GMOインターネットに聞くBCPの実践(3)
「一番大切なものを決めて思考停止を避ける」
重要なのは「コミュニケーション貯金」できる環境
社会が大きく変わり、コロナ禍が収束してもビジネスのスタイルなど、全てが元に戻ることはないと思われます。変化に対応するにはどのような意識や取り組みが必要だとお考えでしょうか。
自分たちで言うのも恥ずかしいのですが、変化に対して非常にスピーディーかつ柔軟に対応できることが、GMOインターネットグループの魅力の一つだと考えています。変化を恐れない。それがグループの強みではないでしょうか。
今回の事態が発生してからの1年余りも、私たちは常に変化に対応して乗り切ることができました。ですが、これからもこのままでうまくいくと考えているわけではありません。例えば、パートナー(GMOインターネットグループでの従業員の呼称)向けのアンケートでは、安全に仕事ができることを評価してもらっている一方、チーム内のコミュニケーションロスを感じたり、「ずっと家にいるから単純に寂しい」といった声も挙がったりしています。
コロナ禍になる前は、オフィスで顔を合わせ、コミュニケーションを取りながら仕事をすることが普通でした。そうした日常の会話やディスカッションの場から、イノベーティブな発想やサービスが生まれてきました。また、雑談の中からパートナーが抱える不安が浮き彫りになることもありました。なんとか乗り切れることができたのは、これまでのそんな「コミュニケーション貯金」があったためです。そして、この1年余りの間に、その貯金を少しずつ切り崩してきたことを、アンケート結果を見て感じました。
そこから、パートナーの安全を確保しながら、「貯金」ができるコミュニケーションを、どうすれば実現できるかを考えるようになりました。オンライン飲み会やオンラインイベントで、グループ各社のパートナーが交流できる場を提供しているのも、そんな目的があってのことです。
オフィスのフリーアドレス化も行いました。コロナ禍によって、オフィスが持つ価値にも変化があったように思います。
私たちにとって、オフィスは「コミュニケーション貯金」をする場として必要な空間です。在宅勤務体制に移行して自宅でも仕事ができることは分かりましたが、例えば「チームで集まってミーティングをしたい」「集中して資料をつくりたい」など、より生産性が高まるオフィスの使い方も分かってきました。また、当初は「未知のウイルス」という状態でしたが、ウイルスの性質が分かってきたことで、現在はオフィスで安全に執務できる感染対策が行えています。
そこで、より生産性が高い執務を実現するオフィススペースとして、大きな画面で作業したい人向けの外付けモニターが並んでいるゾーン、安全にミーティングができるコミュニケーションゾーン、オンラインミーティングをしたい人向けの個人ブースがあるゾーンといったように、執務内容に応じた環境構築へと進化を継続しています。
2021年3月現在、約半数のパートナーが出社してオフィスを利用しています。レイアウト変更や、アクリル製パーテーションの設置などの感染対策は行いましたが、大きな投資をすることなく、より生産性が高いオフィス環境が提供できたと考えています。
コロナ禍でオフィスの在り方が変わり、「出社する人が減るからオフィスの床面積を減らそう」という話題を目にしますが、GMOインターネットグループの考え方は異なります。出社するパートナーが従来の半分の人数になるのであれば、同じオフィスで2倍のパートナーに働いてもらえます。不動産賃料の絶対額は変わりませんが、1人当たりの不動産賃料は減ります。それだけでも生産性は上がるわけです。こうした考え方も、社会の変化に対する柔軟な対応の一つではないでしょうか。
正しい判断にはフィロソフィーの共有が不可欠
さまざまな取り組みを進めてきたGMOインターネットグループですが、生産設備を必要としないインターネット事業が中心で、グループ内に上場企業が10社もある大企業だからできたのだと感じる人もいるかもしれません。目の前の事業が苦しい状況で、なかなか変化へ意識が向かない経営者も多いように思います。
規模の大小に関わらず、飲食や小売り、旅行、エンターテインメントなど、対面でのビジネスをされている方が苦しい思いをされていることには心が痛みます。今回のように社会全体が混乱すると、どうしても思考停止に陥ってしまうのも理解できます。
ですが、パンデミック(世界的⼤流⾏)や自然災害に限らず、企業にはさまざまな危機が襲ってきます。自分の会社にとっての危機は何か、その危機に襲われたときに何を大切にするのか。それらの優先順位を決めておくことが、思考停止に陥らないために大切だと思います。
