ここ数年、「起業支援国」として注目を集めているのがフランスです。米国開催のCESやスペインのMWC(Mobile World Congress)などグローバル展示会における「French Tech」を掲げた出展攻勢、起業家向けの優遇ビザの発行、スタートアップ企業育成のための巨大施設「Station F」、無料のコンピュータプログラミング学校「42」、破壊的な新技術と投資家をつなぐ活動「Hello Tomorrow」など、次々とユニークな取り組みが耳に入ってきます。
2018年5月24~26日にフランス・パリで開催されたイベント「VIVA Technology 2018」は、その勢いを象徴するものでした(写真1)。
この展示会、一見するとエアバスやLVMH、シスコ、HPといったグローバル企業が顔を揃えた、大企業中心の展示会に見えます。しかし、各社の展示コーナーに足を踏み入れると、30~60社ほどのスタートアップ企業が小さなブースを構えて熱心に説明していることが分かります。つまり大手企業と連携したいスタートアップ企業のショーケースなのです。スタートアップ企業の数は9000社に上りますが、大企業ごとにほどよく整理されていて、効率よく見ることができます。
例えば、LVMHブースでは、センサーを活用したワインの味覚の可視化ツールやホログラムを使った商品展示、香水試供に特化した顧客管理システムなどが展示されていました。エアバスには、航空機向けの素材や電池といったハードウエアだけでなく、AIやビッグデータを活用したITサービスが数多く出展。マンパワーのブースには、オンラインコーチングやビデオを活用したトレーニング、AIチャットボットなどのツールが並んでいました。いずれも大手企業との間で相乗効果を打ち出せる、あるいは既に連携が始まっているとアピールしています。
この展示方法は、双方にとってどのようなメリットがあるでしょうか。スタートアップ企業にとっては、大手企業の看板を借りて自社製品をアピールできるというメリットがあります。単独出展では、注目を集めることは難しいでしょう。
逆に、大手企業にとってみると、新規事業のタネを効率よく集められるというメリットがあります。スタートアップ企業向けの出展募集が締め切られたのは2018年2月でした。多くの応募のなかから、各社が3カ月で30~60個の新規事業を絞り込み、世の中に示すことができたというわけです。しかも、自社の社員では思いつかない、あるいは自社のリソースでは開発が難しい製品も、外部企業のアイデアと開発力により、短期間で共同開発にこぎつけられる可能性があります。エアバスは航空機開発のプロですが、ビッグデータ分析やAI利用に関してはどうでしょうか。特定分野に特化した企業の方が、一般には専門性と迅速性に優れているものです。
VIVA Technologyを取材し「面白い」と思ったことの1つに、各社が掲げるテーマがありました。例えば、LVMHは「未来のラグジュアリー」、BNP Paribasは「ポジティブ・バンキング」、SNCFは「オープンな移動」といった具合です。中でもいいなと感じたのが、「ラッフルズ」「フェアモント」「Ibis」などのホテル運営で知られるアコーホテルズの「おもてなしの拡張(Augmented Hospitality)」です(写真2)。
技術領域では、拡張現実(AR:Augmented Reality)が話題で、現実世界に付加情報を乗せることで新しいユーザー体験が生まれています。これと同じ言葉をあて、各種技術との組み合わせによって、おもてなしがどのように発展するのか期待感が高まります。「おもてなしの拡張」というビジョンに期待を感じて応募したスタートアップ企業も少なくないのではないでしょうか。実際、アコーホテルズの出展コーナーには、表情を読み取るスマートミラー、旅行業者向けのAIチャットボット、スマートロック、従業員向けの報奨自動化システム、SaaSベースの「デジタルソムリエ」など多彩な製品が並んでいました。
こうしたコピーに興味を持ったのは、私がホオバルの新城健一氏と進める新規事業の開発支援において、具体的な事業構築に移る前にこうしたビジョン作りを大切にしているからです(図1)。
顧客企業との綿密な対話を通じて作り上げた「世界観」を拠り所とし、その世界観を共有できるパートナーを見つけ出し、どのような新しい製品や付加価値を作り出せるか議論、実行に移します。その世界観がしっかりと出来上がっていないと、どのパートナーがふさわしいかどうか、開発した新製品が適切かどうか判断が難しくなります。VIVA Technologyは、こうした世界観の重要性を改めて認識する機会になりました。
日経BP総研 イノベーションICTラボ 上席研究員
菊池 隆裕