ブランド・ジャパン活用事例
「出発するホテル」としてリブランディング ブランド・ジャパンを評価指標に
リブランディングの背景や目的、今後注視するブランド・ジャパンの評価指標などについて執行役の中澤千代子氏に聞いた。
文=吉村克己
写真、構成=金縄洋右
外で活躍する人を応援する“基地ホテル”に脱皮
ビジネスホテルは安価でも古い、暗い、たばこ臭いというイメージが強かった時代にあって東横INN(運営は東横イン)は1986年に第1号店を開設、「駅前旅館の鉄筋版」をコンセプトに、一大ホテル網を築き上げた。
駅前や空港前などの好立地で清潔な客室、シンプルなサービス、リーズナブルな料金を武器に新たなビジネスホテル文化をつくったと言える。現在、国内320店舗、海外5カ国に17店舗を擁し、東海道新幹線の全駅前に店舗があるだけでなく、高知県を除く1都1道2府42県を網羅している。総客室数は7万3000室を超え、日本最大級だ。
「コロナ禍前まではインバウンド需要もあり高稼働で好調でしたが、内部では20~30代の若い世代の利用率が低いことや、競合との差別化が難しくなっているなどの課題を抱えていました。ところが未曽有のコロナ禍によってマーケット全体が縮小、特に私たちのメインターゲットであるビジネスパーソンの利用が減ってきました。お客さまから選ばれ続けるためにはいまこそ課題と向き合い、変化に対応することが必要と考えました」と、東横インの執行役であり、ブランド&マーケティング統括の中澤千代子氏はリブランディングの経緯を振り返る。
株式会社東横イン
執行役 顧客満足推進本部長 ブランド&マーケティング統括
中澤 千代子氏
今年7月に同社はリブランディングを宣言、矢印と東横INNの文字を組み合わせた青いシャープなロゴを発表した。新聞広告には「出発するホテル。東横INN」と銘打ち、「人が出発するとき、いちばん近くで背中を押す存在へ」と訴えた。ブランドコンセプトは「全国ネットワークの基地ホテル」で、ビジネスやレジャーへの中継地点として「外で活躍する」人々を応援する基地ホテルに脱皮すると宣言したのだ。
「リブランディングに先立ち5万人を超える各種宿泊施設利用者への調査を行ったところ、ビジネスホテルはビジネスだけでなくレジャー利用率が高く、特に20~30代男女ともにその傾向が顕著であることが分かりました。当社はリピーターが多いのですが、従来のコアユーザーである40~50代のビジネス利用客を大切にしながらも、幅広い目的と年代のお客さまに選ばれる存在になる必要があるとリブランディングを決意しました」と中澤氏。
リブランディングを機に「イノベーティブ」評価復活を目指す
中澤氏によれば、2000年代初頭のブランド・ジャパン(以下、BJ)調査では、現在よりもイノベーティブ(革新性)の評価が高かった。それは東横INNが新たなビジネスホテル市場を切り開いたイメージが根強かったからだ。当時の30代ビジネスパーソンがいまのコアユーザーになっている。しかし2010年代以降、フレンドリー(親しみ)、コンビニエント(利便性)の評価が上がる一方、かつては強みだったイノベーティブ評価が落ちてきている。アウトスタンディング(卓越性)の評価も伸び悩んでいる。この評価結果について中澤氏は「選ばれるビジネスホテルになるためにはやはりイノベーティブとアウトスタンディングの評価を上げる必要があります。来年度以降のBJではこれらをKGI(重要目標達成指標)として重視していきます」とBJで今後ウオッチすべき指標について説明する。
7月1日に発表した矢印と東横INNの文字を組み合わせた青いシャープな新ロゴ
現在、新ブランドに沿ってホテルの看板類を新ロゴに変更中で、10月末までには完了予定だ。同時にフロントの制服も刷新、7月からはワンランク上の宿泊体験ができる「プレミアムプラスルーム」を一部店舗に導入、睡眠の質を向上させるマットレスや快適なシャワーヘッドなど5つのプレミアムアイテムを設置した。すでに数万件規模の予約が入るなど、好調なスタートを切ったという。