例えば、コロナ禍が始まったとき、私たちも混乱しなかったわけではありません。多くの検討すべき事項が噴出し、決断を迫られました。ですが、「パートナーの命を守ること」「事業を継続すること」「社会貢献をすること」という3つの大切なことを決めていたので、「これは対策に必要ですか」と質問されたとき、パートナーの命を守るためであれば「必要です」と、迷いなく即座に答えることができました。
私たちのようなインターネット企業に「人に対してドライ」という印象を持つ方もいるかもしれませんが、GMOインターネットグループは人をとても大切にしています。事業の中心であるインターネットサービスを生み出しているのは私たちのパートナーですから、「人の命が大切」という結論に到達するのは必然です。
そして、どんな会社でも事業を支えているのは人です。コロナ禍でそのことを実感した方も多いのではないでしょうか。当社のグループ代表である熊谷自身も「パートナーの命が一番大切」というメッセージを自らの言葉で幾度となく発信しています。トップのメッセージをダイレクトに伝えることの重要性を改めて実感しています。
実践的なBCPには、普段から経営者の意識やメッセージを全社で共有できる体制を整えておく必要があるように思います。
非常時こそ正しい判断が求められますし、正しい判断を速やかに全パートナーに伝達する必要があります。GMOインターネットグループで実現できているのは、グループを構成している組織の一つひとつのピラミッドが比較的小さいという特徴があります。
インターネットサービスの領域は専門性も高く多岐にわたり、しかも各領域で非常に速い意思決定が求められます。組織のピラミッドが大きいと意思決定のスピードが遅くなるため、一つひとつのピラミッドを小さくし、意思決定、伝達をスピーディーに行っています。フィロソフィーという点においては、GMOインターネットグループが最も大切にしている社是社訓「GMOイズム」を全員で共有し、一定の規模で集まる会議の冒頭に全員で唱和し反復することで、私たちが創業以来大切にしてきた考え方、心得を体の隅々まで染み渡るような仕組みを構築しています。
GMOアドパートナーズ 公式note 「GMOイズム〜私たちが大切にしている【スピリットベンチャー宣言】」より
トップの仕事は企業が永続する仕組みづくり
グループ代表である熊谷正寿氏の、情報やメッセージを発信する力も特徴の一つだと感じますが、世の中にはトップが短い期間で変わる企業も多くあります。
熊谷は常々「自分の仕事は仕組みをつくること」だと口にしています。人の命は永遠ではありません。それでも100年単位で続くような企業グループにしていくには、さまざまな仕組みやルールをつくり、お客様に最も喜ばれるNo1のサービスを提供し続ける。それが熊谷のグループ代表としての考え方の根底にあるのは、近くで仕事をする中で実感しています。
仕組みづくりという点では、自社の取り組みの過程で得たノウハウの公開にも積極的です。
GMOインターネットグループとして公開している取り組みに対しては、多くの企業から「どうやったの」「何に気を付ければいいの」とお問い合わせをいただいています。
GMOインターネット株式会社「【BCP対応】新型コロナウイルスに関するGMOインターネットグループの取り組みと関連リンク集」より
日本でのDX(デジタルトランスフォーメーション)は、変化や変革に対する恐怖感からなかなか進まなかった側面があったと感じています。ところが、コロナ禍によっていや応なく変わらざるを得なくなりました。
例えば、株主総会については経済産業省から「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」が発表されたのが2020年2月で、具体的なルールの検討を進めている状態でしたが、今回の事態を受けて加速したところはあるでしょう。
コロナ禍での株主総会の運営で悩んでいる企業が多いと考え、当社の取り組みを公開しただけでなく、熊谷から安倍首相と菅官房長官(いずれも当時)へ株主総会のオンラインでの開催について提言もさせていただきました。内容は、2020年4月に経済産業省、法務省の連名で「株主総会運営に係るQ&A」として発表されました。
経済産業省「株主総会運営に係るQ&A」より
お客様の各種手続きや取引先との契約での印鑑廃止についても、押印のために出社せざるを得ない状態が発生していることを受け、熊谷がグループ内での印鑑の完全廃止に続き、当社グループのサービスをご契約いただく際のハンコレス対応をいち早く決断しています。
クラウド型の電子契約サービスとしてグループ会社のGMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社が提供している「電子印鑑GMOサイン」は、多くのお客様にご利用いただいています。例えば、自治体での導入が進み、最近では新潟県三条市で正式採用され、これまで数週間かかっていた工事関連の書類押印作業が数分で終わるようになりました。サービスを利用していただくことは、ビジネスとしてだけでなく、社会的役割を果たせているという点でもありがたいと感じています。
