~オーセンティシティとデリゲーションでブランドを紡ぐ~

「Amazonで働くということ」シリーズで伝えたかったこと

  • 吉田健一

    ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長 兼 周年事業・デザインセンター長 吉田 健一

今年、創立20周年を迎えたアマゾンジャパンは、従来の広告内容とは趣向や意義の異なる「Amazonで働くということ」シリーズを、テレビCMやブログなどでマルチに展開している。コロナ禍において、自社ブランドに対するパーセプション(認知)をどのように変化させ、消費者からの支持を得るか企業が悩む中で、Amazonで働く人の素顔に焦点を当てたこのシリーズには何らかのヒントが隠されていると思われる。
アマゾンジャパンのマーケティング統括本部長である鈴木浩司氏に話を聞いた。
聞き手=吉田 健一/文=吉村 克己

広告で重視したことはオーセンティシティ(真摯さ)

鈴木氏は、「現在、アマゾンジャパンでは7000人以上の社員が働いていますが、今回のシリーズでは当社の心臓部とも言える入荷や出荷を一手に引き受ける物流拠点であるフルフィルメントセンター(FC)で働く社員にスポットを当てて、新型コロナの中で、どのような思いを持って働いているか、ショートドキュメント風にまとめました」と語る。

この素顔シリーズには2つのバージョンがある。1つはFCで商品の保管と集荷をサポートするロボット「Amazon Robotics」をはじめとする設備のメンテナンスを担当するチームマネジャーの松井章雄氏が、自らの仕事と職場を語っている。もう1つは荷受け担当のアシスタントとして77歳ながら元気に働く野中勝氏の思いである。「毎日が勉強、毎日が青春」と若々しい声で話す野中氏が仕事を楽しんでいる様子がありありと伝わってくる。

「このお二人を私たちが選んだわけではないのです。FCで今回の広告の趣旨を説明して、『仕事を通じてお客様に伝えたいメッセージを話してほしい』と撮影スポットを用意しました。そこで、彼らが自主的に撮影に応じてくれたのです」と鈴木氏。

アマゾンジャパン パブリック・リレーションズ本部長の金子みどり氏は、マーケティングとPRが連動し合って、統合型マーケティング・コミュニケーション活動をテレビCM、ブログ、ツイッターで展開していることを説明した後、こう語った。

「私たちが重視したことは、オーセンティシティ(真摯さ)です。やらせではなく、自然体で社員に語ってもらうことを心がけました。大阪に単身赴任中の松井さんには6歳の娘さんがおり、テレビなどでAmazonが商品をお届けしているシーンを見ると、『ここがパパの働いている会社だ』とうれしそうに話すなど、社員の家族も誇りに思ってくれています。野中さんも毎日、ワクワクしながら働いていることをご自身の言葉で伝えてくれました」

イノベーティブなイメージが独り歩き

今回、Amazonで働くということシリーズを発案したきっかけも、その社員たちの仕事に対する誇りや顧客への思いを伝えたかったからだと鈴木氏は言う。

「Amazonでは創業時から『地球上で最もお客様を大切にする企業になること』というミッションを掲げ、実践してきました。お客様のニーズに応えるにはどうしたらいいか、常に考え、失敗を繰り返しながらも、Amazonプライム、AIを活用したAlexa、クラウドサービスのAWSなどのイノベーションを生み出してきました。昨年からは日本独自に置き配サービスもスタートしました。その結果、幸いにもイノベーティブな企業としてのパーセプションが高まりました。しかし、その一方でイノベーティブなイメージが独り歩きし、ブランドに対して機械的で、身近に感じられないというパーセプションも同時に植え付けてしまったと感じています。

しかし、イノベーションは機械やAIが起こしているわけではなく、やはり人の思いや発想から出てくるものです。アマゾンジャパンの社員7000人の1人ひとりが毎日、お客様のことを考える中から生まれてくる。そこで、人に焦点を当てた広告を発案したのです」