このほか、ホテル出発時のドリンクサービスや電動キックボードLUUPの設置なども徐々に実施するなど、基地ホテルとして「最高の行ってらっしゃい」を提供する。
「ビジネスホテルを利用する目的はビジネスの場や観光地など“外”にあります。快適な宿泊である“内”はもちろんのこと、外での活躍を応援することが私たちの役割です。最も重要なことはお客さまが笑顔で出発できるような従業員の接遇。そのため、働き方改革を実施、機械化できる部分を進め、従業員が余裕を持って応対し、お客さまの満足度を新しい技術で測定しようと考えています」と語る中澤氏は、今回のリブランディングでは従業員のモチベーションを向上させるインターナルブランディングの役割も重視していると語る。
「コーポレートパーパスを『あらゆる人の移動を応援する基地になる』と決め、今年3月にまず社内で発表しました。同時に行動指針として『東横イングループの社員は、「商売を楽しみ」、お客さまの「出発、START」を応援します』という“東横インWAY”を策定しました。
従業員も東横INNがちょっと時代に遅れてきたという感じを持っていたので、今回、黒田麻衣子社長が先頭に立って行っているリブランディングを支持し、モチベーションも上がりやる気になってくれています」と中澤氏は手ごたえを感じている。
同社は女性社員の比率が高く、全社で7割を占め、役員も5割に達する。さらに特徴的なことは各店舗の支配人の90%が女性であることだ。「旅館の女将のように経営から接遇まで担うような高い意識を持った支配人が多い」(中澤氏)とのことで、彼女たちが本気になれば、新たな基地ホテルが実現するはずだ。
「今後、誠実で真面目だがウイットのあるブランドイメージを作り上げたい」と中澤氏。リブランディングは好調なスタートを切ったようだ。2023年以降のブランド・ジャパンの「東横INN」の評価に注目していきたい。
ブランド・ジャパン活用事例
- 1)ブランド統一の成否、注視したのはBJでした
- 2)お客様からの評価を正直に伝えてくれる調査
- 3)一瞬にして失ったお客様との接点。本気でブランドに取り組みました
- 4)客観的なブランド価値を測る指標がほしかった
- 5)ブランド力の可視化に役立つ調査「3年で総合力100位以内目指す」
- 6)データドリブンの議論にブランド・ジャパンの調査は必須
- 7)コーポレート・ブランディングの本格的な開始を機にブランド・ジャパンを活用し始める
- 8)自社の存在意義を問い直しリブランディングを図る
- 9)「出発するホテル」としてリブランディング ブランド・ジャパンを評価指標に
- 10) サイボウズ、パーパスを原動力に“行動するブランド”として認知を高める
- 11) 東横INN、持続的成長に向け、創業以来初のリブランディングに着手
株式会社 東横イン
執行役 顧客満足推進本部長 ブランド&マーケティング統括
中澤 千代子氏
2021年9月、株式会社東横イン入社。執行役 顧客満足推進本部長。
チーフ・マーケティング・オフィサーとして、リブランディング、デジタルトランスフォーメーションを推進中。東横イン入社前は、日産自動車アジア・オセアニア地域SVPリージョナルマーケティングヘッド、グローバルマーケティングコミュニケーションヘッド等々、グローバル、アジア・オセアニア、日本でマーケティング、ブランド構築のリーダーシップ・ロールを務める。
日産自動車入社以前は、広告代理店にてユニリーバ等を担当。その後、消費財メーカー3社でマーケティング部門のブランドマネジャー、マーケティングマネジャー、マーケティングディレクターを歴任。
自動車、ビューティ&ヘルスケア商品、医療用品と多種多様な消費財を対象に、グローバルに展開でき得るブランディング/マーケティング戦略の立案と実行をドライブ。
※肩書きは記事公開時点のものです。
ブランド本部 ブランドコミュニケーション部
金縄 洋右
日本最大規模のブランド評価調査プロジェクト「ブランド・ジャパン」をはじめ、さまざまなブランドコミュニケーション領域の案件を担当。