ESGはリアルタイムで評価される時代に⁉

AIが実現する最先端のESG評価「S-Ray®」の真価(前編)

2019.10.21

ESG/SDGs

  • 松﨑 祥悟

    サステナビリティ本部 コンサルタント 松﨑 祥悟

AIが実現する最先端のESG評価「S-Ray®」の真価(前編)
AI(人工知能)を用いて、企業の財務面だけでなく、非財務面も含めたESG評価を行うのが、ドイツのESGリサーチ会社Arabesque S-Ray社(以下アラベスク)の評価ツール「S-Ray®」だ。機械学習やビッグデータを活用した独自のスコアリング・メソドロジーで、企業のESG評価を日々算出している。
AIを導入することでS-Ray®は、これまでアナリストによる1年に1度の更新が基本であったESG評価に、日次評価を可能にするなど革新をもたらしている。企業の公開情報と世界170カ国にわたる3万以上の情報源から、200項目を超えるESGデータを収集・分析し、世界約80カ国、7,200社以上の上場企業に対する評価を行う。
この最先端のESG評価であるS-Ray®の特長や、企業がデータ活用した各種サービスの活用法などについて、アラベスク・アセット・マネジメントのネイサン・アベラ氏と、先日アラベスクと日本で初めて提携、企業へS-Ray®の分析を基にしたESG戦略についてのアドバイスを行うQUICK ESG研究所の中塚一徳氏のお二人に話を聞いた。

S-Ray®の話題に入る前に、まずは中塚さんから日本のESG投資の状況についてお話しいただけますか。

中塚 近年、ESG投資のメインストリーム化にしっかり対応しようとする企業が多く見られるようになったと感じています。具体的にはESGの各テーマを経営課題として捉える企業が年々増えています。ESG課題そのものをしっかり理解し、リスクと機会を把握した上で、それをビジネスに生かそうと取り組んでいます。私たちQUICK ESG研究所でも多くの企業をサポートしていますが、最近では役員向けの研修を望む企業が増えています。ESGを経営課題と捉える企業が増えていることの、一つの表れだと考えています。

日本でESG投資が大きなうねりとして認識され始めたのはいつごろからでしょうか。

QUICK ESG研究所 中塚一徳氏QUICK ESG研究所 中塚一徳氏

中塚 2018年から企業の経営課題として認識され目に見える変化が起こり始めていると感じています。日本では2017年11月に経団連の企業行動憲章の改定が行われ、企業、特に企業の経営層の方たちに、ビジネスの中でESG課題に向き合うことが、顧客からの信頼獲得や事業リスクの低減など、サステナビリティ経営につながるということが、あらためて認識されるようになりました。

アベラさんは、今回初めて来日されたとのことですが、いろいろな日本の企業の方に実際に会われてどのような感想をお持ちになられましたか。

アベラ ヨーロッパ企業と比較すると、日本のESG投資はまだまだ初期のステージにあるとの印象を受けました。ヨーロッパのESG課題に取り組む企業の現在のフェーズは、顧客や地域とのコミュニケーションに活用すること以上に、経営戦略にESG課題への対応を組み込むというインターナルな活動に重きを置いています。そこまでのステップに来ている日本の企業はまだ少ないと感じました。しかし、多くの企業が経営戦略にESGを統合しようと努めているのを目の当たりにしましたし、中塚さんがお話しされたような大きな動きというものを感じています。

中塚 日本とヨーロッパの企業の差が生まれた理由には、どのようなことが考えられるでしょうか。

Arabesque S-Ray ネイサン・アベラ氏Arabesque S-Ray ネイサン・アベラ氏

アベラ 大きな理由の一つとして、ヨーロッパでは規制や規則で企業の行動を監視しているのに対し、日本には企業を後押しするような規則がないという点が挙げられます。さらにヨーロッパではたくさんの年金基金などが、企業の高いESGパフォーマンスを注視していることも理由の一つと考えます。ヨーロッパの企業はESG情報を開示するだけではなく、きちんとESGに対する活動の説明ができるよう準備し、そうした情報を投資会社が取得しやすくするための配慮をしています。何人かの日本の投資家ともミーティングを持たせていただきましたが、日本では投資家のステージもまだ早期の段階にあると思います。

