「人的資本」と「脱炭素」の戦略を考える⑤

TCFDへの対応においてスコープ3算定が重要になる理由とは

  • 古塚副本部長2020

    サステナビリティ本部 本部長 古塚 浩一

カーボンプライシングの手法が採用され始めるなど、企業のCO₂排出量は今後いっそう情報開示が求められ、企業価値へのインパクトを強めていくことが想定される。企業はいま、気候変動・脱炭素の課題にどう取り組むべきか。株式会社ウェイストボックスの代表取締役で、炭素会計アドバイザー協会代表理事も務める鈴木修一郎氏に、TCFD対応においてスコープ3算定から始めることの重要性を伺った。

2022年9月15日開催
「企業価値向上セミナー『人的資本』と『脱炭素』の戦略を考える」
特別講演④:「Scope3の算定からはじめるTCFD対応」より

文=斉藤 俊明
写真=木村 輝
構成=古塚浩一、金縄洋右

TCFDが企業に求める開示内容とは

2006年創業のウェイストボックスは、CO₂をはじめとする温室効果ガス(GHG)の評価技術を柱に、TCFDへの対応を含めたスコープ3の排出量見える化、SBT(パリ協定が求める水準に即した科学に基づくGHG排出削減目標設定)の進捗評価など、国際規格に対応する情報開示の支援を主力事業とする会社だ。森林吸収・ブルーカーボンといった投資に対する事業性評価、リユース・リサイクルや再生可能エネルギー導入による社会への貢献量の可視化などの事業も展開。CDP認定の気候変動コンサルティング&SBT支援パートナーとしても活動している。

鈴木氏は最初に、カーボンアカウンティング(炭素会計)のサイクルを示した。まず国際規格に基づく現状把握を行い、次に国際水準の目標を設定。その目標に即して削減の取り組みを経営に統合し、着実に実施して、1年間の活動を財務報告とともに情報開示していくという流れだ。そしてこの取り組みが、TCFDへの対応にもつながると言う。

TCFDは2017年公表の最終報告書で、低炭素社会への移行に際して企業に生じ得る移行リスク、気候変動による災害等で発生し得る物理リスクの2つを気候関連リスクと定めた。鈴木氏は、「TCFDではこれらについて分析し、非財務情報の一部として開示していくことを求めている」と説明し、TCFDが開示を求める項目の中で特に重要なポイントが2つあると指摘する。

鈴木 修一郎 氏

株式会社ウェイストボックス
代表取締役 鈴木 修一郎 氏

1つは「戦略」に関する要求の中に位置付けられるシナリオ分析だ。地球の平均気温上昇を1.5度(ないし2度)に抑えていくシナリオと、そうではないシナリオに分けて分析することを挙げる。そしてもう一つは「指標と目標」における要求で、スコープ1,2,3のGHG排出量を把握し、それに対して目標設定と進捗状況の開示を求めている。「この中でスコープ3の重要性が年々高まっています」と鈴木氏は強調する。

スコープ3は言うまでもなく、事業者自らの直接排出(スコープ1)や他社から供給される電気・熱・蒸気等の使用に伴う間接排出(スコープ2)だけでなく、事業活動における上流・下流のすべての排出量を含めて報告するという考え方である。国際水準の目標設定であるSBTでもこのスコープ3を含めて行うことになる。

「重要性が高まるにつれ、スコープ3を含むスコープ1,2,3に求められるレベルが上がっている」と鈴木氏。スコープ1,2,3を把握する上で留意すべき5つのポイントを提示する。

1つ目は組織の対象範囲のカバー率で、財務会計上の報告範囲とおおむね一致し、基本的には全てを網羅的に把握することが必要だ。2つ目は、エネルギー起源CO₂以外のGHGの計測。化石燃料の燃焼によるCO₂だけでなく、工業プロセス等から出るCO₂、メタン・一酸化二窒素といったCO₂以外の温室効果ガスの排出やフロンの漏洩にも注意すべきだとする。

3つ目はエネルギー属性証書・クレジット(排出権)の取り扱い。エネルギーが再エネ由来であることを証明する再エネ証書の利用は目標達成のための削減手段の1つになるが、クレジットはならない。4つ目はスコープ3の対象活動を漏れなく把握すること。スコープ3は広範囲で活動の種類によって15のカテゴリに分類されるが、一部のカテゴリやカテゴリ内の一部の活動を正当な理由なく算定対象から外すことはできない。例えば、カテゴリ15投融資先の排出量はこれまで金融機関以外には関係ないとして対象外とするのが一般的だったが、該当する活動が本当にないのか、ある場合はその影響はどの程度なのか、把握した上で判断するプロセスを排除してはいけないという再認識がされ始めている。また、スコープ3は企業のバリューチェーン上の全ての排出を対象としているが、企業が自社で使ったり企業のバリューチェーン上の他社が使う燃料について、その燃焼時の排出だけではなく、前段階である燃料の採掘・輸送などの上流排出も漏れなく把握することも言われ始めています。「以前は、スコープ3は取れるところで取りましょうといわれていましたが、最近はTCFDなど財務会計の報告とともに炭素会計についても報告することが一般的となったことから、こうしたさまざまな点を含めて算定する必要性が出てきています」と鈴木氏は話した。ちなみに、財務会計上の報告範囲と概ね一致する範囲を確保することについては、連結企業の財務報告を行っている大手企業の場合は連結対象も含めることが求められているという。

