大林教授に聞くBCP策定(1)

「経営者による『重要業務の絞り込み』が不可欠」

2020.11.16

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 編集1部 菅原 研

新型コロナウイルス感染症の拡大は、企業の経済活動にも大きな制約を課しました。この中でも企業は、従業員や顧客、株主といったステークホルダーだけでなく、社会に対する責任を果たすために事業を続けることが求められます。そこで重要になるのが「事業継続計画(BCP)」です。コロナ禍の中、企業のBCPはどう機能し、どのような課題が浮き彫りになったのか。そして、解決に向けて経営者は何をすべきなのか。全3回の第1回として、日本でBCPが普及しない背景について、慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授の大林厚臣氏に伺いました。

BCP策定を通じて企業姿勢を問い直す

BCPは、緊急事態の事業継続や早期復旧を目的に緊急時対応や手段などを定めておく事業継続計画です。まずはその重要性や策定メリットをお聞かせください。

自然災害や火災、パンデミック(世界的⼤流⾏)のような緊急事態では、実行できない業務は数多く発生します。BCPは非常時に事業が受ける影響を許容水準に抑えるための、普段からの準備です。中でも初動対応や代替の業務方法の準備などは大きな効果を生みます。また、BCP策定を通じて「いざというときにやるべきこと」がリストアップされますから、緊急時対応がスムーズに進みますし、ガイドラインがあることで有事の際に心の余裕が生まれます。BCPの策定にはこうしたメリットがあります。

少し視野を広げると、別のメリットも見えてきます。それは、自社の重要業務を洗い出せる点です。緊急事態で普段と同じ業務を行うことは不可能ですから、万が一の際には継続事業の選択が必要です。それには、自社の存続だけでなく社会にとっての重要性、お客様にとっての重要性という部分まで奥行きを持って考え、優先すべき事業の順番を決めることになります。売り上げや利益といった普段とは異なる基準で事業を考えていくことで、自社の強み、弱みが改めて浮かび上がってきます。これは、経営戦略を考える上でのメリットにもなるでしょう。

「重要業務の絞り込み」ができない企業は多い

さまざまな利点を持つBCPですが、日本での普及は進んでいません。内閣府の『令和2年版 防災白書』によると、大企業は68.4%、中堅企業は34.4%の策定率にとどまっています()。

前提として、BCP策定率には業種・業界によって濃淡があります。ガスや電力、鉄道、金融機関など社会インフラ関連企業の多くは、今回の新型コロナウイルスの感染拡大のようなパンデミックも想定したBCPを策定していました。一方、中堅・中小企業が多くを占める小売業などの業種では策定率が下がる傾向にあります。

大企業のBCP策定状況

出典:内閣府「令和2年版 防災白書」より作成

また、BCP策定がないからといって緊急事態の対応ができていないわけでもありません。企業の防災対策の中には、BCP的要素を含むものがあるからです。例えば、今般のような世界的パンデミックに対応可能なBCPを有する企業は少ないですが、毎年流行するインフルエンザに対するルールを決めている企業は多いでしょう。

とはいえ、包括的なBCP普及が進んでいないのも確かです。大きな理由の一つとして、重要業務を絞り込めない企業が多い点が挙げられます。よく誤解されるのですが、BCPとは「非常時でも普段と同じように業務ができるようにする計画」ではありません。「想定外の事態が起こっても重要な業務を守る計画」です。

そのため、重要業務の絞り込みはBCP策定では最初にすべきことですが、「重要な業務は何か?」という問いから始めると、「うちの会社で重要じゃない仕事なんてないよ」となりがちです。社内で説明や検討を進める際にも反発を招きかねません。重要業務を絞り込まないまま、非常時でも多くの業務を継続可能にするには、講ずべき対策や検討事項が膨大になります。その結果、ハードルが高いと感じられ、必要性を分かっていても手がつけられないことになるわけです。

事態打開に必要なのは、経営層のリーダーシップです。事業部門で話し合っても「うちの業務こそ重要だ!」と全員が主張し合うでしょう。重要業務の絞り込みは、トップダウンで決断すべきです。「重要」という言葉を使わず、「非常時継続業務」などと言い換えて説明や検討を進めるのも一つのアイデアです。

