研究員ブログ

技術開発だけでない自動運転車の安全性確保

2018.07.12

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    日経BP総研 クリーンテック研究所 林 哲史

技術開発だけでない自動運転車の安全性確保

2018年6月15日、今年も国内における自動運転技術の実用化指針となる「官民 ITS 構想・ロードマップ 2018」(以下ロードマップ2018)が策定されました。2014年以降、毎年改定されており、その差分を見ると自動運転の実用化に向けた取り組みが着実に進展していることを感じます。

ロードマップ2018を見ていて興味深かったのが、安全性確保に関する記述が増えていたことです。注目したいのは、技術開発だけに頼るのではなく、「自動運転車が安全走行するための環境条件」に着目し、この環境条件を設定することで安全性を高めるという考え方を具体的に打ち出したことです。

自動運転車が安全に動作できる環境のことを、「自動運転レベル1~5」を定めたSAE Internationalは「ODD」(Operational Design Domain)と定義し、重視しています。自動運転レベルとの関係で言えば、レベル1~4はODDの範囲内で自動運転が実行されるのに対し、レベル5ではODDの制限がなくなり、人間のドライバーが運転できる環境ならどのような環境でも自動運転できるレベルとなります。

今回は走行環境条件の観点から、自動運転車の安全性確保を考えてみたいと思います。

自動運転車が設計通りに動作する環境=ODD

自動運転車を社会実装(社会の一部に組み込んで活用すること)するには、自動運転車の安全性を高める必要があります。自動運転では、人間のドライバーが実行している「周辺認識」「次の予測」「適切な運転操作」という情報処理と車体制御を、センサーとソフトウエアが実行します。ですから、安全性を高めるには、まずは情報処理と車体制御の精度を高めなければなりません。そこで自動運転開発企業は高精度のセンサーや画像処理ソフトを調達してクルマ周辺状況の認識精度を高めたり、走行データを用いた深層学習で予測精度を高めたりしています。深層学習には大量の走行データが必要になりますが、その走行データを収集するために、実験車で公道やテストコースを走行したり仮想的な実験車でコンピュータ上に構築した仮想的な市街地をシミュレーション走行したりしています。

こうした技術を開発する際、開発者は自動運転車の走行環境を具体的に設定しています。具体的な走行環境を設定した上で、その環境であれば各種の技術が適切に動作して安全に自動運転できるようにすることを目標とするのです。この「自動運転車が設計通りに動作する環境」がODDです。このため、ODDは自動運転車ごとに、あるいは自動運転モードや自動運転機能ごとに設定されることになります。

例えば、自動運転開発で豊富な実績を持つ米Waymoは、ODDについて以下のような考えを持っていることを明らかにしています。

  • ODDは、自動運転システムが安全に動作する条件である。
  • ODDの条件を決める要素には、地域、道路の種類、速度範囲、天気、時間帯、その地域の交通法規などがある。
  • ODDは極めて限定的なケースがあり得る。例えば、天気の良い昼間の時間帯で、低速の公道やビジネスパークなどの私有地における単一の固定ルートも想定できる。ただしWaymoは、日々の運転の全部をカバーするような幅広い運行設計を目指している。多くのエリアにおいて、街の通りを、中程度の強さの雨が降っていても、夜間でも、運転できるようにしている。
  • Waymoのシステムでは、目的地をODDの外に設定できない。また、システムはODDの外を通過するルートは作成しない。
  • 新しい場所で運転するときは、その前に車両がその地域の道路規則や運転習慣を理解して安全に運転できるようにソフトウエアを更新する。
  • Waymoの究極の目標は、いつでも、どこでも、あらゆる条件で誰かを好きな場所に移動させることである。これに向けてシステムの能力を向上させて、ODDを拡大している。

上記のような開発指針で設計されているため、WaymoのODDは「Waymoの自動運転車で移動できる区域」となっています(図1)。

図1 Waymoが示すODDのエリアと拡張予定エリア

図1 Waymoが示すODDのエリアと拡張予定エリア

(出所:Waymo Safety Report “On The Road to Fully Self-Driving”、2017)

Waymoが区域そのものをODDとしているのは、Waymoがドライバーレスの完全自動運転車を開発のゴールとしていることと強く関係しています。ドライバーの存在を前提とする自動運転車の場合は、クルマがODDの環境外になれば、ドライバーに運転復帰を要請することができますが、ドライバーレスではそのような状況が起こらないからです。

