企業サバイバル戦略としてのSDGs

SDGs経営で自社のリブランディングと世界戦略を(前編)

  • 古塚副本部長2020

    サステナビリティ本部 本部長 古塚 浩一

笹谷秀光氏
ESGとSDGsが浸透し、大きな潮流となる一方で、両者の関係性についてはいまだに混乱が見られる。自社の事業にESG、SDGsをスムーズに適用するには、この混乱を解消する必要がある。いま、多くの企業がESG、SDGsに本腰を入れ始めた理由とは。具体的な適用において、どのような点を重視し、どのような手法で自社の事業に紐付ければよいのか。また将来に向けて注力すべき点は何か。当社SDGsデザインセンター シニアコンサルタントであり、新刊『Q&A  SDGs経営』(日本経済新聞出版社)を上梓し、CSR/SDGsのコンサルタントやアドバイザーとして幅広く活躍する笹谷秀光氏に伺った。 聞き手=古塚浩一 / 文=斉藤俊明

ESGとSDGsは社会全体からの要請

いまESG、SDGsが盛り上がりを見せている理由を教えてください。

笹谷 これまでサステナビリティ(持続可能性)については様々な出来事が積み重ねられてきました。日本におけるCSR元年と言われる2003年以降、2010年に社会的責任のガイドライン規格となるISO26000が発行され、2015年にはパリ協定とSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が策定されたのです。

その流れと並行して、E(Environment:環境)、S(Social:社会)、G(Governance:企業統治)というサステナビリティの3要素を重視するESG投資が拡大しています。国際調査機関・GSIA(GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT ALLIANCE)が2016年に発表した世界のESG投資残高は約23兆ドルでしたが、2年後の2018年調査では約31兆ドルへと急激に伸びました。特に日本における伸びは大きく、2016年では世界全体に占める割合が2%程度でしたが、2018年では約7%となっています。

企業と投資家の関係において、サステナビリティにまつわる言葉がここまで強く語られることはありませんでした。ESG投資とSDGsの取り組みが極めて強くシンクロし始めSDGsが株価対策も含めて、完全に「経営マター」になったことが、現在の最大の特色です。

企業が本気で取り組むようになったのはなぜですか。

笹谷 背景には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年に国連責任投資原則(PRI)に署名し、2017年にはESG投資のチェックにあたってSDGsへの取り組みを参考にすると明示したことがあります。それがきっかけとなり、ESGやSDGsが表裏の関係になりました。加えて、投資家以外からもESG/SDGsが重視され始めました。企業の取引先、官公庁、大学などの研究機関はもちろん、消費者やメディアも含めた社会全体からの要請になったのです。これは企業にとって、極めて重要な変化と言えるでしょう。

企業が本気で取り組むようになったのはなぜですか。(笹谷)

ISO26000を知ればSDGsがわかる

ESGとSDGsの相違点と、共通点を教えてください。

笹谷 まず狭義のESGとは、投資家がチェックするE、S、Gの3要素にどう対処するかという取り組みです。投資家は3要素について、リスク回避策をしっかり取っているか、企業価値を上げるチャンスを的確に捉えているか、という点を見ています。

このESG投資の流れにおいて、先ほど述べたGPIFのPRIへの署名が大きな転機となりました。さらにGPIFは、ESGを判断する指標として、企業のSDGsへの取り組みを見ていくとしています。これにより投資家サイドからE、S、Gの項目とSDGsが関連付けられたことは企業にとって大きな影響があります。そこで、企業はSDGsの17目標と169のターゲットを見渡しチャンス面とリスク回避面で活用するわけですが、SDGsの各目標、ターゲットは入れ子状態のように相互に「リンケージ」があります。そこで、E、S、Gとの紐付けや対照関係がシンプルに整理できないために混乱が生じています。

その混乱を回避する方法はありますか。

笹谷 私が注目する手法の一つがISO26000です。ここには、組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティ課題という7つの中核主題とそれを細分化した37の課題が用意されています。これは2010年にISO(国際標準化機構)が世界的合意を得て定めた「社会的責任に関する手引き」という、いわば非財務情報の整理マニュアルです。非常にうまく整理されており、GRI(Global Reporting Initiative)などサステナビリティのガイドラインを策定する組織も参照しています。ISO26000の体系整理をすでに終えている企業は多いので、図1のように、ESGについてもISO26000に当てはめると、わかりやすい整理になります。

図1 ESGとISO26000によるCSR

この整理を活用して、具体的には、ESGについて、まずは7つの中核主題と37の課題に当てはめていきます。各課題にKPIを設定して「やるべきことリスト」を作る。以上を縦軸に整理していきます。

次に、これらの活動がどのSDGsの17目標や169のターゲットに関連するかをマトリックスの形で整理します。事業との関係性の強弱によって印を使い分けながら(主に関連するものには、間接的な関連にはなど)、整理して、マトリックスを作ります。

