世界へ躍進、新しい大学モデルの構築を目指す東海国立大学機構

2020.11.16

大学広報

  • 吉田健一

    ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長 兼 周年事業・デザインセンター長 吉田 健一

世界へ躍進、新しい大学モデルの構築を目指す東海国立大学機構
国立大学法人 東海国立大学機構 松尾清一機構長(左)、森脇久隆副機構長(右)
2020年4月、名古屋大学と岐阜大学が統合し、国立大学法人東海国立大学機構が誕生しました。その背景にあったのは、これからも大学が社会や産業の持続的発展に寄与するためには大学自身も変化していかなければならないという強い思いだったと言います。統合に向けた準備から今日までを振り返りつつ、これからの大学のあるべき姿と目指す方向性について、共に、医学部附属病院長の時代から知り合いでもあった東海国立大学機構の松尾清一 機構長(名古屋大学 総長)と、森脇久隆 副機構長(岐阜大学 学長)にお話を伺いました。 聞き手=大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一/文=林 愛子

旧帝国大学の一つである名古屋大学と、岐阜県下唯一の国立大学である岐阜大学という、東海地域を代表する二つの大学の法人統合のニュースは驚きをもって迎えられました。まずは東海国立大学機構を設立するまでの経緯を教えてください。

松尾 国立大学を取り巻く環境は大きく変化しています。2004年に法人化され、2016年の法改正によって指定国立大学法人制度が始まりました。名古屋大学は2018年に指定国立大学法人となりましたが、その前後で将来構想を検討するなかで国立大学統合化と機構設立の着想を得ました。

根底にあったのは三つの視点です。一つ目は社会の変化。デジタル革命や科学技術イノベーション、あるいは人口構成の変化などによって社会構造が変革し、10年単位で社会の在り方が変化しています。そのなかで、大学だけがいまのままであり続けることは想像できませんでした。

二つ目は地域貢献。東海地域はものづくりが盛んです。しかし、世界の時価総額ランキングを見ると、日本のものづくり企業の存在感は薄く、世界に遅れているのではないかと危惧しています。そうしたなかで産業界は県をまたいでサプライチェーンを構築していますが、国立大学は県境を越えた連携が十分とは言えません。一つの大学にできることにも限界がありますから、志を同じくする大学が手を組むことで地域に一層貢献できますし、国際的にも通用すると考えました。

三つ目は今後の国立大学の在り方。国立大学は第3期中期目標期間において、①地域貢献型、②教育研究型、③卓越した教育研究型に分けられました。名古屋大学は③、岐阜大学は①ですが、名古屋大学も地域貢献に力を入れていますし、岐阜大学も世界に誇れる教育研究に取り組んでいますから、単純に三つに分けられるものではありません。いまやデジタル化が進み、地域は世界に通じ、世界は地域に通じています。地域創生で貢献するにも世界的な力が必要です。そこで、私たちは1類型と3類型を足し、合わせて4類型というような発想で、いままでにない新しいスタイルの大学を作ろうと考えました。

経営の効率化や合理化が統合の目的とする報道もありましたが、そうではなく、未来に向けた大きな構想なのですね。

松尾 国立大学法人運営交付金が減っているなかでの統合ですから、そういった受け止められ方もされましたが、効率化や合理化という発想では縮小均衡で、とても世界に伍していけません。森脇副機構長とは学会活動などで交流することも多く、大学の未来に対する考え方が一致していましたので、両大学とも強くなるというコンセプトで議論を進めました。

森脇 そうでしたね。私は岐阜大学の学長に就任して以来、地域活性化でも教育研究でも高いポテンシャルを持つ領域を深堀りして伸ばし、3年から5年後の姿を描けるまでになっていましたが、その先は難しいのではないかと感じていました。そうしたなかで統合化の構想が浮上し、これが次の発射台になると考えました。

機構設置を決断してからは苦難の日々でした。組織論として見れば、機構はホールディングカンパニーみたいなものですから、組織のスリム化や費用の捻出が必要であることは理解しやすいのですが、そのための規則や仕組みを作るのは容易ではありません。学内でも温度差があって、想像以上のスピードで対応しているところもあれば、何とか追いついているけれども実態はこれからというところもあり、まだまだこれからです。

機構設立に際して、3年から5年後をターゲットにした「スタートアップビジョン」を発表されました。

松尾 その一つが未来型の教育を実践する「Academic Central(アカデミック・セントラル)」です。まずは教養科目の共通化から始めますが、一部の専門教育についても議論が始まっていて、将来的には地域にコンテンツを開放して誰でも利用できるようにしたいと考えています。また、研究では「糖鎖」に注目してください。岐阜大学は糖鎖生命科学の研究が進んでいますし、名古屋大学には世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)採択のトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)などがあります。東海地域のほかの研究機関も含めれば、本機構で世界トップクラスの糖鎖生命科学の研究が可能です。ただし、スタートアップビジョンはあくまで初期のもの。統合化以降は現場のマインドセットに変化が起きているはずですから、最終的には本機構はもっと大きな役割を果たすことでしょう。

