BRANDJAPAN 25thANNIVERSARY

日本の飲み方を攻略した翠ジンソーダ
-輝く商品と、高まる企業価値-

  • 西川 英彦 氏

    ブランド・ジャパン企画委員
    法政大学 経営学部 教授西川 英彦 氏

  • 西川 英彦 氏

    サントリー
    スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ部 部長酒巻 真琴 氏

サントリーのジンが好調だ。国内ではサントリージン「翠(SUI)」が快進撃を続けている。日本でお酒は食中酒として食事と一緒に楽しむことが多い。すでにビールやハイボールなど人気の食中酒があるなか、新たに加わったのが翠ジンソーダだ。サントリーの新商品ブランドとして輝きを放ち始めている。サントリー スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ部 部長の酒巻真琴氏(写真:右)に開発の背景を聞いた。聞き手は法政大学経営学部の西川英彦教授(ブランド・ジャパン企画委員)(写真:左)

西川 翠が好調のようですね。今日は開発チームを率いた酒巻さんにその背景を伺いたいのですが、そもそもなぜジンだったのですか。サントリーがジンを手がけてきた印象は正直あまり持っていないので、まずそのあたりから教えてください。

酒巻 実はサントリーは1936年に国産ジン「ヘルメスドライジン」を発売するなど、80年以上にわたり国産ジンをつくり続けている歴史があります。この「ヘルメスドライジン」は角瓶(1937年発売)より1年前に発売されているんですよね。この長い歴史に裏付けられた、技術と知見があり、ジンづくりには自信がありました。

また、世界のジン市場に目を向けると、市場の規模が大きいうえに右肩上がりの成長を続けており、今後も市場の拡大は続くものと考えられていました。加えて、2010年代には「クラフトジン」をはじめとする、ボタニカル(※)などの素材や製法にこだわった商品が人気を博して、その人気を背景に市場もさらに伸びていました。

「植物の」という意味。ジンの香りづけに用いられる植物のこと

西川 なるほど、ジンの市場が伸びていたのですね。

酒巻 はい。そうした状況下で、2014年に経営統合した、米蒸溜酒大手のビーム社と共同で、当社のものづくりの知見を生かしたジャパニーズクラフトジンを発売し、世界中のお客様にジンの新たな魅力をお伝えしたいと考えました。

そうして2017年に翠の先輩にあたる、サントリージャパニーズクラフトジン「ROKU<六>」を発売します。ROKUは発売から5年で、スーパープレミアムジン市場(1本30~45ドル)において世界3位となった商品で、欧米をはじめ世界60ケ国以上で展開しています

翠はその3年後の2020年、国内向けに発売しました。まず瓶タイプからです。

「食事に合うジン」の開発と提案

西川 英彦 氏

西川 3年後ですか。ROKUがヒット商品になりつつあるなかでなぜ翠の投入が必要だったのでしょう。翠の開発背景について教えてください。

酒巻 ROKUは海外の販売ボリュームが約9割を占める、世界でも評価の高いグローバルブランドです。国内ではバーや免税店、ECなど、ブランド価値を丁寧に伝えられる接点で展開していました。一方で、日常的にジンを楽しまれている方は日本ではまだまだ少なかった。もっと多くの人にジンの魅力をご提案したい、そう考えたときにROKUより手軽に手に取りやすいスタンダード価格帯の商品が必要だと考えたのが一つです。

西川 日本人のお酒の飲み方も関係していますか。海外ではジンの普及率が高いという話を聞いたことがありますが。

酒巻 そうですね。海外は欧米を中心にカクテルの市場が非常に大きいので、ジントニックに限らずいろいろなカクテルでジンを楽しんでいらっしゃいます。一方、日本ではビールにしてもハイボールにしてもそうですが、食事と一緒に楽しむすっきりしたお酒が圧倒的に多い。そこで日本の日常の食事のシーンで楽しんでいただけるものが必要なのではないかというのがもう一つです。

西川 翠の狙うところは、日本の食事のシーンに合うリーズナブルな価格の飲み物ということですね。分かりました。でもハイボールやレモンサワーなどライバルは多そうですね。それにバーのイメージが強い飲み物を「食事に合うよ」と提案するのはハードルが高くないですか。

酒巻 おっしゃる通りです。そこで「翠ジンソーダ」としてソーダ割で食中に楽しむと新スタイルで提案をしました。ただ言葉だけではなかなか分かっていただけないので、食事と一緒に飲用する場所、具体的には居酒屋などで実際に「翠ジンソーダ」を提供してもらい多くの方に経験していただく戦略を立てました。

また、合わせて重要なのは中味の開発です。ボタニカルには柚子と緑茶、それと生姜の3種の和素材の浸漬酒を使用することに決めました。この3つの素材は日本の食卓になじみのある素材ですので、日本の多くの食事に合うのは間違いないと考えたんです。もちろん居酒屋の食事にもよく合う。実際に、例えば料理の味付けが濃いめでも、翠ジンソーダを口にすれば初めに感じる柚子の爽やかさと緑茶の味わい、最後にすこし辛みのある生姜ですっきり味を切ってくれる。炭酸のリフレッシュ感と相まって口の中がさっぱりし、次の料理に箸が伸びるようになるのです。

発売直後にコロナ禍

酒巻 真琴 氏

西川 そうすると初動でアプローチしたのは居酒屋ですか。

酒巻 発売時にはまさに飲食店に注力しようと考えていました。実際、居酒屋で飲むシーンを描いたCMで「居酒屋メシに翠ジンソーダ」というコピーとともに展開しようと用意していたのです。ですが2020年3月に発売するとその翌月には新型コロナの緊急事態宣言が出てしまい、それどころではなくなってしまいました。

