近江商人の精神を受け継ぎ、1872年の創業から続く
たねやグループのパーパス経営
たねやグループ 社会部 部長
小玉 恵氏
聞き手=石原 和仁/文=松田 慶子
近江商人の精神で、自然よし、社会よし、商いよし
1998年に「たねや環境憲章」を制定されるなど、早くから環境保全を実践しておられますね。数々の賞にも輝いた取組みは、業界の枠を超えて注目されるところです。近年は女性活躍推進など、SDGsへの貢献でも著名です。そもそもたねやグループがサステナブル経営に取り組まれた経緯をお教えください。
たねやグループ 社会部 部長
小玉 恵氏
小玉 私どもは1872(明治5)年の創業以来、お菓子を商材に事業をしてまいりました。お菓子の語源は果子です。秋に熟す柿などの果物や水、米ほか、自然のものを原材料にする中で、「自然は大切」「もったいない」と考える文化が弊社には根付いております。
加えて、当地は近江商人の発祥の地です。近江商人というと「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」で知られていますが、弊社は「天平道」「黄熟行」「商魂」の3つをキーワードに、近江商人の精神を経営理念に掲げております。
どのような意味でしょうか。
小玉 簡単に申しますと、自分が儲けることよりも、お客様や周囲の人々、自然、そして“今”だけではなく先のことを大事に考え、感謝し精進しようというものです。
まさに、サステナビリティの考え方ですね。
小玉 そうなんです。持続可能性という言葉が広く使われるようになる前から、私どもは事業を通して持続可能な社会づくりに貢献しようという考え方で進んできたといえます。
そこにSDGsという言葉が登場し、自分たちがやってきたこと、これからなすべきことを当てはめて考えるようになったという流れです。
日々の唱和と思考を促す仕組みづくりで速やかに浸透
経営理念は、従業員の方々にどのように浸透を図っておられるのでしょうか。
小玉 たねやグループには、「末廣正統苑(すえひろしょうとうえん)」というバイブルがあります。これは1980年代半ばに、先代の山本徳次(現名誉会長)が商いの心をまとめたもので、従業員全員が入社と同時に手にします。そこには「八つの心」が書かれています。素直な心、人様の幸せを祈る心、装う心、つまりその物の良さを最大限に引き出す心などで、経営理念をやさしい文章にしたものといえます。
これを朝夕、それぞれの持ち場で唱和します。始業時は「八つの心」を忘れずに一日を歩みましょうと唱和し、仕事に向かうスイッチをオンにして、終業時は「八つの心」を忘れなかったかと唱和しながら1日を振り返ります。
なるほど。行動経済学でも、六法全書に手を置いてからテストを受けさせると不正が減るといわれています。また自分がその日に何をしたのか分析する機会を持つとモチベーションが落ちないとも。非常に理に適っていますね。
ではSDGsに関しては、どのように浸透させたのでしょうか。
小玉 当社がSDGsを意識するようになったのは2016年です。現代表の山本昌仁が、SDGsの「誰1人取り残さない」という精神に共感し、社内での浸透に着手しました。外部から講師を招いて勉強会を開いたり、また地域のSDGs勉強会への参加を促したりしました。
中でも効果的だったのが、総務部を廃止して社会部を立ち上げ、その中にSDGs推進室を設けたことだと思います。SDGs推進室の人間が、社内の各会議に出向いてSDGsを説明しましたし、そもそもこういう部署ができると、日常的に「SDGs」と声に出すことも目にすることも増えます。社外の方に「どういう意味?」と聞かれたら答えなくてはいけません。
考える機会になりますね。
小玉 加えて、各部署が電子会議室などにあげるインフォメーションには、内容に即したSDGsのアイコンをつけるというルールを作りました。そうすると、「これは人事関連の話題だからゴール何番だろう」などと考え、理解が深まります。
もともと近江商人の精神が企業風土にあるので、SDGsの考え方を受け入れやすかったのだと思います。代表のリーダーシップのもと、一気に浸透しました。2017年にSDGs宣言を出し、今では、商品開発や配送など何をするにも、ゴミやエネルギー、快適さなどを判断基準に入れることが習慣化されています。すぐに浸透したので、SDGs推進室はあっという間になくなったんですよ。
経営理念を掲げるだけでなく、そこに至るガイドレールを明らかにし、働く人が自分のものにしやすいシステムができていると分かります。
慣例や常識にとらわれない取り組みで、SDGs活動の輪を広げる
たねやグループは1990年代から、包装紙の削減や再生材の利用、残渣の削減と再資源化など多面的に環境負荷軽減に取り組んで来られました。SDGsを念頭に置いたお取組みには、どのようなものがあるでしょうか。
小玉 『ラ コリーナ近江八幡』が、私どもの姿勢の分かりやすい例だと思います。
ここは、「自然に学ぶ」をテーマに、農園や店舗、工場等が一体化した複合施設です。その敷地の中心、商いをするには一等地にあたる場所に、通常ならショップを置くところ、私どもは田んぼを作りました。ここで地域の小学生と一緒に田植えや刈り取りをしたり、脱穀したお米をイベント時に参加者に食べていただいたり。琵琶湖のヨシを使って近江八幡の伝統文化“たいまつ”を作るイベントも開催しています。地域の方々のつながりを作りながら自然のありがたさを感じ、伝統文化を見つめ直して、未来を考えていく。それが目先の収益より大事だと考えています。
