大林教授に聞くBCP策定(2)

「リスク対策の『考え方』から変える必要がある」

2020.11.24

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 編集1部 菅原 研

新型コロナウイルス感染症の拡大は、企業の経済活動にも大きな制約を課しました。この中でも企業は、従業員や顧客、株主といったステークホルダーだけでなく、社会に対する責任を果たすために事業を続けることが求められます。そこで重要になるのが「事業継続計画(BCP)」です。コロナ禍の中、企業のBCPはどう機能し、どのような課題が浮き彫りになったのか。そして、解決に向けて経営者は何をすべきなのか。第2回として、リスク対策の考え方について、慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授の大林厚臣氏に伺いました。

「何が原因であっても経営資源を守る」策を講じる

新型コロナウイルスの感染拡大は、これまでにないほど多くの業種・業界が影響を受けています。その中には「人が集まれない」というリスク要因を想定できていなかった企業も多いと感じます。この経験を経て、対策を見直すべき点はありますか。

まず「人が集まれない」点ですが、感染症をリスクとして捉えていたならば、その過程で想定される要因として挙がっていたはずです。それでも対策が不十分だったのであれば、「社内に持ち込まないように水際で防ぐ」など感染症対策の初動レベルで対策が終わっていたと考えられます。今後は、さらに踏み込んだ対策を検討すべきでしょう。

それとは別に、「対策の考え方」そのものも変える必要があるでしょう。今回のようなパンデミック(世界的大流行)や災害、事故などのリスクによる事業への被害は連鎖構造を持っています。これは「より本質的な原因」の上流から、「経営資源の被害」の中流、「より顧客に近い被害」の下流まで、大きく三つに分けて考えることができます()。

出典:慶應義塾大学大学院 大林厚臣教授の資料より作成

地震や火災、水害、あるいはパンデミックは、より本質的な原因です。それによって従業員の不足や建物被害、事業所の停止という経営資源の被害が発生します。この被害が大きくなれば、製品の出荷、営業やサービスの停止という、より顧客に近い被害が最終的に発生するわけです。

BCPの理想としては、この三つのどの段階でも対策を講じることです。これには上流のより本質的な原因から考えるシナリオ型と、事業にとって痛手となる、より顧客に近い被害の手前にある経営資源の被害から考える経営資源型があります。

日本人の特徴なのかもしれませんが、日本企業の多くは事前に原因を洗い出して対策し、被害が発生しないことを重視するシナリオ型にどうしても依存しがちです。例えば、「地震という原因を想定して、壊れそうな建物を強化しましょう」といった対策の在り方です。シナリオ型は、想定通りのことが起きたときには被害を上手に抑えることができます。しかし、想定外の事態が発生したときには対策が役に立ちません。そして、どれだけ原因を想定してシナリオを増やして対策しても、想定外の事態は必ず発生します。

そこで重要になるのが、経営資源の被害から考える経営資源型の対策です。新型コロナウイルスの感染拡大を例にすると、今回は「従業員が不足する」「事業所が停止する」「社外から社内システムにアクセスできない」といった経営資源の被害が発生しました。パンデミックという、より本質的な原因が想定外だったとしても、従業員の不足や事業所の停止といった経営資源の被害から考えていれば、テレワークの導入やクラウドサービスの利用といった対策が取れていたはずです。

ここから言えることは、「何が原因であっても、一番困る『より顧客に近い被害』発生の手前で食い止める。どんなルートから攻められたとしても、守らなければいけない大切なものを守りきれるように対策を固めていく」ということです。そうした逆向きの発想が求められるわけですが、日本人はこの「何が原因であっても大丈夫なように」という抽象的な考え方が不得意なように感じます。

経営資源型には、一つの対策で複数のより本質的な原因に対処できるという、大きなメリットもあります。例えば、「操業に10人が必要な工場に5人しか集まれないときにどうするか」を考えておけば、人が集まれない原因が新型コロナウイルスであっても、地震や台風であっても、交通機関のトラブルであっても、その対策は有効なわけです。

今回のことで、地震や台風といった、より本質的な原因からだけで対策を考えてはいけない点を多くの経営者が理解したはずです。「インフラが止まる」「建物に入れなくなる」「人が来られなくなる」。こうした被害が発生したときに、どのような代替が準備できるか。これからは、シナリオ型だけでなく、経営資源型の考え方を取り入れていくことがより重要になるでしょう。

