これから私たちは、これまで以上に「技術革新」に依存し、そこに希望を託すことになるだろう。それが結論である。
理由は明白だ。それなくして明るい未来を思い描くことはできないからである。私たちの眼前には、これから顕在化する巨大な社会的課題が立ちはだかる。たとえば、医療費や介護費の負担は際限なく増えていくが、一方で働き手は激減していく。国家財政という視点からみて、絶望的な状況が訪れることは間違いないだろう。そのことも重大だが、それは「間違いなく訪れる未来」の一断面にすぎない。言うまでもなく、根底にあるのは少子高齢化であり、その現象が、かつてどの国家も経験したことがない速度で進行する。そのことは、残念ながら変えようがない。私たちにできるのは、それを認め、備えることだけだ。
打ち手はある。これまでも多くの人たちが提起し、これからも議論され続けるものとして社会制度の改革がある。だが、それが理想的な時期に最適な手法をもって実施されたとしても、その効果は限定的なものにならざるを得ない。それだけことは重大だということである。結局のところ、この課題を乗り越える術があるとすれば、それは技術革新以外にない。技術こそが最大の希望であり、代えがたい財産なのである。
準備されつつある「次なる革命」
その技術革新は、一つの節目を迎えつつあるようだ。
人類が体験した、技術革新にまつわる最初の衝撃は、産業革命だったのかもしれない。それによって人々の暮らしや仕事はもちろん、国際関係までもが一変した。
そして次の大変革が、着々と準備されつつあるようだ。主役は、広い意味でのICTだろう。歴史を振り返れば、人類の繁栄を支えてきたのは生産性の向上であり、近世の急成長は「工業化」によって達成されたといえる。人手だよりの手工業から少ない人手で量産を可能にする装置産業へのシフトを果たし、ロボット、ICTなどを導入しつつその高度化を進めてきたわけだ。繊維、機械、電子など多くの分野でこれが進行し、そのことが社会に大きな影響を与えてきた。
そして、見渡せば「人手だより」の産業分野は、まだいくらでもある。医療、農業、金融 を含むサービス業、教育、物流/運輸などがそれに該当するだろう。ほとんど確かなことは、これらの分野でかつてないほどの生産性向上が達成され、そのことが全産業に影響を及ぼしていくということだ。クラウドの出現、ビッグデータの誕生、それを糧としたAIの覚醒。技術水準が「シンギュラリティ」と呼ばれる水準に達することで変化は不連続なものとなり、波及する範囲は劇的に広がっていく。究極的な生産性の向上が、少子高齢化を乗り切る重要な解となり得ることが、さらにこの流れを加速させることになるだろう。
技術は勝手に進化するわけではない
こうした、激変する未来の到来を目前にした私たちがなすべきことは、技術革新の過程を正しく理解し、それを織り込んだ行 動プランを立てることである。企業の立場でいえば、テクノロジー・ロードマップを踏まえた中長期経営戦略、研究開発戦略を立案するということだろう。「当たり前のこと」と聞き流されないために、こう言い換えた方がいいかもしれない。「正しい」テクノロジー・ロードマップをベースに研究開発戦略を立案し、経営計画を練ることだと。
ここで注意しなければならないのは、従来型の「各分野の技術専門家が集まって作成したロードマップ」はもはや役に立たなくなっているということだ。少なくとも私たちはそう考えている。それらは、技術の潜在能力を示すものであっても、実際にいつどれくらい進化するかを示すものではないからである。
そこに欠けているのは、技術進化のメカニズムの理解として、「燃料なくして技術の進化はない」という認識であろう。
燃料とは、研究開発に投入される人的、金銭的リソースを指す。それを投入することで始めて技術は進化するのであり、その速度は投入量に依存する。そしてその投入量は、「その技術がどれだけの利益をもたらすか」ということによって決まる。企業は事業を営むことで利益を上げ、その利益を技術開発などに投資する。利益の源泉となる技術には大きな資金と人材を投じるが、そうではない技術にリソースを投入することはない。その「どれだけの利益をもたらすか」ということこそが技術の価値ともいえるだろう。
つまり技術の進化を予測するには、技術の中身について理解するより前に、ニーズの将来、未来の市場のありようについて予測しなければならないということになる。マーケットの変化を読み、将来のニーズを予測し、それを満たす製品やサービスの出現を予測する。それができて初めて、それら製品やサービスを実現するための手段としての技術を想定することができ、技術の進化過程を技術ロードマップという形で表現することが可能になるのである。
だが、その作業は容易ではない。現在のニーズがどこにあるかは、市場調査によって知ることができるだろう。けれども、そのニーズが将来に渡って同じように存在している保証は何もない。むしろ、大きく変貌していくと考えるのが妥当だ。そうであれば、必要なのは現在のニーズを知ることではなく、トレンドを読み、いまだ顕在化していないニーズの芽を発見するということである。
すべてのベースとなる 「メガトレンド」
ごく簡単にまとめて言えば「技術ロードマップを知りたければ未来市場を予測することが必須で、そのためにはまずトレンドを予測し未来のありようを察知しなければならない」ということである。先に示した社会課題がいつ、どれほど顕在化するかを正確に理解することは、未来のありようを知るという観点から必ずなすべきことの一つだろう。社会的課題は言い換えれば社会ニーズであり、それが顧客ニーズ、新たなビジネスやサービス、製品の誕生の起点になるからである。
ほかにも、未来を決定付ける要素は数多くある。それらをすべて踏まえ、未来を予測することがすべての起点となる。そのために、さまざまな分野における専門家の意見を寄せ集めれば、それらしい予測はできる。だが、分野ごとの予測はおそらくお互いに矛盾し、総体として一つの未来像を描き出すことはできないだろう。