中塚 私もそのように感じています。では、いつごろからヨーロッパでは企業が経営戦略にESGを組み込むようになったのでしょうか。

アベラ 正確な年月ではありませんが、2009年のギリシャをはじめとするユーロ危機の後あたりが一つの契機と考えます。このことが一つのきっかけとなり、人々は金融が自分たちの生活に直接影響することを実感したのです。しかしアラベスクが立ち上がった2013年頃は欧州各国でさまざまな方法で再び活力を取り戻そうとしていましたが、そのときにはまだ大きな動きとまではなっていませんでした。その後2015年、2016年と年を経るにつれ、その動きはどんどん加速していますので、日本とヨーロッパの間には、数年の開きがあるといえるのではないでしょうか。

日本企業はまだESG統合へと舵を切れていない

先ほどヨーロッパと比較した場合、日本の投資会社もまだ早期の段階とお話しされていました。

アベラ 私自身まだ多くの日本の投資家に会ったわけではありませんので、その前提でお答えします。ミーティングを通じて感じたのは投資のプロセスの中に、まだまだESGを統合して考え切れていないということがあります。欧米では投資の中でどのようにESGを捉えればよいかという明確な判断材料がきちんと用意されているのです。

中塚 同感です。特にESGを投資判断に統合するという手法自体はあるのですが、日本の投資家の多くはこれから始めようとしている状況にあると思っています。既存の財務の評価のフレームワークにESGを明示的かつ体系的に加えるというのがESG統合ですが、まだしっかりできる投資家は少なく、その点についてはヨーロッパの投資家の方が進んでいると考えています。

アベラ 日本の投資家のために一つ補足しておきますと、先ほどお話ししたように、ヨーロッパでは規則としていろいろな情報開示が求められています。しかし日本はまだそのような状況にないため、投資家が非財務データを取得するのが難しく、そのことが、企業活動への理解が深まりにくい一つの要因と言えるでしょう。

ヨーロッパの企業の開示もまだ完全ではありませんが、日本企業や日本の投資家がよりよいESG統合の好事例として参考にするには十分です。まず読みやすくしなければいけませんし、それをもって人々に活用してもらいやすいようにしなければいけません。それにより投資家が必要な情報を取得しやすくするのです。

だからといって、私は決してヨーロッパのやり方が最も優れていると考えてはいません。もしかしたら日本がこれから生み出すやり方がより適しているかもしれません。英国や米国にはたくさんのスタートアップ企業がありますが、多くの企業がトヨタ生産方式に着想を得た「リーン・スタートアップ」と呼ぶ手法を取り入れています。欧米はそのように日本を見ているのですから、今後日本の進め方がESGインテグレーションの世界をリードする可能性もあると考えます。

「Sustainable Finance for All」を金融業界の主流に

それでは、本題であるS-Ray®についてお聞かせください。S-Ray®とはどのようなESG評価なのか教えてください。

アベラ まず、S-Ray®では二つのスコアを提供しています。業種のマテリアリティと株価へのインパクトを考慮した「ESGスコア」と、世界で初めて実現した国連グローバル・コンパクトの10原則に基づき、企業の社会的責任を評価する「GCスコア」の二つです。企業の公開情報と世界170カ国の3万以上の情報元からESG評価の基となる200項目を超えるデータを収集・分析することで、日本企業約570社を含む世界約80カ国、7,200社以上の上場企業の評価を提供しています。

また、これまでの主なESG評価は、アナリストが1年に1度評価を実施し、公開するものが基本でした。しかし、S-Ray®は、AIにより毎日評価を行っているため、日次での評価の公表を実現しています。つまり、企業の情報開示担当者の日々の取り組みが評価に反映されることにつながるのです。

S-Ray®で提供する二つのスコア

S-Ray®で提供する2つのスコア

これまでの評価指標との違いはどのような点でしょうか。

アベラ アラベスクは英国の金融大手バークレイズから派生した会社です。そのため、まず一つ目のポイントですが、私たちは「独自の投資家としての視点」を有しています。二つ目のポイントはデータドリブンであるということです。私たちは他の評価指標のようにアナリストを起用しません。従来の多くの評価は、企業のESGを計るのに、ESGレーティングを用いながらアナリストが分析します。これには業界に応じてそれ相応のアナリストが必要となるほか、時にはアナリストごとの印象の違いによりブレが生じないとも限りません。 その点、私たちのS-Ray®はデータに着目しています。私たちはそれぞれの主観ではなく、データを見ていますので、アナリストごとの印象の違いなどによる評価の差も生まれません。

