「パーパス」が企業価値向上の切り札になる!キリンホールディングスのパーパス・ブランディング
キリンホールディングス株式会社
CSV戦略部 主査
草野 結子氏
ブランド戦略部 主査
山田 朗子氏
聞き手=石原 和仁/文=松田 慶子
「このままで成長し続けられるのか」が出発点
最初に、CSVパーパス策定に取り組まれた経緯をお教えください。
CSV戦略部主査
草野 結子氏
草野 CSVパーパスは、2019年に策定しました。長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」において、「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業になる」ことを掲げ、その指針として打ち出したものです。CSV経営のきっかけは、2011年の東日本大震災で、キリンビール仙台工場(宮城県仙台市)が甚大な被害を受けたことでした。このとき工場をそのまま閉鎖する案もあったのですが、近隣のサプライヤーや地域の雇用を守り活性化を図るために工場の操業再開を決断し、地域を応援しようと「キリン絆プロジェクト」を立ち上げて、事業を通じた社会貢献を考えるようになりました。当時、危機管理担当役員だった現キリンホールディングス社長の磯崎功典が、マイケル・ポーター氏が提唱するCSVの考え方に共感し、キリングループは2012年にCSVを経営の根幹に据えると宣言しました。
CSV経営を受け入れる土壌があったのですね。
草野 はい。加えて社会的な背景もあります。少子高齢化でマーケットが縮小し、健康志向が年々高まる中で、これまでと同じ事業のポートフォリオで成長を続けられるのだろうか、企業価値を高め続けていけるのかという危機感を、当時から抱いていました。
また、2015年にSDGsが設定されるなど、企業に対する要請や期待が急速に高まっています。アルコールの有害摂取や糖類の過剰摂取による健康問題、海洋プラスチック問題における容器包装や気候変動による環境への影響、そして、人権等の社会課題にも対処が必要です。このような多様な課題を解決しながら事業を継続していくには、やはり自社の社会的意義を捉え直し、進むべき指針を明らかにしなくてはならないと考えたわけです。
ブランドごとにパーパスを策定し商品を改良
「健康」「地域社会・コミュニティ」「環境」および「酒造メーカーとしての責任」の4分野で、CSVパーパスを明らかにされています。これらは長期経営構想の中では、どのように位置づけられているのでしょうか。
草野 CSVパーパスは、経営理念を社会において期待される役割・存在意義に翻訳したもので、持続的に成長するための指針です。CSVパーパスだけでは、具体的に事業の中で何をすればいいのか見えにくいため、2017年に策定した「CSVコミットメント」をアクションプランに位置づけ、各事業会社と話し合い目標値を決めました。例えば「健康」の領域では、コミットメントの1つとして「健康・未病領域におけるセルフケア支援」があり、低糖・無糖商品など健康貢献型商品の開発や販売拡大をあげています。これに関係する事業会社が何年までにどれくらい拡大するのか目標値を掲げ行動するという流れです。この、CSVコミットメントを、長期ビジョンを実現させるための、中期経営計画の非財務目標として、財務目標と並べてKPIとして掲げています。実は財務と非財務を並列させたのは今中計が初めてです。非財務の重要性が資本市場で高まっており、社外に明示したこともありますが、非財務こそ価値を生み出す原動力であり、経営戦略上、不可欠な要素だというグループの考え方を社内にも、同時に伝えました。
CSVパーパスのほかに、商品ブランドごとにパーパスも策定しておられると聞きます。
ブランド戦略部主査
山田 朗子氏
山田 はい。ホールディングス全体のCSVパーパスの傘の下で、キリンビールやキリンビバレッジなどの商品ブランドごとにパーパスを策定しています。パーパスは商品の改良時など、全てのブランド活動の指針になっています。
例えばキリンビバレッジの『生茶』は、「すべてのお客様のココロとカラダを お茶の生命力でおいしく満たす」をブランド・パーパスにしております。そのパーパスに沿い、おいしいお茶を長くお届けし続けるには、「環境」も大切な要素です。そこで、例えばコンビニエンスストア用の600㎖サイズのペットボトルに再生PET樹脂を100%使用した「R100ペットボトル」を採用する、また6本セットの商品はラベルレスにする、自動販売機向けの商品はラベルを短尺化するなど、環境課題を解決する取り組みを進めております。
よりエコな商品になったと印象づけられますね。
山田 キリングループは2020年2月に「キリングループ環境ビジョン2050」を策定し、「容器包装を持続可能に循環している社会」を目指すことを宣言しています。その一環として、2027年までに「日本国内におけるPET樹脂使用量の50%をリサイクル樹脂にする」ことを掲げ、お客様に身近な「生茶」ブランドの具体的な取り組みを伝えています。
自分ごと化が浸透のカギ。大枠を作り現場に委ねる
理念やパーパスを掲げても、効果が見えにくいため現場の従業員の理解が得られないという言葉を多くの企業から聞きます。キリンホールディングスはプロダクトにまで落とし込んでおられます。理解を促進したものは何だったのでしょうか。
山田 CSV経営に舵を切ったのは2013年ですので、現在まで時間をかけて繰り返し伝えてきました。2019年に発表した長期経営構想の柱にCSVパーパスを据え、社内外にしっかりメッセージを出したことで改めて会社の本気度を伝えました。まだまだ十分ではありませんが、CSVマインドが徐々に醸成されてきたと感じています。
現在は、現場の営業担当者がパーパスやCSV、SDGsを理解し、商談に取り入れている事例も出ています。キリンビバレッジの例で言うと、SDGsの図に商品をマッピングして、それぞれどう繋がっているのかを描いた提案書などを作成しています。プラズマ乳酸菌を使用した機能性表示食品の『iMUSE(イミューズ)』なら、SDGsの目標「すべての人に健康と福祉を」に貢献できる、などです。
キリンビールも同様に、CSV、SDGsの考えを整理し、お得意先様の提案に取り入れています。
そうした議論の際は、CSV戦略部やブランド戦略部の方々がファシリテーションされるのですか?
