企業ブランディングと発信力 ④

高い目的意識を持つことの重要性

2017.03.13

ブランディング

優良顧客を獲得するのは「高い志」の力だ

高い目的意識を持つことの重要性阿久津 ブランド・エクイティの構築には、ブランド・パーソナリティや組織連想、シンボルなども重要ですが、昨今では企業が普遍的で高い目的意識やモラルを持ち、それをブランド理念として企業活動の土台とすることが極めて重要だと言われています。いわゆる「高次のブランド理念」の重要性について、どうお考えですか。

アーカー 企業が高い目的意識を持つことはとても素晴らしいことです。売上アップに繋がることはもちろんですが、人はそんな企業で働きたいと志向するからです。特に、大学を卒業したばかりのミレニアム世代の若者たちは、売上アップだけを目標にするような、高い目的意識を持たない企業では働きたがりません。顧客も同様に、高い目的意識をもった企業の商品を買いたがる。ブランドが理念として掲げた目的意識に市場の10%の顧客が共感すれば、売上には大きな違いが生じます。そして、ブランド理念に共鳴する人々は、ロイヤルカスタマーになります。

高い目的意識を掲げることで成功した事例として、ウォルマートがあげられます。ご存知のように同社は、従業員やサプライヤーとの間に多くの問題を抱え、評判が最悪だった時期がありました。企業が評判を落とした場合の対策の1つに、問題を解決し、顧客に伝えるという方法があります。しかし、この方法では、顧客に問題があったことを再び思い出させる恐れがある。別の対策として企業が全く新しいチャレンジをして方向転換を図るという方法もあります。ウォルマートが取ったのは後者でした。それまで力を入れていなかった環境面に力を注ぎ、高い目的意識を持った企業に生まれ変わることで評判を取り戻したのです。

阿久津 日本では伝統的に、「企業は普遍的で高い目的意識を持つものだ」という考え方が共通認識としてあったように思います。一方、アメリカ企業はリーマンショックの頃まで、売上・利益重視に突き進んでいく傾向にあったように思います。しかし最近では、ウォルマートの例からも分かるように、欧米企業も高次のブランド理念を掲げ、成功しているところが脚光を浴びています。反対に日本では、グローバル化や厳しい競争の波に飲まれ、高い目的意識を忘れて短期の売上・利益を偏重した結果、不祥事に至るなど、もがいている企業が目立ちます。

アーカー そうですね。そこは、日本企業がこれからもっとチャレンジしなければならない点だと思います。そのためには、高い目的意識の重要性を再認識し、ブランド理念として掲げるべきです。現状を見てみると、高い目的意識を重視するに留まっているところや重視して実行に移しているところ、重視して実行に移し信頼まで得ているところなど、段階は様々です。トヨタはプリウス、MUJI(良品計画)は素晴らしいカルチャーとパーソナリティ、パナソニックは環境に優しいエネルギー効率のいい商品をそれぞれ提供することで信頼を得る段階まで達しています。日本企業はこれらの企業をお手本にすることができると思います。

阿久津 日本では、高い目的意識を持った優れた中堅企業も多いのですが、なかなかそれに見合った評価が得られていません。おそらく、ブランド理念の表現の仕方が抽象的すぎたり、コミュニケーション施策の中で他社との違いを上手く伝えられていなかったりするからでしょう。

高次のブランド理念を掲げても、市場から評価を得るのはとても大変なことです。例えば、環境に優しいハイブリッドエンジンの開発にコミットしたのは、トヨタよりもホンダが先でした。しかし、ハイブリッドカーで評価されているのはトヨタです。

アーカー ハイブリッドカーでは、結果的にホンダよりもトヨタが成功したのはなぜか。確かにホンダには、素晴らしいイノベーションの歴史がありハイブリッドカーも真っ先に売り出しました。しかし、ホンダが世に出したのは、既存のセダンブランドの「ハイブリッドバージョン」車でした。確かに、新しいデザインやブランド投入に資本投下する必要がないという意味で、効率的なやり方でした。一方のトヨタは、一からデザインワークを行って、全く新しい車プリウスを生み出しました。

阿久津 トヨタはブランドのコンセプトから新たに創って世に出したということですね。

アーカー そうです。プリウスの成功は「自己表現ベネフィット」の重要性も教えてくれます。これは、そのブランドを買い、使うことによって顧客が自己表現できるという価値です。プリウスの場合、そのドライバーは、例えば周囲の人から「あの人はハイブリッドに乗っている。環境意識が高いのだろう。興味深いな」と思われます。既存ブランドのハイブリッドバージョンの場合、車に近づいて確認しないことには、それがハイブリッドなのかわかりません。そのため、自己表現ベネフィットを得ることが難しいのです。