中塚 データに依拠していることで、企業が評価の理由を知りたいときに、どのデータからそのような結果が導き出されたのか、根拠となるESG課題までたどることができるのも強みですね。私たちQUICK ESG研究所も、S-Ray®のデータを活用し企業のサポートをしていますが、その企業が点数を増やすために何をすべきかきちんと見える化するようにしています。

アベラ そうです。もう一つ、多くの投資家がS-Ray®の特長と捉え、活用していただいているのが、S-Ray®のESGスコアに見られる「マテリアリティ・アプローチ」です。

ESGデータの大きな問題の一つに、情報が膨大ということがあります。それらのデータの中から、その企業の業績に直結するようなキーとなるものがどれなのか見つけ出さなければいけません。ここに私たちはAIや機械学習を用いています。私たちはSASB(米国サステナビリティ会計基準審議会:将来的な財務インパクトが高いと想定される企業の非財務情報(ESG情報)開示の基準づくりを進める非営利団体)の考えも反映した独自の分析により、ESGと企業が属する業界との相関するファクターを導き出しています。これらを基に企業の開示情報をスコアに反映しています。私たちは投資家に対し、ESGデータを見えやすくするための「レンズ」を用意しているのです。一方の企業側としては、市場がどのようなESGデータに反応し、業績に影響を及ぼすのか把握することができます。

その企業の事業に影響の大きい課題とテーマを、寄与度により示す

代表的なESGスコアであるFTSE、MSCIをはじめとした、さまざまな評価を取り扱われてきた中塚さんから見たS-Ray®とはどのようなものでしょうか。

中塚 現状のESGの評価会社は、大きく二つの方向に分かれると思っています。一つは社会的なインパクトを重視する調査会社。もう一つが財務、株価にインパクトを与えるESGファクターに焦点を絞った調査会社です。S-Ray®はその両方を備えています。前者が、すべての企業に求められる社会的責任にどれだけ取り組んでいるのかを見るというGCスコアです。そして後者が、アベラさんが説明された、株価に影響を与えるESGファクターにフォーカスを当てたESGスコアです。特にGCスコアについては、これまでなかった評価だと思いますので新しいサービスだと考えています。

私の考えとしては、いろいろなタイプの投資家がいる中で、中・長期のパッシブ運用(日経平均株価やTOPIXなどの指標をベンチマークに連動する成果を目指す運用手法)を採る投資家はGCスコアの方を重視すると見ています。一方で比較的短期、といっても1年とか2年といった短い話ではありませんが、短期の投資家はESGスコアにフォーカスを当てて高いリターンを目指したり、ポートフォリオの調整をしたりというスタンスをとってくると考えます。ただ、パッシブの投資家にとっても、企業にとって重要なESGファクターを把握できるのでエンゲージメントテーマの抽出などに利用できると考えます。このように、多様な使い方ができる点からも、新しい評価指標だと感じています。

アベラ そもそも私たち自身もいくつかのインデックスを提供する投資会社の一員ですから、はじめは自分たちのためにS-Ray®を使っていました。ところが2017年、アラベスク・アセット・マネジメントのオマール・セリムCEOが、S-Ray®を他社でも使えるように公開したのです。なぜなら私たちのビジョンが「Sustainable Finance for All(すべての人に持続可能な金融を)」だからです。私たちはこの考えを投資の世界で主流にしたいと考えています。そのために他の投資家にもそのように考え、活動してほしいと願っているのです。

中塚一徳氏

中塚 今アベラさんがおっしゃった「Sustainable Finance for All」という考え方に非常に共感しています。投資家に限定せずにあらゆる金融関係者にこのデータは提供できるので、まさに投資から金融業界全体への広がりを見据える中で非常に有効なツールになると思っています。日本でESG研究所を立ち上げたのはESGの課題を、企業の方、そして投資家の方にしっかり理解してもらうことが、本当の社会を変えるために必要だろうという思いからでした。

