり、社内浸透や意識改革が促進され、社員のWell-beingとつながりだします。SDGs3.0まで進むと、グループ内やサプライチェーンにも取り組みが広がり、社会課題を基点とする「アウトサイド・イン」や「バックキャスティング」の思考が社内に定着。多くのステークホルダーや世界からの評価が上がります。
世界には、すでにSDGs3.0に達している企業が多数あります。日本ではまだSDGs1.0の途上という企業も少なくないため、早急に取り組むことが重要です。
ESG/SDGsコンサルタント
笹谷 秀光 (ささや ひでみつ)
日経BPコンサルティング・シニアコンサルタント、千葉商科大学 基盤教育機構 教授・サステナビリティ研究所長、博士(政策研究)、PwC Japan グループ顧問、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事。
1976年東京大学法学部を卒業、77年農林省(現農林水産省)に入省、81年~83年人事院研修でフランス留学、外務省出向(在米国大使館、一等書記官)。農林水産省にて中山間地域活性化推進室長、市場課長、国際経済課長等を歴任。2003年環境省大臣官房政策評価広報課長、05年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、08年退官。同年伊藤園に入社、取締役等を経て19年退職。20年4月より千葉商科大学 基盤教育機構 教授。
著書に『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022年)『3ステップで学ぶ 自治体SDGs 全3巻セット』(ぎょうせい・2020年)、『環境新聞ブックレットシリーズ14 経営に生かすSDGs講座』(環境新聞社・2018年)など。監修に『まんがでわかるSDGs経営』(ウェッジ社・2022年)、『基礎知識とビジネスチャンスにつなげた成功事例が丸わかり! SDGs見るだけノート』(宝島社・2020年)、『大人も知らない!? SDGsなぜなにクイズ図鑑』(宝島社・2021年)など。笹谷秀光公式サイト
※肩書きは記事公開時点のものです。
サステナビリティ本部 本部長
古塚 浩一
2018年、日経BPコンサルティング SDGsデザインセンター長に就任。企業がSDGsにどのように取り組むべきかを示した行動指針「SDGコンパス」の5つのステップに沿って、サステナビリティ経営の推進を支援。パーパスの策定やマテリアリティ特定、価値創造ストーリーの策定から、統合報告書やサステナビリティサイト、ブランディング動画等の開示情報をつくるパートまで、一気通貫でアドバイザリーを行うことを強みとしている。2022年1月よりQUICK社とESGアドバイザリー・サービスの共同事業を開始。ESG評価を向上させるサービスにも注力している。
『Q&A SDGs経営』(笹谷秀光著、日経BP 日本経済新聞出版本部刊)
SDGsへの対応はなぜ必要なのか。ビジネスの常識として、SDGsが世界的に浸透・定着した経緯とは。東京五輪、大阪・関西万博によって、SDGs経営の拡大が予想される未来にどう備え、どのような経営戦略を持つべきか。日本と世界の潮流を踏まえつつ、それらの疑問に経営視点からわかりやすく答えます。
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