サステナビリティ経営とESG
創業時のポリシーを受け継ぎ価格ではなく、価値で勝負する大川印刷(前編)
6代目社長を務める大川哲郎さんと、経営企画広報室の宮﨑紗矢香さんに、その取り組みについてお話を伺います。
経営の厳しい中、大川印刷の社長を引き継ぐ
成田 大川印刷様は日本のSDGs先進企業として知られています。まずは、SDGsに取り組まれた経緯を教えていただけますでしょうか。
大川 SDGsを掲げたのは2017年からですが、私が6代目として社長に就任したのが2005年で、その少し前から「社会課題解決」をビジョンに掲げていました。
4代目社長である父親が私が大学生のころに他界したため、当時は母が5代目社長に就いていました。母から社長を引き継ぐにあたって改めて社内を見ると、バブル崩壊のショックから抜け出せず業績が低迷しているし、母が社員に非常にやさしく、時に甘い部分もあったので、問題もいろいろと生じていました。
会社をどう立て直せばいいのか悩んだ末、私自身、自然が好きで環境問題に関心があったことから、社会課題解決を軸にした「ソーシャルプリンティングカンパニー®」を指針に据えたのです。
成田 当時としては先進的だったのでは?
大川 そうですね。「環境に配慮した印刷なんて、物好きがすることだ」と揶揄されたこともありますが、会社を存続させるには地道に続けるしかないと思っていました。
成田 SDGsに取り組んだ背景には、創業時からの理念もあるのでしょうか。
1891年に横浜貿易新聞に掲載された大川印刷所の広告
大川 はい。創業間もない1891年に横浜貿易新聞に掲載した当社の広告が残っています。その中に、「いたずらに価格のみの競争をせざるは大川印刷所」という理念があります。私は、「先義後利(せんぎこうり)」という言葉をよく使うんですが、同じことですね。義を優先し利益を後回しにすることで信頼され、初めてビジネスが生まれるという意味です。また先代社長は、企業が長く存続する秘訣を聞かれると、「人を大切にしてきたこと」と答えていました。つまり人間尊重です。こういった考え方は、今のSDGsに通じていると思います。
感性を持って、できる限り正しいことを選ぶ
2019年に大川印刷の工場屋上に設置された太陽光パネル。ソーラーフロンティアが始めた初期投資負担ゼロの太陽光パネル設置事業の第1弾であり、パネル設置から稼働の認可まで1年以上かかるなど、先進ならではの苦労があった。(写真は2020年撮影)
大川印刷が使用する「ノンVOC(揮発性有機化合物)インキ」を、オープンファクトリーの工場見学に訪れた子どもたちに紹介する様子。(2021年3月現在、工場見学は一時中止中)
成田 あらためてSDGs達成に寄与する取り組みとして実践されていることを教えてください。
大川 揮発性有機化合物を含まないインキの使用やカーボンオフセットなど、調達から納品に至るまで、環境・社会課題の解決につながるよう徹底しています。この「環境印刷」の取り組みが評価され、2018年に第2回ジャパンSDGsアワード パートナーシップ賞をいただきましたが、受賞後もさらに取り組みを進めており、2019年には念願の自社工場の再生可能エネルギー率100%達成を果たし、2020年4月〜2021年2月には、FSC®森林認証紙の使用率を73.72%まで高めています。
成田 そういった取り組みは、何を道しるべにされたのでしょうか。SDGコンパスを読み解かれたのですか。
大川 SDGコンパスは読みましたが、あれは難しいですね。SDGsは、達成は困難ですが理解しにくいものではないはずです。むしろSDGsのおかげで世の中のさまざまな問題が整理され、説明しやすくなりました。例えばフェアトレードは外国との貿易の問題と考えられがちですが、国内にもアンフェアなトレードがある。“1円でも安くしないと取引しない”と負担を強いられるなどです。それが問題として見えてきたわけです。
そして問題の解決は、私は感性に従います。
