BRANDJAPAN 25thANNIVERSARY

ブランド・ジャパン誕生秘話

  • 阿久津 聡 氏

    ブランド・ジャパン企画委員会委員長
    一橋大学大学院 経営管理研究科国際企業戦略専攻 教授阿久津 聡 氏

  • 吉田 健一

    ブランド本部長
    吉田 健一

ブランド・ジャパンはどのような背景から、どのように誕生したのか。ブランド・ジャパン企画委員会委員長の阿久津 聡 教授(写真:左)と2013年までプロジェクトマネージャーを務めたブランド本部長の吉田健一(写真:右)が、発足当時の様子とブランド・ジャパンの特徴について語り合った。

吉田  2001年に誕生したブランド・ジャパンが25年目を迎えます。そこでちょっと過去を振り返ってみたいと思うのですが。

阿久津  分かりました。

吉田  アーカー先生(※)の「ブランド・エクイティ戦略」が日本で発行されたのが1994年。そのあたりから日本でもコーポレート・ブランディングに関心を寄せる企業が増えてきたように感じます。「ブランド○○室」という名称の部署を設ける企業が増えてきて、「会社のありようはこうあるべき」とか「コーポレート・ブランドはこうして育成しよう」という議論が盛り上がってきました。2002年には経済産業省がブランド価値を金額で評価する「ブランド価値評価研究会報告書」を発表します。ブランド・ジャパンはそうした時期に登場しました。阿久津先生は当時、こうした機運の高まりをどう見ていらっしゃいましたか。

デービッド・A・アーカー氏:カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール名誉教授。ブランドコンサルティング企業プロフェット社副会長。ブランド論の第一人者として知られている。著書に「ブランド・エクイティ戦略」「ブランド・リーダーシップ」「ブランド・ポートフォリオ戦略」(いずれもダイヤモンド社)、「カテゴリー・イノベーション」(日本経済新聞出版社)ほか多数。ブランド・ジャパンの企画当初から、長年にわたり企画委員会の特別顧問を務める

阿久津  私は1993年にカリフォルニア大学バークレー校の経営大学院に入り、アーカー先生に師事しました。当時、英語版の「ブランド・エクイティ戦略」(Managing Brand Equity)はすでにビジネス書のベストセラーになっていて世の中もブランド・マネジメントを話題にするようになっていましたから、先生のところには「次を書いてくれ」という依頼がきていたようです。私が研究室に入ったときは「Building Strong Brands」(邦訳「ブランド優位の戦略」、ダイヤモンド社)という、ブランド関連本の第2弾の執筆に取り組んでいました。そのお手伝いを私も少ししていました。

アーカー先生はブランド研究を進めていくなかで学術論文よりもよりリアルに訴えるケーススタディに関心を示すなど興味がそちらにシフトしていって、時間の多くをマネジャー向けの啓蒙書の執筆に割くようになっていました。一方で卒業しなくてはいけない私の立場からすると不安です。当時のブランド研究はビジネス書向きではあっても博士論文は難しい。そう考えて別のテーマ、当時盛り上がりをみせていた行動経済学をテーマに論文を執筆しました。

吉田  博士論文のテーマは行動経済学だったのですね。

阿久津  日本に戻ってからも行動経済学の研究に集中するつもりでした。ですが98年に帰国してみると日本でもブランド・マネジメントが盛り上がりをみせていて、「ブランド・マネジメントと言えばアーカー」「そのアーカーの下で研究していた人が帰ってきた」ということでブランド・マネジメントの話をしてくれという依頼が舞い込むようになり、いつしかブランド関連の仕事に多くの時間を割くようになりました。

頭の中のイメージを引き出す設問

阿久津 聡 氏

吉田  ブランド・ジャパン発足にあたっては目に見えないブランド価値をどう調べどう表現するか、企画委員会を立ち上げて多くの先生方にご意見を伺いました。第一回目の委員会の議事録を見返すと、阿久津先生をはじめ、資生堂の、当時会長をなさっていた福原義春さん(故人)や多くのヒットCMを手がけたクリエイティブ・ディレクターの岡康道さん(故人)などおよそ16人、そうそうたる方々のお名前がありました。

阿久津  内閣府のワーキンググループかと思うような規模感でした。しかも著名な方々ばかり。

吉田  ここでの議論はブランド・ジャパンのアンケート調査のたたき台にもなっています。アンケート調査ではブランドのイメージを尋ねるとき、いくつかイメージを挙げて該当するかどうか回答してもらっていますが、そのなかに「なくなると寂しい」という設問があります。これは岡康道さんに提案していただいたブランド・イメージが挙がったことにちょっとびっくりしました。

