SDGsブランディング事例

「きかんしゃトーマス×国連SDGs」共同企画にみる社会課題解決と企業メリットの両立――マテル編

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    サステナビリティ本部 コンサルタント 清水 秀起

根本かおる氏
企業が本業において利益を上げながら、いかにSDGsへ貢献するか。このSDGsの本質を具体的な取り組みに移せず、悩む企業は少なくない。
世界185の地域、30カ国語以上で放送され、長く愛される幼児向けアニメ「きかんしゃトーマス」。アメリカの玩具会社、マテルは2011年にその権利を取得後、企画・製作を手がけているが、2018年に放映された第22シリーズ(日本での放送開始は2019年)では、国連との共同企画でSDGsを物語に盛り込んだ。SDGsをテーマにしたシリーズは、若い視聴者およびその保護者たちの意識や行動にどのような変化をもたらしたか。
前回の国連編に続き、今回はマテルがこの企画を取り組む意義について、同社「きかんしゃトーマス」プロデューサー、イアン・マックキュー氏に聞いた。
構成=清水 秀起/文・訳=添田 悦子

未来を担う子どもとその保護者の間に
価値ある会話のきっかけを目指して

国連と協業し、SDGsをテーマにした「きかんしゃトーマス」シリーズを製作することになったきっかけは

マックキュー 「きかんしゃトーマス」の第22シリーズの企画開発がスタートしたのは2016年ですが、何か新しい展開をしたいと考えていました。そこでトーマスが、さまざまなカルチャーや新しい友達と出会うために世界へ飛び出すというストーリーを企画したところ、ちょうど同じ時期、我が社のPRチームが国連からSDGsについて説明を受けていたのです。国連側もトーマスの新たな冒険について興味を抱いてくれたため、共同企画という素晴らしい機会について話し合うまでに時間はかかりませんでした。

共同企画の最大の目的は何でしょう

マックキュー 「きかんしゃトーマス」では視聴者の子どもたちに向けて、常に社会的、心情的な学びを届ける番組として長く愛されています。トーマスやその仲間たちが直面する問題や出来事から人生における重要なレッスンを感じてもらえるよう、丁寧に物語を作っています。今後の取り組みとして、子どもたちをとりまく実際の世界とはどんなものなのかよりダイレクトに伝えるため、ソドー島を飛び出し、世界中にトーマスを連れ出す決断をしたのです。共同企画がスタートして感じたのは、このシリーズがSDGsの大切さだけではなく、もっと大きな意味をトーマスファンたちに伝えられるのではないかということです。我々のゴールは、次世代のグローバル市民にインスピレーションを与え続けることであり、彼らとその保護者に価値ある会話と学びを創造することなのです。

第22シリーズでは、SDGsの目標4、5、6、11、12、15の内容を盛り込んでいますが、選定はどのような視点で行ったのでしょうか

マックキュー 我々のチームは、ロンドンからニューヨークの国連の担当者を訪ねました。国連クリエイティブ・コミュニティー・アウトリーチ・イニシアシブ(UNCCOI)を始め、さまざまな分野のエキスパートと会いました。国連環境計画(UNEP)、国連開発計画(UNDP)、国際農業開発基金(IFAD)、ユニセフ(UNICEF)、そして国連広報局(DPI)など、数々の機関の担当者とのミーティングを重ねたことで、「きかんしゃトーマス」の物語に最もふさわしく、また視聴者にとって新たなライフレッスンとなるゴールを選ぶことができました。目標を選ぶ際に重要だったポイントは、就学前の子どもたちにとって理解しやすく、かつ楽しい内容であり、またメッセージ性のある物語にできるかどうかということでした。

「きかんしゃトーマス」第22シリーズで取り上げられたSDGs目標と啓発ショートビデオ

「目標4 質の高い教育をみんなに」

「目標5 ジェンダー平等を実現しよう」

「目標11 住み続けられるまちづくりを」

「目標12 つくる責任、つかう責任」

「目標15 陸の豊かさも守ろう」

第22シリーズにはニアとレベッカというキャラクターが登場しました。SDGsとの関連はどのようなものでしょうか

マックキュー ほかの機関車たちと同じように、ニアとレベッカは実際に働く機関車をベースにしています。彼女たちは機関車チームに加わる新しいレギュラーメンバーとして生み出されました。彼女たちが加わったことで、ティドマス機関庫は男女比が4:3となり、ジェンダーバランスに変化をもたらしました。ニアとレベッカはほかの機関車と同じく強くて速い機関車です。我々は全てのキャラクターに同様の能力やレベルがあることをストーリーの中で伝えています。この新たなキャラクターたちが描くのは、目標5の「ジェンダー平等を実現しよう」でもあります。

