科学技術研究で未来を共創する奈良先端科学技術大学院大学
聞き手=大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一/文=北湯口 ゆかり
奈良先端科学技術大学院大学は、学部を置かない独立大学院という先導的な試みのもと設立されたそうですが、その背景にはどのようなものがあったのでしょうか。
塩﨑 2021年に創立30周年を迎えた奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)は、「科学技術の進歩と社会の発展に寄与する」という目的のもとで設立された国立の大学院大学です。現代社会の基盤を支える情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学という三つの基幹分野と、それらの融合分野に特化して最先端の研究を進めるとともに、高度な研究活動を教育の中心に据えた人材育成を図っています。開校当初は基幹分野ごとに研究科を設けていましたが、2018年からは「先端科学技術研究科」に統合。現在は、1研究科3領域の体制となっています。
本学の大きな特徴が、学部のない、独立した大学院大学であることです。学問体系に沿って設けられる学部を持たないことで、科学技術の発展により新たな分野が生まれてきた場合にも、柔軟に組織を再編していくことができます。
国立大学法人
奈良先端科学技術大学院大学 学長
塩﨑 一裕 氏
また、独立した大学院として多様な大学の卒業生を受け入れています。日本では多くの学生が、同じ大学内の大学院に進む内部進学を選んでいるため、学生の流動性が低く、得られる経験や人的ネットワークが広がりづらいと考えられてきました。独立大学院の設置によって流動性を高めることで、日本の高等教育の活性化も期待できることから、実験的な意味合いを含みつつ、奈良先端大は設立されたのです。
創設以来、本学には山中伸弥教授(現在は京都大学iPS細胞研究所所長)を筆頭に、国内外から優れた研究者が集まり、世界トップレベルの科学技術研究を追求してきました。その結果、文部科学省「研究大学強化促進事業」の対象となる全国22機関の一つに選ばれるなど、高い評価も得ています。教育面でも、高度な専門性を持った優秀な人材を継続的に輩出していますので、独立した大学院大学の教育研究組織としての機能性は実証されたと自負しています。
学長に就任するとともに「学長ビジョン2030」を掲げられました。その内容や狙いについて、お聞かせください。
塩﨑 「学長ビジョン2030」は、2030年を見据えた、奈良先端大の方向性を示す四つのビジョンで構成されています。各ビジョンには、ビジョン実現に向けた中長期にわたる「目標」を四つずつ、合計16設けています。さらに、ビジョンや目標達成のための主要な施策となる「戦略」が、目標と同じ数だけ定めてあります。
奈良先端科学技術大学院大学の
未来を見据えた「学長ビジョン2030」
学長ビジョン2030の核となるキーワードが「共創」です。本学は国内外から留学生を含め多様な学生を受け入れ、教職員もさまざまな背景を持つ多様な人材が集結しています。その多様性の高さから新しい価値が生まれるキャンパスコミュニティーを形成したい、それが私のこだわりの一つでした。
コミュニティーに属するメンバーの一人ひとりが「皆で力を合わせて、このコミュニティーを良くしていこう」という共創意識を持つことができれば、コミュニティー創造性・生産性は高まります。奈良先端大は大規模大学ではないので、誰もがコミュニティーの全体像を把握しやすく、また、コミュニティー意識も持ちやすいのではないかと考えたのです。
そこから構想を深めたのが、ビジョン2の「新たな価値を共創するキャンパスコミュニティーの醸成」です。コミュニティー全体の帰属意識を高めて、課題解決に向けたアイデアを共有し、新しい価値を創造していく。一体感のあるキャンパスコミュニティーを醸成できるように、大学としての仕組みづくりを進めています。
多様性を武器として、「共創」をキーワードに、新たな大学像を見いだしていくということでしょうか。
塩﨑 その通りです。私が20年近くを過ごした米国は多民族・多文化の社会ですから、多様性がいかにパワーの源になるか、いかに重要であるかを常に意識させられました。特に科学研究の分野では、多様な人がいれば、多様な視点、多様な考え方、多様なアプローチが持ち寄られるので、素晴らしい成果につながるという考え方が非常に強い。コミュニティー全体が前向きになります。先端科学技術を追求する上でも、その意識はとても重要だと思うのです。
海外に行くまでもなく、奈良先端大の学生の4人に1人は留学生です。さまざまな国から来た留学生と一緒に過ごしていると、多様性が日常になります。文化的なバックグラウンドの違いを互いに受け入れ、尊重していくことで、自然と寛容性や柔軟性が身に付いていく。それは、本学を卒業して社会に出てからも、自身の強さになってくれるはずです。