山田 CSVパーパス策定後1年ほどは、世の中のCSV事例を紹介したり、ワークショップを開いたりしました。ワークショップは、ひな型は本社で用意しましたが、開催は各場所主導でお願いしました。そうすることで少しでも自分ゴト化してもらいたいとの狙いがありました。
コロナ禍でパーパスを再確認。浸透が加速
ほかにパーパスの浸透を促したものはありますか。
山田 ここ数年で外部環境が変化し、お得意先様からパーパスについての問い合わせを受けるようになったことも大きいと思います。自分たちが説明できるように、きちんと理解しようという意識が高まりました。
草野 コロナ禍も契機になったといえます。お客様の健康意識が高まり、グループの成長領域としているヘルスサイエンス事業における、日本初の免疫機能の機能性表示食品である『iMUSE(イミューズ)』が販売を伸ばしています。CSV経営やパーパスが間違っていないこと、改めてその意味を確認したように思います。
山田 コロナ禍は、企業としての存在意義を考えるきっかけにもなったと思います。例えば工場勤務や物流業務の従業員は、緊急事態宣言下でも、出勤しなくてはいけませんでした。そのとき改めて仕事の意味を考え、自分たちはお客様に必要とされている飲み物を作っているんだ、必要とされている飲み物を届けるのが使命なんだと実感したと聞きます。
なるほど。パーパスを掲げると従業員の方々のモチベーションが向上するという意見もあります。キリンホールディングスでは、パーパスの効果に関して数値などはおありですか。
草野 従業員エンゲージメントの調査の中で、CSV経営に共感しているかどうかを調べていますが、約8割の従業員が共感しています。5年ほど前の調査では6割程度でしたので、パーパス等でより理解・共感しやすくなったとも言えるかもしれません。
10年後、20年後の消費者を取り込む
他社に先んじてパーパス・ブランディングに取り組まれ、2年たった今、成果を改めてどう感じていらっしゃいますか。
草野 さまざまな意識調査などで明らかなように、Z世代といわれる特に10代は、社会的意義に敏感です。今はまだ明確な成果が見えにくいですが、いずれこの世代が消費の中心になったときに、社会的価値を重視して商品を選ぶことが当たり前になるはずです。今後も先んじてCSVに踏み込んで取り組んでいくことが重要だと思っています。
金融市場の反応はいかがでしょうか。長期で保有してもらうためにも、パーパスを示すことは大切だという指摘があります。
草野 投資家からのESG面談依頼は確実に増えています。ESGの視点が重要視されており、また、会社の中長期的な方向性を示す際、パーパスの提示は有効だと思います。
山田 機関投資家だけでなく、リクルートの学生と面談しているときも、パーパスについての質問がすごく多くなっています。キリンがCSV経営を掲げていることや事業においてどんな社会課題を解決しようとしているのか等、とても詳しく調べています。会社の存在意義を考えて入社することで、アンマッチも防げ、働く意欲も高く持つことに繋がりますので、双方にとって良いことだと思っています。
SDGsを推進する企業に優秀な若手人材が集まるという、好事例ですね。本日はありがとうございました。
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キリンホールディングス株式会社
CSV戦略部 主査
草野 結子氏
コーポレートコミュニケーション部門でIRを担当後、2017年よりCSV戦略部において、CSV戦略策定やCSV/ESGコミュニケーションを行う。
※肩書きは記事公開時点のものです。
キリンホールディングス株式会社
ブランド戦略部 主査
山田 朗子氏
清涼飲料などのマーケティング、広報部門のコミュニケーションなどを担当した後、2019年から、インターナルブランディングを含む企業ブランディング業務に従事。
※肩書きは記事公開時点のものです。
ブランド本部 ブランドコミュニケーション部 コンサルタント
石原 和仁
大学ではバイオテクノロジーを専攻。卒業後は、飲料メーカー、リサーチ会社、マーケティング会社を経て、日経BPコンサルティングに入社。2015年より日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」のプロジェクトマネージャーを担当。様々な企業のブランディング業務(調査、体系づくり、PDCA設計、ブランドメッセージ制作など)に従事。
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