今や『ラ コリーナ』は、5年連続で集客数が滋賀県最多の人気観光スポットになっていると聞きます。SDGs教育の場であり、実践の場であり、地域振興にも役立っているのですね。
小玉 地域という点では、弊社の代表が2019年から2年間、滋賀経済同友会の代表幹事を務め、持続可能性をキーワードに一丸となってグリーン経済を作っていこうと働きかけをいたしました。多くの企業様が賛同し、今まさに各社がグリーン経済宣言を作っているところです。
コロナ禍で力を発揮した、変化に対応する力
SDGsの取り組みの必要性は理解できるものの、短期的なメリットがないと踏み切れないという企業は多くあります。御社ではどのようなメリットを感じておられますか。
小玉 弊社は自然に寄り添ってお菓子を作っていることを、ずっと表現し続けてきました。まだ手応えでしかないのですが、そこに魅力を感じてくださるお客様が近年増えていると感じています。サプライヤーや百貨店様もそうです。
どういうことでしょうか。
小玉 以前は、期限切れで廃棄する商品を出してでも、営業時間が終わるまで売り場から商品を切らさないことが求められていましたが、そういったことがなくなってきました。今は、例えば「フードロス」への関心が高まっているし、原材料の調達などに関するお問い合わせが増えています。
また、若いお客様も増えていると感じています。『ラ コリーナ』で弊社のコンセプトを知り、商品にも興味を持っていただいているようです。
SDGsの感度の高い若者世代が増えているようです。サステナブルなものづくりの先駆企業としての役割が、今後ますます期待されそうですね。
ところで、このたびのコロナ禍の影響はいかがですか。
小玉 大阪や東京の店舗が軒並み閉鎖し、非常に苦しい状況に陥りました。
そこで通販事業を拡大し、また工場敷地内でのドライブスルー形式の販売や、コンビニエンスストアでの販売を始めました。
これもSDGsに取り組んでいたから踏み出しやすかったと思います。今までの自分たちのやり方に固執せず、菓子メーカーの枠を超えて、『ラ コリーナ』をつくったりイベントを開いたりしてきたマインドがあったから、短期間で販売ツールやチャンネルの転換ができたのだと思っています。
おかげさまで、今はなんとか業績が回復しつつあります。今後は弊社の取り組みが、地域社会や自然にどう貢献できているのか、きちんと計る仕組みをつくっていきたいと考えております。
“ほかされない”会社であり続けたい
改めて、たねやグループのパーパスはどういうものだとお考えでしょうか。
小玉 社会部が立ち上がるとき、代表にこの地域の方言を使い、「社会に“ほかされない”会社にしてくれ」つまり、社会に必要とされる会社にして欲しいといわれました。
私の言葉を加えさせていただくなら、私どもがお菓子を作ることで、生産地の自然や人、食べる人、作る人、みんなが幸せだと感じられる、そんな存在でありたいと思っております。
少し話は逸れますが、弊社では大規模災害が起こると被災地にお菓子をお届けしております。熊本地震の際は、避難所の方々に水ようかんをお渡ししました。そのとき1人のご高齢の方が「おいしい、おいしい」とすごく喜んでくださった。ここには食事の救援物資はあるけれど、こんなにおいしいものはないと。お菓子には、苦しい状況の方を笑顔にする力があると改めて想起しました。“ほかされない会社”になるために、これからも幸せを感じていただけるものを作らなくてはいけないと強く思っております。
ありがとうございました。
取材を終えて
日々、自社と自身のパーパスに思いを巡らせる時間は正しい判断をする上で非常に重要なことをたねやグループ様のお話を伺い、改めて再認識しました。感謝の気持ちを持ちながら働くことも人的資本が社会にもたらす価値を高める支えになります。何よりも災害やコロナなどの大きな社会問題が発生したときにこそ、パーパスは威力を発揮し、社員一人ひとりが最適な活動を即断できるようになり、企業ブランドを高めるのだと思います。
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たねやグループ
社会部 部長
小玉 恵氏
店舗にて店長、エリア支配人を担当後、2016年より社会部部長として「社会から必要とされる会社」を目指し社外連携、自社のSDGs推進に従事。
※肩書きは記事公開時点のものです。
ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 コンサルタント
石原 和仁
大学ではバイオテクノロジーを専攻。卒業後は、飲料メーカー、リサーチ会社、マーケティング会社を経て、日経BPコンサルティングに入社。2015年より日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」のプロジェクトマネージャーを担当。様々な企業のブランディング業務(調査、体系づくり、PDCA設計、ブランドメッセージ制作など)に従事。
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