『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~②

共感を生むブランドストーリー ~乃村工藝社のステークホルダーエンゲージメント戦略とその好影響~

  • 藤本 淳也

    マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部 兼 ブランド本部 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント 藤本 淳也

乃村工藝社は、舞台やイベントの装置、場面転換の仕掛けづくりを営む会社として1892年に創業。1970年の日本万博博覧会で多数のパビリオンを手掛けたことを機に事業を拡大し、現在は様々な空間領域の企画制作を一気通貫で行える企業として知られている。乃村工藝社のビジネスプロデュース本部 ブランドコミュニケーション部 部長の田中摂氏に、社内外に対するブランド戦略とその影響について語っていただいた。

2024年9月5日開催 企業価値向上セミナー
「『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~」より

文=小林渡 構成=藤本淳也

技術と伝統を誇る『一流の黒子』が発信の必要性に迫られる

私たちの暮らしの中で、何気なく接しているものの一つが空間領域のデザインだろう。百貨店や専門店、テーマパークや観光施設といった場所では、訪れる人がおしゃれな雰囲気や、とっておきの体験を感じるような造作が施されている。空間領域とは、デザインと建築、ディスプレイなどをトータルでとりまとめ、空間を演出するもので、「乃村工藝社は、人が集う空間に求められるサービスを総合的に提供する会社であり、調査・企画・コンサルティングから、デザイン・設計、制作・施工、運営・管理まで、一気通貫で提供できるという点で、珍しい会社です」と田中氏は語る。

出典:乃村工藝社

創業から130年を超え、2023年は年間で3000社に上る顧客との取引があり、その約8割が継続顧客だという。顧客ロイヤルティが高く、ステークホルダーからのブランド認知は「専門領域に強い」「個性的である」「伝統がある」「一流である」と、おおむね高い評価を得ている。これには「乃村工藝社が長年培ってきた、最高の空間づくりでお客さまの事業を成功に導き、自分たちが目立つ必要はないとする、“黒子に徹する文化”があった」と田中氏は分析する。一方で、乃村工藝社や空間づくりの業界を知らない層が多いことに、以前から危機感も感じていた。空間づくりの魅力を社外に知ってもらいたい、自社で取り組む社会課題に対する活動を知らせたいという現場の声も上がり、情報発信強化のために広報部を管理部門から事業部門へと移管した。「これにより、事業サイドと密に連携を取りながら、対外的なコミュニケーションを強化する方針へと刷新した」という。

ただ、積極的に情報発信を増やせばいい、というわけではない。実際、乃村工藝社でも情報発信へとかじを切るには、対外的に伝わりにくい表現や造語が多かったり、発信内容に一貫性がなかったりといった課題があった。特に「それまでリアルでのコミュニケーションに重点が置かれていたため、コーポレートサイトの機能が古く、SNSの運用も消極的と、デジタルコミュニケーションの弱さが露呈。これはコロナ禍で必須となったデジタルコミュニケーション力という点でも打撃だった」と田中氏は当時のコミュニケーションに対する課題を振り返る。結果的にこれがブランドコミュニケーションの基盤整備へと進む要因となった。

1冊の本をつくったことで、社員の価値が明らかに

「会社としての中期経営計画が満了することや、創業130年を迎えるなど、社内的にこれからの会社のブランディングについて考えるタイミングが重なった」と田中氏。“新生ノムラを考える協議会”として、社員による新ビジョンの検討会が行われ、社内アンケートや新会長、新社長のヒアリングを重ねる中で、「経営理念と社員が共有する価値観のノムラマインドに対して、社内で高い共感があること。そして、社員のクリエイティビティこそ会社の価値であるということが社内で共有できた」と話す。これにより、経営理念、ミッション、ビジョン、ノムラマインドという、ブランディングの基盤が整った。

ブランドコミュニケーションの施策を立てる際、強い共感を呼ぶこととなったのが、2023年2月に出版された「『しあわせな空間』をつくろう。―乃村工藝社の一所懸命な人たち―」(日経BPコンサルティング)という1冊の本の存在だという。「お客さまにもご協力いただいて、当社が携わった13のプロジェクトを取り上げ、新しい空間の価値や、それを創造する仕事の進め方を関係者に聞きながら、具体的なストーリーとしてまとめた本です」と田中氏は説明する。出版後はイベントで本書籍をテーマとしたブースを出展し、会場を訪れた数百名のお客さまに対し、社員たちがそれぞれ書籍について解説をするという展示を行った。