リスク分散を「直列」ではなく「並列」で考える

リスクに対してシナリオ型、経営資源型の両面からアプローチしていったとき、具体的にはどのような対策が有効でしょうか。

具体的な対策の一つとして、「業務を複数の場所で行えるように分散する」という考え方は今後も有効でしょう。世界規模の感染症拡大であっても、拠点を分散する方が1カ所に集中するより被害への耐性があります。今回も、日本と中国のどちらにも拠点があれば、2月までは日本側の業務をメインにして、その後からは中国をメインにするような体制を取ることで、影響を最小限にできたかもしれません。

業務を分散するときに留意すべきなのは、「並列で分散する」ことです。上流から下流まである業務のうち、最初の工程は日本、途中の工程は中国、最後はベトナムというようなサプライチェーン発想の分散では、どこかが止まると全部が止まってしまいます。業務を直列で分散すると、むしろリスクは増えるわけです。分散するのなら国や地域、地方など、どこか一つのエリアで業務を一気通貫で行える体制を構築する。あるいは、上流から下流のどの工程も複数の地域で行えるようにする。そうした考え方が大切です。

バブル崩壊後、日本企業の多くは、リストラや効率化の過程で、設備や業務の並列化や冗長化を減らす方向で動いてきました。それによってコストを削減できた一方、リスクを自らつくっていたと見ることもできます。

そうした面はあるでしょう。例えば、医療の世界でも空きベッドをつくらないために病床数を減らしてきました。それが今回のパンデミックでは、対応できる病床の不足につながっています。通常時の空きベッドが減ると無駄がなくなったように見えますが、緊急時に社会に対してどれだけの価値を提供できるかという視点も欠かせません。そのためには、普段の費用対効果とは違う観点から、冗長性を持たせておくことも大切です。そうしたバランスを改めて考えるタイミングがきているのかもしれません。

大規模な地震など、100年に一度のような頻度でしか発生しないリスクに備えることは費用対効果が悪いように思えるかもしれませんが、ここでも大切になってくるのが経営資源型の対策です。地震のため、台風のため、感染症のためと、より本質的な原因から考えるのではなく、経営資源の被害から対策を考えていけば、複数のシナリオにも対応でき、実質的な費用対効果は高くなります。

この実現を難しくする根本には、「年度単位で費用対効果を考えてしまう」発想があります。仮に1年間大きな災害が起きなかったら、「その地域の救急医療は費用対効果が低い」ことになり、設備や予算を減らそうという動きになる。逆に100年に一度の災害を想定すれば、100年間での費用対効果を判断することになります。1年という短い期間ではなく、もう少し長い期間を基準に効果を決めていかなければ、いざというときに最大限の価値を提供できる最適な投資にはならないと思います。こうした発想の転換も必要だと考えています。

次回は、「コロナ後を見据えて経営者が持つべき意識や視点」について大林教授に語っていただきます。

連載:大林教授に聞くBCP策定

大林 厚臣氏

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
大林 厚臣(おおばやし・あつおみ)氏

1983年京都大学法学部卒業。日本郵船を経て、1996年シカゴ大学行政学博士号(Ph.D.)取得。2006年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授となる。2018年より戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」評価委員長、2019年より都市再生機構(UR)防災関係アドバイザーを兼任。企業等の事業継続・防災評価検討委員会座長、サイバーセキュリティ戦略本部重要インフラ専門調査会、政府業務継続に関する評価等有識者会議座長なども務める。

※役職は記事公開時点のものです。

コンテンツ本部 編集1部/周年事業ラボ コンサルタント
菅原 研(すがわら・けん)

編集者。海外旅行ガイドブック、IT・PC関連書籍の編集者を経て、2008年8月に日経BP企画(現・日経BPコンサルティング)に入社。担当業務は、日経BP社雑誌、Webサイト掲載の広告、企業広報誌、カスタム出版書籍、周年事業、Webコンテンツなどの企画、取材、編集、ディレクションなど多岐にわたる。座右の銘は「無駄遣いはできるうちにしろ」。