ブランド・ジャパン活用事例
東横INN、持続的成長に向け、創業以来初のリブランディングに着手
(2022年12月14日開催、「『ブランド・ジャパン2023』キックオフセミナー」より)
文=斉藤 俊明
写真=木村 輝
構成=金縄 洋右
男女ともに高いプライベート利用率という現状把握からスタート
1986年の創業以来、ビジネスホテルというカテゴリーを牽引してきた同社では、コロナ禍以前の稼働率は順調に推移していたものの、ビジネス用途以外の新規顧客開拓に課題を感じていた。また、大浴場・温泉や睡眠といった分かりやすい特色を持つホテルが次々誕生する事業環境の変化、さらにはコロナ禍によるビジネスユースの激減とインバウンド需要消失という問題にもさらされていた。
加えて、東横INNがこれまで作り上げてきた「好立地、機能的な客室とシンプルなサービス、リーズナブルな料金」という強みがビジネスホテル全体のスタンダードとなり、優位性が薄れつつあることも危機感につながっていた。
こうした背景から、「時代や環境に合わせた、お客様を中心に据えた改革が必要となりました」と、執行役 顧客満足推進本部長でブランド&マーケティングを統括する中澤千代子氏は語る。
同社はブランド・ジャパンをリブランディングに活用している。ブランド・ジャパンにおけるブランドイメージの総合順位では、2003年から継続して一般生活者1000ブランドにノミネートされているが、ホテル総合力では2015年以降、競合2社に抜かれている。また2022年のブランドイメージを見ると、「フレンドリー(親しみ)」「コンビニエント(利便性)」「アウトスタンディング(卓越性)」「イノベーティブ(革新性)」の4因子いずれも際立った特徴のない平均型となった。とりわけ「アウトスタンディング」と「イノベーティブ」は2013年以降、上記2社のほうが優位にある。
一方、同社が実施したビジネスホテルユーザーの動向調査を見ると、宿泊者の43%程度が女性であり、もはや「ビジネスホテルは男性ビジネスマンのもの」というかつてのイメージは崩れていることが分かる。さらに、ビジネスのみを宿泊目的とする利用者は少なく、男性の58.1%がビジネス+プライベートで、女性の75.7%がプライベートで利用している。そもそも利用目的を尋ねると、男女ともに観光が最も多く、続いてビジネス、そして推し活やスポーツ観戦も含めた趣味・レジャーが続く。
こうした現状把握をベースに、同社では2022年7月、リブランディングを宣言。新たなブランドコンセプトに基づく外部に向けたブランドコミュニケーションをスタートした。
新たな東横INNのブランドコンセプト浸透へ
この活動にあたり、サイモン・シネック氏が提唱したゴールデンサークル理論を採用。まずWHY=「なぜやるのか」の部分でコーポレートパーパスの見直しから始め、新たな企業使命として「あらゆる人の移動を応援する基地となる」を掲げた。
次にHOW=「どうやるのか」として、新しい企業使命を起点に、いかにして独自のブランドを築くかを検討。「東横INNは全国にある強みを活かし、ビジネスや観光などの出発点になりたい。この思いを『全国ネットワークの基地ホテル』という新ブランドコンセプトに込めました」(中澤氏)
さらにブランドロゴを一新。「印象に残り、東横INNであることが分かり、“出発”を感じる、といった基準のもとで、ありたい姿とお客様に提供する価値を明確に表現できるロゴを選びました」と振り返る。
(資料提供:株式会社 東横イン)
東横INNをイメージさせる新ブランドカラー“toyoko blue”の青を効果的に使ったブランドビデオも制作し、主要空港・新幹線駅の交通広告、デジタル広告、オウンドメディアで展開。Twitterキャンペーンも実施した。併せて、顧客との最も重要な接点である店舗でも看板等を一新し、“toyoko blue”をあしらったフロントや制服の導入、宿泊客の出発を応援する商品投入を進めている。また、店舗で働く全従業員をブランドアンバサダーとし、そのために企業行動指針「東横インWAY」を設定。Smile、Teamwork、Action、Relationship、Towards the futureの頭文字からSTARTと呼ばれるこの指針は、リブランディング宣言に先立つ4月に導入した。
SNS等の口コミ分析などDX施策で顧客に選ばれるブランドに