問われる脱炭素社会実現への本気度

また、いわゆる「ネットゼロ」に関しては、現時点でいくつかの解釈があるものの、基本的にはSBTイニシアティブが示しているものを目指していくことになると鈴木氏。「まずはスコープ3を含めて把握し、中間SBT水準まで減らしていく。そしてネットゼロ目標まで真水で減らし、それでも排除できない残存排出分については、同量のCO₂を林や海の力を用いて吸収・中和する炭素除去等によって永続的に減らしていくことになります」と補足した。最近では、カーボン・オフセットなど、実際の排出削減にはならなくとも、地球全体での気候変動対応の促進に貢献する取り組みも条件付きで再評価されるようになってきたという。

平均気温上昇1.5度の目標を守るため、あらゆる人々が努力し、厳しい排出規制を許容する社会。一方で、企業は脱炭素に対して口だけで終わり、政府や消費者も変わらず、結果的に平均気温が4度を超えて上昇してしまう社会。前述のようにTCFDではおおまかにはその2つのシナリオに分け、定量分析を行っていく。「その際、スコープ1,2,3排出量が基礎的情報となります。排出量が大きいポイントは気候関連リスクやその逆の気候関連機会のポイントにもなり得るからです。数値としては多くの会社で炭素税の影響の分析にスコープ1及び2の数字が使われていますが、大量にエネルギーを消費する材料やプラスチック材料等の分析等、スコープ3の数字を活用できる部分もあります。そのため、TCFDに関してはスコープ3から始めることをおすすめしています」と鈴木氏は繰り返し強調した。

実際のスコープ3削減は、従来のビジネスの延長線上の取り組み、例えば製造に使うエネルギーを100から90にするといった発想の対策では恐らく難しいだろうと鈴木氏。そうではなく、ビジネスのあり方そのものを変えていくことを提唱する。

「モノ作りであれば化石燃料ではなく持続可能なエネルギーを使う、あるいはそもそもモノをたくさん作らずサブスクリプションのような形で多くの人が利用できるようにしていくなど、ビジネスモデルの変更も含めた対応が必要です。そしてそのときは、自社のみでなく、サプライチェーンや顧客とともに活動していく、つまり協働が大切になってくるでしょう」と、最後に語った。

企業価値向上セミナー「人的資本」と「脱炭素」の戦略を考える
特別講演④ :
「Scope3の算定からはじめるTCFD対応」
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鈴木 修一郎 氏

株式会社ウェイストボックス
代表取締役社長
鈴木 修一郎 氏

1975年、埼玉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。事業会社を経て、2004年に環境コンサルティングを専門とする株式会社リサイクルワン(現・株式会社レノバ)入社。主に不動産における環境デューデリジェンス業務に従事。
2006年2月に独立し、株式会社ウェイストボックスを設立。2018年~2020年に環境省が実施した、脱炭素経営による企業価値向上促進プログラムにおける支援窓口を担当。 現在、炭素会計を軸とする事業で、東証プライム上場企業約230社の気候変動に関するアドバイザリーを務める。
また、2020年には、著名な国際環境NGOであるCDP(英国)の気候変動コンサルティング&SBTパートナーとして国内唯一認定され、SBT目標設定やTCFDに対応した情報開示、CDP質問書への回答支援を行っている。

※肩書は記事公開時点のものです。

古塚 浩一

サステナビリティ本部 本部長
古塚 浩一

2018年、日経BPコンサルティング SDGsデザインセンター長に就任。企業がSDGsにどのように取り組むべきかを示した行動指針「SDGコンパス」の5つのステップに沿って、サステナビリティ経営の推進を支援。パーパスの策定やマテリアリティ特定、価値創造ストーリーの策定から、統合報告書やサステナビリティサイト、ブランディング動画等の開示情報をつくるパートまで、一気通貫でアドバイザリーを行うことを強みとしている。2022年1月よりQUICK社とESGアドバイザリー・サービスの共同事業を開始。ESG評価を向上させるサービスにも注力している。