その印象的なアイコンを含め、SDGs(持続可能な開発目標)は企業広告などでもよく見かけるようになりました。2015年に国連サミットで採択されてから5年が過ぎ、テレビなどではSDGsバッジを胸元につけた政治家や有識者が登場し、最近ではSDGsが学習指導要領にも盛り込まれるなど、SDGsのメインストリーム化が進んでいます。統合報告書を発行する日本企業は500社を超え、大企業だけでなく中堅企業もSDGsに本腰を入れはじめ、裾野が広がりつつあるようです。
今回は、企業が取り組むべきSDGsの次の一手について考えてみました。
SDGsの登場によって、企業はどう変わったのか?
国連サミットがSDGsを採択してから5年が経過しました。その間の企業の動きを振り返ってみましょう。
5年前、SDGsという言葉に最も敏感に反応したのは、企業のCSR担当者です。SDGsを受け、まずは自社のCSR方針や個々の活動の目的を「SDGs仕様に変えていく」作業にとりかかりました。次に動いたのは、ESGに対峙しはじめた IR部門の担当者です。「E(環境)」と「S(社会)」への取り組みを、長期志向の投資家に説明する際、世界の共通言語であるSDGsを用いるようになりました。
そして、投資家が企業のESG情報を分析する目的が「企業経営のサステナビリティ」にあることから、その重い腰を動かしたのが経営企画部門の担当者です。CSR部門、IR部門と連携しながら、企業理念にSDGsなど社会課題解決の要素を組み込んだり、自社の長期ビジョンにSDGsへの貢献を重ね合わせたり、中期経営計画の施策のなかにSDGsを組み込むことに取り組み始めました。
企業のSDGsへの取り組みは、最近ではさらに間口を拡げはじめており、コーポレート・ブランディングとの連動、製品の研究・開発、マーケティング戦略、さらには人材育成や採用活動にSDGsを組み込む企業も現れています。
このように、SDGsは誕生から5年を経て、CSR部門マターの課題から全社マターで取り組むべき課題に進化したと言えます。
SDGsの「守り」と「攻め」
では、企業活動にSDGsを取り入れる動機は何なのでしょうか。それには「守り」と「攻め」の2つのパターンがあるように思います。
「守り」の動機とは、「競合先がSDGsを打ち出し始めたじゃないか。ウチもそろそろ始めてくれ」とCSR担当者が経営者から指示されたり、取引先や外部の評価機関から「貴社のESG / SDGsへの取り組みについて教えてください」というアンケートが届いたり、投資家や銀行からの問い合わせ、また最近では採用面接で学生からの質問が増えていることから「必要に駆られて」SDGsの取り組みを始めるようなことを指します。企業がSDGsに取り組む動機は、今のところ、このようなケースが大半のように感じます。 では、「攻め」の動機とはどのようなものでしょうか。
それは、例えば医療・医薬品メーカーや社会インフラ関連の企業など、もともと公共性の強いビジネスを展開する企業が、ESG / SDGsの波をチャンスと捉え、SDGsを組み込んだ事業の打ち出し方を始めるようなケースです。このほか、顧客満足につながるモノづくりに専念してきた会社が、「社会課題の解決こそが我が社の存在意義であり、その手段としてモノやサービスを提供している」といった具合に、「社会課題の解決」を軸に会社としての新たなアイデンティティを打ち出し、さらにはビジネスモデルそのものを「社会課題解決型」に進化させていくケースも同様です。こうした「攻め」の姿勢で臨む企業は現状ではまだまだ少数派ながら、徐々に増え始めているようです。
日本企業はどこまで本気か?
何十年、何百年と続く老舗の日本企業に多く見られるケースをご紹介しましょう。
こうした企業の広報担当者のなかには「ウチは創業来、近江商人の『三方良し』のような考え方が根づいており、あらためてSDGsへの貢献をアピールする必要もない」といった説明をする方が多くいます。またESGに関する外部評価機関のスコアが低い企業では、「ウチはアピールが下手なだけで、開示はしていないが実はちゃんとやっている」と言う担当者も少なくありません。
確かに、老舗企業のなかには「三方良し」のような理念を経営の根幹に据えてサステナブルな経営組織を持ち、そうした考え方が事業活動の現場社員まで浸透している立派な企業も存在します。しかし一方では、創業者の思いが本当の意味で引き継がれていない、事業活動の現場まで浸透していない企業も多いのではないでしょうか。高邁な理念を「お題目」としては掲げていながら、日々の経営判断や実際のビジネスの現場では、そのことがまるで意識されていない、いわば「三方良しウォッシュ」企業の存在です。そうした企業は往々にして、企業のサステナビリティについての議論が深まっておらず、それゆえ自社の経済的利益のみを優先するような経営判断がなされる企業も多いのではないかと感じます
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SDGs経営時代の企業経営に求められるのは「サステナビリティ」です。すなわち、経済的価値と同じくらい、またはそれ以上に社会、環境にもたらす価値を重視する姿勢を持ち、健全な経営判断のもと、躊躇なく行動に移せる機能・組織を持つ企業でなければ、サステナブルな企業とは言えません。そうした考え方は、長期志向の投資家を中心に、資本市場にも浸透しつつあるように思います。SDGsへの取り組みも、個々の取り組み説明にとどまらず、自社のサステナビリティ経営の文脈のなかで語る必要があるかもしれません。
SDGsの次の一手 - 「紐づけ作業」の次は?