では、ドライバーの存在を前提とした自動運転車のODDとはどのようなものでしょうか。2017年7月に発表されたAudiのレベル3の自動運転機能「Audi AI Traffic Jam Pilot」を例に見てみましょう。

Audi AI Traffic Jam Pilotは、高速道路などでの交通渋滞時に、ドライバーに代わって運転操作を引き受ける機能です。同一車線の中で、発進、加速、ステアリング操作、ブレーキ操作のすべてを自動実行し、他のクルマが直前に割り込んできた場合にも対応します。作動中、ドライバーはクルマの動きと道路を監視する必要はありませんが、システムから要求された場合には運転操作を引き受けられる状態でいることが求められます。

Audi AI Traffic Jam Pilotの作動条件は下記の4条件を満たしていることです。

  • クルマが高速道路、もしくは中央分離帯とガードレールなどが整った片道2車線以上の自動車専用道路を走行していること
  • 隣接する車線も含めて、前後を走る車両との車間距離が詰まった、ゆっくりした速度の走行状態にあること
  • クルマの走行スピードが時速60km以下であること
  • 車載のセンサーの検知範囲(視野)に交通信号も歩行者も存在しないこと

つまり、この4条件がAudi AI Traffic Jam PilotのODDとなります。システムは、この4条件が揃っているかどうかを常時検知し、揃っていることを確認したらドライバーに作動可能であることを伝えます。作動させるかどうかはドライバーが決め、作動させる場合はコンソールにあるAudi AIボタンを押します(写真1)。

センターコンソールに設置されたAudi AIボタン
Audi Traffic Jam Pilotが作動中のコックピットの様子

写真1 センターコンソールに設置されたAudi AIボタン(上)と
Audi Traffic Jam Pilotが作動中のコックピットの様子(下)(出所:Audi)

作動中のクルマがODDの外に出たとき、例えば時速60km以上になったときはどうなるのでしょうか。その場合は、システムがドライバーに注意喚起して、速やかに運転操作に復帰することを求めます。またシステムは、Audi AI Traffic Jam Pilot が作動している間、ドライバーが運転操作に戻れる状況にあるのかを常にチェックしています。もし、ドライバーが一定時間以上目を閉じたままの場合は、ODD内であっても、システムはドライバーに運転操作にすぐ戻るように促します。そして、ドライバーが警告を無視して運転操作に復帰しない場合は、クルマを減速して車線内に停止させます。

見てきたように、WaymoにしてもAudiにしても、ODDであるかどうかは自動運転車に検知機能を持たせることで、自動運転時の安全性を確保しています。

自動運転の早期実用化につながる「安全走行の環境条件」の導入

ODDは開発者の視点で捉えた「自動運転の動作環境」であり、ODD内にいるかどうかは自動運転車が検知するようになっています。利用者がちゃんと理解していなくても、安全が脅かされるODD外での利用は自律的に回避する仕組みが備わっているわけです。

このように、動作環境は自動運転車の安全走行に欠かせない要素なので、自動運転の社会実装を進めるときにも重視すべきです。例えば交通量が少ない中山間地域で自動運転バスを運行するケースを考えると、そこで求められる自動運転技術と安全技術は、交通量の多い大都市や高速道路での走行時に求められるものとは異なります。交通量が少ないエリアでのみの運行であるなら、都市部や高速道路での自動運転で求められる安全技術を持っていなくても、担保すべき安全性を確保できるケースもあるでしょう。

こうしたことを踏まえて、ロードマップ2018では安全性を担保するために新たな要素を組み込みました。これまでクルマの安全性確保は「人間」「車両」「一般的な走行環境」という三要素で考えていたのですが、ここに「自動運転向け走行環境条件」を加えたのです(図2)。自動運転向け走行環境条件として、走行速度の上限を決めたり、走行経路を固定するなどすることで、安全性を確保しようという考えです。これには、走行環境条件の設定によって通常のクルマより利便性が落ちたとしても、それによって安全性が担保され、移動弱者の救済やドライバー不足への対応が進むことで社会生活が改善されるなら、積極的に実用化していこうという狙いがあります。

図2 自動運転向け走行環境条件の設定による安全性担保の考え方
図2 自動運転向け走行環境条件の設定による安全性担保の考え方
(出所:官民 ITS 構想・ロードマップ 2018)