いま、機構の執行部と各大学の部局で中長期ビジョン策定に取り組んでいます。それを縦糸に、教育・研究のビジョンを横糸にして事業内容のたたき台を策定し、その後1年間をかけて調整して、2022年からの第4期中期目標期間をスタートしたいと思っています。統合化を通して私たちが経験していることは失敗も成功も含めて、すべて記録し共有したいと考えています。これから統合する国立大学に情報を共有すれば、同じ失敗を繰り返すことなく、円滑に統合化が進んでいくでしょう。そうなれば日本全体が変わります。私たちはその先駆けだと思って取り組んでいます。

東海国立大学機構の教育改革・協働システム
「Academic Central」

森脇 中長期ビジョン策定にあたっては週3件以上のペースで各部局のヒアリングをやっています。そこで得た情報を意思決定につなげるわけですが、機構設立以降は意思決定が速くなりました。機構長や機構理事のほか執行部は名古屋大学が9人、岐阜大学が6人でしたから、単純に考えれば15人体制になるところですが、本機構は内部の役員5人と外部の役員2人の合計7人体制としました。当初は執行部のスリム化を謳いましたが、実際に動き始めてみるとスピードアップの効果は大きいと感じます。

また、機構直轄の研究拠点は「糖鎖生命コア研究拠点(iGCORE)」「医療健康データ統合研究教育拠点」「航空宇宙研究教育拠点」「農学教育研究拠点」の四つがあり、なかでも航空宇宙研究教育拠点は、東海地域ならではの強みを活かした拠点だと言えます。 日本の航空宇宙産業の従業員数や出荷額を見ると、東京都と愛知県、岐阜県がトップ3で、データも拮抗しています。つまり、愛知県と岐阜県がまとまると、日本の3分の2に相当するのです。本機構は東海地域全体をカバーしますし、産業界との取り組みにしても、機構直轄の拠点ですから迅速な意思決定が可能です。

わずか数年間でこのような成果が出始めているのは、お二人のリーダーシップが発揮されているからではないでしょうか。

森脇 どんな組織でも、最終的にはトップが責任を持って判断を下します。組織の成否は意思決定のための判断材料をどれだけの速度で効率的に集めてトップに届けられるかにかかっていますし、そのための行動ができる組織を作るのがリーダーシップだと思っています。本機構では機構長の下に執行部があり、そこにどれだけの情報を届けられるかを意識して行動してきました。また、下部組織のメンバーに、情報を届けることで自分たちにもメリットがあることを見せることも大切。前述の四つの研究拠点は機構内でも動きが早いのですが、それは意思決定の仕組みをよく分かっているからと思います。

松尾 十分なリーダーシップを発揮できているかの判断は難しいところですが、少なくとも森脇副機構長と私は、ビジョンや目指すゴールを動かさないように話をしてきました。これからの大学の在り方に関する国の議論を見ても、現時点では大学法人を統合して機構を設立するという判断が正しかったと思いますから、周囲にも「この道を進んで行こう」と伝えています。

もう一つ意識しているのは「シェアード・ガバナンス」です。学長が何もかも決めてしまうと構成員の自主性や自律性をそぐばかりで、正しいリーダーシップとは言えません。大学の運営やビジョンづくりでも、できるだけ構成員の参加を促して合意形成しながら進めることが、結局は各人のモチベーションにつながります。アメリカの大学ではこうしたシェアード・ガバナンスが当たり前ですが、日本では依然としてトップダウンが多いですね。なにかやれば副作用が必ず出ますから、賛成意見も反対意見も聞いて、なるべく副作用を少なくするように気を配るべきですし、それが意思決定を円滑にする方法ではないでしょうか。

最後に今後の展望をお聞かせください。

森脇 機構の執行部では、四つの研究拠点に続くプロジェクトを興したいと考えています。一例を挙げると、地球温暖化や気候変動に関連するテーマ。名古屋大学と岐阜大学にはマクロの気候からミクロの気象まで優れた研究者が多数在籍していますから、人類に大きく貢献する成果を生み出せる拠点設置が可能です。糖鎖生命コア研究拠点はトップダウンで設置しましたが、新しいプロジェクトはボトムアップが望ましいですし、実際、大学の枠を越えた合同シンポジウムが企画されるなど、その機運は高まっていると感じています。

これから10年先の本機構がどうなっているのか、規模や内容までは読み切れていません。ただ、社会の変化が早いので、それに負けないようなものを作り、日本と世界に見せていきたいと思っています。これからの東海国立大学機構にご期待ください。

松尾 本機構は新しい時代の大学となるべく、誕生しました。世界中でデジタル・トランスフォーメーション(DX)が進むなかで、変化が必要なのはものづくり産業だけではありません。農業もサービス業も含めて、社会を丸ごと変革する必要があります。東海地域は東京や大阪ほど大き過ぎず、しかし有力な産業や大学が充実した良い規模感の地域ですから、本機構はこの地域を丸ごと未来型に変えるアカデミアの拠点を目指します。

それには名古屋大学と岐阜大学だけでは不十分ですから、まずは一つずつ成功例を作り、「あの機構にジョインすれば、我々も成長できる」と関心を寄せていただけるような存在になりたいと思っています。そうなれば日本だけでなく、世界中から優秀な人材が集まって、東海地域は大いに発展していくことでしょう。

日経BPコンサルティング ブランド本部副本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一

IT企業を経て、日経BP社に入社後、日経BPコンサルティングへ。2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。