現状の事業活動とSDGsの17目標、169のターゲットとの「紐づけ」を行い、自社ビジネスがいかにSDGsに貢献しているかを検証する作業は、既に多くの企業で進んでいます。「紐づけ結果」についての情報開示も、大企業ではほぼ「常識化」しているように思われます。企業のSDGs対応のファーストステップという意味では、ここまでが、いわば「企業のSDGs フェーズ1」です。
では、この「紐づけ作業」を終え、それを開示しただけで、SDGsに貢献していると言えるのでしょうか。
もちろん、この「紐づけ」作業によって、現状のビジネスが社会課題の解決につながると説得することはできるように思います。ただ、多くのステークホルダーにとっての関心事は、「社会に役立つ今のビジネスを、この会社が今後も持続できるのかどうか」という点ではないでしょうか。いくら、足もとで立派なビジネスを行っている企業でも、突然、環境NGOなどから激しく批判されたり、ワンマン経営の失敗から経営が破たんしてしまったり、ブラック企業のレッテルが張られて優秀な人材が離れてしまったりするようでは、持続的なビジネスの成長は不可能です。
SDGsの紐づけ作業、開示作業の次に企業がなすべきこと、それは「サステナブルな企業経営がなされていることの説得」ではないでしょうか。SDGsに紐づく立派な事業をどのように拡大させていくかという「確かな成長戦略」と、その事業の中長期的成長を支えていく「持続可能な経営基盤」の存在です。さらに、それらを「わかりやすいストーリー」として盛り込む統合報告書などのツールを駆使したステークホルダーとの適切なコミュニケーションが大切です。(CCL. 「統合報告書 何のためにつくる?」参照)
ここまでの作業が、いわば「企業のSDGs フェーズ2」です。
SDGs - さらにその先に「みんなですべきこと」
SDGsの本質は、言うまでもなく地球規模の社会課題・環境課題の解決、そして「誰一人取り残さない」という考え方にあります。そして、世界中の国や地域、自治体、企業やNGO、学校などの教育機関が幅広く賛同し、これに取り組んでいます。こうしたプレイヤーが、今はそれぞれの立場でSDGsを考え、行動を始めた段階ではないかと思われます。
もちろん、それぞれのプレイヤーが行ってきたこれまでの努力は高く評価されるべきです。「SDGsの主旨に沿って事業活動を行いました」「SDGsに取り組む企業に必要な資金を拠出しました」「SDGsに対する従業員の意識を高めました」「環境負荷に配慮した経営を行いました」といった企業の取り組みなども、みな賞賛に値します。
しかしながら、各プレイヤーの「それぞれの努力」が、本当の意味で課題解決に向かう力として集約され、確かな実を結んでいると断言できるでしょうか。企業のSDGs活動によって生み出された資金、知恵、技術といった価値は、果たして効率よく、成果のあがる形で、満遍なく社会課題の解決に振り向けられていると言える状況なのでしょうか。
その答えは残念ながら「ノー」です。それぞれのチカラが、まだまだ一つに集約されておらず、合理的・効果的な社会課題解決につながっていないように思われます。
その意味では、これから必要となるのは、言うなれば「SDGsエコシステム」のような「実質的な課題解決につながる地球規模の仕組み」を構築することではないかと思います。国境や企業など、さまざまなボーダーラインを超えた、「結果を出すための」地球規模の仕組みづくりです。SDGsが謳う全244(重複を除くと232)のSDGs指標を見据え、達成に導くための「目標管理」ができなければ、実質的な「SDGs貢献」とはなりません。
企業も今後はそのことをもっと強く意識すべきであり、とりわけ社会に大きな影響を与えうるグローバル企業の方々には、「SDGsエコシステム」の構築と確かな運用に向けてリーダーシップを発揮することを強く期待したいところです。自社がSDGsの全体最適のためにどのような貢献ができ、そのためにどのような行動を起こしているのかを示すこと、言ってみればそれが「企業のSDGs フェーズ3」なのかもしれません。
もちろんこれは、個別企業の力や企業間のパートナーシップだけで構築・運用できるものではありません。それこそSDGsの目標 17が示すような、地域や組織を越えたパートナーシップが必要でしょう。
みなさんの会社はSDGsの「紐づけ」までをして、一安心してはいませんか。まだまだ、できることはあるのではないでしょうか。SDGsについての「次のステップ」について、ぜひ一度、社内で考えてみてはいかがでしょう。
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サステナビリティ本部 提携シニアコンサルタント
山内 由紀夫(やまうち・ゆきお)
都内信用金庫のシステム部門、証券運用部門、経営企画部門を経て、IR支援会社において企業分析、アニュアルレポート・統合報告書・CSRレポートの企画・編集コンサルティングに携わる。
日経BPコンサルティングでは、統合報告書の企画・コンサルティング、企業価値の持続的向上に向けた価値創造ストーリーの構築を支援。