そうすると、ESGの項目がSDGsのどの目標に貢献するのかが見やすい、全体の鳥瞰図ができます(図2)。このマトリックスは経済産業省のESG投資・SDGs経営研究会でも紹介されました。

 図2 ESGとSDGsの関係 -笹谷秀光氏(伊藤園顧問)による相関整理-

この整理方法は、SDGコンパス(注1)が求めるアウトサイド・イン(注2)のアプローチにも使えるのでしょうか。

笹谷 いまお話しした鳥瞰図としてのマトリックスの整理は、自社の事業活動を基点にした、いわゆる「インサイド・アウト」(注3)のアプローチが主体です。この整理によって経営全体の鳥瞰図をSDGsの観点から特定し、取り組みを進めたとしましょう。その結果、いずれかの目標への貢献度をさらに高めたい場合は、社会課題を基点とする「アウトサイド・イン」のアプローチにもつなげていけると考えています。

SDGsの目標に対して会社の技術やポテンシャルで貢献できる要素があれば、インサイド・アウトでそこを深掘りしていく。反対に、その目標に対してまだ取り組んでいないなら、アウトサイド・インの発想で臨む。企業それぞれの事情もあるため、まずはできるところから着実に取り組んでいけばいいのです。とはいえ、SDGsの目指す理念から見れば、社会課題を起点として自社の本業力活用でのイノベーションにつなぐアウトサイド・インのアプローチが期待されます。

もう一つの手法として注目しているのは、SDGコンパスが提示した「バリューチェーン・マッピング」です。バリューチェーンの流れで自社の事業にSDGsの目標を当てはめ、社会にもたらすプラス・マイナス双方のインパクトを評価するものです。このバリューチェーンの手法はもともと企業の競争戦略で使われているものなので、これを使えば全体の流れが見えますし、使い勝手のよい整理方法だと思います。

(注1)国連グローバル・コンパクト及びWBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)が共同で作成した、SDGsの企業行動指針。企業がSDGsをどのように活用すべきかを示している。

(注2)「自社の事業活動が社会・環境問題にどう影響するか」を自社の課題起点で理解し、必要な対応を行うこと。自社のコスト削減のために温室効果ガス排出量を把握し、排出量削減の取り組みを推進することなど。

(注3)「社会・環境問題に対し自社は何ができるか」を社会課題起点で理解し、必要な対応を行うこと。気候変動問題に対処するため、自社の持つ技術を活用することなど。


>後編に続く

笹谷 秀光

ESG/SDGsコンサルタント
笹谷 秀光 (ささや ひでみつ)

日経BPコンサルティング・シニアコンサルタント、千葉商科大学 基盤教育機構 教授・サステナビリティ研究所長、博士(政策研究)、PwC Japan グループ顧問、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム理事、日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事。

1976年東京大学法学部を卒業、77年農林省(現農林水産省)に入省、81年~83年人事院研修でフランス留学、外務省出向(在米国大使館、一等書記官)。農林水産省にて中山間地域活性化推進室長、市場課長、国際経済課長等を歴任。2003年環境省大臣官房政策評価広報課長、05年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て、08年退官。同年伊藤園に入社、取締役等を経て19年退職。20年4月より千葉商科大学 基盤教育機構 教授。

著書に『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022年)『3ステップで学ぶ 自治体SDGs 全3巻セット』(ぎょうせい・2020年)、『環境新聞ブックレットシリーズ14 経営に生かすSDGs講座』(環境新聞社・2018年)など。監修に『まんがでわかるSDGs経営』(ウェッジ社・2022年)、『基礎知識とビジネスチャンスにつなげた成功事例が丸わかり! SDGs見るだけノート』(宝島社・2020年)、『大人も知らない!? SDGsなぜなにクイズ図鑑』(宝島社・2021年)など。笹谷秀光公式サイト

※肩書きは記事公開時点のものです。

古塚 浩一

デジタル本部副本部長 兼 SDGsデザインセンター長
古塚 浩一

カスタムメディアのプロデューサー、ディレクターとして主にBtoB領域の企業コミュニケーションを支援。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞(三井物産)、日経電子版広告賞BtoBタイアップ広告部門賞(三菱商事)等受賞。

『Q&A  SDGs経営』(笹谷秀光著、日経BP 日本経済新聞出版本部刊)

楽天常務執行役員 CMO マーケティングディビジョングループ マネージンクグエグゼクティブオフィサー、河野奈保氏

SDGsへの対応はなぜ必要なのか。ビジネスの常識として、SDGsが世界的に浸透・定着した経緯とは。東京五輪、大阪・関西万博によって、SDGs経営の拡大が予想される未来にどう備え、どのような経営戦略を持つべきか。日本と世界の潮流を踏まえつつ、それらの疑問に経営視点からわかりやすく答えます。

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