統合報告の開示術

ESG対応だけでない、統合思考の活用法

  • 松﨑 祥悟

    SDGsデザインセンター コンサルタント 松﨑 祥悟

ESG対応だけでない、統合思考の活用法|CCL.|日経BPコンサルティング

統合レポートは、日本国内においてもすでに500社以上の企業が発行しているといわれる。ただ、その多くはESG投資を意識し、株主・投資家目線での情報開示を主目的にしている。それに対してセイコーエプソンの統合レポートは、同社製品を活用する顧客目線のメッセージも同時に発信することで、顧客と直接向き合う営業部門などのコミュニケーションツールにも活用できる内容に仕上がっている。これまでの経緯や統合レポート制作にあたっての意識について、セイコーエプソン広報IR部課長の戸來元栄氏と同部エキスパートの立石祐二氏に話を聞いた。
聞き手=松﨑祥悟 / 文=斉藤俊明


営業現場や採用活動にも統合レポートを活用

統合レポート制作に対する考え方がこれまでどのように変わってきたのか、その変遷を教えてください。

戸來 初めて統合レポートを発行したのが2017年度で、今年度が3年目になります。1年目の2017年度は、やはり株主・投資家向けというのが主目的でした。

2017年4月に経営理念を一部改定し、社長の碓井が就任当時からメッセージとして発信してきた「なくてはならない会社」という言葉を追加しました。ここには、エプソンの製品やサービスを通じて世の中に貢献していくという思いが込められています。

これを受けて2018年度、社長から統合レポートをBtoB向けの販売にも使えるツールにしたいという指示がありました。そこで、株主・投資家向けに加え、当社製品を使っていただく顧客企業にも向けたツールにすることを目指しました。ただ編集過程で、株主・投資家と顧客では関心事が異なるという意見が出たため、2019年度は原点に返り、株主・投資家をメインターゲットに据えつつ、顧客に環境負荷低減を図っていただきたいという思いも込めて、環境や生産性向上にフォーカスした特集記事を掲載しました。これにより、当社の持続可能性に向けた活動に興味を持つ幅広い層に訴えるツールになったと考えています。2020年2月に発表された、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の国内株式運用機関が選ぶ「優れた統合報告書」にも選定いただいています。

(参照)エプソン 統合レポート 2019

統合レポートの配布先を教えてください。

戸來 株主・投資家には訪問時に渡したり、決算説明会で配ったりしています。一方で、国内の販売会社であるエプソン販売からは、当社のパートナーとなる量販店や代理店のトップに送っています。やはり製品を販売するパートナーなので、当社のビジネスに対する考え方を理解してほしいという趣旨です。それ以外では、製品説明会やエコプロなどの展示会でも配布しています。

手応えはいかがですか。

戸來元栄氏セイコーエプソン株式会社
広報IR部 課長
戸來元栄氏

戸來 アンケートを取っているわけではないので直接の反応はわかりませんが、2018年度版は2回増刷しました。2017年度版で在庫が余り、サステナブルなビジネスを訴えているのに在庫を廃棄するのは良くないという声が上がり、2018年度は余裕を持たせず印刷したのですが、フタを開けると様々な場所で活用され、増刷に至りました。そこから察するに、評判は良かったのだろうと思っています。2018年はオフィスで使用済みの紙から新たな紙を生産できる「PaperLab(ペーパーラボ) A-8000」が第1回エコプロアワード経済産業大臣賞を、また一般的なレーザープリンターと比べて約8分の1の低消費電力を実現するインクジェットプリンターが省エネ大賞資源エネルギー庁長官賞を受賞したこともあり、需要が増えた面もあるかもしれません。

製品の価値としてサステナブルであることに関心を持つ顧客企業が増えており、販売会社のトップも強く意識しているようです。いまでは営業に統合レポートを持っていくように指示していると聞きました。

立石 いきなり製品の説明に入るのではなく、会社の方向性や社会貢献の目的を伝え、それを実現するのがこの製品だという形にしたほうが、製品の価値や社会課題との関わりを具体的に理解していただけるので、営業ツールとして使いやすいという声を聞いています。それ以外では、採用活動や内定者向けにも配布しています。当社について理解を促し、エプソンとはこういう会社なんだと共感を得るためのツールとして活用しています。

“サステナビリティ”がコミュニケーションの中核に

いまの学生はSDGsをはじめサステナビリティに強い関心を持っているようです。採用活動でもそういった反応を得られますか。

立石 入社前にCSRに関連するWebサイトを見たり、統合レポートを読んだりする学生が増えているという話は聞いています。学校でサステナビリティについて教えるケースも増えているようで、SDGsに対する取り組みを明確にしていない会社には行かないと考える学生が増えているのでしょう。

