学生主体の教育を通じてSDGs実現を目指す金沢工業大学

2019.12.13

大学広報

  • 吉田健一

    ブランド本部 本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長 兼 周年事業・デザインセンター長 吉田 健一

学生主体の教育を通じてSDGs実現を目指す金沢工業大学
金沢工業大学は、SDGs(Sustainable Development Goals)達成のために教育・研究環境を整備し、地域や地球規模での課題解決に貢献しています。そうした実績が認められ、2017年の「第1回ジャパンSDGsアワード」のSDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞しました。これらの取り組みからさらに進んだ「Society5.0 for SDGs」など、大学独自の人材育成やビジョンについて大澤敏学長に聞きました。 聞き手=大学ブランド・デザインセンター長 吉田 健一/文=牛島 美笛

「第1回ジャパンSDGsアワード」を受賞したこともあり、金沢工業大学はSDGs推進に積極的な大学としても知られています。その源流はどこにあるのでしょうか。

大澤敏氏

学校法人 金沢工業大学 学長
大澤 敏 氏

大澤 本学の前身は、テレビの普及に伴う放送技術者を養成するため1957年に設立された北陸電波学校です。その当時から“次世代を見据えて新しいことに取り組む”という流れがあります。1965年に金沢工業大学を開校してからも、社会の動向や文部科学省の施策などを踏まえつつ、教育支援機構、研究支援機構、産学連携機構、COI研究機構を立ち上げてきました。

そうした流れの中で、本学は早い段階からSDGsやSociety5.0のような時代の変化を見据え、世の中にSDGsという言葉が認知される前からSDGs達成のための体制を整えていました。さらにさかのぼれば、学園創設理事である泉屋利吉翁が定めた「三大建学旗標」という学園理念がSDGsの考え方そのものでした。「三大建学旗標」に掲げられた「高邁な人間形成」「深遠な技術革新」「雄大な産学協同」は、いずれも持続可能な社会を構築するSDGsにとって不可欠なもので、建学当時からの本学の取り組みはSGDsと親和性が高いものだと気づきました。

ただし、SDGsの達成は大学としての使命でもある一方で、本学がもっとも重視してきたのは「学生が主役である」という視点です。大学は主役である学生たちが卒業して社会に出てからも活躍できるように、社会がどこに向かうのかを内包しながら、その変化に対応できる学生を育てていかなければなりません。それは、当然のごとく、SDGsやSociety5.0へとつながっていきます。

未来の社会Society5.0で活躍できる学生を育成することを考えたとき、必然的に出てきたテーマがSDGsだということでしょうか。

大澤 そうです。もう一つ、私たちがSDGsを推進する理由として、本学に入学してきた学生に「意欲と目標」を持たせたいということがあります。大学進学率が50%を超え、多くの学生が高等教育を受けられるようになった今、大学はユニバーサルな存在になりました。しかも、成熟社会を迎えた日本は物質的にとても豊かで、ものがあふれています。そのような世界で育ってきた学生たちですから、豊かさを求めて、テレビや車を買うためにがむしゃらに学ぶという意欲が沸いてこなくても当然です。

ところが、学生たちに話を聞いてみると「人や社会の役に立ちたい」という気持ちは満たされていません。物質的に豊かになったからこそ、心の豊かさを求めるようになったのでしょう。そのような学生に対して、SDGsの取り組みはマッチしています。SDGsの目標1は「貧困をなくそう」ですし、目標2は「飢餓をゼロに」です。そうやって17の目標をすべて見ていくと、自分たちが勉強していることの中に「これは社会の役に立つのではないか」と思えるテーマが必ず見つかるはずです。

内閣府の調査によると、日本は先進国の中でも若者の自己肯定感が低い国ですが、彼らの中に目標ができ、自分の可能性に気づくことができれば、自己肯定感を感じることができます。SDGsを基盤として、学生たちに「意欲と目標」を持たせて、そこから「学生が持つ力」を引き出し、さらに「向上への気づき」を促し、学力と人間力を統合して、学生を最大限に成長させる。それが私たちの目指す「教育付加価値日本一」の意味するところです。

学生を最大限に成長させるために、金沢工業大学では具体的にどのようなことに取り組んでいますか。

大澤 社会と向き合う方法を知るには、実社会の中で学び、そこで起きている問題を社会のさまざまな人と一緒に解決していくことが必要だと考えています。私たちはそれを「社会実装教育」と呼んでいます。学内で同年齢の学生たちと一緒にいても幅が狭まるばかりですが、社会に出れば、さまざまな世代や分野、文化を超えて一緒に作っていくというマインドが必要になります。

2016年度からは、世代を超えた人々と共に学ぶ「社会人共学者」という取り組みをスタートしました。社会人共学者の受講科目は教養科目、英語、工学系科目など幅広く、オリエンテーションと面談を経て許可が出れば、学生と一緒に学ぶことができます。目的と問題意識を持って授業に参加する社会人の姿は若い学生にとって刺激になりますし、社会人を通して世の中のことを知り、議論を通して共に学ぶことには大いに価値があります。