イノベーションは人が生み出しているということを伝えることが第一義だが、二義的には社員たちに対しても、コロナ禍の中でさえ顧客のためにイノベーションを日々、考えている同僚たちの姿を感じ取ってもらいたいという思いがあった。

素顔シリーズを作ったもう1つの背景として、やはり新型コロナの影響がある。

「お客様の生活に大きな影響を与え、当然ながら当社も大きな変化を強いられています。特にFCではソーシャルディスタンスを保って仕事をするなど、従来当たり前に行ってきたことができなくなりました。しかし、その中でも社員たちは工夫し、どうすればお客様に喜んで頂けるかと日々努力している。その姿をお客様に伝えたかった」と鈴木氏。

世の中は一斉にリモートワークに移行し、遠隔で仕事をするようになったが、入荷や出荷はリモートではできない。コロナ禍でも安全に配慮しながら作業を続けている人たちがいる。後ろ向きになることなく、イノベーションを探る社員の姿を伝えたいと鈴木さんたちは考えたのだ。

デリゲーションと失敗を許す文化が強み

イノベーションには経営層によるトップダウンが近道だという考え方があるが、Amazonでは伝統的にボトムアップ型のイノベーション文化があると鈴木氏は指摘する。
「これまでいろいろな会社に勤めた個人的な経験から言えば、Amazonほどボトムアップでアイデアを出す文化が強い会社はありません。実は私の経歴はちょっと変わっていて、若い頃は動物行動科学の研究者だったのです。そのため、アメリカの大学に進みましたが、滞在中の1998年に友人から勧められて創業間もないAmazonで学術書を買いました。何冊か本を買うと、あるとき私の好みの本を推薦するEメールが届きました。これには驚き、どんな方法で薦めているのか興味を抱いたのがインターネットの世界に入るきっかけでした。以来、ネットでのマーケティングに転じ、イギリス系のネット会社に勤めた後、日本のEコマース会社を経て、2015年にAmazonに入社しました」

インターネットの分野で17年を経て、最初の衝撃を与えたAmazonに入社した鈴木氏はカリスマ経営者のジェフ・ベゾス氏が率いているにもかかわらず、デリゲーション(権限委譲)が徹底していることに再度、驚かされた。
「意思決定をトップ層のみならず全社員が担っているのです。『地球上で最もお客様を大切にする企業になること』というミッションの下、お客様のためになら失敗してもやってみるという企業文化が根付いています。1人ひとりが判断して動くので実際、失敗が多いんですよ。でも100個の施策の中から1個でも成功したら、そこを更に深掘りして磨きをかけていく。こうした泥臭いプロセスとデリゲーションを推進する文化がAmazonの真の強みです。Amazonプライムもそうした中から生まれました。全社員が考え、日々の小さな行動からお客様の本質的な価値を探り当てていく精神がここにはあります」

金子氏はこのようなAmazonの文化は「Day One」という言葉に集約されると言う。Day Oneとは「毎日が始まりの日」という意味で、Amazonの本社ビルやブログの名前にも使われている。

「新卒も含めて全員がリーダーであり、お客様のためなら失敗してもやり続け、自分で文化を創造する。これらを象徴する言葉がDay Oneであり、Amazonでは日常的な言葉になっています。その裏側には絶えざる危機感があり、世界で100万人近い社員を抱える大企業になっても初心を忘れてはいけないという謙虚な思いが込められています」と金子氏は言う。

最後に今後の展望について鈴木氏は「コロナ禍であろうとなかろうと1ミリも変わらないし、変える必要もない」と断言する。

「前述のミッションに尽きます。お客様が求めていることに応え続けるだけであり、今後も目指すところは変わりません」

Amazonのイノベーションは変わることなく続いていく。

ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長
兼 大学ブランド・デザインセンター長
兼 周年事業・デザインセンター長
吉田 健一

IT企業を経て、日経BP社に入社。日経BPコンサルティングに出向後、2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。

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