阿久津  才能の塊のような方でしたね。

吉田  同じく議事録のなかで、阿久津先生が「あいまいさ」と「鮮度」という言葉を発していらっしゃいます。どのような意味でおっしゃったか覚えていらっしゃいますか。

阿久津  「あいまいさ」については、当時、文脈の研究をしていたのですが、文脈をあいまいにすると相手の考えていることが出てきやすいのですね。調査の設問を詳細にするよりもあいまいにした方がいろいろな思いを吸い上げられる。ブランド・ジャパンは市場を構成する生活者の頭の中にあるイメージを包括的に広く反映したものにしたいわけですから、あいまいな方がふさわしいデータになるだろうと考えて発言したのだと思います。

吉田  実は阿久津先生の「あいまい」発言の前に、設問をより細かくスペシフィックなものにすべきという議論がありました。それこそ業種業態ごとに調査票を変えるべきだというような。それを受けての先生の発言だったようです。

阿久津  はい、それに対する反論だったと思います。「あいまい」と発言していますが、「抽象度が高い」というニュアンスです。

吉田  抽象度を高くするといろいろな思いを包括的に吸い上げられるというのは確かにそうだなと感じます。「品質が優れている」というイメージ項目に対する回答を見ると、トヨタ自動車など工業製品のブランドも上位に挙がりますが、ここしばらく1位をキープしているブランドは実はハーゲンダッツだったりします。

もう一つの「鮮度」発言はどのような意図でしたか。

阿久津  「今、話題だ」とか「旬だ」というものは気になりますよね。みんなが今話題にしている、だから私も評価するという心理的傾向を文化心理学では相互協調的自己観と呼んでいるのですが、日本人のブランド評価にはこの軸があるだろうということです。

米国だとこの評価軸は提案されないかもしれません。というのも米国では「自分がどう思うか」が大事で「他人は関係ない」と敢えて思う文化だからです。その意味で「鮮度」を提案したのは日本発のブランド評価軸だと思います。

吉田  ブランド・ジャパンの調査には、まさに「いま注目されている(旬である)」「勢いがある」というイメージ項目が入っています。このあたりが、特に日本やアジアではブランド評価に関係してくるということですね。

阿久津  はい。

吉田  今でこそ多様性の時代だ、個の時代だといわれ、人から何を言われようが自分が好きなものが好きという風潮が若者のなかに出てきてはいます。ですが20年以上前であれば人の目を気にする感覚は普通にありましたね。

阿久津  自分の価値観うんぬんを言うようになったのは、日本の経済や社会がようやく成熟してきたからでしょう。そのレベルに達した集団(ソサイエティ)は実は世界でも限られています。北米がまず到達し、それに続いたのが英国など欧州の国々。「個の価値観が大事」と言ってくれるこうした社会は世界全体からみればむしろ特殊で、人の目を気にする国のほうが多いと思います。

ブランドの測定方法は変えない

吉田 健一

吉田  ちなみにアーカー先生は、第1回の委員会に出席されていなかったですよね。

阿久津  そうですね。彼は特別顧問という立場です。ただブランド・ジャパンをとても楽しみにしていて、ブランドの測定方法は変えずに続けてほしいと希望していました。

彼がそう言った理由はロバート・ジェイコブソンと連名で出した論文にあると思います。米国マーケティング協会の学術雑誌「Journal of Marketing Research (JMR) 」に載った1994年の論文で、いまだに引用される影響力のある論文です。「エクイトレンド」という今のブランド・ジャパンに相当する米国のデータがあるのですが、このデータと企業の株価との関連を調査した論文で、ざっくり言うと「ブランドは株価に先行する」という内容です。インパクトのある内容でした。

論文ではいろいろなデータを検討していますが、結局のところ株価に影響したデータは「オーバーオールのクオリティ」でした。「ざっくり言ってこの企業はどのくらいのクオリティか」を示す調査データのみが株価と連動したのです。ほかのデータはすべてうまくいきませんでした。理由は、いろいろな業種の複数の企業をひとくくりにした分析において、他のデータは普遍性がなく一般化できるデータではなかったからです。

論文に続くエビデンスが出てないというお話をしましたが、日本でエビデンスを示せるとしたらそれはブランド・ジャパンでしょう。その検証をするためにもざっくりしたクオリティ評価が必要だろうとアーカー先生に師事した研究者としては思ったわけです。