成田 例えば、どういうことでしょうか。
大川 例えば人権、つまり安心安全に暮らす権利を尊重するのなら、人体への影響が懸念される揮発性有機溶剤を使うのは正しくない。エネルギーだって考えて使わなければ持続不可能になると分かっているんだから、考えて使うことが正しい。感性で正しいこと、間違っていることを判断します。これは当社の、黒人音楽のブルーズミュージシャンの名言を引用した「ブルーズクレド」とも合致します。黒人音楽のブルーズは、思いやりや助け合い、そして感じる心を大事にしている。当社の考え方のよりどころです。
成田 SDGs経営を進めるにあたって、大変だったことは何でしょうか。
大川 今は優秀な従業員さんが増えてラクになっています。同席している宮﨑も、2020年7月に新設した経営企画広報室で活躍してくれています。しかし、SDGsのもっと前、CSRに取り組み始めたころには苦労しました。2002年にソーシャルアントレプレナー(事業を通じて社会課題に取り組む企業家)の勉強を青年会議所で始め、社内にも「社会課題解決」の考えを導入しようとしたのですが、これがなかなか理解してもらえなかった。当時はまだ従業員さんがそれぞれ違う方向を見ている「烏合の衆」だったといえます。
成田 どうされたのでしょうか。
2019年度のSDGs経営計画策定ワークショップの様子。
大川 CSRがどう正しいのかを説明しても、従業員さんには伝わりません。そこで、「地域や社会に必要とされる企業になろう」という言い方をしました。「必要とされる働き方をしていれば、うちが潰れてもほかの会社で働けるし、そもそもみんながそういう働き方をしていたら、うちは潰れないよ」と。繰り返し繰り返し伝え続けました。
それでも衝突もあったし、考えを受け入れずに会社を辞めていった人も何人もいます。「忙しくてCSRプロジェクトができません」という従業員もいました。
実は「忙しくて…」という人は今もいます。だから現在は、「働き方改革」ではなく「働きがい改革」に注力しています。仕事と自分のしたいこととSDGsのつながりに気づかせてあげる取り組みです。3者のつながりに気づけば自分たちが何に対してどれくらい貢献しているのか分かり、やりがいになる。気付かせるのは経営者の責任だと思っています。
SDGsは美談ではない
成田 SDGsの取り組みが進んだことによるメリットをお教えください。SDGsに舵を切ってから新規顧客が増加し、2019年度は売上高が前年比8%アップだったと聞きます。
大川 8%アップは私が社長に就任して以来の最高値で、売上の大半がSDGsに関心のあるお客様との取引によるものです。もっとも2020年度はコロナ禍の影響で8%ダウンしましたが。
成田 採用に関してはいかがでしょうか。優秀な方々が集まってこられるというお話が先ほどありましたが、それもSDGsに取り組んだメリットでは。
大川 確かに、2022年度卒業予定者を見ても、面白い学生さんたちが応募してくれています。ただ率直に言うと、それをSDGsの取り組みの成果だと、単純な美談にしてほしくないという思いがあります。「このままでは会社は続けられない」という危機感から、いろんなことをしました。2008年からNPO法人に入ってもらって、社会課題解決に関心のある学生さんに対象を絞った長期インターンシップの受け入れもしましたし、若い人が自由に活躍できるような企業風土づくりもしました。こうしたことが少しずつ会社の体質を変え、採用に影響を及ぼしてきている状況です。
SDGsデザインセンター コンサルタント 次長
成田 美由喜(なりた・みゆき)
損害保険会社勤務を経て、広告、雑誌・広報誌等のデザインに従事。現在は、ESG、SDGs施策のロードマップ立案から統合報告書制作やサイトディレクションまで、企業側とクリエーター側の視点を持ち、幅広く企業コミュニケーションを支援する。ナショナルジオグラフィック日本版広告賞2018年、2019年(ともにセイコーウオッチ)受賞。