GMOインターネットに聞くBCPの実践(1)

「対外的な情報発信がBCPの効果を最大化する」

2021.05.26

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 編集1部 菅原 研

世界がコロナ禍に見舞われてから1年以上が経ち、その間、多くの企業が感染状況や人々の意識の変化に合わせてさまざまな施策を行ってきました。2020年1月26日、新型コロナウイルスの感染拡大に備え在宅勤務体制への移行を発表したGMOインターネットグループもそうした企業の一つです。迅速な対応の裏側ではどのような取り組みがあったのか。コロナ禍におけるBCP運用などについて、GMOインターネット株式会社取締役グループコミュニケーション部部長で、新型コロナ対策本部事務局長も務める福井敦子氏に伺いました。

在宅勤務体制への移行の裏側にあった検討

世界がコロナ禍に襲われ、未曽有の事態に迅速な対応ができない企業や組織がある中、GMOインターネットグループは2020年1月26日に新型コロナウイルスの感染拡大に備え、全従業員の業務を在宅で行うという在宅勤務体制への移行を発表しました。中国ではすでに多くの感染者が出ていましたが、日本ではまだ政府も対策本部を設置していないタイミングです。どのような検討を経て決定に至ったのでしょうか。

GMOインターネットグループ 新型コロナウィルスの感染拡大に備え在宅勤務体制へ移行

GMOインターネット株式会社プレスリリースより

GMOインターネットグループでは、グループ代表の熊谷正寿と代表補佐2人の計3人で、BCPに関する意思決定を行う体制になっています。2020年1月16日に、日本で初めて中国から帰国された方の新型コロナウイルス感染が確認されたというニュースを受け、熊谷にその情報を伝達し、同日災害対策本部から全パートナー(GMOインターネットグループでの従業員の呼称)へ注意喚起メールを配信しました。

在宅勤務体制への移行を決定した1月26日は日曜日でした。それまでに過去のパンデミックに関する情報、中国での感染状況や中国人観光客の訪日状況、その時点で分かっていた新型コロナウイルスの感染力などさまざまな情報収集をした上でその土日に検討を行い、夕方から夜にかけてパートナーに「明日から在宅勤務です」と連絡しました。

在宅勤務体制への移行といっても、実際には100パーセントではありません。銀行や証券会社などの金融機関や決済サービスを提供するグループ会社などの一部の業務は、特定の場所でしなければいけないためです。そうした業務に携わっているパートナーには、備蓄していたN95マスクを配布して出勤時に利用してもらうなど、できる限りの対策を行った上で在宅勤務体制にシフトしました。

今回はパンデミック(世界的大流行)でしたが、地震や台風のような災害などさまざまなトラブルがあったときに、「さっと集まってスピーディーに意思決定が行える」組織を有する点は、GMOインターネットグループにおけるBCPの特徴の一つだと思います。

GMOインターネット代表取締役会長兼社長・グループ代表である熊谷正寿氏のブログ投稿より

対応に対して、社内外からはどのような反応があったのでしょうか。

まず社内からの反応ですが、この体制に移ってすぐに社内アンケートを実施しました。GMOインターネットグループは何かあるとアンケートを行って、マネジメント層が特にコメント欄の回答に注目をして、どんな声があるのかをつぶさに見るような文化があります。

先ほども触れた、金融系企業では対応が難しかった点も、アンケート結果に表れています。一方、「自分たちの命を優先に考えてくれてありがたかった」といったコメントや、ご家族から感謝の言葉があったというコメントも多くありました。アンケート結果を見て、正しい判断をしたのだと実感できました。

在宅勤務に関するアンケートを実施
~回答数2,800件の従業員(パートナー)の声から在宅勤務の課題を抽出~

GMOインターネット株式会社「【BCP対応】新型コロナウイルスに関するGMOインターネットグループの取り組みと関連リンク集」より

社外からの反応ですが、早いタイミングで対応しましたので、取引先などには一斉に連絡しました。また、多くのメディアがグループの取り組みに注目してくれましたので、当日の夜のニュース番組や翌日の朝刊などを見たお客様も多く、対応の意図を大きな齟齬なく伝えることができたと考えています。

GMOインターネットグループに関する報道リンク集

BCP運用では、グループ内に向けた対策や情報発信だけではなく、対策の対外的な発表も必要だということでしょうか。

対外的な情報発信は、BCPにおいても重要だと思います。例えば、コールセンターの業務はさまざまな社内システムを利用するため、在宅勤務へシフトしにくい部分があります。在宅勤務に移行した直後は電話を受けにくい状況になったこともありますが、そうした内容をWebサイトで適切に公表し、お客様に理解していただくことも業務継続には必要です。

情報接点の多様性も重要です。例えば、1月26日の発表を、社内のメールよりも先にニュース速報を見て驚いたパートナーもいたようです。また、代表の熊谷は自身のTwitterアカウントでも情報を発信していますが、熊谷が情報を発信することで、フォローしているお客様やパートナーに、ニュースや社内のツールとは別の接点から情報を伝えることができました。今回の件では改めて、情報を正しくステークホルダーに伝えることの大切さを実感しました。

