入山教授に聞く企業レジリエンス(2)
「腹落ちなしのDXは混乱を生む」
「腹落ち」「共感性」が希薄な企業は、存続すら危うい
新型コロナ危機が突き付けた影響には、働き方や組織に対する「価値観の変化」があると考えています。入山先生はどのように分析されますか。
不確実性の高い時代の企業経営には、「知の探索」と「知の深化」が必要です。日本企業の場合、既存事業を拡大・深耕する「知の深化」にかじを取りがちです。しかし、変化に対応し、イノベーションを進めるには中長期的な視野からの「知の探索」が重要です。新たな事業領域を模索する動きでもあるので、当然、失敗も多い。それでも「知の探索」を止めずに進むための原動力となるのが、経営学でいう「センスメイキング(納得・腹落ち)」です。それは企業としての存在理由や目指すべき方向感への「共感」や「腹落ち」を経営層から現場まで共有している、ということです。しかし、多くの日本企業はこの部分を苦手にしていると感じます。
そして、コロナ禍を前提にしたリモートワークなどが進む経営環境下で最も希薄化するのが、この腹落ちの部分。私自身、いくつかの企業から相談されていますが、現場ではこうした事案が既に多く発生しています。例えば、コロナ前から起業家の孫泰蔵さんの会社「Mistletoe(ミスルトウ)」はオフィスがなく、在宅勤務を推進しています。なぜ、それが可能なのでしょうか。私の理解では、経営者のビジョンに共感したメンバーが集まっているから。つまり、腹落ちがある、ということです。孫さんの事例だけでなくGMOやサイボウズも、会社が「どんな目的のためにあるのか」「どんな世の中を創っていくのか」に一人ひとりの理解と共感があるのです。
しかし、従来型の日本企業はこの部分が弱い。メンバーシップ型で採用され、「終身雇用で定年までとりあえず会社にいます」という意識の社員は多くの企業に一定数存在します。また、経営層がビジョンを掲げても社員がほとんど信じていない状況もあります。こうした前提の上に、リモートワーク環境が当然の時代となればより腹落ちが弱くなり、結束力も弱まります。そんな企業は、複雑化する経営環境下での競争を生き残っていけないでしょう。
講演でよく使う図があります。図中の横軸はリモートワークとDXの導入度合いを示しています。リモートワークとDXは程度の差こそあれ、進むとみています。問題は、縦軸。そもそも共感や腹落ちがあるかどうかです。GMOやサイボウズ、欧米のグローバル企業や優れたスタートアップ企業は、右上にプロットされます。会社の向かうべき先に共感と腹落ちがあり、しかもリモートワークやDXも進んでいるため、世界や業界をリードできていると考えています。また、左上のリモートワークやDXが進んでいなくても、共感や腹落ち度が高い企業であれば、これからリモートワークやDXの導入を進めてもうまくいく可能性があります。
●「企業ビジョンへの共感・腹落ち度合い」と「リモートワーク・デジタル変革」の相関図
(資料:入山章栄氏)
縦軸は、企業としてのビジョンや目指すべき方向性への共感・腹落ち度合いを示している。横軸は、RW(リモートワーク)とDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入度合いを示している。なお、図中のSDは、サスティナブルディベロップメント(=持続可能な開発)を意味している
しかし、多くの従来型の日本企業は左下にプロットされます。つまり、共感や腹落ち度が低く、リモートワークやDXの導入も進んでいない。ここで「コロナ禍だから」「同業他社がやっているから」などの理由でリモートワークやDXを推進して図の右下に移行すると、「何のためにこの会社にいるのか」「何のために仕事をしているのか」が共有されていませんから、現場で混乱が起こります。実際にこの図を使って講演した際、経営コンサルティングファームの方からは、「混乱に陥っている企業が生まれている」との反響がありました。
共感や腹落ち度の低い企業は今後どうなるのでしょうか。
