いま求められるワーク・エンゲイジメント――ブランド研究の第一人者に聞く
※本原稿内では「エンゲイジメント」の表記で統一しています。
コロナ禍でワーク・エンゲイジメントに注目集まる
コロナ禍によって働き方が変わってきました。それに伴い、ワーク・エンゲイジメントにも注目が集まっていると聞きます。
一橋大学大学院経営管理研究科 教授
阿久津 聡氏
阿久津 コロナ禍によって、それまでのような出勤がままならなくなり、テレワークが注目されました。実際に使い始めてみると、例えば通勤・移動の時間や費用が節約できるなど、感染予防以外のメリットも認知されて一気に普及しました。
テレワークにはそうしたメリットも多いのですが、その一方で弊害もあります。社員が毎日出社しなくなり、いわゆる「組織文化」に触れる機会が減ってくると、企業の価値観やミッションの共有も難しくなってきます。「遠くなると薄くなる」などといいますが、たとえ頭で分かっていても気持ちがついていかなくなり、違和感を覚えたり以前のように共感できなかったりする社員が増えたとしても不思議ではありません。組織文化、とりわけその中核にあるべき企業の価値観やミッションに対する社員の情緒的な共感のレベルを維持、向上することが、ニューノーマル時代の企業にとってとても重要だと思います。
ここでワーク・エンゲイジメントについて、再確認させてください。ワーク・エンゲイジメントとは、どのようなものと考えればいいですか。
阿久津 ワーク・エンゲイジメントは、そもそも産業心理学や経営組織論での議論から出てきた考え方で、「仕事の要求度‐資源」モデルと呼ばれる理論モデルの中核となる概念です。「活力」(高い水準のエネルギーや心理的回復力)、「熱意」(仕事への強い関与、熱中、誇り)、「没頭」(仕事への集中と没頭)の3要素から成り立っており、ワーク・エンゲイジメントが高い人は、仕事に誇り(やりがい)を感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て生き生きしている状態にあります。
ワーク・エンゲイジメントが高い人は、仕事ができる、生産性が高い人だとも言えますね。
阿久津 ワーク・エンゲイジメントの高い状態と対極にあるのが、バーンアウト(燃え尽き)の状態です。一方、活動水準は高いものの、仕事に対してネガティブな態度を持っている状態はワーカホリズムと呼ばれ、リラックスした状態の対極に位置づけられます。
ワーク・エンゲイジメントと関連する概念
「島津2010」を基に作成
ワーク・エンゲイジメントと企業のパーパス
ビジネスパーソンであれば、ワーク・エンゲイジメントが高い状態を目指すべき、ということですね。ワーク・エンゲイジメントには、どのような要素が影響するのでしょうか。
阿久津 ワーク・エンゲイジメントに影響を与える要因として、これまでの研究から「組織/仕事の資源」と「個人の資源」が明らかにされてきました。こうした資源が、ワーク・エンゲイジメントを通じて仕事のパフォーマンスにつながると考えられています。
まず組織/仕事の資源としては、上司のサポートや心理的安全性の高い職場、満足できる報酬や健康経営で目指すような従業員を大切にする風土、あるいは経営理念として共感できる「パーパス」などが考えられます。
次に個人の資源としては、楽観性や自己効力感、ちょっとしたことに動じない強いメンタルやレジリエンス(回復力)などが考えられます。個人の資源については、持って生まれた先天的なものを特定するだけではなく、後天的な獲得や強化の可能性や方法についての研究も進められています。
組織のリソースと個人のリソースとワーク・エンゲイジメント
「島津2010」を基に作成
パーパスという用語が出ましたが、これはどう考えればいいでしょうか。
阿久津 パーパスは企業の「存在意義」として掲げられるもので、最近、いろいろな文脈で目にするキーワードになりました。一般的な企業理念の捉え方として、ミッション、ビジョン、バリューという構成要素に分けますが、パーパスはこのミッションの一種と考えたらよいかと思います。パーパスの特長としては、社会に対して「△△をする」「こう変える」という点が強調されていることが挙げられます。ちなみに、人類にとってより普遍的で深淵な内容のパーパスを「ハイヤーパーパス」ということもあります。
社会に対しての企業の姿勢というと、SDGsが思い浮かびます。
阿久津 そうですね。SDGsやCSRはもはや経営の前提になっていますが、今どきの企業の存在意義として、ただ儲けるだけではとても十分ではないということだと思います。そうした「広く社会から受け入れられる存在意義であるパーパス」を持っていない企業は、ビジネスが成り立たないでしょう。お客さまをはじめ、社員やビジネスパートナーもついてこないのではないでしょうか。
パーパスの内容は、唯一無二の内容のほうがいいのでしょうか。
阿久津 そんなことはないと思います。社会をより良くしようというものですから、同じような内容になっても不思議ではありませんし、誰が実現してもいいものだと思います。ただ、ここで重要になるのは「腹落ち」です。関係者各位がその会社が真摯に取り組み、成果をあげているパーパスだと認めているかどうかが問題になります。そして、パーパスの内容自体は他の会社のものと一緒だとしても「当社ならではのパーパス」にしたいなら、パーパスにまつわる独自のエピソードやストーリーで差別化することが可能です。パーパスが共感されるものかどうかを決めるのは、その内容もさることながら、それにまつわるエピソードやストーリーだったりするのです。
