SDGsブランディング事例
「きかんしゃトーマス×国連SDGs」共同企画にみる社会課題解決と企業メリットの両立――国連編
世界的な幼児向けアニメ「きかんしゃトーマス」の、2019年放映の新シリーズが、SDGsを紹介する国連との共同企画になっていることは、ご存じだろうか。
「きかんしゃトーマス」のマテル社と国連の両者から見た、企画に至る背景や狙い、共同企画ならではの苦労や相乗効果、具体的な成果や今後の展開などを取材した。
今回は、国連広報センター根本かおる氏のインタビューをお届けする。 聞き手=清水秀起/文=横田可奈/写真=相馬ミナ
世界的な幼児向けアニメ「きかんしゃトーマス」を通してSDGsを広く伝えたい
SDGsを紹介する共同企画を、「きかんしゃトーマス」と国連がスタートすることになった経緯を教えてください
根本 SDGsが採択された翌年の2016年に、マテル社から共同企画の打診がありました。7月30日の国際フレンドシップ・デーの一環としての打診でしたが、SDGsをメインテーマにしてより幅を広げた取り組みにしようと国連側から逆提案したのです。そして、国連のクリエイティブを統括する部署が中心となって、この企画に参加したいという国連機関を募りました。
参加しているのは、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、国連ウィメン(UN WOMEN)、国連環境計画(UNEP)の5つです。国連事務局と各機関がSDGsというキーワードをどのような形で「きかんしゃトーマス」のシナリオなどに盛り込んでいくかをすり合わせ、専門家たちとのワークショップなどを通して時間をかけて作り上げました。
「きかんしゃトーマス」の新シリーズ全26話のうち9話に、SDGsの5つのゴールを盛り込んでいますが、こうしたシナリオを作り上げる上で難しさはありましたか?
根本 5つのゴールを選定するのは難しかったと聞いています。各機関に専門分野がありますから、じっくり話し合って内容を詰めました。具体的には、国連児童基金(UNICEF)は「目標4 質の高い教育をみんなに」、国連ウィメン(UN WOMEN)は「目標5 ジェンダー平等を実現しよう」、国連開発計画(UNDP)は「目標11 住み続けられるまちづくりを」、国連環境計画(UNEP)は「目標12 つくる責任つかう責任」と「目標15 陸の豊かさも守ろう」を盛り込んでいます。また国連としては、「きかんしゃトーマス」に登場するレギュラー機関車のジェンダーバランスを変えたいということを強く提案しました。
今回、新しいレギュラー陣として女の子機関車のニアとレベッカが加わっています。ケニア出身のニアはスワヒリ語で「目的」を意味し、芯の強いたくましい女の子として描かれています。男の子に追随するような女の子ではなく、自分の意思で道を切り拓いていくというキャラクターです。レベッカは大型機関車で、最初は自分に特別なものはないと悲しむけれど、次第に自分の優しさが特徴だということに気づき成長していきます。それぞれに個性があり、みんな違っていていいのだと、多様性を認め合う表現が取り入れられています。幼い頃から自分の道を自分の力で切り拓いていく女の子像を見ていることは、とても意味があると思います。
きかんしゃトーマスは以前から、主題歌の歌詞をはじめ、ダイバーシティを自然に表現してきた作品だと思います。それが今回さらに、主要キャラクターの男女比がほぼ同等になったことは素晴らしいですね。一方で、日本では「目標5 ジェンダー平等を実現しよう」が特に進んでいないと感じます。
根本 そうですね。日本では男女をあまりにも分けがちです。多くの場で「雛壇」に登っているのは男性ばかりですしね。私にイベントの登壇依頼がある時も、登壇者の中で女性が私一人だけということがよくあります。「そのようなジェンダーの偏った場には登壇しません」と申し上げるくらいに気を遣っているのですが、なかなか状況は変わりません。SDGsに熱心に取り組まれている会社でも役員に女性がいない場合が多い。日本の企業にはまずジェンダー平等から取り組んでいただきたいですね。
今回の共同企画で、根本さんが好きなシーンはありますか?
