入山教授に聞く企業レジリエンス(3)

「キーワードは『恒常的な変化』」

2020.09.29

“ニューノーマル時代”の企業BCP

  • コンテンツ本部 ソリューション1部 平野 優介

新型コロナウイルス感染拡大防止のために実施された大規模な社会活動の自粛は、社会の姿を変えました。それに伴って企業経営も変化を求められますが、この中でも重要なのが「BCP(事業継続計画)」の策定や見直しです。“ニューノーマル時代”のBCPの在り方に関する情報を発信していく本企画。総論部分の総括となる第3回は、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏に、新型コロナが浮き彫りにした事業継続の諸課題を改めて整理していただくとともに、「ニューノーマル時代」に即応できる企業レジリエンスの条件を伺いました。

企業本来の力が先鋭的に問われる時代が訪れる

変化対応の重要性を見てきましたが、今後、日本企業を取り巻く企業環境はどのように変化していくのでしょうか。また変化を捉えるために必須の視点とはどのようなものでしょうか。

前提として、中長期的な経営視点が必須です。例えば、シーメンスやボッシュなどに代表されるドイツ企業では、中長期の経営戦略を持つ企業も多くあります。彼らは数十年先の流れを読み解く「メガトレンド」も見据えて、意思決定を行います。「正確な時期まではわからないものの、確実に起こる変化を予測し、捉え、適切に対応していこう」とする姿勢です。例えば、気候変動や世界的な食糧不足、そしてDXの進展は予見されている課題です。日本に即してみると少子高齢化も挙がるでしょう。

それらを前提にした中長期スパンの企業姿勢には「腹落ち」があります。「知の探索」(※第1回参照)にも数多く取り組んでいるため、事業のポートフォリオを最適な形で入れ替え・組み替えて、創業当時とは手掛けている事業領域が異なる企業も多い。そうして変化を続けることで生き残り、将来の事業承継へとつなげていきます。日本の企業であれば、シリコンバレーのスタートアップ企業とコラボレーションしながら新たなイノベーションを模索し続けるコマツのような例はありますが、そのような中長期的な経営視点を持つ企業は決して多くはありません。

先を見通せない状況ですが、これから何が起きるのでしょうか。

第1回でもお話しましたが、今回のコロナ禍は、日本社会の大きな変化を阻んできた「経路依存性」を崩す働きをしている側面があります。経路依存性が崩れた後には、生き残りをかけた大規模な競争が起こることは間違いありません。コロナ禍によって収益が悪化し、競争も激しくなる中で、多くの企業が経営環境を少しでも改善するために株式、債券、不動産などのアセットを手放すでしょう。

国内外のさまざまなファンドが、アセットを買い求める大変革が起こります。実際に、欧州を本拠とする「CVCキャピタル・パートナーズ」というプライベート・エクイティ・ファンド(投資ファンド)が、4月に今後数年間で日本市場に1500億円投資すると発表しています。国内投資ファンドの「アドバンテッジパートナーズ」も、中堅の日本企業に投資する850億円規模のファンドを設立しています。今後は中国のファンドも、同様の動きを見せるでしょう。変化に対応できずに経営環境が悪化した企業の多くは、買収されたり、アセットを売却したりしなければ生き残れない状況になる。倒産する企業も増え、リストラが進む可能性は高いとみています。

こうした大転換が進むこと自体は以前から指摘されていましたが、コロナ後には、より加速・先鋭化した形で起こると予想しています。ここで中長期的なビジョンを持って柔軟に変化に対応できる企業は生き残れるでしょう。一方、変化できない会社は倒産や買収される時代となります。コロナ以前からも「VUCAの時代」といわれていましたが、いよいよそれが本格化し、企業が持つ本来の実力が試されます。この難局を乗り切り、変化に対応する姿勢を獲得することが、企業の明日を切り拓く、つまり事業継続性を獲得することにつながります。

事業継続計画(BCP)には、中長期的視点が必須

新型コロナは世界的な「パンデミック」です。この事態にうまく対応できた日本企業はあったのでしょうか。

パンデミックについていえば、2019年3月頃の話題ですが、ホテル、マンション事業を展開するアパグループの元谷外志雄代表が、事業環境のリスクとしてパンデミック(感染症・伝染病)を挙げています。ここで、重要なことは、コロナのようなパンデミックを予測できていたかどうかではなく、中長期のビジョンで経営環境を予測していたかどうかです。