共創意識に関しては、学内だけでなく、学外へも波及させよう、輪を広げていこうという構想を展開しています。それが、ビジョン3の「社会との共創の輪の拡大」です。
奈良先端大は、以前から国際的なネットワークが強いので、海外大学とのさらなる連携強化を図る他、地域の自治体や企業などと共創の輪を広げていけば、大学としても格段にパワーアップできるでしょう。そうした新しい奈良先端大の姿を創出したいと考えています。
「共創」という視点で、キャンパスコミュニティーを醸成することをビジョンに掲げる大学は、まだ少ないと思います。まずは、情報を広く共有するための学内広報の推進などが考えられますが、すでに具体的な施策は進められているのですか。
塩﨑 一例として、目標7戦略7でも掲げている「足元からのブランディング」の取り組みをすでに進めています。本学の教育研究の成果や優位性に関しては積極的に情報を発信し、キャンパスコミュニティー全体で共有することで、奈良先端大への誇りと帰属意識を高めてもらうことが狙いです。
私も就任して日が浅く、学内で知らないことも多いため、6月から「Drop-in学長オフィスアワー」というオンライン交流を始めました。Drop-inとは、「ふらっと立ち寄る」という意味で、教職員の方と気軽に情報共有や意見交換ができたらと考えています。ウェブ会議ツールを活用して、すでに数回開催しましたが、顔合わせのような感覚で自己紹介をしてくださり、「こんなことをしてみたい」という意見や質問を投げ掛けてくださる方もいて、好評のようです。
10月からは、「NAISTep 」という学長室ニュースレターも発刊し、お知らせやメッセージを発信し、意見の募集も呼び掛けています。こうした学内広報を推進することで、風通しの良いコミュニケーションが生まれてくれることを願っています。
地域共創や社会との関係性に関しては、具体的にはどのように深めていこうと考えていらっしゃいますか。
塩﨑 本学は先端技術を研究する大学院大学ですから、ビジョン1に示したように、先進的な科学技術を追究して社会課題の解決に取り組み、イノベーション人材・リーダー人材を育てていくことが、大切な役割であると思っています。そのための前提として、社会とつながりを持ち、関係性を温めておく必要があります。
本学は、大学入試の対象ではないので、大学としての知名度が必ずしも高くありませんし、「先端科学技術」というと何か難しいものとして距離を置いてみられがちです。そこで、今年度から「地域共創推進室」を設置し、自治体や地元企業との連携を働き掛けています。また、本学が所在する奈良県・生駒市が市制50周年を迎えた今年、包括連携協定を結びました。相互に協力することで、それぞれが保有する知的・人的・物的資源などを有効に活用し、地域社会の発展と人材の育成、市民生活の質の向上を図るとともに、SDGsの達成に寄与することを目的とした協定です。
さらに、本学は「*けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市)」内に位置することから、公益財団法人関西文化学術研究都市推進機構との連携も推進しています。このような地元との関係強化から、本学として取り組むべき地域課題を見つけ、新たなコラボレーションで共創の輪を広げていきたいと考えています。
地方公共団体や自治体とつながりを持つことで、企業との関係を仲介してもらう機会が増えます。さらに、地元の銀行が橋渡し役を担ってくれることもあります。銀行は、地域内の多くの企業とお付き合いがあるので、そのネットワークから新たな接点が生まれる可能性は高いと期待しています。
共創の輪を広げるため、これから取り組んでいきたいことは何ですか。
塩﨑 「共創」というテーマを打ち出した理由の一つには、「奈良先端大の研究を社会の役に立てたい、シェアしていきたい、世の中の人に広く知ってもらいたい」という思いがあります。大学として知名度を上げることも、地域共創につながるアプローチになりますから、ブランディングやPRには今後も積極的に取り組んでいきたいですね。
これまで本学の広報活動は、入試広報や研究関係の広報、留学生向けの広報と、部局ごとに分散して担っていました。広報活動の体制の見直しを進めており、継続性と一貫性を担保しながら、コミュニティー全体を包括した広報戦略を考えていく必要があります。
学長自らが先頭に立ち、率先してブランディングやPRを推進されているのですね。今後の貴学の活躍に期待いたします。本日はありがとうございました。
*けいはんな学研都市:関西文化学術研究都市建設促進法に基づき、国家プロジェクトとして京都、大阪、奈良の3府県にまたがるエリアで建設・整備を進めているサイエンスシティー。
日経BPコンサルティング ブランド本部副本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一
IT企業を経て、日経BP社に入社後、日経BPコンサルティングへ。2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。