ここは、「あきらめてよい場所」ではない
どういう経緯で、陸前高田市がSDGs未来都市を目指すようになったのでしょうか。
ご存じのように、2011年3月11日に起きた東日本大震災で、陸前高田市は甚大な被害を受けました。言葉では表せないほどの被害です。それでも、国内外から多大な応援を受け、国のお金も使い、ここまで9年をかけて、ある程度復興を果たすことができました。津波に備えて嵩上げ工事が行われた新市街地には、ショッピングモールをはじめ、個人商店や飲食店が建ち並んでいます。
その一方で、避難をした方々がみな戻ってきたわけではなく、日本の地方都市に共通した悩みとして人口減少や少子高齢化も進んでいます。精一杯の努力はしていますが、このままではこのまちがあと何年持続できるのか、予断を許しません。もし、5年後や10年後に市が存続できなくなってしまったら、せっかく応援をいただいたのに、意味がなくなってしまいます。
ここは、「あきらめてよい場所」ではありません。だったら、それぞれができることを、みんなでやっていこうと考えているときに、国連において持続可能な開発目標を掲げたSDGsが採択されました。これを見て、まさに私たちが目指していることと重なっていると感じました。そして、陸前高田市が持続していく手助けになると考えて、内閣府が選定するSDGs未来都市に手を挙げたのです。
高齢者も障がいのある方なども誰もが対等に暮らせるまちに
SDGs未来都市の理念として、陸前高田市は「ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり」を掲げていますが、これはどういうことを意味しているのでしょうか。
ノーマライゼーションを直訳すると均一化という意味で、高齢者や障がいのある方などとそうでない方が、みんな対等に生きるという考え方です。もちろん、その考え方はとても良いことであるのは疑いようがありません。ではなぜ「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」にすると宣言しているのかといえば、そんな言葉が使われていること自体に問題があると考えているからです。
ほかの例でいえば、男女共同参画社会という言葉がありますが、もし男女がすでに平等になっているならば、そんな言葉は生まれないでしょう。同じことで、ノーマライゼーションが実現していないから、ノーマライゼーションという言葉があるわけです。そこで、せめてこのまちはノーマライゼーションなどという言葉が必要ないほど、みんなが一緒に生きていることが当たり前のまちにしたいのです。
「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」という考えは、どういうきっかけで生まれたのですか。
私が20代のとき、アメリカで見た光景が強く印象に残っています。当時から、アメリカでは障がいのある方がごく普通にまちに出ていました。車いすで飲み屋にも行きますし、ダンスをしている人もいました。日本ではそうした光景をほとんど見たことがなかったので、「日本もこうでなくては」と思ったものです。
サントリーグループによる復興支援活動「サントリーチャレンジド・スポーツ体験教室」では、車いすバスケットボールなどの障がい者スポーツを体験できる。講師として、現役のアスリートが参加している。
人はこの世に生まれた以上、幸せになる権利があるはずです。あとは本人の気持ち次第であって、少なくとも社会環境が整っていないために本人の気持ちが折れるようではいけない。ずっとそんなふうに考えているところに、東日本大震災が起きました。
陸前高田市は市街地がすべて消滅してしまうという大きな悲劇に見舞われましたが、逆にいえばインフラをゼロからつくりなおす機会を与えられたわけです。それならば、道路や店舗の段差をなくすといったハードはもちろん、ソフト面にも留意して、高齢者や障がいのある方も健常者も、誰もが生きがいを持って住めるまちにしたいと思いました。
「SDGs未来都市」として発信する、ということ
未来都市に選ばれたことで発信力も高まると思いますが、どういうまちの姿を伝えていきたいと考えていますか。
持続可能なまちにするというと、定住人口を増やすことを連想する人が多いかと思います。しかし、それは簡単ではありませんし、そもそもそれだけが持続可能の条件というわけでもありません。まずは、日本中、世界中の方々に陸前高田市を知っていただき、交流人口を増やすところから実現させていきたいと思っています。
現在、そのきっかけとなっているのが「道の駅高田松原」や「東日本大震災津波伝承館」で、すでにたくさんの方に来ていただいています。また、2021年には農業テーマパーク「ワタミオーガニックランド」、隈研吾さん設計による日本最大級の野外音楽堂が開業するほか、国営追悼・祈念施設である「高田松原津波復興祈念公園」も整備中です。まずは、こうした取り組みを通じて交流人口を増やし、ビジネスになっていくことを目指しています。
