大林教授に聞くBCP策定(3)

「目の前の試練は10年先を見据えた訓練」

2020.12.01

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 編集1部 菅原 研

新型コロナウイルス感染症の拡大は、企業の経済活動にも大きな制約を課しました。この中でも企業は、従業員や顧客、株主といったステークホルダーだけでなく、社会に対する責任を果たすために事業を続けることが求められます。そこで重要になるのが「事業継続計画(BCP)」です。コロナ禍の中、企業のBCPはどう機能し、どのような課題が浮き彫りになったのか。そして、解決に向けて経営者は何をすべきなのか。第3回は、コロナ後を見据えて経営者が持つべき視点について、慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授の大林厚臣氏に伺いました。

経営者は10年、20年先を見据えたかじ取りを

当面は新型コロナウイルスの感染拡大に備えた事業継続が求められます。経営者はどのような意識や視点で企業のかじ取りをしていけばよいとお考えですか。

特に小売りや観光、エンターテインメントの業界は、本当に厳しい状況にあると感じています。ですが、今回のようなパンデミック(世界的大流行)でなくとも、事故や不祥事、国際情勢の悪化などで顧客が集まらなくなることは、どの業界でも起こり得ます。

現在はどうしてもパンデミックへの対策に意識が向きがちですが、「人が集まれない」という「経営資源の被害」(第2回参照)は、交通機関や施設のトラブルなどでも起きるので、どの業種でも引き続き対策を考えるべき要因です。業務やサービスのオンライン化、従業員の働き方を見直す機会でもあります。

そうした非常時の対策とは別に、中長期的な視点を持って事業に取り組むことも求められるでしょう。日本の人口はこれからだんだんと減っていきます。国内のマーケットも労働力も縮小していくわけです。新型コロナウイルスの感染拡大によって「人が集まれない」「人が集まらない」という状況は、今後10年、20年で日本に起きる経営環境の変化が前倒しで起きていると見ることもできます。

「今すごく頑張って耐えたとして、元の9割、8割に縮小したマーケットでも自分の会社が生き残ることができるか、同じやり方で事業を続けることができるか」。多くの企業がそうした非常に厳しい判断を迫られることになるかもしれませんが、こうした課題に対して、経営者は少しでも余裕があるうちに考えて経営戦略を練る必要があります。

新型コロナはこの先起きることを前倒しにした

直近の対策だけではなく、10年、20年というスパンで事業を継続できるのかという視点も持った上で、経営戦略を立てなければいけないということですね。

10年先では、企業の在り方や従業員の働き方、顧客や取引先といったステークホルダーとの関係など、多くのことが劇的に変わっているでしょう。加えて、社会から企業に求められる要素も大きく変わっていくでしょう。

例えば、世界経済フォーラムでは、今後10年間に世界で発生するリスクの可能性と影響度を洗い出して、「発生可能性が高いリスク」と「負の影響が大きいリスク」をリスクマップとして発表しています。2020年1月に発表された『グローバルリスク報告書 2019年版』を見ると、発生可能性が高いリスクトップ5、負の影響が大きいリスクトップ5のどちらも3つ、計6つが環境に関するものです。10年前の『グローバルリスク報告書 2009年版』ではどうだったかというと、「資産価格の崩壊」や「グローバル化の抑制」「石油・ガス価格の急騰」「中国経済成長鈍化」など、7つが経済に関するリスクでした()。

出典:世界経済フォーラム「グローバルリスク報告書2019年版」より作成

この報告書は世界の学術界、政府、国際組織、非政府組織(NGO)、企業などのリーダーに対するアンケート結果なので、各種指標からの予測ではなく主観的な調査です。10年前はリーマン・ショック直後だったことも影響していると思います。それでも、10年の間で世界のリーダーたちのリスクに関する意識が、経済から環境へと大きく変わった点には注目すべきです。

例えば、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のジャレド・ダイアモンド教授は、「今後の新型コロナが最悪のシナリオになったとしても、人類にとって最悪のシナリオにはならない。最悪のシナリオとは、環境問題の解決に失敗することだ」と言っています。

コロナ禍への解決法が新たな成長の種になる

環境問題への対策は、解決すべき課題として、これまでも多くの警鐘が鳴らされ、企業や社会も対策を講じてきました。それがニューノーマルの時代にはどう変わるのでしょうか。

世論が環境問題をより重視するようになれば、法律が変わることもあります。企業が株主や顧客、従業員などのステークホルダーから求められるものも変わります。そうした変化を的確に捉えていれば、自社の中長期的な経営戦略にも変化が生じるはずです。

では、どのような対策を講じなければいけないか。そのヒントは今回のコロナ禍を巡る中にもあると考えています。ロックダウンなどで経済活動を抑制したことで、インドのニューデリーで青空が見えたり、カリフォルニアからスモッグがなくなってロサンゼルスの街中からシエラネバダ山脈の雪山が見えたり、ベネチアで運河の水が透明になったりといったニュースを見た方も多いでしょう。

これは環境問題解決のためにやらなければいけないと分かっていながら、「そうは言っても簡単にはできないよね」と先送りにしていたことが、新型コロナウイルスの感染拡大を機に“できてしまった”、ということです。2020年の2月、3月からわれわれが行ってきた、無駄な外出を控えましょう、無駄な経済活動は少なくしましょうといった取り組みが、環境問題の対策にもなるわけです。長期的に見て本当に重大な課題の解決方法を、無理やり練習させられていると見ることもできます。

感染の可能性を増やしてまで経済活動を広げることは、企業の社会的責任という観点から容認されないでしょう。自社だけでなく社会全体の利益を考えることは、今後多くの企業が直面する課題の一つになります。例えば、売り上げを上げるためにCO2の排出や廃棄物による海洋汚染などを気にしない企業は、その社会的責任を問われることになります。

繰り返しになりますが、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、この先起きることが前倒しで起きているわけです。新型コロナウイルスへの対策を通じて、これから10年、20年の間に発生するさまざまなリスクへの最適な対策を探る訓練を、無理やりではあるけれどしている。そうして見つかる解決法や新しいビジネスが、企業の新たな成長の種になる。そのように少しでもポジティブに捉えて、積極的に取り組んでいく姿勢が、経営者には求められるのではないでしょうか。

連載:大林教授に聞くBCP策定

大林 厚臣氏

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
大林 厚臣(おおばやし・あつおみ)氏

1983年京都大学法学部卒業。日本郵船を経て、1996年シカゴ大学行政学博士号(Ph.D.)取得。2006年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授となる。2018年より戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」評価委員長、2019年より都市再生機構(UR)防災関係アドバイザーを兼任。企業等の事業継続・防災評価検討委員会座長、サイバーセキュリティ戦略本部重要インフラ専門調査会、政府業務継続に関する評価等有識者会議座長なども務める。

※役職は記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)

編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。

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