チームでの運用体制を構築すべし

担当者が短期間で交代する日本企業の特徴も、BCP普及が進まない理由の一つに挙げられます。例えば、今回のような事態が発生すれば、担当者はテレワーク導入などの対策を必死に行う中でノウハウを得ますが、担当者は数年ごとに人事異動で変わることも多くあります。引き継ぎが行われても、後任は自分が緊急時に苦労していないため、前任者と同じ熱意で業務には当たらないことも多く、ノウハウが断絶してしまいがちです。非常時には、担当者が対応できない領域も生じます。

これは危機管理の分野でその専門性が重要視されずに、少人数あるいは一人に任せる運用がなされる会社組織そのものの問題です。海外では、企業の危機管理担当は、キャリアを通じて長く危機管理に関する活動を続けます。仮に転職したとしても危機管理の専門家として仕事をするため、社会全体でそのスキルが生かされ続けるようになっています。

必ずしも大きな組織を立ち上げたり、一人がずっと専門家として動いたりする必要はありません。しかし、複数人で危機管理を行うような体制にしないといけない。役員や管理職、現場のスタッフなど何人かがチームになって普段から意見交換し、いざというときにカバーできる体制づくりや、人事異動があってもノウハウが失われない人材育成・組織づくりを計画的に行う必要があるのです。

現場の美談より人命が優先

ガスや電力、鉄道、金融機関など、社会インフラに近い業種・業界の企業の多くは、パンデミックも想定したBCP策定をしていたとのお話でした。今回の新型コロナ禍において、それ以外の業界でBCPはどの程度効果を発揮したのでしょうか。

中国や東南アジアに生産拠点があったり、世界中に社員を派遣したりしている日本企業は、2002年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)」や2009年の新型インフルエンザの際に苦い経験をして、感染症に対する防御策を講じてBCPを有効に機能させていたという印象です。予防法や海外駐在する社員の帰国や現地での移動などの指示をどのように出すかといった対応は、素早くかつ適切にできたようです。

欧米企業に目を向けると、世界中に支店や支社があるグローバル企業ほど、素早く行動していたように思います。大航海時代から世界規模で人の移動がある欧米諸国では、世界各地の伝染病が入ってきて継続的に苦しんできました。そのため感染症対策に関して、多くの蓄積があるという歴史的背景も影響しています。

国内外を問わず、上手に対策を行う企業の特徴は、「人の避難が早い」点です。災害や戦争のようなリスクがあるとき、「モノが壊れてもいいし、事業が止まって損害が出てもいい。しかし、死傷者は出さない」との方針で動いている。人命が最優先です。命を犠牲する形でギリギリまで逃げずに頑張ろうとはしません。

ともすると、日本では緊急事態の際に、現地で最後まで頑張ったことを美談にしがちです。逃げないことで、現地での信用を生むこともあるかもしれません。ですが、人身の被害がなかったからこそ美談になるわけで、一歩間違えば企業責任が問われます。企業が人命を大切にしていないと疑念を持たれれば、信用を失いかねません。

これは海外に展開する企業だけの話ではありません。日本国内で緊急時の対策を検討する際もギリギリまで頑張るのではなく、「人命を最優先」にするべきでしょう。イチかバチかに賭けるというのは、企業経営としては本当に危ういことです。

次回は、「リスクへの対策の考え方」について大林教授に語っていただきます。

連載:大林教授に聞くBCP策定

大林 厚臣氏

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
大林 厚臣(おおばやし・あつおみ)氏

1983年京都大学法学部卒業。日本郵船を経て、1996年シカゴ大学行政学博士号(Ph.D.)取得。2006年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授となる。2018年より戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」評価委員長、2019年より都市再生機構(UR)防災関係アドバイザーを兼任。企業等の事業継続・防災評価検討委員会座長、サイバーセキュリティ戦略本部重要インフラ専門調査会、政府業務継続に関する評価等有識者会議座長なども務める。

※役職は記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)

編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業の広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。

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