社員の幸せを第一に考え、すべては“続く”のために

伊那食品工業のパーパス経営

  • 石原 和仁

    ブランド・ジャパン プロジェクトマネージャー石原 和仁

社会に選ばれる存在であるために、今、多くの企業が自社の事業を見つめ直し、パーパス(社会的存在意義)の策定に取り組んでいる。パーパスの重要性を創業の頃から認識し、「社員にとっていい会社であろう」という極めてシンプルな理念のもと、1958年の設立以降、成長を続けている企業がある。「年輪経営」で知られる寒天製品トップメーカーの伊那食品工業(長野県伊那市)だ。今回は代表取締役の塚越英弘氏にご登場いただき、コロナ禍にあっても成長軌道を歩み続けるその経営の要諦をうかがった。
伊那食品工業
代表取締役 塚越 英弘氏

聞き手=石原 和仁/文=松田 慶子

重要なのは続けること。急成長は危険

伊那食品工業は、先代の塚越寛氏(現・最高顧問)が提唱・実践され、数々の経営者賞に輝いた「年輪経営」でも著名です。改めて、貴社の根幹となる考え方をお聞かせください。

塚越 英弘氏

伊那食品工業 代表取締役
塚越 英弘氏

塚越 はい。まず我々の事業の目的は「みんなが幸せになること」です。みんなというのは、第一に社員です。社員が幸せになることは、当社にとって収益を上げる手段ではなく目的なのです。

では、幸せになるにはどうしたらいいか。企業にとっては、「続くこと」が最も重要だと私たちは考えます。続くということは明日があること、希望があるということだからです。

非常に納得できるお話です。明日もやりたい仕事がやれるという希望は、コロナ禍などによって先行きが不透明な今こそ必要なことだと思います。

塚越 続いていくためには、急な成長はよくありません。少しずつ着実に木が年輪を重ねるように成長していくことが肝要です。これが「年輪経営」の考え方です。

先代が「年輪経営」に取り組んでから約50年間、景気に左右されず緩やかな右肩上がりを維持されたと聞きます。ゆっくりと年輪を重ねるために、具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。

塚越 まず、会社も社員も自然体でいられることを大事にしました。無理をすると続きませんから。ではどういう形が人にとって自然なのか。単純な言い方をすると、自分のためにやることです。今は多くの人が「人の役に立たなくてはいけない」と思っておられる。それはいいことですが、“ほかの人のため”ばかりでは続きません。でも“自分のため”なら続けられますね。

がんばることは自分のため。そう理解する仕掛けを用意

“自然体”“自分のため”を、どのように社員の方々の行動につなげておられるのでしょうか。

塚越 例えば朝掃除がそうです。当社では社員全員が始業前に庭の掃除をします。でも時間や担当する場所は決めていません。なぜならこれは気づきの訓練だからです。社員それぞれが庭を見て、今日は何をしようかと考えるなかで、草が伸びているとか葉っぱが落ちているなと、どんどん気付くようになる。だから自分自身の成長のために掃除をしようよ、と言っています。

始業前の朝掃除

それから、当社は約50年前から毎年、社員旅行を実施しています。

社員旅行は社員に嫌がられるので、中止したという話はよく聞きますが。

塚越 当社はみんな楽しんで参加していますよ。なぜなら楽しめるような仕掛けがあるからです。

旅行は13の班を作って、社員は行きたい班に参加します。2年に1回は海外です。といっても北海道と沖縄も海外に入れますが(笑)。費用の3分の2を会社が負担します。旅行中に研修などは一切なく、1回だけ班の全員が集まって食事をすることがルールです。あとは全部自由行動。社員はお金をもらって平日に堂々と好きなことをするのです。楽しくないはずはありません。

各班とも、あちこちの部署からの参加者で構成されているので、自然と他部署の人とも親しくなります。

多くの企業が課題だと考えている部署間連携も、うまくいきそうですね。

塚越 そうですね、お互いの顔が分かると仕事を進める上でスムーズになります。でもこれは副次的な成果で、目的はあくまでも社員が楽しむこと。楽しいから、仕事を続けるモチベーションにもなるし、旅行を楽しむ中で親しい人が増えれば、また職場が楽しくなって仕事を続けやすくなる。当社のしていることは、すべて“続く”につながっています。

拠り所があれば企業は強くなる。

掃除する場所、社員旅行での過ごし方などのように、社員の方々の自主性に任せると、組織としてまとまりがなくなりはしないでしょうか。

塚越 判断基準が人によって異なるとバラバラになってしまいます。そのために当社には本があるんですよ。顧問の書籍『いい会社をつくりましょう』は、もともと社員のためにまとめたものです。この考え方に基づいて判断すればいいんですよ、と。

会社として強制的に読ませはしませんが、みんな1回は読んでいると思います。

なるほど、依って立つ価値観が明確だし、朝掃除のように実行に落とし込んでおられる。だから理念が浸透し、社員の方々に安心して任せられるのですね。

塚越 業務においても同様です。当社は数字目標を設定していません。目標を作れともいっていません。各部門が自分たちで目標を立てているようですが、報告は受けていません。

なぜそうしているのかというと、人に決められてやるより自分で決めてやるほうが、楽しく続けられるからです。スポーツの世界を見ても、誰かから決められた目標を掲げて活躍しているアスリートなんて見かけませんね。自分で目標を決めるほうが、やりがいを感じて続けられ、結局は成果が出やすい。