マテルが特に賛同しているのは、「目標6 安全な水を世界中に」とのことですが、これはどうのようにこのシリーズでは取り上げられていますか

マックキュー 「安全な水を世界中に」は、我々が賛同したい目標ですが、物語のテーマとして取り入れるのは難しいと判断しました。そこで「きかんしゃトーマス」のマイクロサイト(AllAboardForGlobalGoals.com)内にショートストーリーを作り、ライフラインとして安全な水が世界中で必要とされていることを伝えています。トーマスやその仲間の機関車たちが働くためには、水がないと動けないということを描きながら、水の大切さを伝えているのです。

「目標6 安全な水を世界中に」

きかんしゃトーマス All Aboard For Global Goals.com サイト

イアンさんご自身が、共同企画シリーズの中でお気に入りのシーンはどこですか

マックキュー このシリーズは素晴らしいシーンがあまりにも多いので選ぶのはとても難しいですが、子どもが大好きである動物が出てくるエピソードは、私も特に好きですね。オーストラリアを舞台としたバンジョーと山火事のストーリーは、トーマスが野生動物を危機から救い出すことを学んだということで良いストーリーだったと思います。これはゴール15からインスピレーションを得たものです。

エンターテイメントと教育的観点の融合

トーマスの物語にSDGsを組み込んだことで生まれた、新しい魅力は何だと考えますか

マックキュー 「きかんしゃトーマス」は子ども向けでありますが、明確な目的を持った番組であることをアピールできたのではないかと思います。エンターテイメント性がありながら教育的観点も盛り込んでいるため、番組を視聴した子どもと保護者がこの内容について話し合ってもらえることを願っています。

共同企画のシリーズに対し、視聴者である子どもの保護者からはどんな反響がありましたか。また視聴率に影響はありましたか

マックキュー 反響はポジティブなものが非常に多かったです。トーマスが世界中を冒険した内容は、オリジナルのストーリーに彩りとエネルギーを与えてくれました。トーマスは中国、インド、オーストラリアなどを旅して素晴らしいキャラクターたちに出会いました。視聴者である子どもたちはそれを楽しんでくれました。
第22シリーズがイギリスで放映されたとき、最高視聴率が50%を超えたとテレビ局から伝えられました。驚くべき数字でした。

国連と共同企画を進めるにあたり、難しいと感じた点はありましたか

マックキュー コラボレーションは非常にスムーズなものでした。就学前の視聴者たちにわかりやすく正確なメッセージを伝えていくため、制作期間中は国連の担当者が脚本を確認し、SDGsの内容を物語としてどう落とし込むのがベストなのか、随時アドバイスしてもらいました。今回の協業はトーマスの物語で常に描いているように、まさに「チームワークの勝利」と言えるでしょう。

最後に、この共同企画シリーズのコンテンツを生かした今後の展開などがありましたら教えてください

マックキュー マイクロサイト「AllAboardForGlobalGoals.com」内では、よりSDGsを生活の中に取り入れてもらうため、共同企画で取り上げた各ゴールの保護者向けのチップス(PARENT TIP)やチェックシートを用意したほか、引き続きショートストーリーを掲載しています。さらに世界の国々のテレビ局にSDGsについての公共広告提供を予定しています。視聴者の意識を高め、より詳しい情報を得ようと行動するきっかけになればと思います。

トーマス×SDGs、日本での反響は?

最後に、マテル日本法人である、マテル・インターナショナル株式会社に、この取り組みについて質問した。

2019年は日本でSDGsを取り入れた第22シリーズが放映され、また、関西では阪急阪神の電車、関東ではJR山手線でSDGs車両が走り、車内でトーマスのSDGs動画が流れました。どのような反響がありましたか

マテル・インターナショナル 1,2歳のお子様をおもちの、親世代の方より、多くの反響がありました。例えば、「2030年は今の子どもたちが主役になる時代のため、(トーマスのように)子どもが観る作品こそ、国連と連携してSDGsを取り入れるべき」などの声をいただいています。その他、メディア露出も多くいただきましたし、また、ある弁護士の方からは「子ども対象エンタメの先進例」などのコメントもいただいています。

このような取り組みは、日本の「きかんしゃトーマス」のブランディングにおいて、どのような効果があると考えていますか

マテル・インターナショナル トーマスは2020年に75周年を迎えるのですが、これまでも日本の多くのお子さまに共感や協力、友情の大切さを伝えてきました。さらに国連との共同企画により、トーマスを通してお子さまに地球を守るための大切なメッセージを伝えており、教育や知育を目的に観る方も、増えたかと思っています。

清水 秀起

SDGsデザインセンター コンサルタント
清水 秀起(しみず・ひでき)

大学時代に某教授のゼミでジェンダー論、フェミニズムを学ぶ。卒業後は出版社の月刊誌編集、IT企業のWebサイト編集・運営等を経て、弊社で企業のブランディング、マーケティング支援に従事。既成の社会観念や価値観に捉われない視点で、企業の本業とSDGs、ESG課題を分析し、貴社の持続可能な成長戦略と価値創造に寄与します。

※肩書きは記事公開時点のものです。