この問題を解決する最適な方法は、未来予測に関わるすべての情報の把握と分析、構造化を一人の人間で完結させることである。だが、この方法には決定的な難点がある。すさまじい量の作業と時間が必要になることだ。実際、私たちが手掛けた『メガトレンド2016-2025全産業編』には、足掛け5年に及ぶ時間を費やしている。
その手順は、まず未来予測にかかわる世界中の主要な著作物、レポート、論文などの文献類を読み込む作業から始まる。100 以上の文献類を読み込み、そこで語られるユニークな示唆を洗い出して整理し、約 1000項目のロングリストへと翻訳した。これら項目のグルーピングを繰り返し、最終的には9分類50項目のショートリストへと絞り込んだ。この50の項目については、改めて関連するビジネスの広がりについて網羅的に調べ直し、そこで語られる「課題」とその「打ち手」の関係性をイシューツリー構造にまとめた(図1)。
こうして抽出した50項目=メガトレンドは、私たちの思惑や願いとは無関係に、世の中全体に加わる変化の圧力である。私たち、そして企業や自治体などあらゆる組織は、メガトレンドがもたらす変化に対し、これから知恵と工夫を凝らして手を打っていく必要に迫られることになるのだ。別の視点からみれば、このメガトレンドは未来における市場のありようを示すものでもある。
定性的予測を定量的予測にまで落とし込む
こうしてメガトレンドを抽出し、未来のありよう、未来における市場のありようをまずは定性的にとらえる。その次になすべきことは、それを定量的な予測に落とし込むことである。それができなければ、結局は技術ロードマップにまで落とし込むことはできない。さらにいえば、未来市場における売上規模、収益性を具体的な数字で示すことができなければ、市場予測自体を経営戦略に反映させることも難しくなる。
その未来の市場の姿を定量的にカバーする目的で、新たに制作したのが『未来市場2018-2027』である。このレポートでは、今後10年の間に、技術の進化に伴って人々の生活や業務プロセスに大きな影響を及ぼし市場として急成長すると見込まれる20のテーマを選定し、テーマごとに金額ベースの日本、世界における市場規模を予測した(図2)。
市場予測では一般に、現状の単価×数量を積み上げた数値をベースに、単価や数量の変化を過去の経緯やアンケート調査などから推定、あるいは外挿する手法を使う。ただこの手法では、基本的には3~5年先までしか見通すことができない。さらにいえば、従来手法は市場としてまだ立ち上がっていない領域についてはまったく対応できないのである。ベースとなるデータが何もないからだ。
『未来市場2018-2027』は、現状では製品 やサービスが現れていないテーマを採り上げた。前述の一般的な推定手法を否定し、メガトレンドを踏まえて10年先を見越してまだ世の中に存在しない市場を想定し、その市場規模を予測している。
市場規模は、潜在的な「市場の最大値」を求め、その最大値に向け「成長曲線」を当てはめることによって算出する。「市場の最大値」の予測で利用するのが「フェルミ推定」である。実数を現実に把握するのが難しい数値を、いくつかの要素(データ)を組み合わせて概算値を導き出す手法である。そして、「成長曲線」として利用するのは 「ロジスティック曲線」である。一定の制限のある環境下における生物の個体数の増加などを予測するモデルで、環境制約が小さい間は急速な成長を見せ、環境制約に近づくにつれてまた緩やかになるS字形曲線を描く(図3)。
トレンド予測、市場予測あっての技術予測
こうして描き出した「未来市場」は、「正しい」技術ロードマップを描くための根幹となるものである。従来の失敗多き事業プロセスを「技術起点」と呼ぶならば、本書は「ニーズ起点」の事業プロセスを実践するためのツールといえるだろう。
先に述べた通り、現時点での顧客ニーズは市場調査によって推測できるかもしれない。けれども、それを踏まえて技術開発に着手したとしても、成功する可能性は低い。調査結果はあくまで現時点のニーズを示したものであり、未来のニーズを示すものではないからだ。未来の顧客ニーズと市場規模を予測したら、これを基に将来出現する商品を予測し、そこで実現されている機能や性能について推定する。その後に、この機能や性能を実現するために必要な技術を 割り出し、それをプロットしていくことによって技術進化の道程を描いていくのである。この作業を細分化されたすべての技術分について進め、それらを集計、編集し、さらに各分野の技術動向について先進事例などを紹介しながら解説したのが『テクノロジー・ロードマップ』シリーズである(図4)。
留意すべきは、技術は単独で進化するわけではないということだ。他分野で生まれた技術に強い影響を受け、ときに融合しながら進化していく。この傾向はどんどん強まっている。このことは、技術進化の原動力となる「ビジネス」が、業界や分野といった垣根を越えて連携や融合の度合いを強めていることと無縁ではない。実際、発祥はエレクトロニクス・メーカーでありながら、医療機器分野で事業の拡大を図ったり、新たに農業の分野に参入したりといった事例が急増している。
だから、ある分野だけを見て技術の進化を見通すことはできない。あらゆる分野の技術の進化を総覧し、垣根を越えた技術の融合、競合などについても十分に考慮しなければならないのである。このことを重視し、最新版の『テクノロジー・ロードマップ 2018-2027 全産業編』では、自動車、エネルギー、医療・健康、エレクトロニクス、情報通信、材料・製造、農業・食品工業などあらゆる産業分野を対象に、技術の進化過程を予測した。前年に発行した2017-2026版を全面的に改訂。話題の人工知能(AI)やIoT 関連テーマを新規追加すると共に、金融、 材料・製造、ネットサービスなどのテーマを拡充している。
日経BP総研 未来研究所
仲森 智博