デジタル化の進展などで今後、経営環境はより複雑になっていきます。そんな中で企業が生き残るには、「知の探索」を源泉としたイノベーションが不可欠です。そしてイノベーションの実現には、自社の既存事業の枠を超えた外部の事業や人材との、強くはないけれど多様な結びつきが大切です。そして、この「弱い結びつき」を広げるの役割を果たすのもDXです。また、DXの進展による弱い結びつきの広がりは、働き手のさまざまな人脈構築にも寄与します。副業市場は活性化するでしょうし、転職のチャンスも増えるでしょう。そんな中では、優秀な人材から先に共感や腹落ち度が低い企業から去っていくことになるでしょう。そんな企業に待っているのは衰退です。
新型コロナ禍は企業姿勢の「リトマス試験紙」
事業継続に最も必要なのは、「恒常的に変化する姿勢」と理解しました。
重要なポイントは、「大きな変化に対応するために日ごろから小さな変化を起こし続けている」という点です。つまり「変化に慣れている」こと。例えば、サイバーエージェント取締役の曽山哲人さんにお会いすると、「変化を常態化する」ことを目指している印象です。変化や不確実性に慣れていれば、企業レジリエンスを高めるとともに、時代に即応可能なBCPの確立に近づいていくはずです。
私は事業継続の観点から、見落としてはいけない3つの視点があると考えます。1つ目は、有事を想定した「適切な計画と準備」、2つ目は「練習」、3つ目は「現場のリーダーシップ」です。
1つ目の「適切な計画と準備」については、大手企業の7割(編注:内閣府調査によると、2019年時点のBCP策定割合は、大手企業68.4%、中堅企業34.4%)ができています。しかし、これだけでは不十分で、有事に機動力を持って動けることが必要です。これが2つ目の「練習」です。避難訓練をイメージしてもらえばわかりやすいでしょう。3つ目の「現場のリーダーシップ」をより詳細に言及すれば、権限委譲とそれに耐え得るリーダーの存在です。事業環境の不確実性が高い中、BCPで対応する事案は想定外かつ突発的です。その中で、トップにまで「お伺い」を立てなければいけないようでは、対応が滞ってしまいます。
刻々と変化する事案へ対処するには、現場に十分な権限が委譲されていて、その権限に耐え得るだけの柔軟な意思決定ができるリーダーが不可欠です。例えば、アイリスオーヤマには、大山健太郎さんという素晴らしい経営者がいます。働く社員一人ひとりもそのビジョンに共感性も持っています。このため、意思決定に際しては大山さんのビジョンに共鳴しながら社員が動けるのです。現場にも権限委譲がなされています。このため、2011年の東日本大震災の際には、現場の判断で「無償で自分たちの製品を提供しよう」といった柔軟な対応を実践することができたのだと思います。
コロナ以前から「良い会社の条件」は変わっていません。平時から「良い会社」と呼ばれる会社は、不確実性の高い時代であっても変化に対応できる会社です。当然、策定・運用しているBCPも優れているといえます。今回のコロナ禍は、その違いを浮き彫りにしました。変化に対応できている企業とそうではない企業を分ける、「リトマス試験紙」としての側面もあったのではないでしょうか。リーダー、企業文化、制度や仕組み、これらすべてが変化に対応できることが重要です。
次回は、変化の時代に即応する事業継続の条件を入山教授に語っていただきました。
連載:入山教授に聞く企業レジリエンス
- 【1】 「変化への対応力」
- 【2】 「腹落ちなしのDXは混乱を生む」
- 【3】「キーワードは『恒常的な変化』」
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄(いりやま・あきえ)氏
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。2015年11月に刊行した『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』はベストセラー、メディア出演多数。
※肩書きは記事公開時点のものです。
コンテンツ本部ソリューション1部
平野 優介(ひらの・ゆうすけ)
記者・編集者・防災士。中央省庁関連書籍の担当を経て、2011年3月より地方行政の総合誌「ガバナンス」の記者・編集者を担当。(公財)後藤・安田記念東京都市研究所の「東日本大震災に関する資料リスト」には、自ら企画した特集およびインタビュー記事が所蔵される。その後、税務分野の月刊「税理」副編集長に就任。2017年9月、日経BPコンサルティング入社。日本ユニシス「Club Unisys」など各種Webメディア編集、周年事業センターのコンサルタントを経験。現職に至る。