加えて、「社会の公器」としてのGMOインターネットグループの役割についても考えることになりました。私たちが支えているインターネットという社会インフラが止まると、こうした事態に際してお客様がどのような体制で動かれているかという情報発信を止めてしまうことになります。そうした事態にならないようBCPを含めた企業努力を続けていきます。

中期的な視点を持って対策をアップデート

初動での対応後も、さまざまな取り組みをされています。特に3月30日に開催した株主総会の開催形態や安全対策の検討は大変だったのではないでしょうか。

株主総会をどのように開催するかは悩みに悩みました。日本では株主総会のピークは6月ですが、GMOインターネットグループは12月決算なので3月開催です。コロナ禍が始まって間もない時期で、参考事例もない中、会社法に沿いながら安全に開催する方法を探りました。

2019年12月期定時株主総会を開催

株主総会は株主様にお越しいただき、事業のご報告と議決権行使をいただく場であるのに加えて、年に1度直接コミュニケーションをさせていただく重要な機会としてこれまで運営を行ってきました。しかし、株主様の安全を第一に考え「決議と安全を最優先」「適法に省略・短縮できることは全て簡略化」「株主様の満足度を鑑み、質疑応答は全てお答えする」をキーワードに、逆に「来ないでください」というお願いをしました。

これまで株主総会のライブ配信は行っていなかったのですが、会場に来ないでくださいとお願いしているからには、別の方法で私たちからのメッセージをお伝えする必要がありますのでライブ配信を交ぜて行いました。

オンラインでも議決権を行使していただけるようにするには、運営上の高いハードルがありました。慎重に検討して、どなたでも見ていただける配信型にして、従来の会場、郵送に加え、議決権行使のWebサイトをご案内して各議案に対する賛否を入力していただく形に落ち着きました。

安全対策も、業績などの事業報告はVTR化したものをオンラインで公開し、議場では手元の資料をご覧いただくなど、適法な範囲で省力化して短時間化を図るなど、株主様と出社するパートナーのリスクを軽減する。また回答が長時間になりそうな場合は役員を退席させるなどの事前シナリオを準備し、感染リスクを最小化する対策を行いました。細かいところでは、会場にお越しになった株主様から質問があった場合には、毎回マイクを消毒用アルコールで拭くといった運営ルールも実施しました。

株主の方々からはどのような反応があったのでしょうか。

GMOインターネットの株主様には、長く保有していただいている方や上場グループ全社の株を保有いただいている方も多くいらっしゃいます。株主総会はファンミーティングのような側面があり、例年は1000~2000人の株主様にお越しいただいているのですが、2020年に会場までお越しいただいたのは18人でした。

開催後のアンケートでは、オンラインでも参加できる形で開催したことを高く評価いただきました。事業や業績よりも命を大切にしたことをパートナーに感謝してもらったように、株主様にも安全に重きを置いた姿勢をご評価いただいたということだと思います。

ここでも重要だったのは情報発信です。「こういう状況なので、ご来場はご遠慮ください」とかなり大きな文字で印刷したものを株主総会招集通知に同封したり、熊谷のTwitterアカウントでも協力のお願いを発信したりするなど、さまざまな手法で方針をお伝えした効果はあったと思います。

GMOインターネット代表取締役会長兼社長・グループ代表である熊谷正寿氏のTwitter投稿より

短期間で、従来の事業や業務の進め方を大きく変える決定をされたわけですが、GMOインターネットグループは連結でパートナーは約6000人、グループ会社は連結100社(2020年12月末時点)です。グループ内には在宅勤務への移行を中心にした取り組みが事業に大きなインパクトを与える企業もあったのではないでしょうか。事業へのインパクトと、パートナーをはじめとするステークホルダーの安全のバランスをどう検討されたのでしょうか。

確かに事業へのさまざまなインパクトはありますが、それよりもステークホルダーの安全を優先した上で事業を継続するという判断でした。現在のBCPへの取り組みが始まったのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。その際に、災害が起こった際に大切にすることを3つ決めていました。

1つ目はパートナーの命を守ること。2つ目は事業を継続すること。3つ目は社会貢献をすることです。この大切にすることを決めていたからこそ、今回も「まずは命を守る」という迅速な判断ができたと考えています。

第2回は、コロナ禍以前のGMOインターネットグループにおけるBCPへの取り組みと、コロナ禍によって変えたこと、変えなかったことについて伺います。

連載:GMOインターネットに聞くBCPの実践

福井 敦子氏

GMOインターネット株式会社
取締役・グループコミュニケーション部 部長
福井 敦子(ふくい・あつこ)氏

2000年にインターキュー株式会社(現・GMOインターネット株式会社)入社。グループ営業推進統括本部グループ営業推進本部渉外チームリーダー、社長付特務プロジェクト シニアプロデューサー、グループ広報・IR部長などを歴任し、2019年より現職。新型コロナ対策本部事務局長も務める。

※役職は記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)

編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。