阿久津 企業に高い目的意識が必要であることはわかりましたが、事業ユニットごとに異なる目的意識がふさわしい場合もあります。そのため、事業ユニットレベルで高い目的意識を持つことも重要になりますが、それはどうすれば見つけ出すことができるのでしょうか。

アーカー 重要なのは企業が顧客に共感を持ちながら、高い目的意識を探すことです。例えば私は、教員を顧客に持つ保険会社の社外取締役を務めていたことがありました。教員の方々が日々何を感じて仕事をしているかを考えた時、職員室を大変身させるというプログラムに高い目的意識を見出したのです。しかし、高い目的意識を見つけるのは、例え資金があったとしても、簡単なことではありません。カギはその目的意識が効果的に実行できるものであること、そして、自分の仕事と繋がりがあることでしょう。

阿久津 高い目的意識を見つけるために、企業はしばしば企業やブランドの生い立ち、いわゆるブランド遺産を顧みます。ブランド遺産と目的意識はどんな関係があるのでしょうか。

アーカー ブランド遺産を持っている企業は、ある程度はあります。例えば、L. L. Beanの防水ブーツは、1911年、32歳のハンターがアヒル猟に行った際、ブーツに水が入ったのがきっかけで生み出され、狩猟用ブーツの主流となりました。このストーリーは、同社のアウトドア活動に対する情熱を物語っていますが、以来、同社は、環境保護活動のためのプログラムを推進しています。これは、ブランド遺産が高い目的意識に結びついた好例といえます。しかし、多くの企業がそういったブランド遺産を持っていないため、高い目的意識を持ったプログラムと結びつけることができていないのです。

阿久津 ブランド遺産は日本でも重視されていますが、有効なブランド遺産を持っていない企業が多いこともアメリカと一緒です。であれば、あまりそれに囚われることなく、自由で柔軟な思考の中から創造的に、高い目的意識を見出すことに取り組む必要性と価値がありそうですね。

用語解説

【ウォルマートの環境戦略】
同社は2005年頃から、「グリーン活動」に取り組み始めた。運搬用ダンボール箱の削減を通して梱包費や運送用の燃料費を大幅に削減するなどの取り組みの結果、10年で10億ドルのコスト削減に成功している。


【ブランド遺産】
企業やブランドを産んだ「原点」というべき商品やサービス、それを生んだストーリーのこと。「創業の精神」と、それを裏づける物語とほぼ同義といえる。


【L.L.Beanの防水ブーツ】
L.L.ビーンは米国のアウトドア用品メーカー。ゴム製のボトムと革製のアッパーで作られたハンティングブーツは、同社を有名にした。1912年発売の初代モデルからデザインが変わっていない。

カリフォルニア大学バークレー校名誉教授 プロフェット社副会長 デービッド・アーカー 氏

カリフォルニア大学バークレー校名誉教授
プロフェット社副会長
デービッド・アーカー 氏

カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授、ブランドコンサルティング企業プロフェット社副会長。ブランド論の第一人者として知られている。著書に『ブランド・エクイティ戦略』『ブランド・リーダーシップ』、『ブランド・ポートフォリオ戦略』(いずれもダイヤモンド社)、『カテゴリー・イノベーション』(日本経済新聞出版社)ほか多数。近刊は『ブランド論』(ダイヤモンド社。翻訳は阿久津氏)。

※肩書きは記事公開時点のものです。

阿久津 聡 氏

阿久津 聡(あくつ・さとし) 氏

カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(経営学博士)。専門はマーケティング、消費者行動論、ブランド論。
著作に『ブランド戦略シナリオ - コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社:共著)、『ソーシャルエコノミー』(翔泳社・共著)、『ブランド論』、『ストーリーの力で伝えるブランド』(ダイヤモンド社:訳書)、『カテゴリー・ イノベーション』(日本経済新聞出版社:監訳書)、『弱くても稼げます』(光文社:共著)、『サクッとわかるビジネス教養 マーケティング』(新星出版社:監修)などがある。

※肩書きは記事公開時点のものです。

※本コンテンツは日経BP社の許可により「日経ビジネス特別版 2016.12.5」から抜粋したものです。禁無断転載。

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