毎年5月に開催される「たかたのゆめ田植え式」。たかたのゆめは、陸前高田市の農業復興のシンボルとして誕生したブランド米である。
ごはんがおいしい、眺めがいいという場所はいくらでもあります。それだけではなく、外から来た方が、「このまちは何か違うよね」と思っていただきたいですね。たとえば、商店街に行ってみたら、おみやげ屋の店先で高齢者や障がいのある方などが笑顔で働いているといったように、誰もが自分の持ち場で活躍でき、生きがいを持って生活する姿を見てほしいと思います。
SDGs未来都市としての取り組みの一つとして、市民向けのSDGs啓発パンフレットとポスターを制作しましたが、完成品をご覧になって、この広報ツールが市民の皆さまにどんなふうに受け止められ、活用されることを願っていますか。
「SDGs」や「ノーマライゼーション」といっても、市民の皆さまにはなかなかその意味を理解していただけません。今回制作していただいたSDGs啓発パンフレットやポスターは、どなたにも親しみやすく、何より分かりやすい内容で作られています。
パンフレットには、男女が平等であるべきということや日常生活の中で取り組める地産地消、プラスチックを捨てないなど市民一人ひとりが持続可能なまちを創るために参加できる「当たり前」のことが書かれています。そして、私たちのこうした取り組みが未来を担う子どもたちに継承されることにより「持続可能なまち」へと変わっていくことが書かれています。
SDGsの理念は「誰一人取り残さない」。このパンフレットやポスターを活用して「ノーマライゼーションという言葉のいらないまち」に近づいていけるのではないかと期待しています。
陸前高田市が制作したSDGs啓発パンフレット(左)とポスター(右)。
(参照)SDGs啓発パンフレット(PDF)
(参照)SDGs啓発ポスター(PDF)
これからの陸前高田市
10年後の陸前高田市について、どのようなまちになることを期待していますか。
私は陸前高田市を、悩みを持って生きている人たちの、一種のパワースポットにしたいと考えています。たとえば、都会で悩んでいる人が1週間休みをとってここに滞在したら、元気を取り戻すことができたというまちになればいいなというのが究極の目標です。
東日本大震災津波伝承館に行けば、震災前のまちの姿、そして震災直後の様子を見ることができるでしょう。そして、復興したまちを歩いてみると、そこではどんな人も生き生きと働いている姿を見ることができる……。
災害でぼろぼろになっても、ここまで復興できるということを目にすれば、どんな悩みがあっても乗り越えられないことはないと感じるでしょう。そのことを発信できる場所はほかにありません。
それで、日本や世界がもっと元気になるお手伝いができれば、応援してくださった方々への恩返しになることでしょう。陸前高田市がSDGs未来都市に選ばれた意義は、まさにそこにあるのではないかと私は思っています。
気仙保育所に通う児童たち。同保育所は「子育て支援センター」と「放課後児童クラブ」が併設され、地域全体の子育て環境向上の一端を担う。
<取材を終えて>
「SDGs未来都市」に選定された陸前高田市が掲げる「ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり」の実現に熱い想いを抱く戸羽市長への取材は、東日本大震災で甚大な被害を受けた後、人口流出、少子高齢化という現実と対峙しながら産業復興を目指して歩む陸前高田市にとって「持続可能性」とは何を意味するのかという切実な問いと向き合う時間となりました。
インタビューの中でお話しくださっている市民向けのSDGs啓発ポスターとパンフレットの制作を担当させていただきました。SDGsは、陸前高田市で暮らす一般の市民の方々にとってまだ馴染み深い言葉とはいえません。しかし、陸前高田市の将来を考える上でとても重要なこの内容が、少しでも身近なものとなるよう分かりやすくお伝えし、「SDGs未来都市」の市民であることを励ましにしていただけたらと願い、一般市民の方々にインタビューへのご協力もいただき編集しました。陸前高田市の「持続可能性」を担うお一人お一人の想いを紡ぐことで、コミュニティの中で共鳴が生まれ、SDGsを推進する活力への貢献となりましたら幸いです。
岩手県陸前高田市 市長
戸羽 太(とば・ふとし)氏
1965年生まれ。神奈川県生まれ、東京都立町田高校卒業。1995年陸前高田市議会議員(3期12年)。2007年陸前高田市副市長を経て、2011年陸前高田市長就任、現在に至る。
※肩書きは記事公開時点のものです。
コンテンツ本部 編集第2部
浅野 恵子(あさの・けいこ)
政府系機関等を経て、子ども支援の国際NGO勤務。ミャンマーに駐在し、保健・教育・貧困削減案件に従事した後、日本で広報・ブランディング、アドボカシーを担当。「誰一人取り残さない」ことを誓うSDGsの本質に深く関与する「ビジネスと人権」に注力し、企業価値を高めるコミュニケーションを支援します。