これからも、情報発信やノウハウの共有、新型コロナウイルス対策支援だけでなく、お客様に提供しているサービスも含めて、私たちの領域でできる社会貢献には積極的に挑戦していきたいと考えています。
取材を終えて
GMOインターネットグループが在宅勤務体制への移行を決定した2020年1月26日、偶然にもグループの1社に勤務する友人と会っていた。夕方、別れ際に在宅勤務体制への移行を伝える会社からのメールを見た友人は、「新型コロナ対策で明日から在宅勤務になったから、会社に寄ってパソコンとか必要なものを持って帰る」と渋谷に向かった。
それを聞いた正直な感想は、「すごいけど、さすがに大げさすぎないか」だった。私の感想が間違っていて、GMOインターネットグループの決定が正しかったことは、その後1カ月も経たずに分かったわけだが、BCPに取り組む企業を事例として取り上げようと考えたときにその日の出来事を思い出し、GMOインターネットグループへ取材を申し込んだ。
実際にGMOインターネットグループの取り組みについて取材してみると、連載の第2回で慶應義塾大学大学院の大林厚臣教授が語ってくれた、BCPのポイントを押さえていることに驚いた。
BCPで最初にすべきことは「重要業務の絞り込み」だと大林教授は話してくれたが、GMOインターネットグループでは、パートナーの命を守ること、事業を継続すること、社会貢献をすることという3つを災害時に大切にすることとして決めていた。コロナ禍においても、この3つが決まっていたからこそ迅速な判断ができたという。
大林教授は、国内外を問わず対策を上手に行う企業の特徴として、ギリギリまで頑張ろうとはせず人命を最優先にすることを挙げているが、これも命を守ることを最優先にさまざまな対策を行ったGMOインターネットグループの取り組みと合致する。
日本企業の「対策の考え方」を、より本質的な原因から考える“シナリオ型”だけでなく、より顧客に近い被害の手前にある経営資源の被害から考える“経営資源型”に変えていく必要性を、大林教授は訴えている。経営資源型は一つの対策で複数のより本質的な原因に対処できる点がメリットだ。
東日本大震災での経験からBCPに取り組み始め、震災訓練を行っているGMOインターネットグループだが、パンデミックが原因であっても多くのパートナーが「あ、ついに本番が来た」と感じたという。これは地震という特定の原因から考えたシナリオ型ではなく、経営資源の被害から考えた経営資源型のBCPを進めてきた証左だろう。
企業のトップが考えるべき中長期的な経営戦略についても触れておきたい。大林教授は、これから10年、20年の間に発生するリスクへの最適な対策を探る中で見つかる解決法が、企業の新たな成長の種になると話してくれた。GMOインターネットグループ代表の熊谷氏は、100年単位で続く企業グループにしていくために、「仕組みをつくることが自分の仕事」だと常々口にしているという。実際にGMOインターネットグループは、今回の事態に対応するため、BCPに限らず仕組みをつくり、変えている。取材後も、経済産業省からの「出勤者数の削減に関する実施状況の公表・登録」の要請に対し、テレワーク実施状況をいち早く公表するなど、コロナ禍後を見据えた対応を行っている。
何よりも、事業の中核が人であること、そして人と人とがつながるためのコミュニケーションを大切にして、BCPに取り組んでいることに感銘を受けた。業種や業態、企業の規模によってBCPの具体的な施策は異なる。すべての企業がGMOインターネットグループと同様の取り組みは行えないし、行う必要もないだろう。それでも、GMOインターネットグループの取り組みの根底にある考え方は、これからBCPに取り組む、あるいはBCPのアップデートを進めるすべての企業の参考になるのではないだろうか。
連載:GMOインターネットに聞くBCPの実践
- 【1】「対外的な情報発信がBCPの効果を最大化する」
- 【2】「ルールありきで進めずアップデートし続ける」
- 【3】「一番大切なものを決めて思考停止を避ける」
GMOインターネット株式会社
取締役・グループコミュニケーション部 部長
福井 敦子(ふくい・あつこ)氏
2000年にインターキュー株式会社(現・GMOインターネット株式会社)入社。グループ営業推進統括本部グループ営業推進本部渉外チームリーダー、社長付特務プロジェクト シニアプロデューサー、グループ広報・IR部長などを歴任し、2019年より現職。新型コロナ対策本部事務局長も務める。
※役職は記事公開時点のものです。
コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)
編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。