今後、国や自治体が自動運転向け走行環境条件を設定すれば、自動運転開発企業はODDの要素としてそれらを自動運転車に実装することになるため、実用化のハードルはそれほど高くないでしょう。また、自動運転技術は急ピッチで高度化が進められているので、自動運転向け走行環境条件は技術進化を勘案しながら、適宜、見直していくことになるはずです。いずれにしても、社会ニーズを満たすために走行環境条件を設定することは、自動運転車の早期実用化を後押しし、社会課題の解決を促進するでしょう(図3)。

図3 自動運転の実用化に向けた段階的な進め方
図3 自動運転の実用化に向けた段階的な進め方
(出所:官民 ITS 構想・ロードマップ 2018)

北京で始まった「⾛⾏環境別の⾃動運転⾞免許制度」

自動運転車の安全性確保を考える上で避けられないことに、「自動運転車の運転能力は誰が保証するのか」という根源的な問題があります。国内の公道を運転するには、自動車運転免許を取得しなければなりません。これは道路交通法第六十四条で「何人も、公安委員会の運転免許を受けないで自動車又は原動機付自転車を運転してはならない」と定められているからです。では、自動運転車の場合はどうなるのでしょうか。米国では、公道テストを実施中の自動運転車による死亡事故が発生しました。「公道を走る自動運転車の安全運転性能を開発メーカーに任せきりしてもいいのか」との指摘もあります。

このような状況の中、自動運転車を社会に受け入れるための新しい制度として、「自動運転車のための免許制度」(以下、自動運転車免許制度)が提案されています。自動運転車のオーナーやドライバーを対象としたものではなく、自動運転車そのものを対象とする全く新しい免許制度です。新制度を提案する花水木法律事務所の小林正啓弁護士は、「交通事故の減少が期待できる自動運転車開発はどんどん進めるべきであり、そのために自動運転車免許制度が必要」と説きます。自動車免許制度は、道交法を順守することと、安全にクルマを操作できる運転技能があることについて、国がドライバーに求めたルールです。同様に、社会が自動運転車を受け入れるには、道交法を順守し、交通安全を守って運転操作できる最低限の技能を備えていることを、自動運転車が何らかの形で証明する必要があるでしょう。

自動運転車向けの免許制度は、中国の北京市が公道テストを実施する自動運転車向けの制度として2018年3月から実施しています。免許取得は、通常の自動車免許同様、自動運転車両を用いた走行試験で実施します。また、実際の公道走行に当たっては、熟練したテストドライバーの乗車が求められるほか、最低賠償額500万元以上の専用保険への加入(あるいは500万元の賠償金の供託)、自動走行時の走行データの記録などの義務が課せられます。

試験のチェック項目は多岐に上り、クリアしたチェック項目の種類や数から、1級(T1)~5級(T5)の5ランクからなる免許が交付されます。ランクによって走行できる区間が異なり、ランクが高くなると走行できる環境が広がります。例えば、トンネルや学校のあるエリアの通行や追い越し操作はT4以上でなければ実施できませんし、雨や霧の時や濡れて滑りやすい路面を通行できるのはT5だけです。北京市の自動運転車免許については、2018年3月にBaiduが、2018年7月にPony.aiが、それぞれ取得したと発表しています(写真2、3)。免許のランクは、中国メディアの報道などによると両社ともT3だったようです。

北京市がBaiduに交付した自動運転車による公道走行用のナンバープレート
北京市の公道を走行するBaiduの自動運転車

写真2 北京市がBaiduに交付した自動運転車による公道走行用のナンバープレート(上)と
北京市の公道を走行するBaiduの自動運転車(下)(出所:Baidu)

Pony.aiの自動運転車

写真3 Pony.aiの自動運転車(出所:Pony.ai)

北京市の自動運転車免許制度は、自動運転車が備える能力別の免許制度であると同時に、「走行環境条件別の免許制度」とも言えます。ロードマップ2018の指針に沿って、国内で「自動運転向けの走行環境条件の設定」を実施する際には、道交法の順守義務と運転操作の安全な実施に関する基準のクリアも組み合わせた「走行環境条件を指定した自動運転車免許制度」の導入も検討してもらいたいところです。日本の公道を走るクルマの安全性は、国民の生命と財産を守るために、誰かが責任を持ってチェックするべきだと考えるからです。

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