吉田  そこがブランド・ジャパンの大きな特徴である継続性のベースにもなっているのですね。おかげさまで20年を超える時系列データが出来ました。

阿久津  はい。それと私の「あいまい」発言も実はこの論文と関係しています。設問をあいまいにすることでブランドのざっくりとした評価が得られると考えたからです。

論文ではいろいろなデータを検討していますが、結局のところ株価に影響したデータは「オーバーオールのクオリティ」でした。「ざっくり言ってこの企業はどのくらいのクオリティか」を示す調査データのみが株価と連動したのです。ほかのデータはすべてうまくいきませんでした。理由は、いろいろな業種の複数の企業をひとくくりにした分析において、他のデータは普遍性がなく一般化できるデータではなかったからです。

論文に続くエビデンスが出てないというお話をしましたが、日本でエビデンスを示せるとしたらそれはブランド・ジャパンでしょう。その検証をするためにもざっくりしたクオリティ評価が必要だろうとアーカー先生に師事した研究者としては思ったわけです。

「この調査、なにかおかしい」という指摘

吉田  企画委員会でいろいろな議論をしていただいて2001年にようやくブランド・ジャパンがスタートしたわけですが、実は今継続している調査設計は、2002年にアップデートしたものです。2001年の調査は、今から考えると実験的な色彩の調査でした。

阿久津  調査結果を発表したところ、統計学の専門家から指摘が入りました。ブランド・ジャパンは発表されると一気に有名になり、専門家からも注目されるようになったのですが、「これはおかしいのでは」というご批判も受けました。

吉田  そこで、“日本で一番の”統計学のエキスパートを迎え入れることにしました。豊田秀樹先生(早稲田大学 文学学術院 教授)です。

阿久津  豊田先生は行動計量学における共分散構造分析と傾向スコアという、高度な分析手法と統計手法を提案されました。日本の民間調査で適用した例はないのではないかと思うのですが、ブランド・ジャパンではさっそく2002年調査でこれらの方法を採用しました。豊田先生の高度な分析を経て、ご批判の声もしだいに無くなり、今に至ります。本当にすごい人を招いたなと思います。

ちなみに世の中で一番批判の的になりそうなスコアの算出方法といえば大学入試ですよね。当時でいえば大学入試センター試験でしょうか。豊田先生はそれを仕切っていた人です。まさに適任の人であったと思います。

吉田  それ以来、豊田先生にスコア化していただくことがブランド・ジャパンの大きな特徴の一つにもなりました。

企業と商品を混ぜたユニークな調査

吉田  もう一つブランド・ジャパンの特徴として、企業と商品が混ざっている調査だということがあると思います。普通であれば企業ブランドと商品ブランドは分けますよね。企業ブランドなら企業イメージ調査、商品であれば特定の業界内の商品イメージ調査という具合に。混ぜた調査というのは後にも先にもブランド・ジャパンだけだと思うのですが、委員会では混ぜることを当たり前のこととして議論していた気がします。

阿久津  そこに至るまでに2段階の議論があったと思います。まず、対象ブランドをどうノミネートするかという議論がありました。そこで想起調査が提案されました。ちなみに想起調査はアカデミックな研究でも現実的な優れた手法とされています。候補となる対象を研究者が選ぶとバイアスがかかったり、なぜそれを入れたのか妥当性が問題になったりしますが、調査対象者(あるいは同じ属性の集団)が出した候補であればバイアスの心配はありません。そこでまずブランド想起調査を実施しようということになりました。

吉田  想起調査をすると企業ブランドも商品ブランドも出てきてしまいますね。それをどうしようというのが次の議論かと思いますが、そのままでいいだろう、研究者が鉛筆なめなめ手を入れることはしないほうがよい、という結論だったかと思います。

阿久津  だからノミネート・ブランドは必ずしもきれいになってはいません。でも私たち研究者は逆に美しい、人工的でないところがいいと思っています。

時代を反映させたい思い

吉田  2年目にはうまくローンチし、以来20数年間、同じ設問、同じ統計処理という同じモデルで調査を続けてきました。このモデルについては毎回、豊田先生にチェックしていただき、問題ないとお墨付きをいただいたうえで使い続けているわけですが、いつも「変えた方がいいのではないか」という考えが私の頭をよぎります。設問が時代に合っているのか不安になるのです。委員の先生方はどのようにお考えでしたか。時代の変化は反映されているのでしょうか。

阿久津  モデルが時代にフィットしなくなる可能性は考えました。ですから当初はハラハラして見ていたのですが、数年もすると「これはそう変わるものではない」と自信を持つようになりました。ここでも抽象度が重要な役目を果たします。