西川 バッドタイミングですね。しかもコロナ禍の間は3密回避がずっと言われていました。

酒巻 一方でスーパーなどの小売店の店頭で発売時に大きく展開いただけたこと、また、SNSを通じて「食事に合う」という発信をしたことが奏功し、当時、家でお酒を飲む時間が増えたこともあり、瓶を買って晩酌を楽しむお客様が徐々に増えていきました。いわゆる「家飲み」です。味を知らない翠をいきなり個人で瓶1本買っていただくのはハードルが高いかなと当初、心配していましたが、なかなか外にいけない時期でしたので、「家飲み」をより楽しみたいという皆様に手に取っていただけたようです。

西川 家飲みは自分の好みで濃さや味を変えて楽しめますしね。

酒巻 そうですよね。この時期も含め徐々にジンソーダを食事と一緒に楽しむことへの認知が広がったかなと思いました。でも多くの方にとって「自分にとってなじみのないお酒」というイメージはまだまだ強い。翠ジンソーダの魅力を伝え、「翠ジンソーダは食事に合う」と知っていただき、体感いただきたい。そこで2022年3月に「翠ジンソーダ」缶を発売しました。これで、自分流に楽しむ瓶に加え、気軽に楽しめる缶という接点が出来ました。

そして2023年5月に新型コロナが5類に移行したことで居酒屋の翠ジンソーダも徐々に盛り上がりをみせます。想定していた順番とは違いましたが、当初計画していた「飲食店・缶・瓶」の3つの接点がフルに機能し出したのです。

アレンジが楽しい“愛されキャラ”

西川 ここまで翠がうまくいった理由は何でしょう。開発なのか3つの接点なのか、あるいはCMなのか。一番の立役者は何だと思いますか。

酒巻 全部がうまくいった結果だと思います。ですが、最終的にお客様にご支持いただく鍵はやはり味わいでしょうか。また飲みたいと思ってリピートしていただけたことがポイントだったと思います。

西川 個人的なことですが私も翠に興味を持ち、お店で頼んでみました。和食の居酒屋でしたが、カボスが多めに入っていておいしくて。それからはまってしまい、自分で瓶を買って大葉を入れたり生姜を入れたりアレンジして飲んでいます。

面白いなと思ったのはこうした工夫がお店ごとにあって、先日入ったお店では梅干しが入っていました。いろいろなバリエーションが生まれているのですね。これはハイボールやレモンサワーにはなかった特色だと思うのですが。

酒巻 翠のバリエーションに関して言えばお酒のカテゴリーが関係していると思います。ジンはカクテルによく使われるお酒なので、いろいろなものと組み合わせやすいのでしょう。

西川 多様なアレンジを出して盛り上げようというのはサントリーさんが意図したものですか、それともお店が勝手にやっているのでしょうか。

酒巻 両方あります。お店へのご提案という意味では、和の素材との組み合わせは相性がいいと私たちも知っていたので、それをお伝えすることはありました。例えばすったワサビとの組み合わせはおいしいですし、梅干しもいいです。和柑橘では柚子だけではなくスダチやカボスとの相性もいい。

一方でお店によっては、その土地に特徴的な柑橘や果物などと組み合わせたアレンジを提供してくださっているところがあります。これはお店の方々の独自のご提案ですね。

西川 実におもしろいですね。お店がいろいろなパターンを提供してウリにして、客側もそれを楽しみにする。そういう飲み方の幅は愛される飲み物の大事な要素なのかもしれませんね。

企業ブランドと商品ブランド

西川 TVCMのコピーは「それはまだ、流行っていない。」でした。あれは素晴らしかったです。一方で地域特有のコピーというのもありますね。福岡は「やっぱ翠(すい)とうと」でしたっけ。あれはどうやって生まれたのですか。

酒巻 それぞれのエリア担当が「ご当地のコピーとして展開したい」と面白がってアイデアを提案してくれました。

西川 地域が提案する例はハイボールにもありましたが、コピーの言葉遊びという点では「スイ」の方が短くてやりやすいですね。「霧島は今日も“翠曜日”」というのもありました。名前をいじられるのも愛されている証拠かもしれません。

さて、私はブランド・ジャパンの企画委員をやっているのですが、サントリーは2001年から始まったブランド・ジャパンで、毎年常に上位ランクのブランドです。2024年は1000ブランド中6位でした。これだけみんなに愛され信頼されているブランドであることを社員としてはどう思いますか。

酒巻 大変ありがたいことだと思います。先輩たちが脈々と積み重ねてきたことがこの結果になったのだなと考えています。

ブランド担当をやっていると、お客さまがサントリーに対して信頼感や愛着を持っているからこそ、個々の商品ブランドにも愛着を持ってくださるのだなと感じることがあります。逆に、商品が好きだからサントリーへの愛着につながっていくこともあるでしょう。

自分たちが個々の商品を担当しているときは、それぞれの商品ブランドが輝くように意識していますが、それが最終的にサントリーという価値につながっていくといいなと。そう思いながら仕事をしています。

西川 今回の6位は、前回(2023年)の25位からランクアップした結果の6位です。「翠」という商品ブランドが輝き、それがサントリーのランクアップに寄与した可能性は高いですね。本日はありがとうございました。

酒巻 ありがとうございました。