アラベスクの診断結果を基にQUICKが診療する

中塚さんがお話ししているように、S-Ray®は投資家だけなく、誰もが見られるようにしています。

アベラ 確かに商用目的の使用以外に限り、3カ月前のS-Ray®のデータを無償で公開しています。どなたでも、どこからでもアクセスし、サステナビリティの先進企業について把握できます。

また学術的な活用、大学の教育での活用にも私たちのデータが活躍の範囲を広げています。ヨーロッパのビジネススクールや米国で事例があります。傾向としては、米国はより環境側面での活用に焦点を当てています。オックスフォード大学と共同で「ESGが業績向上に寄与するのか」について調査もしています。

無償でデータを提供する一方で、有償サービスも用意されています。それはどのようなサービスで、QUICK ESG研究所が入ることで、企業はどのようなサービスを受けることができるのでしょうか。

アベラ S-Ray®の提供するデータについてはこれまでお伝えしてきた通りです。無償サービスでは3カ月前のデータとなりますが、有償サービスでは日々更新されるデータを入手可能になります。S-Ray®は企業の診断を実施し、現状の「GCスコア」と「ESGスコア」について提供します。

現状、S-Ray®はエクセルデータのフォーマットとなっていますが、将来的にはデジタルプラットフォームとして企業に提供する予定です。有償契約を交わした企業は、付与されるパスワードでアクセスいただき、さまざまな分析結果が得られるサイトを考えています。

そして、私たちとQUICK ESG研究所の関係をわかりやすく例えると、S-Ray®をX線検査のようなものと考えていただくとよいかもしれません。私たちは、S-Ray®を通じて、企業の持続可能性を計り、イメージしやすい形にする放射線技師です。一方、QUICK ESG研究所はそのX線検査を活用する医者といえます。X線検査の結果を受け、どのようにすれば良くなるかを提示します。

中塚 アベラさんがおっしゃる通り、私たちはS-Ray®のデータ結果を使い、より細かな分析をして、企業が意識すべき課題を抽出しています。その上で、分析結果などからQUICK ESG研究所オリジナルのレポートを提供する予定です。

企業にとって重要なマテリアリティを把握できるので、マテリアリティの中で点数が低い項目についてお伝えし、向上するための施策の提案もできます。たとえば、企業のESGスコアをより分解して、投資家の方が重視するESGファクターに着目したり、細かなメッシュでブレークダウンした他社比較をしたりします。いろいろな調査項目がありますので、さまざまなポイントに焦点を当てた対応が可能です。

>後編に続く

Arabesque S-Ray ESGリサーチ部アソシエイト
ネイサン・アベラ 氏

現在、S-Rayの新しいスコアとなるSDGsスコアのツールを開発中。S-RayのAI調査・開発チームの役割も担う。アラベスク入社以前はインパクト投資の分野に従事し、またオックスフォード大学およびプリンストン大学で気候科学の研究を行う。インペリアル大学(物理学)卒。

※肩書きは記事公開時点のものです。

QUICK ESG研究所リサーチヘッド
中塚 一徳 氏

1992年QUICK入社。機関投資家向けサービスの企画、開発、研究を担当。ESG研究所では、ESGデータを活用した定量分析やアドバイザリーサービスに従事。年金基金、運用会社等での講演や、みずほ年金レポートなどへの執筆実績。GPIF より受託した「年金積立金管理運用独立行政法人におけるスチュワードシップ責任及びESG 投資のあり方についての調査研究業務」におけるプロジェクトマネージャーを務める。東京理科大学大学院理工学研究科経営工学修士課程修了。

※肩書きは記事公開時点のものです。

SDGsデザインセンター コンサルタント
松﨑 祥悟(まつさき・しょうご)

これまでCSRレポートや統合報告書だけでなく、採用ツール、会社案内などの企業が発信すべき情報をステークホルダーに対応した形でお届けするカスタムメディアの制作に従事。紙、映像、Web、リアルイベントなど媒体ごとの特性も生かし、コミュニケーションを通じた企業の価値向上を支援。SDGsデザインセンター、周年事業センターのコンサルタントを歴任。

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