ワークエンゲージメントの研究でも、自分で目標を決めたほうがいいと分かってきたようです。

塚越 スポーツの世界では常識になっているのに、ビジネスの世界では今も会社が目標を決めています。遅れているのかもしれません。

企業の評価基準を根本から見直すべき

事業面、特に製品開発では、緩やかな右肩上がりをどのように実現しておられるのでしょうか。

塚越 分かりやすい例でいうと、うちはほとんど廃番にしないんですよ。1回製造を始めたものはずっと作り続けます。

多くの企業は短期的な数字を出すためにリニューアルを繰り返すようですが、うちは売り上げが落ちても製造を止めません。リニューアルを繰り返すといろいろ無駄が生じるし、製品の売れ行きにはサイクルがあるので、やがて売れるようになるものだからです。例えば海藻由来の可食性フィルム。これは30年近く前に開発したものです。コストがかかって高いので、当時はだれからも見向きをされませんでした。でもいつかこういうものが求められる時代が来ると考え作り続けました。30年経った今、脱プラスチックに貢献できると、『海ごみゼロアワード』(日本財団)の審査委員特別賞をいただきました。問い合わせも増えています。

必要とされる時代が来るという確信は、どこから?

塚越 自分たちが欲しいものだからです。そうでないものは一時的にいくら売れても続きません。

流通業などのステークホルダーから商品の刷新を求められることはないでしょうか。

塚越 はい、流通企業からはどうしてもそういうリクエストが来ます。だから当社は、基本的には通販と直営店を通して自分たちで販売しています。流通さんとお仕事をするときは、こちらのできることをはっきりお伝えします。

また、当社は株式市場に上場していません。今の株式市場の評価基準は、我々にはおかしいものと感じられます。中でもおかしいのは、半期や四半期決算。これは社会や企業が「続いていく」ということを考慮に入れていない。本気で社会のサステナビリティを実現したいなら、短期決算という、企業が目先の数字を追わなくてはいけない制度を廃止するべきだと思います。現に海外では、そういう動きが出ていますね。

確かに、気候変動を考える上でも、もっと長期的な視野で企業の成長を見るべきだとするグローバル企業や専門家の発言が、近年相次いでいます。

塚越 流通業においても、持続可能性を重視する企業が増えつつあると感じられます。サステナブルが大事なのだと、みんな分かってきたのかなと思います。

“いいこと”はみんなが共感できる。だから長く取り組める

地域貢献にも力を入れていますね。

塚越 続いていくためには、取引企業も地域の方々も幸せでなくてはいけないからです。

 当社では、企業ができる一番の地域貢献は採用だと考え、30年前から毎年10数人を、地元で採用しています。昨年のコロナ禍であっても同じ人数を採用しました。「何人必要か」では考えません。「毎年この人数を採用する」という前提で考えます。

志願者に変化などは?

塚越 マスコミなどで取り上げてくださることもあり、全国から学生さんが来てくれるようになりました。特に大卒者は、顧問の本を読んだり当社のサイトを見たりして考え方に賛同したという、意識の高い学生が受けてくれます。おかげで選考が大変になりました(笑)。これも続けることの成果だと思います。

最後になりますが、今、多くの企業が向かうべき方向に悩んでいます。何かアドバイスをいただけますでしょうか。

塚越 アドバイスといえるほどのものはありません。当社の考えは、要は昔話のような単純なことなんです。お金儲けではなく、みんなが幸せになるように正しいことをし続けよう。そうすると結果として本当に幸せになるよ、ということ。

会社は、結局は人の集合体です。昔話のようなストーリーは誰もが納得し共感できる。ですから、何が本当にいいこと、正しいことなのか、つまり本来あるべき姿はどういうものなのかを、これまでの常識をとっぱらって改めて考えてみるといいのではないでしょうか。そしてブランディングやイメージアップのためではなく、本気でそれを会社の中心に置くこと。これが、今企業に求められていることではないのかと思います。

パーパスはブランディングの一環ではなく、経営のど真ん中に置くべきものであることを本日のお話で改めて実感しました。ありがとうございました。

伊那食品工業(長野県伊那市)

取材を終えて

今回の取材では、「いい会社」、良き企業市民であり続けるためには従業員を大切にするところから始まることが良く分かりました。米国の調査会社であるギャラップ社の2017年の調査によると、「熱意にあふれる社員」の割合は日本では6%となり、139カ国中132位となっています。経済産業省からも持続的な企業価値の向上のために人的資本が重要であることが報告されています。ステークホルダーの中で最も重視すべきは従業員と定めることで会社の雰囲気も変わっていくのだと思います。加えて、従業員を大切にしている会社の方が、ステークホルダーからこの会社と取引をしたい、この会社の株を購入したいと思われるのではないでしょうか。

ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 コンサルタント
石原 和仁

大学ではバイオテクノロジーを専攻。卒業後は、飲料メーカー、リサーチ会社、マーケティング会社を経て、日経BPコンサルティングに入社。2015年より日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」のプロジェクトマネージャーを担当。様々な企業のブランディング業務(調査、体系づくり、PDCA設計、ブランドメッセージ制作など)に従事。

 

※このプロフィールは、掲載時点のものです。最新のものとは異なる場合があります。

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