根本 どのシーンも好きですが、新シリーズではトーマスをはじめ、キャラクターがいつものソドー島を飛び出して世界に羽ばたいていくことをとても嬉しく思っています。トーマスの仲間たちも、さまざまな国出身の機関車がラインナップしています。これまでにない多様性に富んだ世界観になっていて実に見応えがあります。日本での放映が今年スタートしてから国連への取材が増えたこともあり、多くの方に届いていることを実感します。ローンチ後はイタリア語、スペイン語、ポルトガル語……と多言語で展開しています。「きかんしゃトーマス」の主な視聴者は未就学児で、男女問わず人気の作品。これまでその年代にSDGsのメッセージを届けるチャンネルがなかったこともあり、リーチできてとても嬉しいです。社会的な課題に目を向けることは早ければ早いほどいいわけですからね。
世界を変えるのは若者。幼児期からSGDs教育を
今回の「きかんしゃトーマス」のテレビシリーズでは、あえてSDGsのロゴは出していないのでしょうか?
根本 SDGsが強調されて教育的になってしまうと興ざめしてしまいます。あくまでもエンターテインメントなので、あえて出す必要はないと思います。むしろ、SDGsについて学ぶには「きかんしゃトーマス」専用のWEBサイトが作られていますので、ぜひそちらを見ていただきたいです。
我々SDGsデザインセンターが企業のSDGs推進を支援する中で、「もっと一般的にSDGsの知名度が広まるといい」という声は多いです。「きかんしゃトーマス」を通して家庭でももっとSDGsを認識してくれると良いですね。
根本 そうですね。2019年5月から1年間、関西の阪急阪神ホールディングスが推進している「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」10周年を記念して、「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち」号が運行していて、国連としては電車の中吊りに「トーマスと一緒にSDGsを学ぼう」という広告を掲出しています。2019年は関西でG20が開催されましたし、2025年の大阪・関西万博も決定している中で、阪急阪神ホールディングスがSDGsの機運を高めるために頑張ってくださったことはとても喜ばしいです。またこの2019年の秋は東京のJR山手線でもSDGsラッピング電車が走り、車内のサイネージ広告にもトーマスの動画が流れます。鉄道ファンだけでなく、多くの方に届いてくれるのではないでしょうか。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんも、二酸化炭素を多く排出する飛行機には乗らず、なるべく環境に優しい鉄道利用をと推進しています。各鉄道会社さんもSDGsに積極的になってきているように感じますね。
このような取り組みによって、SDGsについての教育を幼児期から受けた「SDGsネイティブ」が増えていくのは良いことですね。
根本 日本では2020年度から小学校でもSDGs教育がスタートします。中学校は2021年度からですね。これからは大人よりも子どもの方がSDGsに詳しいという状況になっていくかもしれません。世界を変えるのは若者です。グレタさんも、9月に開催された国連の気候行動サミットで、大人に対してこれまで温室効果ガス排出による気候変動問題を放置してきたツケを、どう解消してくれるのかと迫りました。若者がアクションを起こす時に、さまざまな選択肢がある中で、SDGsに熱心に取り組んでいる企業の商品やサービスを「選択する」時代になっていくのだと思います。
私もプライベートでは2歳児の父親として、こんなにすばらしいSDGs教育を含んでいるきかんしゃトーマスは「息子に見せよう」「知人の、小さな子を持つ親に勧めよう」と思いました。これはマテル社にとって、SDGsに貢献しながら、自社のブランドイメージの向上にもなっていると思います。
SDGsは高みを目指す一つの羅針盤。大胆に、野心を持って取り組んでもらいたい