Society5.0をリードする人材育成の取り組みとしては、2020年度から全学必修の情報技術教育「AI、ICT」を導入します。これらの科目については入門から応用、実践までサポートする教育体系を構築し、社会人も一緒に学べるようにします。また、「工学×リハビリテーション」「工学×経営」「工学×バイオ」など、複数の専門分野に関する知識と技術を習得して社会実装を実現することを目的とした、学部から大学院まで一貫した「6年制メジャー・マイナー制度」もスタートします。

日経BPコンサルティングが毎年実施している「大学ブランド・イメージ調査」によると、金沢工業大学は地域の方々からたいへん愛されていることがわかります。その要因はどこにあるとお考えですか。

吉田健一

大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一

大澤 学の特徴的な科目の一つに「プロジェクトデザイン教育(PD教育)」があります。PD教育は1年生から4年生までの毎学期に実施する必修科目で、チームごとに発見した身近な課題に対して、解決策を提案、具体化する授業です。「CDIO(Conceive:考えだす、Design:設計する、Implement:行動する、Operate:操作・運営する)」や「デザインシンキング」を通じて、イノベーション力を身につけることが目的です。

例えば、「冷えたペットボトルの結露」が身近な課題として挙げられました。その問題に向き合い勉強する中で、建築を学んでいる学生が「断熱には空気層が良い」と提案。ペットボトルにたくさんのミクロの気泡を入れてみたところ、断熱性能が上がることが分かりました。さらに社会実装まで考えると、製造コストのことなど新たな課題も見えてきます。また、学年が上がるに従って、専門分野に関わるアイデアを求められたり、地域住民や自治体、企業から課題を与えられたりするなど難易度も上がっていきます。

プロジェクトの成果は、地域住民や自治体、研究者に評価してもらいます。中には実際に地域の役に立つこともあり、地域の人たちにもよく知られていて、学生のことも支持してくれています。大学広報についても学生の成果を積極的にアナウンスするようにしていて、新聞などのメディアに取り上げてもらっています。学生の成果こそ、大学が実践する教育のアウトプットですから。そうした取り組みを通じて、本学の学生への信頼感が高まっているのだと思います。

金沢工業大学の特色ある
「プロジェクトデザイン教育(PD教育)」

学長をはじめとした大学経営層にビジョンがあったとしても、現場の担当者がそれを認識、理解して、実行に至るのが難しいとよく聞きます。金沢工業大学でそれが実現できているのはなぜでしょうか。

大澤 学長になった現在も授業を持っていますし、研究室を運営しながら20人の学生を指導しています。実は、それが唯一の私の武器。学長が自ら行動していることを教職員は知っているので、皆さん納得した上で主体的に行動してくれています。まずは「隗より始めよ」です。

組織としてビジョンや方向性を共有する取り組みとしては、全教員と部課長以上の職員による全学部会というものを年に3回開催しています。教員採用の際は、直接会って「学生が主役」の大学だということを確認します。面接では「先生は学生が好きですか?」という質問を必ずするようにしています。そこでネガティブな反応を示す教員は本学には向かないと思います。

いずれの場合にしても、文書で通達するのではなく、きちんと正面から対話することがとても大切です。今はメールやSNSといった便利な通信手段がありますが、必ず先生一人ひとりと正面から向き合うことにしています。そうしなければこちらの思いは伝わりませんし、伝わらなければ行動に結びつきません。

最後に、これからの金沢工業大学が目指す方向性と、次世代の学生のために取り組みたいことを教えてください。

大澤 今後ますます心の豊かさが求められますから、ものづくりの中に心が入らないといけません。アートやデザインといった分野がエンジニアリングの世界にも加わることになり、ものの機能だけでない、人間らしさや人間の心地よさ、心理的な側面が加わってくるでしょう。そういった感性を学べる教育を目指しています。

そのためにも、文学や美術など、工学から遠い分野についても積極的に学んでほしいですし、一見遠いところにある分野を工学と結びつけることのできる感性をもった技術者を育てたいと思います。ものの豊かさから心の豊かさに変わる世界を学生たちには作っていってほしい。そうした感性を育むことは、人がAIに勝る唯一の方法だと考えています。

日経BPコンサルティング ブランド本部副本部長 兼 ブランドコミュニケーション部長 兼 大学ブランド・デザインセンター長
吉田 健一

IT企業を経て、日経BP社に入社後、日経BPコンサルティングへ。2001年より始まった日本最大のブランド価値評価調査「ブランド・ジャパン」ではプロジェクト初期から携わり、2004年からプロジェクト・マネージャー。2020年から現職。企業や大学のブランディングに関わるコンサルティング業務に従事する傍ら、各種メディアへの記事執筆、セミナー講師などを務める。著書に「リアル企業ブランド論」「リアル大学ブランドデザイン論」(共に弊社刊)がある。