統合レポートで取り組みにSDGsのアイコンを付ける狙いは何ですか。

戸來 どちらかといえばまだ会社側からのアピールという点が強いのかもしれませんが、少なくともSDGsが価値を表すシンボルの一つという位置づけになっているのだと思います。プリンターでいえば、消費電力の低さはそれ自体が価値ですし、印刷速度や美しさも当然価値ですが、そういった価値の一つに環境や持続可能社会への貢献が組み込まれてきたのでしょう。それを伝えるツールとしても統合レポートは役立っています。

統合レポートは英語版も制作されています。この目的は何ですか。

戸來元栄氏セイコーエプソン株式会社
広報IR部 エキスパート
立石祐二氏

立石 主に海外の販売会社向けに使っています。とりわけ欧州では、こういったコミュニケーションが取引を行うためにクリアすべき基本条件となっており、必須のツールです。

その点、欧州に比較して米国はまだ遅れている部分もありますが、その米国でもESG経営に舵を切る動きが出てきており、今後は変わってくるでしょう。例えば顧客企業から、電子機器業界のサステナビリティ推進機関であるRBA(責任ある企業同盟)への賛同を要請されるとともに、賛同する企業との取引を優先する方針が示されました。米国でもサステナビリティがなくてはならないコミュニケーションツールになってきたと感じました。

SDGsをよりどころに製品を開発する

2019年度版では価値創造ストーリーを見直しました。なぜ見直したのですか。

戸來 それまでマテリアリティの数が多いという課題がありました。もともとは29、最重要テーマだけで16もあったのです。これでは投資家とコミュニケーションする中で、当社がフォーカスする部分が見えにくいという意見をいただいていました。今回は整理統合してマテリアリティを6つに絞り、そこを基点にしたストーリーとして再構成しました。
マテリアリティが絞られたことで、投資家からは当社が何をしたいのかがわかり、対話の出発点を理解できるようになったと評価をいただいています。

マテリアリティを絞るのは大変な作業だと思います。

戸來 経営企画部門と連携し、3月に公表した「Epson 25 第2期中期経営計画」と歩調を合わせる形で整理しました。社長がオフィス環境と生産現場の革新を進めていくと常々言っており、そこを意識して絞っていきました。また、2018年に改定した環境ビジョンに「産業構造の革新」「循環型経済を牽引」という言葉が入っており、これと整合させることも意識しました。

図 「エプソンの価値創造ストーリー」

「Epson 25 第2期中期経営計画」にあわせて整理統合し直したマテリアリティを基点に描き直したエプソンの「価値創造ストーリー」
出展:「エプソン 統合レポート 2019」(P.5-6)より

SDGsとの関連では、17目標の小数点以下のターゲットも掲載しています。

戸來 具体的なターゲットに紐付けておかないと、それをもとに話ができなくなるので、開示しました。2018年から新しい技術を社内で共有する展示会を行っていますが、製品開発の段階からSDGsを意識し、どのような価値があるのかを可視化して取り組むようになっています。これは現場の社員に目的意識を植え付ける意味でもいい動きだと感じています。技術者が独り善がりな開発をしないようにするためにも、SDGsはよりどころになると考えています。

そこにはやはり碓井社長の強い思いがあるのでしょうか。

お二人に話を聞くSDGsデザインセンターのセンター長古塚(右)と松﨑(左)

戸來 社長が「なくてはならない会社」というメッセージを就任当時から伝えているのは、やはり社会に認めてもらわなければ企業としての発展は望めないという思いが背景にあるからでしょう。結局、社会から価値を評価していただかないと、評価の対価としての利益を得られませんし、評価されて得た利益をもとに技術開発を重ね、それによってまた社会への貢献度が高まっていきます。そうした社長の思いが取り組みの軸となっていることは確かです。

最後に、製品を通じて提供する価値を率先して実践している事例があれば教えてください。

戸來 実は2019年からユニークな活動を始めました。環境配慮型オフィスのデモセンターで、「PaperLab」で作った再生紙に低消費電力プリンターで統合レポートを印刷し、顧客企業をはじめ来訪された方に実際に見ていただきます。使う紙も印刷するプリンターもサステナブルなものなので、統合レポートの内容と合わせ、オフィスでの紙の循環サイクルを当社も実践していることをお見せできると考えています。

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古塚 浩一

デジタル本部副本部長 兼 SDGsデザインセンター長
古塚 浩一

カスタムメディアのプロデューサー、ディレクターとして主にBtoB領域の企業コミュニケーションを支援。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞(三井物産)、日経電子版広告賞BtoBタイアップ広告部門賞(三菱商事)等受賞。

SDGsデザインセンター コンサルタント
松﨑 祥悟(まつさき・しょうご)

これまでCSRレポートや統合報告書だけでなく、採用ツール、会社案内などの企業が発信すべき情報をステークホルダーに対応した形でお届けするカスタムメディアの制作に従事。紙、映像、Web、リアルイベントなど媒体ごとの特性も生かし、コミュニケーションを通じた企業の価値向上を支援。SDGsデザインセンター、周年事業センターのコンサルタント。

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