「1冊の本を制作したことで、インナーとアウター双方に大きな効果があった」と田中氏は語る。インナー側は、自分たちの仕事内容が本にまとまったことにより、社員の誇りとなり、ミッションやビジョンの浸透、社内のナレッジ共有につながった。また、アウターに対しては、なかなか説明の難しい空間づくりのプロセスが分かりやすく解説され、それによって乃村工藝社がもつ可能性や、社員の一所懸命な姿勢も伝わるようになった。採用面でも、本そのものが企業分析や理解促進の一助となるため、学生とのコミュニケーションも円滑になり、プラスに働いたという。田中氏は、社内コミュニケーションの観点からもたくさんの気づきがあり、「現場のストーリーを通じて空間の価値や、社員の姿勢、企画やデザイン力、技術の高さ、企業カルチャーなどが、社員のインタビューからあふれ出ていることにも注目した」と1冊の本をきっかけに生まれた社内の変化について語った。

社員の言葉と人となりを、会社のコミュニケーションに活用する

企業コミュニケーションの主な手段として、広報や広告の他、WebサイトやSNSの運用など様々だが、田中氏によれば「乃村工藝社のブランドのタッチポイントの多くは社員がつくっており、社員を起点としたブランドコミュニケーションの重要性を再確認した」という。そこで、社員へのインタビューを通して、空間づくりのプロセスや専門性を発信する「WE ARE NOMURA」というコンテンツをバージョンアップし、コーポレートサイトの中に組み込んだ。

また社員自らが手がけた新オフィスそのものが、社員を通じたブランドコミュニケーションの発信拠点として重要な場所になると再確認。そこで、社員によるオフィスツアーやイベントを対外発信に活用したり、オフィスからのセミナー配信やロケ地として提供したりするなど、オフィスと社員を積極的に発信していくようにした。「社員を起点にしたコミュニケーションという軸が定まったことで、会社の公式Xや、社員の日頃の取り組みや空間に対する考察を発信する『nomlog(ノムログ)』でも、一貫したコンセプトで発信が行われるようになった」と田中氏は語る。

様々な社員の知見を基にしたブランドコミュニケーションについて田中氏は、部門単独で行うのではなく、経営戦略として全社横断的に連携することが大事なポイントとなると話す。例えば、ミッション・ビジョンにかかげている「クリエイティビティ」を発揮した社員や組織を表彰する社内アワードを人事部門が実施し、表彰されたプロジェクトのナレッジ共有を図るため、ブランドコミュニケーション部が社内ウェビナーを実施したり、対外的な機関紙でプロジェクトストーリーとして掲載するなど、部門連携で取り組んでいる。「人を起点としたインナー、アウターのコミュニケーションが相乗効果を生み、企業理解やビジネス機会のみならず、採用にも良い影響を与えている」と田中氏は取り組みの進捗を明らかにする。
長期的な企業価値向上に向けて、「広報・採用・IRまで含めた組織横断のさらなる連携や、創業時代からのスピリットを次世代につなぐために歴史資産の保管や活用を進めていきたい」と締めくくった。

2024年9月5日開催 企業価値向上セミナー
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[講演①&事例紹介]形だけで終わらせない、人的資本開示 人的資本理論の実証化研究会 共同座長 Institution for a Global Society株式会社代表取締役社長 福原 正大 氏

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連載:「『ブランディングの力』~BtoB企業のブランド価値を高めるコンテンツ戦略 優秀人材の獲得から業績向上まで~」

藤本 淳也

マーケティング本部 ビジネスアーキテクト部
兼 ブランド本部 大学ブランド・デザインセンター コンサルタント
藤本 淳也ふじもと じゅんや

インターナルコミュニケーションや教育、HR、音楽などの様々な領域で、企画編集/マーケティング/プロダクトマネジメントに従事し、2022年に現職。コンサルティングから課題設定、ストーリーメイキング、各種制作と、コミュニケーション支援を幅広く担当している。

※肩書きは記事公開時点のものです。