「リブランディング活動はまだスタートしたばかりですが、今後はお客様を中心に据えた活動という考え方を基本に、DXによるお客様一人ひとりに向けたシームレスな体験をお届けしていきます」と中澤氏。そのWHAT=「何をやるのか」については「ブランドコンセプトをお客様一人ひとりの体験にしたい」と語る。
顧客に選ばれるブランドになるには、まず顧客をよく知り、それぞれに最適な活動を提供することが必要だ。同社ではそのために顧客データ分析、SNS等のコメントや口コミ分析、顧客アンケート、ファンミーティング、定量・定性調査を実施。Twitterでは語句の出現回数だけでなくツイートに含まれる感情の推移も分析し、ポジとネガのピークタイミングで何があったのかを把握して対応策も講じている。また、Googleビジネスプロフィール(GBP)については、口コミ件数と評価は顧客からの重要なインプットであるため、個店単位でフォローしているとのことだ。
そのほか、効果的なアプローチに向けて独自のニーズクラスターを開発した。一般的な生活価値観に基づくニーズクラスター、ホテル選びの重視点と重視度のバランスに基づくニーズクラスターを掛け合わせたものだ。
(資料提供:株式会社 東横イン)
「当社が提供する価値として、アクセスが最も重要だと考えます。最大の強みである全国駅前立地の利便性をさらに強化するため、旅マエ予約のしやすさと、一人ひとりのニーズに合ったアドバイス、旅アトのフォロー、これらをベストにするための顧客データプラットフォーム構築、予約エンジンを含む予約サイト・アプリの大改修に取り組んでいます」と中澤氏。従来は膨大なファーストパーティーデータを有効活用できていなかったが、今後はDXによってニーズクラスター別のコミュニケーションを行い、同じくニーズクラスター別潜在需要に応じて「眠り」やペットとの移動に着目するなど付加価値の高い商品開発を進めていくという。
その一方、価格はダイナミックプライシング制をとらず、原則ワンプライス制を維持。シンプル、清潔、快適というビジネスホテルスタンダードと東横INNの特徴である「笑顔の行ってらっしゃい」も引き続き届けていくことで、顧客から選ばれる「基地ホテル」を目指すと中澤氏は語った。
ブランド・ジャパン活用事例
- 1)ブランド統一の成否、注視したのはBJでした
- 2)お客様からの評価を正直に伝えてくれる調査
- 3)一瞬にして失ったお客様との接点。本気でブランドに取り組みました
- 4)客観的なブランド価値を測る指標がほしかった
- 5)ブランド力の可視化に役立つ調査「3年で総合力100位以内目指す」
- 6)データドリブンの議論にブランド・ジャパンの調査は必須
- 7)コーポレート・ブランディングの本格的な開始を機にブランド・ジャパンを活用し始める
- 8)自社の存在意義を問い直しリブランディングを図る
- 9)「出発するホテル」としてリブランディング ブランド・ジャパンを評価指標に
- 10)サイボウズ、パーパスを原動力に“行動するブランド”として認知を高める
- 11)東横INN、持続的成長に向け、創業以来初のリブランディングに着手
株式会社 東横イン
執行役 顧客満足推進本部長 ブランド&マーケティング統括
中澤 千代子氏
2021年9月、株式会社東横イン入社。執行役 顧客満足推進本部長。
チーフ・マーケティング・オフィサーとして、リブランディング、デジタルトランスフォーメーションを推進中。東横イン入社前は、日産自動車アジア・オセアニア地域SVPリージョナルマーケティングヘッド、グローバルマーケティングコミュニケーションヘッド等々、グローバル、アジア・オセアニア、日本でマーケティング、ブランド構築のリーダーシップ・ロールを務める。
日産自動車入社以前は、広告代理店にてユニリーバ等を担当。その後、消費財メーカー3社でマーケティング部門のブランドマネジャー、マーケティングマネジャー、マーケティングディレクターを歴任。
自動車、ビューティ&ヘルスケア商品、医療用品と多種多様な消費財を対象に、グローバルに展開でき得るブランディング/マーケティング戦略の立案と実行をドライブ。
※肩書きは記事公開時点のものです。
ブランド本部 ブランドコミュニケーション部
金縄 洋右
日本最大規模のブランド評価調査プロジェクト「ブランド・ジャパン」をはじめ、さまざまなブランドコミュニケーション領域の案件を担当。