2017年は自動運転技術の発展を見る中で、歴史的な“事件”が起こった年として語り継がれることになりそうです。その事件とは、「自動運転レベル3の市販車への搭載」が発表されたことです(写真1)。
レベル3とは、一定の条件下において、ドライバーが運転操作をしなくてもクルマが自律的に運転操作を実行する自動運転技術のことです。レベル3の自動運転モードで走行している場合、運転責任はクルマにあります。
写真1 自動運転レベル3の自動運転技術「Audi AI Traffic Jam Pilot」を搭載予定の「新型Audi A8」
(出所:Audi)
高速道路などでの交通渋滞(時速60km以下)時に、クルマがドライバーに代わって運転操作を引き受ける。作動中、ドライバーはクルマの動きと道路を監視する必要はないが、システムから要求された場合には運転操作に復帰することが求められる。
とはいえ、クルマが要請すればドライバーは運転操作に復帰しなければなりませんし、ドライバーレスの無人運転の世界から比べると、まだまだ制約だらけだったりします。それでも、私は大きな一歩だと考えています。どのような条件であっても、「ドライバーが運転操作をしなくても、クルマが責任を持って安全に自律走行する」という世界が現実になるのは、“今までゼロだったものが1になった”といえるように思うからです。この1を10にして、100にして、最終的にドライバーレスの「自動運転社会」に。。。もちろん、法制度面でも保険制度面でも課題は山積みですが、完全自動運転車の実用化に向けて、大きな一歩を踏み出したことは間違いないでしょう。
それでは、ちょっと先走っているかもしれませんが、完全自動運転車が世の中に出回ったときの新しいビジネスを考えてみたいと思います。
身近なところでは「自動運転車投資」が始まるでしょう。これは、マンション投資と同様のビジネスで、自動運転車を第三者に貸し出して利益を得るビジネスです。マンション投資との違いは、マンション投資の場合、貸し出し用マンションは原則として貸し出し専用となりますが、自動運転車投資の場合は、貸し出し専用だけでなく、普段は自分が使っていて、自分が使わない時間帯や期間だけ他の人に貸し出すという手法がとれます。ここ数年、利用が広がっているAirbnb(自宅を第三者に貸し出す人のためのマッチングサービス)の自動車版と言えるかもしれません。
今も自家用車を空いている時間だけ貸し出すカーシェアリングサービスはありますが、自動運転車が登場する未来は、貸し出し環境が整備されていて、今よりもぐっと手軽になっていることでしょう。クルマが自走して貸出先に出向いたり、家の駐車場に戻ってきたりするわけですから。
実際、完全自動運転車の開発を進めている自動車メーカーは、所有者が使わないときは第三者に貸し出せるような仕組み作りに取り組んでいます。例えばTeslaやVolkswagenは、完全自動運転車の将来構想の中で、完全自動運転車の車両所有者と契約し、空いている時間の貸し出しサービスを自ら提供する計画を明らかにしています(写真2)。
写真2 Volkswagenのコンセプトカー「Sedric」と専用リモコンのOnebutton(出所:Volkswagen)
Sedricは室内にハンドルもアクセルペダルも存在しない完全自動運転車。Onebuttonを押すことで、車両を自分の場所に呼び出せる。旅行中は、その地域でカーシェアリングに貸し出されているSedricがやってくる
大型ビジネスとしては、オンデマンド配車事業者やタクシー事業者向けのファイナンスリース事業が始まるかもしれません。これは自動車メーカーから大量に自動運転車を購入し、それをオンデマンド配車事業者やタクシー事業者に貸し出すビジネスです。現在、航空機ビジネスで実施されている航空機リースの自動運転車版といえます(図1)。
図1 移動サービス事業者向けのファイナンスリース事業
自動運転車を一括販売したい自動車メーカーと、ユーザーの好みに応じた自動運転車両を揃えたい移動サービス事業者のニーズを同時に満たす。航空機ビジネスで実施されている航空機リースの自動運転車版といえる
このような仕組みがあれば、自動運転車を一括販売したい自動車メーカーと、ユーザーの好みに応じた自動運転車両を揃えたい移動サービス事業者のニーズを同時に満たすことができるし、移動サービス事業者は需要を勘案しながら車両をきめ細かく手当てできるようになります。
さて、「自動運転車投資」が本格化するなら、自動運転車版Airbnbを実現するための「マッチングサービス」や、第三者が車両を使う前と使った後に車内を綺麗にする「車両清掃サービス」の品質が問われます。もちろん個々のクルマの稼働率が高まるため、修理・メンテナンスの更新頻度が上がり、その専門性を求めるニーズも強まるでしょう。まとめると、完全自動運転車はモビリティサービスの魅力を大幅に拡大し、その周辺産業を育てることになります(図2)。
図2 完全自動運転車の登場はモビリティサービスのさらなる発展を促す
人件費や稼働時間の制限を受けないロボタクシーに加えて、自家用車のモビリティサービスへの貸し出しが始まれば、モビリティサービスの運営事業者は低コストで利便性の高いサービス提供が可能になる。車両の稼働率が高まれば、さらなるコスト削減も期待できる。こうしてシェアードモビリティ産業(シェアリングエコノミーを実践するモビリティ事業の総体)が拡大すれば、今の新車販売事業は小さくなり、メンテナンスをはじめとするアフターマーケット事業が大きくなる
完全自動運転車は「動く個室」なので、個室を売り物にする事業は全て自動運転車内部に実現できます。「一人カラオケカー」「マッサージカー」「仮眠カー」・・・。スマートフォンで周辺にいる空車を調べると、さまざまな趣向を凝らした専門カーが地図上に表示される時代がくるかもしれせん。そして私が、確実に需要があると思っているのは、いつでもどこにでも、すぐに喫煙スペースを運んでくる「スモーキングカー」です。
とここまで読んできていただいた方でも、「でも、完全自動運転車が公道を走るのはまだまだ先なんでしょ」と思っている方は少なくないかもしれません。ただ、米国のアリゾナ州では、完全自動運転車が人を乗せてタクシーのように目的地まで走る実験プログラムが始まりました。ドライバー席にも、助手席にもテストドライバーは乗車していません(下の動画をご覧下さい)。
この実験を進めているのは、Googleで完全自動運転車の開発を進めていたチームが独立した自動運転開発企業のWaymo。Waymoはカーシェアリング事業者のAvisレンタカーを傘下に抱えるAvis Budget Groupの協力を得て自動運転車の保守体制を整えているほか、長期的な保守体制の確立に向けて、自動車小売業大手のAutonationとの提携も交わしています。もしかしたら、完全自動運転車が街中を走り回るのは案外早いかもしれませんね。
自動運転は、AI、IoTを中核に、ブロックチェーンを使った決済技術や、群知能を用いた車両制御を取り込む総合システム技術であり、交通事故、過密・過疎交通、高齢化、人口減少、移動弱者、CO₂排出などの社会課題を解決するための強力なツールでもあります。これから始まるモビリティの大変革に向けて長期的な事業戦略を立案されている皆さん、ぜひ、お声がけ下さい。お手伝いさせていただける機会をお待ちしています。
日経BP総研 クリーンテック研究所
林 哲史