グレタさんの話ではないですが、今年、日本では台風が甚大な被害をもたらしました。気候変動の文脈で、今回の台風を語る報道番組も見られたように、多くの方が環境問題について考えさせられたと思います。そして、きかんしゃトーマスでも、台風によって子どもたちの学校が壊れ、リサイクルで教室を復旧させる話が描かれていますね。
根本 気候変動は人類の存続を脅かす脅威です。今回の台風被害で犠牲となられた方々に本当に心からお悔やみを申し上げるとともに、被害に遭われて辛い思いをされている方々にお見舞いを申し上げたいと思います。私自身、この台風は地球からのウェークアップコールではないかなと思っているんです。これまでも海水の温度が上がったり、潮の流れが変わったりすることで秋刀魚の漁獲量が著しく減ってしまうということがありました。今後、台風19号並みのスーパー台風がより頻度を増して発生することが新たな日常になってしまう可能性があります。個人、家庭、企業、政府レベルで温室効果ガス削減のためのアクションを起こす必要があると思っています。
それには環境負荷を下げる暮らし方を見つめ直さなければいけません。たとえばその一つが洋服。日本は一人当たりの衣服消費におけるCO2排出量が世界一なんです。ファストファッションが流行し、安価でいろんなファッションが楽しめるようになったことも影響してか、15年前と比べて買っている洋服の点数は6割増、しかしながら着用期間は半分になっています。これに対し身近にできるアクションとしては、いいものをより大切に、より長く着ていくということ。日本には、着られなくなったものを「お直し」するという文化があります。衣服はアップサイクルして活用するなど、楽しみながらライフスタイルを変えていけばいいですね。
社会課題を解決するもの、SDGsに貢献するものを、少し高くても消費者が「選択する」時代ですね。きかんしゃトーマスもそうですが、楽しむことがポイントな気がします。
根本 私たちが買うものの選択次第で世界を変えることができる。自分の足元のことと、世界レベルの課題をつなげて考える思考力が大事になってきています。そういった思考をすることで、物の見方や暮らし方にも幅が出ますし、きっと楽しいと思います。
身近なものといえば、食品ロスも、気候変動に関わってきますよ。食料生産は世界の温室効果ガス排出のおよそ4分の1を占めています。食品ロス削減推進法が2019年10月1日から施行され、日本でも多くの人が意識するようになったと思います。これまで食料の1/3は廃棄されている状況でした。私たちは日常的に、使いきる、食べきるという意識で生活をする必要がありますね。そして、運搬に使われるCO2排出削減のために、できるだけ地産地消を心がけること。それは地元を応援することにも繋がります。そうした食品を選択したり、そうしたライフスタイルを楽しんだりすること、これらは日常生活の中で誰もができることですから、意識が高まればと願っています。
SDGsは個人、家庭、地域、企業、あらゆるレベルで関われるもの。正解はありません。とはいえ、やりがいや楽しさを見出せないと続かないと思います。SDGsはやったことで満足するのではなく、高みを目指す一つの羅針盤なので、大胆に、野心を持って取り組んでもらえればと思います。
国連広報センター所長
根本 かおる氏
1963年生まれ。1986年、テレビ朝日入社。アナウンサー、記者を経て、米コロンビア大学大学院にて国際関係論修士号取得。1996~2011年末まで国連難民高等弁務官事務所に所属し、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。国連世界食糧計画広報官、国連協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て、2013年より国連広報センター所長を務めている。
※肩書きは記事公開時点のものです。
SDGsデザインセンター コンサルタント
清水 秀起(しみず・ひでき)
大学時代に某教授のゼミでジェンダー論、フェミニズムを学ぶ。卒業後は出版社の月刊誌編集、IT企業のWebサイト編集・運営等を経て、弊社で企業のブランディング、マーケティング支援に従事。既成の社会観念や価値観に捉われない視点で、企業の本業とSDGs、ESG課題を分析し、貴社の持続可能な成長戦略と価値創造に寄与します。
※肩書きは記事公開時点のものです。