例えば「ESG的な観点が評価されるべき」となったときにESGの最先端の活動をしている企業はESGを意識する人から「旬である」と評価されます。新たなトレンドも抽象度の高い設問に吸い上げられているわけです。

時代の変遷は想起調査に反映されています。どこが上位に評価されるようになったのか見れば時代変化は確認できます。

吉田  ここ10年、20年、下手すると100年くらいの変化はこの方法で見られます。

阿久津  そもそも人間の心が大きく変わり、高い抽象度を持った設問さえもそぐわなくなる心の変化が起きるのは数百年の単位ではないでしょうか。人間はそう変わるものではありません。

例えば「なくなると寂しい」ものは評価が高い。それは千年経っても変わらないでしょう。けれども「どういう意味で寂しいのか」を限定して抽象度を下げたとします。すると吸い上げる範囲は狭まっていき、時代の変化に耐えられなくなる可能性も出てきます。

ブランド・ジャパンの設問の、あの抽象度であれば100年とか200年は大丈夫。この25年間、見ていてそう思うようになりました。

ブランド・ジャパンをAIに読み込ませたら

吉田  時代に合っているのか不安だと先ほど言いましたが、一方で毎年、豊田先生から送られてくるランキング結果を見るといつもほっとするのは確かです。多くは前年のスコアを維持する。その上で、上がるべきブランドが上がっていて、下がるべきブランドが下がっている。ちゃんと数字に反映されているなぁと感心するのです。生活者の思いをしっかり受け止めているなと。

阿久津  いや、反映されています。トップ50にどのブランドがいるのか見れば時代の流れは分かります。時代にセンシティブに反応していますよ。例えばGAFAM(※)が台頭する様子はちゃんと反映されています。

逆にこのランキングを見て、研究者の勝手な思い込みを改めたことがありました。2002年から2006年ぐらいにかけてでしょうか、一昨年社名が変わった、日本を代表するある小売業のブランドが、1000ブランド中10位前後のかなり上位にいた時期がありました。「なぜだ」と調査を疑ったのですが、実は当時人気だったことを個人的に認識していなかっただけでした。

ソニーはユニークなブランドで、業績が落ちても人気はなかなか落ちない。2010年まではトップ10の常連でした。支持していたのは復活を求めていたファンの人たちでしょう。ですがさすがに2012年あたりから落ちていく。それがデジタル一眼カメラやエンターテインメントの好調を受けて復活すると順位も復活する。2021年は5位に返り咲きました。

こうした様子をすべて表現しているブランド・ジャパンは、改めてすごいデータベースだと思います。

Google、Apple、Facebook(現Meta Platforms)、Amazon、Microsoft

吉田  2024年のトップ5の顔ぶれは本当に興味深くて、上位3位までがGAFAM(※)。続く4位が即席麺。5位が100円ショップです。こんな並びはブランド・ジャパン以外、あり得ないですよね。

1位Google、2位YouTube、3位Amazon。YouTubeはGoogleが運営する動画共有サービス

阿久津  一般的な生活者の頭の中をのぞこうというのがブランド・ジャパンですから、考えてみると当然ですよね。我々の頭のなかにはGAFAMと、即席麺のカップヌードルは同じように入っていて、すぐに思い起こせるようになっているのですから。

吉田  ブランド・ジャパンを購入されたユーザーさんを見ると、昔は順位を確認するという使い方が多かったのですが、今はデータを戦略的に利用されている方が増えています。

阿久津  奥の深いデータですからね。それこそ今後、AIに読み込ませたらいろいろな分析ができるようになるのではないですか。例えばサントリーなら、他の飲料会社との相対的な位置の変遷を示せ、みたいなプロンプトを書けばすぐに出せるようになるとか。

吉田  ブランド・ジャパンで提供するのは数値データだけでなく自由意見もあります。毎回1500ブランドに対して10万件以上の自由意見が寄せられてきます。このテキスト・データを対象に分析するとまた新しい知見が得られるかもしれません。

ブランド・ジャパンに加えて各企業のデータ、例えば株価だったり経済指標だったりを読み込ませれば可能性はさらに広がりますよね。「今後ブランド力を伸ばすにはどうしたらいいか」というプロンプトを書いたら、どんな言葉が返ってくるでしょうか。

阿久津  25年間蓄積した膨大なデータもAIがハンドリングしてくれることで改めてその真価を実感するようになるということですね。いやぁ、25年間続けてきてよかったです。

吉田  ブランド・ジャパンのクライアントの皆様はじめ、関係者には深く御礼を申し上げたいと思います。