特に、SDGsやパーパスは、すぐに解決できるようなものではありません。そのため、「何をするか」「どうするか」を求められ続けます。企業が常に“オンゴーイング(進行中)”で前に進んでいく中で生まれるエピソードやストーリーは、パーパスの成果物として蓄積されていく価値ある資産になると思います。
企業のパーパスとワーク・エンゲイジメントはどのような関係になりますか。
阿久津 企業のパーパスは組織/仕事の資源の一つと捉えることができます。それが、個人の資源である価値観と共鳴すると、どちらも高められて、ワーク・エンゲイジメントに大きな好影響を与えることができると考えられます。
そのためには、採用の段階から価値観が会社の理念に合致する人に来てもらうよう努力することが大切ですが、入社してからもそれを維持し、さらに共鳴してもらえるような仕組みをつくって、継続的に取り組んでいくことが必要になります。ワーク・エンゲイジメントを高めるために、従業員同士で腹を割って話し合ったり、会社として情報を発信したりして、内在化や情報共有を進めることが有効です。その際には、ビジョンブックや社内報といった社内メディアが重要な役割を担います。
また、企業ブランドの価値向上という観点からは、顧客をはじめとする外部ステークホルダーからの評価も重要であることはいうまでもありません。客観的に見てもしっかり評価されるような結果を出していけるのか、パーパスを掲げる際、そしてパーパス実現のマイルストーンを示すビジョンを掲げる際には、しっかり検討すべきでしょう。外部からの高い評価は、内部的な自信や誇り、ひいてはワーク・エンゲイジメントの向上につながるでしょう。
ワーク・エンゲイジメントに重要な施策である社内メディアがきちんと機能しているかどうか、外部目線できちんと評価することも必要ですね。
従業員の共感度を測り、エンゲイジメント強化やブランド価値向上につなげるサービスを開発
ところで、阿久津先生は「共感モニタリングサービス」を日立製作所と共同開発されています。
阿久津 企業理念を浸透させてエンゲイジメントを高め、企業ブランドの価値を向上させるためには、いかに従業員に企業理念(MVV)や「その会社らしさ」に共感してもらうかがカギになります。そして、企業理念や組織文化への共感を高めるための施策を立案するうえで、どういう言葉やフレーズがどんな受け手にどのように響いているのかを体系的に調査・分析することが極めて有効です。多くの経営者や人事、経営企画の責任者からご相談を受け、企業ブランディングのお手伝いしていて痛感してきたことです。そこで、日立製作所のアプリ開発チームと議論を重ね、企業のHPや社内報といったメディアに掲載されたテキストの、一体どこが誰の心に響いたのか(例えば、共感したり、「ウチの会社らしい」と感じたりしたのか)を体系的にモニタリングし、分析して、組織力強化につなげるサービスを共同開発しました。
共感モニタリングサービスの事例はありますか。
阿久津 マタニティ・ベビー用品販売の赤ちゃん本舗さんにお使いいただきました。主な狙いの一つは、直近に行ったリ・ブランディングの内容を社内に浸透させることでした。共感モニタリングサービスの成果として、改めてMVVを浸透させ、信念強化を図っていただくことができました。成果を活用して作成されたブランディングブックは、経営計画にも活かされているようです。まさに“オンゴーイング”の取り組みです。結果的にエンゲイジメントを高め、それによって会社のパフォーマンスを上げることにもつながりつつあると伺っています。
共感モニタリングサービスは、当社としても期待しています。本日はありがとうございました。
参考文献:島津明人.職業性ストレスとワーク・エンゲイジメント.ストレス科学研究2010, 25
取材後記
パーパスの実現のためには、常に“オンゴーイング”で取り組みを進めなければならない。阿久津先生の指摘からは、打ち上げ花火的に終わりがちな施策への警鐘とともに、諦めずに改善を続ければよいという導きを得たように感じました。当社も従業員エンゲイジメント向上のために社内メディアの効果を定量的に評価・診断する「社内メディア診断」を提供しています。皆様の組織の従業員エンゲイジメント向上の一助になればと思います。
関連リンク
コンテンツ本部編集1部
大谷 貞雄
阿久津 聡(あくつ・さとし) 氏
カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(経営学博士)。専門はマーケティング、消費者行動論、ブランド論。
著作に『ブランド戦略シナリオ - コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著)、『ソーシャルエコノミー』(翔泳社・共著)、『ブランド論』、『ストーリーの力で伝えるブランド』(ダイヤモンド社:訳書)、『カテゴリー・ イノベーション』(日本経済新聞出版社:監訳書)、『弱くても稼げます』(光文社:共著)、『サクッとわかるビジネス教養 マーケティング』(新星出版社:監修)などがある。
※肩書きは記事公開時点のものです。