繰り返しになりますが、大切な視点は中長期的に経営環境を洞察し、その中で想定される変化に対応可能な組織を準備しているかに尽きます。それは先見性のある経営者なら必ず持っている視点です。元谷代表も、中長期のビジョンを持つ中で、事業を左右する課題の1つとしてパンデミックという言葉がでてきたのだと考えます。

航空業界もコロナ禍で大きな打撃を受けましたが、ANAやスカイマークは対応が早かったと感じます。航空業界は、飛行機が飛ばなければ売り上げは下がり、人件費と機材費などの固定費がかさむアセットの重い業界です。その中でもANAの片野坂真哉社長は、一時帰休の実施や雇用調整助成金の申請、役員報酬・管理職賃金のカット、機材導入の後ろ倒しなどのコスト削減推進、金融機関からの継続的な資金調達などをスピーディーに実現しました。あのスピード感には、コロナ以前からの問題意識があったのではないかと感じます。また、スカイマークも対応が迅速でした。コロナ蔓延の兆候が表れた際には既に会社の財務分析を終え、社員に経営状況を明らかにし、当面経営の見通しとコロナの状況に応じた経営シナリオのパターンを説明しています。

恒常的に変化対応できる会社は、変化に強い“しなやかな“BCPを策定・運用している

今回の経験を踏まえ、今後を意識したBCP見直しのポイントを教えてください。

これからを考える上では、想定され得るシナリオプランニングを行い、各オプションご対応するシミュレーションを実践することは重要です。しかし、繰り返しになりますが最も大切なのは、「変化に対応できる」ことです。

コロナ以前にも経営的な危機は何度も訪れています。記憶に新しいのは、2008年に発生したリーマン・ショックではないでしょうか。あの世界規模の経済危機に適切に対応できたか否かの差は、今回のコロナ禍への対応でも如実に表れています。先日、ボストンコンサルティンググループ(BCG)日本代表の杉田浩章氏と談話した際も、同様の印象を持たれていました。つまり、リーマン・ショックの経験から「変化は常にやってくる」と学んだ企業は、アセットを軽くしつつキャッシュを常に稼げる体制を既に構築しています。今回のコロナ禍も、好機と捉え、「攻めの企業戦略」を模索しながらチャンスをつかみ始めています。

(資料:入山章栄氏)

変化への対応に求められるのは、組織力であり、リーダーシップであり、人材のマインドセットです。恒常的な変化を実現している企業であれば、今回のような突発的な危機にも柔軟に対応できるようになります。

BCPは企業経営にとって重要な施策ですが、単にBCPのみを切り出して新たに策定・見直すことよりも、企業として恒常的な変化を実現しようとする姿勢の確立こそが重要です。その意味では、働き手の側も、時代に即応してCX(カスタマーエクスペリエンス)の向上を是とする経営者を選ぶべきでしょう。さらに、万が一こうした経営者が暴走した時のために、企業ガバナンスをきちんと担保することも必要です。それらを見誤らなければ、想定外の大きな危機が訪れても、事業継続に向けた確かな道はおのずと見えてくるはずです。

連載:入山教授に聞く企業レジリエンス

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄(いりやま・あきえ)氏

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。2015年11月に刊行した『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』はベストセラー、メディア出演多数。

※肩書きは記事公開時点のものです。

コンテンツ本部ソリューション1部
平野 優介(ひらの・ゆうすけ)

記者・編集者・防災士。中央省庁関連書籍の担当を経て、2011年3月より地方行政の総合誌「ガバナンス」の記者・編集者を担当。(公財)後藤・安田記念東京都市研究所の「東日本大震災に関する資料リスト」には、自ら企画した特集およびインタビュー記事が所蔵される。その後、税務分野の月刊「税理」副編集長に就任。2017年9月、日経BPコンサルティング入社。日本ユニシス「Club Unisys」など各種Webメディア編集、周年事業センターのコンサルタントを経験。現職に至る。